家畜化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/07 14:31 UTC 版)
英語では "domestication" [1][3][4](1774年初出[3])が日本語「家畜化」に最も近似の語ではあるが、動物・植物の区別もなければ(元来は)遺伝子とも無関係で、用法は「飼い慣らし[注 1]」に近い[注 2]。なお、上述の日本語「栽培化」および「作物化」は、英語表現[植物 + domestication][注 3]の訳語として生まれている[2]。
日本語でいう「家畜化」の過程では、動物の表現型発現および遺伝子型における変化が起きるため、動物を人間の存在に慣らす単純な過程である調教とは異なる。生物の多様性に関する条約では、「飼育種又は栽培種」とは、「人がその必要を満たすため進化の過程に影響を与えた種」と定義されている[7]。したがって、家畜化・栽培化の決定的な特徴は人為選択である。人間は、食品あるいは価値の高い商品(羊毛、綿、絹など)の生産や様々な種類の労働の補助(交通、保護、戦争など)、科学研究、ペットあるいは観賞植物として単純に楽しむためなど様々な理由でこれらの生物集団を制御下に置き世話をしてきた。
家の中や周りを美しくすることが主な目的で栽培化された植物は、通常「観葉植物」あるいは「観賞植物」と呼ばれるが、大規模食料生産のために栽培化されたものは一般的に「作物」と呼ばれる。特別に望まれる特徴を意図的に変更あるいは選択した栽培植物(栽培起源種を参照)と人間の利益のために用いられる植物とを区別することは可能であるが、野生種からは本質的な違いはない。家での交わりのために家畜化された動物は通常「ペット」と呼ばれるが、食料あるいは労働のために家畜化されたものは「家畜」と呼ばれる。
概要
有史以来人間は、多くの動物を自分たちのために飼育し、繁殖させてきた。その利用目的は様々で、食肉、乳といった食料を得るため、毛皮や角などの日用品を得るため、役畜として畑を耕すため、移動のために騎乗するため、狩りのパートナーや愛玩用のためといったものがある。人間の管理下での繁殖の過程において、それらの動物には様々な変化が起きている。その一部は、より有益なものを選んで繁殖させるうちに、その特性が強化された、いわゆる品種改良の結果である。
しかし、それ以外の部分にも共通してみられる変化が生じており、これらの変化を総じて家畜化と呼んでいる。
なお、アジアゾウのように、人間によって飼い慣らされ役畜として使われていても、繁殖が人間の管理下に無い、もしくは入り切っていないものについては、「家畜化」という言葉を使わない場合も多い。
観賞、愛玩目的に品種改良をされ飼育された場合は、愛玩化と呼ばれ、畜産物や水産物の生産や仕事を目的に品種改良をされ飼育された場合は、家畜化と呼び、養殖化とは愛玩化と家畜化の両方を指して呼ばれることもある。ただしニワトリのように、家畜化された当初は美しい声や朝一番に鳴く声を求めた祭祀用、および鶏どうしを戦わせる闘鶏用として家畜化されたもの[8]が、のちに肉や卵を求める畜産用途が主用途となったものも存在する。
家畜化された動物の、家畜化の程度はさまざまである。多くの動物は改良前の原種からは大きく変化し、ウシのように原種が絶滅してしまったものも存在する。ほとんどの家畜は人間の管理下を離れた場合野生に戻ることは可能であるが、最も強く家畜化された動物であるカイコの場合、食料確保から移動にいたるまですべて人間の管理に頼るようになってしまい、人間の手を離れては生きられなくなっている[9]。
家畜化の条件
進化生物学者ジャレド・ダイアモンドの著書『銃、病原菌、鉄』(2013年刊、原著1998年刊)[10][11]によると、家畜化に適した動物(大型哺乳類)の条件は次の6つを満たすものである。
- 飼料の量
- 速い成長速度
- ヒトより速く成長して繁殖可能になる動物は、ヒトの手で繁殖させることにより、ヒトにとって有用な性質を具える家畜へと比較的短期間で変容させることができる。一方で、ゾウのような大きな動物は、役畜として有用になるまでに長い年月を要する点で、家畜には不向きである。
- 飼育下での繁殖能力
- 穏やかな気性
- パニックを起こさない性格
- 序列性のある集団を形成する
注釈
- ^ したがって、犬の "domestication" という語 "dog's domestication(犬の飼い慣らし)" も成立する。
- ^ 次のような語と連結する。animal(動物)、wild animals(野生動物)、plant(植物)、wild plants(野生植物)、human(人間)、ほか。心理学用語 self-(自己…)→ self-domestication(自己家畜化 cf. en)[5][6]。
- ^ domestication of wild plants などといった表現。
- ^ 元資料では、種を特定できない通称「バッファロー」が用いられているが、論旨に適う種を特定するならアフリカスイギュウが最適である。
- ^ 「イヌの起源」も参照のこと。
- ^ 「ドバト(土鳩、鴿)」ともいうが、この語は「家禽化(家畜化)された後で再野生化したカラワバトの総称」と定義される一方で、別の定義では「カワラバトの飼養品種」であるとされ、ベクトルが逆方向の相反する定義が並立している。いずれにしても、この表では野生のカワラバトが家禽化された時点を主題としており、その家畜の名称を問われれば、「カワラバト」である。「ドバト」の定義はどちらも後世の事象を説明している。
- ^ ミトコンドリアDNAの解析による知見[37][38]。2003年発表[38]。
- ^ シロガチョウ(白鵞鳥)はシナガチョウの一種。
出典
- ^ a b c 日立デジタル平凡社『世界大百科事典』第2版. “家畜化”. コトバンク. 2019年12月27日閲覧。
- ^ a b c 『世界大百科事典』第2版. “栽培化”. コトバンク. 2019年12月27日閲覧。
- ^ a b “domestication”. Online Etymology Dictionary. 2019年12月27日閲覧。
- ^ “domestication”. 英辞郎 on the WEB. アルク. 2019年12月27日閲覧。
- ^ a b 『世界大百科事典』第2版. “自己家畜化”. コトバンク. 2019年12月27日閲覧。
- ^ a b 『世界大百科事典』第2版. “self-domestication”. コトバンク. 2019年12月27日閲覧。
- ^ 生物の多様性に関する条約第二条を参照。
- ^ 岡本 2019, p. 20.
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- ^ Diamond 1998.
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- ^ ブレンフルト 2004, p. 54.
- ^ 青山 2015, p. 252.
- ^ Arnold, Carrie (2015年12月22日). “イヌ家畜化の起源は中国、初の全ゲノム比較より 世界のイヌとオオカミ58頭の全ゲノムを解読、「2つの段階」が判明”. ナショナルジオグラフィック(公式ウェブサイト). 日経ナショナル ジオグラフィック社. 2019年12月30日閲覧。
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- ^ History of the Guinea Pig (Cavia porcellus) in South America, a summary of the current state of knowledge
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- ^ ウズラ(ニホンウズラ)の家畜化は食用から始まった。啼き鳥としての飼育は16世紀半ば(戦国時代後期)の『言継卿記』が初出。ヨーロッパウズラ (Coturnix coturnix) とは別種。ヨーロッパウズラは古代オリエントおよび古代地中海世界でも食用にされていた野鳥であるが、肉に毒性が認められる種であり、ニホンウズラと違って家畜化はされていない。
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