ファミリーコンピュータ ソフトウェア

ファミリーコンピュータ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/09 07:43 UTC 版)

ソフトウェア

ライセンス品

本体と同時発売したローンチタイトルは『ドンキーコング』、『ドンキーコングJR.』、『ポパイ』の3本[7]であるが、ほどなくして『五目ならべ 連珠』と『麻雀』が発売され、その名の通り「家族みんなで楽しめる[62]」ラインアップが揃った。その直後に発売された『マリオブラザーズ』の後は2か月以上新作が途絶えていたものの、既出のアクションゲーム4本は全てアーケード版で実績のある移植作であり、雑誌評価でも好評価を得ていた[注釈 31]。このようにアーケードで既に知名度のあるソフトウェアを移植する手法は宣伝費の削減に貢献した[28]

1984年7月に発売されたハドソンの『ロードランナー』が140万本、同年11月に発売されたナムコの『ゼビウス』が127万本を販売すると、タイトーコナミカプコンジャレコなどが相次いで参入した[注釈 32]。そして、1985年(昭和60年)9月に発売された任天堂の『スーパーマリオブラザーズ』でファミリーコンピュータの人気は決定付けられ、これら三本のソフトはハードウェアの普及にも貢献した。

ハードウェアの普及に伴って、ゲームのジャンルも多様化していき、1986年にエニックスから発売されたファミリーコンピュータ初のロールプレイングゲーム[注釈 33]である『ドラゴンクエスト』は150万本を販売し、後にシリーズ化され、そのいずれも初作を超える販売数となった。またパズルゲームでは1988年発売の『テトリス』が181万本、1990年発売の『ドクターマリオ』が153万本を販売し、これらはファミリーコンピュータ発売当初の「家族みんなで楽しめる」の通り、子どもだけでなく大人も楽しめるゲームであった。

ソフトの発売タイトル本数はナムコが83本で1位、2位はコナミで59本、3位はバンダイで58本、4位は任天堂で51本、5位はタイトーで49本である[78]

最後の任天堂公式ソフトは1994年6月14日発売の『高橋名人の冒険島IV』である。

非ライセンス品

成人向け要素を含むために任天堂の許諾を得られないゲームタイトルは1990年前後よりハッカーインターナショナルから発売されていた。

また全年齢対象のゲームタイトルの発売は2000年代に始まり、2007年(平成19年)にCS番組『TVゲームジェネレーション 8bitの魂』内の企画で2人用ゲームの『ミスタースプラッシュ!』が作成された際には「13年ぶりの新作ソフト」と称された[89]。これは翌年発売の同番組のDVDボックスにROMデータが(初回限定版では実物のパッケージとマニュアルも)収録され、一部のショップでは限定特典として実物のファミコン用ROMと基板が自作キットの形(カセットの外装は無し)で付属した[90]

その後2018年頃にはWindowsでのソフト開発を解説する同人誌が登場し[91]、自作ソフトを書き込めるカートリッジが販売される[92]など、開発の敷居は下がっている。

一方で日本を除く東アジアを中心に任天堂へライセンス料を払わずに、日本で発売されたファミリーコンピュータ用ソフトをそのまま違法コピーしたものやPCエンジン・スーパーファミコン・アーケードゲームなどから勝手に移植されたゲームなどの海賊版ソフトが出廻った。中には日本製ゲームのパッケージデザインをそのまま盗作しているものもあった。

1991年9月25日に神奈川県警神奈川警察署は80種類のファミコンソフトを内蔵した台湾製の「80インワン」を販売していた人物を著作権法違反の疑いで書類送検している[93]


注釈

  1. ^ ファミリーベーシックとデータレコーダー経由
  2. ^ ディスクシステム経由
  3. ^ 一部セーブ機能を持っていながらもバッテリーバックアップを搭載していないソフトがある。
  4. ^ 任天堂の公式表記では、日本産業規格(JIS)の当時の表記ルール(→長音)にのっとり「コンピュータ」と末尾の長音を伸ばしていない
  5. ^ 発表時点では1983年6月下旬発売予定[5][6]
  6. ^ 韓国では任天堂ではなく現代電子産業(現・SKハイニックス)が発売し、コンボイ(Hyundai Comboy)という韓国独自の名前になっている。
  7. ^ ファミリーコンピュータとNintendo Entertainment System(NES)はカセットや周辺機器の接続部分の機械的な仕様の違いでお互いの互換性はない。また、ファミリーコンピュータには搭載されてない「海賊版対策回路」が組み込まれている。
  8. ^ ただし「おもちゃは1万円以下でないと売れない」と本機開発以前から山内が発言していたため、上村たち開発陣は山内から要求される前から9,800円の価格を想定した[33]
  9. ^ 価格以外にも「子供がうっかり踏んづけても壊れにくい」構造にするという理由もあった[35][33]
  10. ^ 他のホームコンピュータ向けに開発されたものや、テレビのチャンネル表示IC等
  11. ^ 少ないとはいえ選択が可能になっている音源の波形、⊿PCMの搭載、パレットによる選択可能な色数など。
  12. ^ 同世代のハードウェアでは、セガSG-1000IIでこれと同様のボタン改良を行っている。
  13. ^ この機能を利用した主なゲームには『バンゲリング ベイ』や『スターラスター』、『たけしの挑戦状』、『ゼルダの伝説』、『ドラえもん(ハドソン版)』、『スターソルジャー』、ファミリーベーシックV3のサンプルプログラム『ハート』などがある。
  14. ^ 例えば、マイクの機能を使わない状態に戻しても雑音が常に入ってしまう状態になるなど。
  15. ^ メーカーのチラシやアンケートはがきが封入される場合もあった
  16. ^ 日本初のロムカセット取り替え式の家庭用ゲーム機はカセットビジョンである[58]。このほか日本国外の技術を流用した日本国内機種も含めるのであれば、より古い製品もいくつか存在する[59]
  17. ^ 星のカービィ 夢の泉の物語』では主にサブメロに用いられていた。
  18. ^ 移植された作品ではオーケストラアレンジなど同曲はパイプオルガンを意識した物となっていない。
  19. ^ ドラゴンクエストIV』の「不思議のほこら」ではメロディーラインにホワイトノイズを薄く重ねることによってパイプオルガンの送風ノイズを表現している[注釈 18]
  20. ^ 1980年代前半は、1984年スティーヴィー・ワンダーレイ・カーツワイルの研究室でPCMシンセサイザー(Kurzweil K250)に初めて触れたような時代である。
  21. ^ 初期の利用例としては、『スパルタンX』の音声がそれにあたる。
  22. ^ サンソフトの『ラフワールド』では、サンプリングされたシンセベースの演奏に使われていた。コナミの『トップガン デュアルファイターズ』『スーパー魂斗羅』では、BGM中のオーケストラヒットに使われた。『スーパーマリオUSA』では、『夢工場ドキドキパニック』で本来ディスクシステム側で鳴らしていた合成音を再現するために使われた。『暴れん坊天狗』のベストスコア表示時のBGMはDPCMのサンプリング音のみで構成されていた。『バトルトード』では、DPCMを鳴らす際、ソフトウエア制御によって、直接7bitのPCMを再生させている。
  23. ^ エミュレータや互換機など、このレジスタ、フラグ、カウンタが正しく実装されていない環境ではこれらを用いた効果音は音が違ったりBGMの演奏が正常に行われないなどの状況が発生する。
  24. ^ これを利用したものは ディスクシステム波形メモリ音源、一部コナミ製ゲームの追加音源 - 『悪魔城伝説』や『魍魎戦記MADARA』などで使われたVRC VI・『ラグランジュポイント』のVRC7に内包した2オペレータFM音源。VRCについては下記MMCの項も参照。『デジタル・デビル物語 女神転生II』など、一部ナムコ製ゲームのNamco 163追加音源、『ジャストブリード』などに使われた、MMC5に搭載されている音源、『ギミック!』に使われた、一部サンソフト製ゲームのSunsoft 5B追加音源、ジャレコの『燃えろ!!プロ野球』の「しゃべる」審判員、 ベネッセコーポレーションの教材スタディボックス
  25. ^ EGG MUSIC RECORDSからリリースされたファミコン用サウンドトラック等
  26. ^ 競合製品の搭載した、AY-3-8910やSN76489等では、デューティ比の固定された矩形波が三音とホワイトノイズのみが出力可能であり、デューティ比が変更できること、⊿PCMを搭載していることは表現の幅において大きな差となった。
  27. ^ 当時の多くの競合製品、ならびに低価格帯のコンピュータは、スプライトがあっても一キャラクタで指定できるのは単色のみであったり、スムーズスクロールなどはできないものであり、高価格帯の高解像度な機種は、スプライトなどはなく、グラフィックス処理は当時のCPUにとって非常に重たい処理であり、色数も8色から16色が主流の時代であった。
  28. ^ これはLCDテレビやPCのTVキャプチャなどで画面の端まで表示可能な環境の場合である。一般的なブラウン管テレビでは全ての走査線が表示されるわけではないので、表示範囲がさらに狭くなる可能性もある。
  29. ^ ファイナルファンタジー 任天堂 このページ内の動画で上下端8ラインが表示されていないことが見て取れる。
  30. ^ アフターバーナーII』等
  31. ^ 例えば当時の月刊コロコロコミックでは当時のライバル機を含む家庭用ゲームソフト全般の評価として、『マリオブラザーズ』が1位、『ポパイ』が2位など、4本すべてが9位以内の好評価だった。なお3位はSG-1000の『スター・ジャッカー』であるなど、他機種を含めアーケードからの移植作が多くランクインしていた[87]
  32. ^ 1987年末までにはゲーム業界大手から異業種の企業まで60社近くがサードパーティーに名を連ねた)[88]
  33. ^ アクションRPGを除く
  34. ^ ファミリーコンピュータ登場以前に一歩抜けだしていたのはエポック社カセットビジョンで累計40万台を販売している[94]
  35. ^ 初期の製品には多くの不具合があり、多くのクレームが寄せられていたと言う[28]。例えば、上村は1983年12月発売の野球ゲームである『ベースボール』で、ダイヤモンドが表示されなくなる問題[30]や本体の温度がすぐに上がってしまい、素早く絵を表示するためのスプライトが消失する「消える魔球」現象[96] で正月休みを返上して回収に当たった[97]
  36. ^ 岩崎啓眞は「当時家庭用ゲームハードでは不可能だった全方向スムーススクロール・多色スプライト・当時としては悪くない音源を備えたマシンで、もうゲームをやるために必要な機能はパーフェクトに備えている」と評価している。[98]
  37. ^ サードパーティーの概念は1977年(昭和52年)にアタリが発売したVideo Computer Systemが作り上げたもので、当時の日本ではゲームソフトのサードパーティーの概念は普及しておらず、発売当初からサードパーティーの参入が想定されていたわけではない[99]
  38. ^ ファミリーコンピュータへのサードパーティーの参入はファミリーコンピュータが発売されて約1年後の1984年7月28日に『ナッツ&ミルク』を発売したハドソンが初めてであり、それによって日本で初めて家庭用ゲーム機のサードパーティービジネスが切り開かれるとともに、ソフト媒体の委託生産システムが生まれた[63][100]。ハドソンが参入した約1か月後にナムコが『ギャラクシアン』で2番目のサードパーティーとなったが、ファミリーベーシックの開発を受託したことからハードウェアに関する知識を得られたハドソン[101][102]と異なり、ナムコはハードウェアを独自に解析してソフト開発を行っていた。
  39. ^ 高橋名人が2016年にIT Mediaに寄せた記事によると、80年代当時はアーケードゲームが人気を博していたものの、利用料に絡んだ恐喝事件も起きており、PTAが小中学生にゲームセンターの利用を禁じていた[104]ため、当時の子どもたちにとっては「(親から禁じられている)ゲームセンターのゲームが家で遊べる」ということでヒットにつながったと推測している[105]
  40. ^ ただし値下げ販売を快く思わなかった任天堂は、値下げ店への対策として一時出荷を停止している[107]
  41. ^ カセットビジョンの開発に携わったエポック社の堀江正幸によれば、ファミコンとは「技術的にはたいした違いはなかった」とする一方でファミコンの勝因に関して、カセットビジョンはソフトを全て自社開発する方針だったのに対し、ファミコンはサードパーティーを引き込んだことでソフトラインアップが豊富だったことを挙げている[109]
  42. ^ ソード電算機システムM5はゲームソフトは自社では作らず全て他社からの移植という方針だったが、ソード創業者の椎名堯慶は「任天堂さんはゲーム作りが優れていた。ゲームの世界で育ってきた会社ですから、お客さんを喜ばせる方法を知っていた」[110]とファミコンの勝因を分析している。
  43. ^ 当時、米国任天堂社長だった荒川實は、ビデオゲームに対する拒絶反応があまりに強いので、最初はほとんど商売にならなかったと述べている[112]
  44. ^ これは1981年のガンプラブームの時にも見られた傾向である。
  45. ^ ファミコンCAP』、『熱血!ファミコン少年団』、『ファミコンロッキー
  46. ^ ファミ拳リュウ』、『ファミコン風雲児
  47. ^ われらホビーズ ファミコンゼミナール
  48. ^ 「ヒロインであるはずのシルビアが主人公に牙をむく」(『スパルタンX』)[117]や、「特定のエリアにて、バンゲリング帝国の最終兵器が出てくる」(バンゲリングベイ』)などが該当する[118]。作者のあさいもとゆきは担当編集者の提案により導入したと書籍『超ファミ漫』の中で説明している[118]
  49. ^ スーパーマリオ 魔界帝国の女神』など
  50. ^ ファミコンソフトを用いた大会は1987年まで。

出典

  1. ^ a b c d 任天堂株式会社 連結販売実績数量推移表” (PDF). 任天堂. 2021年5月1日閲覧。
  2. ^ a b http://www.vgchartz.com/platform/12/nintendo-entertainment-system/
  3. ^ a b はむら・あそぶ「テレホビーゲームの歴史」『Beep』1986年1月号、日本ソフトバンク、1985年12月7日、50-52頁。 
  4. ^ a b 鎌田慧「「ファミコン」で「大儲け」した男たち」『プレジデント』第24巻第4号、プレジデント社、1986年4月、328-341頁、doi:10.11501/2802646 
  5. ^ 「任天堂、家庭用ビデオゲームを最低価格で参入──8ビットで1万5000円。」『日経産業新聞』、1983年6月3日、12面。
  6. ^ a b 大西康博「任天堂 おもしろいものを出せば…」『トイズマガジン』1983年8月号、トイズマガジン社、102頁。 
  7. ^ a b c 任天堂、家庭用に参入」『ゲームマシン』第216号、赤木真澄(アミューズメント通信社)、1983年7月15日、7面。
  8. ^ 「ファミリーコンピュータ('83ビデオゲーム全紹介)」『トイズマガジン』1983年8月号、トイズマガジン社、105頁。 
  9. ^ 早川清一朗 (2019年9月2日). “かつて子供たちが駆け込んだ夢の場所。「ファミコンショップ」の思い出”. マグミクス. mediavague. 2021年11月23日閲覧。
  10. ^ 任天堂「ファミコン」日経産業省 セガ社「ハングオン」日経流通賞 日経新聞社による年間優秀作品に選ばれる」『ゲームマシン』第277号(アミューズメント通信社)、1986年2月1日、2面。
  11. ^ 第5回初心会展で新FC披露 山内社長が講演 ゲーム場には興味ない、断言」『ゲームマシン』第459号(アミューズメント通信社)、1993年10月15日、3面。
  12. ^ 高橋名人 (2016年7月14日). “ファミコンブームの終息と、日本ゲーム業界への提言”. ITmedia ビジネスオンライン. アイティメディア. 2022年8月21日閲覧。
  13. ^ 修理のご案内:修理の受付が終了した商品 - ウェイバックマシン(2012年6月27日アーカイブ分)
  14. ^ 修理のご案内:修理の受付が終了した商品 - ウェイバックマシン(2012年7月6日アーカイブ分)
  15. ^ 「日本ゲーム大賞2023」年間作品部門の大賞は『モンスターハンターライズ:サンブレイク』に決定!」『Game*Spark』、2023年9月21日。2023年9月21日閲覧。
  16. ^ a b c d e f g 情報化白書1989 80年代情報化を巡る歩みと今後の展望日本情報経済社会推進協会、1989年、105頁https://www.jipdec.or.jp/archives/publications/J0005023 
  17. ^ 任天堂の家庭用TV機に BASIC追加 キャラクターつきで6月発売に」『ゲームマシン』第238号(アミューズメント通信社)、1984年6月15日、4面。
  18. ^ 任天堂「ファミコン」出荷 1千万台を突破 なお生産中で新記録を更新中」『ゲームマシン』第307号(アミューズメント通信社)、1987年5月1日、5面。
  19. ^ 任天堂がファミコンの上位互換機「スーパーFC」計画 「スーパーマリオ・3」カートリッジは10月23日発売」『ゲームマシン』第340号(アミューズメント通信社)、1988年9月15日、1面。
  20. ^ NESがFC上回る 米国市場では空前のブーム続きさらに普及」『ゲームマシン』第355号(アミューズメント通信社)、1989年5月1日、17面。
  21. ^ 初の「FC/GB用ソフト展で」山内社長 "タイトル数よりも面白いソフト開発" CES任天堂ゾーンをモデルした展示構成 講演に引き続きパネルディスカッションも」『ゲームマシン』第371号(アミューズメント通信社)、1990年1月1日、13面。
  22. ^ 情報化白書1990 90年代情報化の展望』日本情報経済社会推進協会、1990年、104頁https://www.jipdec.or.jp/archives/publications/J0005024 
  23. ^ ゲーム場市場次第に回復 家庭用安定、遊園地好調」『ゲームマシン』第381号(アミューズメント通信社)、1990年6月1日、12面。
  24. ^ FC/GBソフトの評価情報を提供 「スーパーマリオクラブ」で」『ゲームマシン』第385号(アミューズメント通信社)、1990年8月1日、3面。
  25. ^ 「スーパーファミコン」発売間近で 関心高めるソフト 初心会のSFC/FC/GB展」『ゲームマシン』第389号(アミューズメント通信社)、1990年10月1日、3面。
  26. ^ ゲーム場市場順調に回復 家庭用安定、遊園地堅調」『ゲームマシン』第404号(アミューズメント通信社)、1991年6月1日、12面。
  27. ^ 藤田 1999, p. 72.
  28. ^ a b c “成功の鍵「ドンキーコング」 ファミコン30歳 開発責任者に聞く”. 毎日新聞 朝刊 (東京): p. 7. (2013年7月17日) 
  29. ^ 【任天堂「ファミコン」はこうして生まれた】第7回:業務用機の仕様を家庭用に、LSIの開発から着手 - ウェイバックマシン(2008年10月12日アーカイブ分)
  30. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 上村雅之(インタビュアー:山森尚)「上村雅之さん 大いに語る。 ファミリーコンピュータ インタビュー(後編)(2013年10月号より)」『Nintendo DREAM WEB』、アンビット、2018年7月21日https://www.ndw.jp/post-714/2022年9月27日閲覧 
  31. ^ a b 【任天堂「ファミコン」はこうして生まれた】第8回:ファミコン誕生、家庭用ゲーム機の代名詞に p. 5 日経トレンディネット 2008年10月6日 - ウェイバックマシン(2011年7月26日アーカイブ分)
  32. ^ 上村 1990, p. 555-556.
  33. ^ a b c d 上村雅之(インタビュアー:山森尚)「上村雅之さん 大いに語る。 ファミリーコンピュータ インタビュー(前編)(2013年10月号より)」『Nintendo DREAM WEB』、アンビット、2018年7月21日https://www.ndw.jp/post-672/2022年9月27日閲覧 
  34. ^ a b 相田 & 大墻 1997, pp. 274–280.
  35. ^ 上村、細井、中村 2013, p. 104.
  36. ^ 【任天堂「ファミコン」はこうして生まれた】第8回:ファミコン誕生、家庭用ゲーム機の代名詞に p. 4 日経トレンディネット 2008年10月6日 - ウェイバックマシン(2011年7月26日アーカイブ分)
  37. ^ 畠山 & 久保 2000, p. 64.
  38. ^ a b c 上村、細井、中村 2013, p. 98.
  39. ^ a b 上村、細井、中村 2013, p. 101.
  40. ^ a b 上村、細井、中村 2013, p. 102.
  41. ^ 【任天堂「ファミコン」はこうして生まれた】第7回:業務用機の仕様を家庭用に、LSIの開発から着手 p. 3 日経トレンディネット 2008年10月3日 - ウェイバックマシン(2012年1月11日アーカイブ分)
  42. ^ 相田 & 大墻 1997, pp. 283–287.
  43. ^ a b 畠山 & 久保 2000, p. 65.
  44. ^ 300万台保障は伝説!?[出典無効]
  45. ^ テレビゲーム・ミュージアム・プロジェクト 1988, p. [要ページ番号].
  46. ^ 週刊ファミ通」2013年7月25日増刊号、別冊
  47. ^ a b ファミコンの創造神・上村雅之「ゲーム&ウオッチには勝てないと思っていました」週プレNEWS 2013年4月27日 - ウェイバックマシン(2013年5月1日アーカイブ分)
    『週刊プレイボーイ』第48巻第18,19号、集英社、2013年5月13日、111頁。 
  48. ^ a b c QBQ 2016, p. 102.
  49. ^ 上村、細井、中村 2013, p. 119.
  50. ^ 月刊コンプティーク1986年9月号P164,角川書店
  51. ^ 上村、細井、中村 2013, p. 120.
  52. ^ 上村、細井、中村 2013, p. 109.
  53. ^ 日々是遊戯 ファミコンカラーが「アズキ色」だった理由とは――? 任天堂ハードにまつわる豆知識あれこれ”. ねとらぼ. ITmedia (2010年10月7日). 2021年3月9日閲覧。
  54. ^ a b c ファミコンのカートリッジに見る,草創期ならではの活気と混沌。ゲームソフトのメディアの形が,パブリッシャごとに違う時代があった”. 4Gamer.net (2023年7月15日). 2024年2月9日閲覧。
  55. ^ Otomaru (2023年1月29日). “「データ容量」で読み解くビデオゲーム史:40年間で530万倍にも増加したデータ容量、その時代ごとの特徴を整理する”. IGN Japan. 2023年1月30日閲覧。
  56. ^ 「メタルスレイダーグローリー」とは”. 任天堂. 2023年1月30日閲覧。
  57. ^ シティコネクション. “ファミコン用ソフト「メタルスレイダーグローリー」のサントラが5月28日に発売”. 4Gamer.net. 2023年1月30日閲覧。
  58. ^ 滝田 2000, pp. 87–89.
  59. ^ 先駆者に聞く創世の時代 Game Frontiers 株式会社エポック社 堀江正幸氏 p7”. CLASSIC VIDEOGAME STATION ODYSSEY. 2015年3月3日閲覧。
  60. ^ 『月刊ファミコン必勝本 通巻4号』JICC、1986年7月10日、88頁。 
  61. ^ a b ファミコンの“波線”が突然の商標出願、発売40周年の節目に何が起きている? 弁護士の見解と任天堂に問い合わせた結果”. 週刊女性PRIME (2023年1月11日). 2023年1月11日閲覧。
  62. ^ a b 月刊コロコロコミックNo.68(1983年12月号)、「2大テレビゲーム徹底チェック」、pp.327-331
  63. ^ a b 岩崎啓眞 (2012年2月7日). “ハドソンがファミコンに参入するまで(3)”. 2014年7月8日閲覧。
  64. ^ NES info, programs, and demos リンク先はアーカイブ。[出典無効]
  65. ^ NESRGBの要注意ポイント 三月兎日報 2014年8月22日[出典無効]
  66. ^ a b AV仕様ファミリーコンピュータ取扱説明書4頁。
  67. ^ 「ASCII EXPRESS : 任天堂が業務用ファミコンを開発」『ASCII』第10巻第10号、アスキー、1986年、ISSN 0386-5428 
  68. ^ ホテル客室用の任天堂ファミコン 業務用で初めて 独特のシステムもつ日本版NES」『ゲームマシン』第292号(アミューズメント通信社)、1986年9月15日、5面。
  69. ^ 福島市飯坂温泉・橋本舘(2014年、『ゲームセンターCX』第18シーズン(ゲームセンターCXの放送内容を参照))
  70. ^ その7/ファミコンゲーム”. どうぶつの森. 任天堂 (2001年). 2018年9月25日閲覧。
  71. ^ Nintendo Switchに「ファミコンコントローラー」発売 Onlineのレトロゲーム向け”. ねとらぼ. ITmedia (2018年9月14日). 2018年9月25日閲覧。
  72. ^ 『ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータMagazine』徳間書店、2016年11月14日、2-7頁。ISBN 978-4197104789 
  73. ^ ファミコンが、手のひらサイズで"再"登場!”. 任天堂 (2016年9月30日). 2021年3月9日閲覧。
  74. ^ 小型ファミコン“Nintendo Classic Mini”が発表!! ファミコンタイトル30種類を内蔵し、11月11日に発売”. ファミ通.com. KADOKAWA Game Linkage (2016年7月15日). 2021年3月9日閲覧。
  75. ^ 任天堂の新ハードは手乗りファミコン、マリオなど30本入りの『NES Classic Edition』を60ドルで11月発売”. engadget 日本版. ベライゾンメディア・ジャパン (2016年7月15日). 2019年11月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月9日閲覧。
  76. ^ ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ日本版と海外版の違いまとめ”. ファミ通.com. KADOKAWA Game Linkage (2016年9月30日). 2021年3月9日閲覧。
  77. ^ 勝田哲也 (2018年5月14日). “「ファミコンミニ」に「週間ジャンプ50周年記念バージョン」が!”. GAME Watch. インプレス. 2018年5月14日閲覧。
  78. ^ a b QBQ 2016, p. 103.
  79. ^ 【レアソフト紹介】特殊:DATESHIP1200(データシップ)[出典無効]
  80. ^ QBQ 2016, p. 60.
  81. ^ 「ファミコイン」百万個 タイトー、アイデア商品でヒット、さらに増産へ」『ゲームマシン』第282号(アミューズメント通信社)、1986年4月15日、5面。
  82. ^ 沿革”. ブリヂストンサイクル. 2021年3月9日閲覧。
  83. ^ ゲームだけではない FCで健康作り ブリヂストンサイクルが開発」『ゲームマシン』第340号(アミューズメント通信社)、1988年9月15日、4面。
  84. ^ 山一証券がまずサンラインFで 野村証券は今秋スタート予定」『ゲームマシン』第315号(アミューズメント通信社)、1987年9月1日、1面。
  85. ^ a b c ファミコンを使った証券取引 FCトレード本格開始 野村、大和、日興が昨年の山一に続き7月から」『ゲームマシン』第337号(アミューズメント通信社)、1988年8月1日、1面。
  86. ^ 【レアソフト紹介】特殊:MCP-24(ファミコン用プリンター) [出典無効]
  87. ^ 月刊コロコロコミックNo.67(1983年11月号)、「おもしろテレビゲームベスト20」、pp.287-291
  88. ^ 滝田 2000.
  89. ^ ファミコン、13年ぶりの最新作ソフト!?”. ギズモード・ジャパン. メディアジーン (2007年4月25日). 2016年2月3日閲覧。
  90. ^ ファミコン、13年ぶりの新作ソフトを手に入れる方法(読プレあり)”. ギズモード・ジャパン. メディアジーン (2008年1月28日). 2016年2月3日閲覧。
  91. ^ Windows 10でファミコン用ゲームを開発する手順を解説した同人誌「ファミコンゲーム製作入門(SPECIAL版)」が入荷”. AKIBA PC Hotline!. インプレス (2018年12月8日). date=2018-12-14閲覧。
  92. ^ 自作のファミコンゲームを書き込めるカートリッジ「MAPPER 4 CARTRIDGE」が入荷”. AKIBA PC Hotline!. インプレス (2019年1月26日). 2023年1月30日閲覧。
  93. ^ FC用80ゲーム偽造版 販売業者を摘発 神奈川県警が著作権侵害で」『ゲームマシン』第415号(アミューズメント通信社)、1991年11月15日、4面。
  94. ^ 滝田 2000, p. 84.
  95. ^ a b 藤田 1999, p. 76.
  96. ^ 上村雅之; 今西紘史『社長が訊く「スーパーマリオ25周年」 (3ページ目)』(インタビュアー:岩田聡)、任天堂、2010年https://www.nintendo.co.jp/n10/interview/mario25th/vol2/index3.html2022年6月30日閲覧 
  97. ^ “苦戦の任天堂 巻き返し元年 他の時間つぶしてでも遊びを追求 ファミコン開発者 上村雅之氏”. 京都新聞 朝刊 (京都). (2013年7月13日) 
  98. ^ 岩崎啓眞 (2012年2月7日). “ハドソンがファミコンに参入するまで(3)”. 2015年2月20日閲覧。
  99. ^ 岩崎啓眞 (2012年2月11日). “ハドソンがファミコンに参入するまで(4)”. 2014年7月8日閲覧。
  100. ^ 岩崎啓眞 (2012年2月15日). “ハドソンがファミコンに参入するまで(5)”. 2014年7月8日閲覧。
  101. ^ 岩崎啓眞 (2012年1月25日). “ハドソンがファミコンに参入するまで(1)”. 2014年7月8日閲覧。
  102. ^ 岩崎啓眞 (2012年1月28日). “ハドソンがファミコンに参入するまで(2)”. 2014年7月8日閲覧。
  103. ^ スーパーファミコンを開発 「自分の能力知り、一生懸命が肝心」と 活躍する校友”. 千葉工業大学 (2005年2月15日). 2021年3月5日閲覧。
  104. ^ 高橋名人 (2016年4月14日). “ファミコンブームの誕生とハドソン成功の理由 1ページ目”. ITmedia ビジネスオンライン. アイティメディア. 2022年8月20日閲覧。
  105. ^ ファミコンブームの誕生とハドソン成功の理由”. ITmedia ビジネスオンライン (2016年4月14日). 2022年8月20日閲覧。
  106. ^ 土屋 1995, p. [要ページ番号].
  107. ^ “高橋名人”という社会現象――高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(前編)(5/5)”. ITmedia ビジネスオンライン. ITmedia (2009年3月12日). 2021年3月5日閲覧。 “そこで(任天堂の)社長さんがちょっと怒ったようで、「安く売るなら(出荷を)やめよう」となって、3カ月くらい出荷を止めたみたいです。”
  108. ^ 「メガドライブ」発表 セガ社が任天堂より先に16ビット家庭用を」『ゲームマシン』第343号(アミューズメント通信社)、1988年11月1日、4面。
  109. ^ 滝田 2000, p. 90.
  110. ^ 滝田 2000, p. 91.
  111. ^ 情報化白書1990 90年代情報化の展望』日本情報経済社会推進協会、1990年、103頁https://www.jipdec.or.jp/archives/publications/J0005024 
  112. ^ 滝田 2000, pp. 142–143.
  113. ^ 第6章 ファミコンバブルから衰退まで ファミコンブーム最高潮に”. 任天堂アーカイブプロジェクト. 2021年8月4日閲覧。
  114. ^ a b 上村, 細井 & 中村 2013, p. 157.
  115. ^ 早川清一朗 (2019年9月2日). “かつて子供たちが駆け込んだ夢の場所。「ファミコンショップ」の思い出”. マグミクス. mediavague. 2023年6月16日閲覧。
  116. ^ 謎解き本発行差止め ファミコンゲーム「ドラクエII」で初の司法判断」『ゲームマシン』第305号(アミューズメント通信社)、1987年4月1日、5面。
  117. ^ 「シルビアがおそってきたー!」名作マンガが残した『スパルタンX』シルビアの鮮烈なイメージ”. インサイド (2022年2月6日). 2023年2月23日閲覧。
  118. ^ a b OHTABOOKSTAND編集部 (2019年7月17日). “『ファミコンロッキー』作者 「一番反響があったウソ技はバンゲリングベイ」”. OHTABOOKSTAND. 2023年2月23日閲覧。
  119. ^ TVゲーム機の音楽を編曲して レコード化 細野氏編曲、ナムコのゲームで」『ゲームマシン』第235号(アミューズメント通信社)、1984年5月1日、6面。
  120. ^ "大胆に遊ぶLP盤" ナムコのTVゲームもとに製作。別に任天堂のEP」『ゲームマシン』第283号(アミューズメント通信社)、1986年5月1日、5面。
  121. ^ ファミコンからのレコード化 新レーベル誕生 業務用から家庭用、そして音楽へ」『ゲームマシン』第287号(アミューズメント通信社)、1986年7月1日、5面。
  122. ^ 日本物産がカセットテープ製作 「テラクレスタ」 本格的ゲームミュージックとして」『ゲームマシン』第291号(アミューズメント通信社)、1986年9月1日、4面。
  123. ^ ビデオゲーム・ミュージック コナミ、テクモも アルファレコードから次々発売」『ゲームマシン』第297号(アミューズメント通信社)、1986年12月1日、4面。
  124. ^ a b 「ファミコン」から映画も 夏休み向け2社 TVゲームは家庭用だけブーム?」『ゲームマシン』第288号(アミューズメント通信社)、1986年7月15日、4面。
  125. ^ ナムコのTVゲームでビデオ 「ナムコの伝説」 ファミコン音楽のレコードも発売」『ゲームマシン』第295号(アミューズメント通信社)、1986年11月1日、4面。
  126. ^ 森下 1986, p. 13.
  127. ^ 山本, 光藤 & 須藤 1988, pp. 291–292.
  128. ^ 山本, 光藤 & 須藤 1988, pp. 292–295.
  129. ^ 「ASCII EXPRESS : ファミコンで児童の視力が低下」『ASCII』第10巻第5号、アスキー、1986年、ISSN 0386-5428 
  130. ^ 吉井 1987, p. 50.
  131. ^ 山本, 光藤 & 須藤 1988, pp. 292.
  132. ^ QBQ 2016, p. 120.
  133. ^ 2月12日の衆院予算委 国会でファミコン論議 矢追氏の質問で首相も家庭用TVゲーム体験談」『ゲームマシン』第280号(アミューズメント通信社)、1986年3月15日、1面。
  134. ^ また国会で「ファミコン」論議 通産、業界指導に 3月7日衆院予算委で藤田氏質問」『ゲームマシン』第282号(アミューズメント通信社)、1986年4月15日、1面。






固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ファミリーコンピュータ」の関連用語

ファミリーコンピュータのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ファミリーコンピュータのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのファミリーコンピュータ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS