池上本門寺 考古学

池上本門寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/24 06:57 UTC 版)

考古学

池上本門寺には多数の近世(江戸時代)の墓所が分布し、狩野探幽墓所などは文化財指定を受けている。2002年(平成14年)から2003年(平成15年)には、重要文化財五重塔の解体修理に伴い、塔周辺の墓地整理が行なわれた。

大名墓として、米沢藩上杉家圓光院殿墓所、肥後熊本藩細川家清高院殿及び高正院殿墓所の3墓所、また奥絵師狩野家の4家(仲橋狩野宗家、鍛冶屋町狩野、浜町狩野、木挽町狩野)の1つ、木挽町狩野家2代目狩野養朴常信墓所、3代目狩野如川周信墓所、9代目狩野晴川院養信墓所の3墓所の発掘調査が、立正大学坂詰秀一教授を団長に、本門寺と大田区教育委員会、立正大学考古学研究室により実施された。

調査により、近世墓の上部構造と下部構造が考古学的に解明された。特に下部の埋葬施設に関しては調査例が僅かであり、重要な調査成果と評価されている。墓所は解体修理された後、若干位置を移動され、現在は補強の上復原整備されている。調査成果は発掘調査報告書として刊行された。発掘調査報告書は、本門寺霊宝殿受付にて購入可能。

紀州徳川家内室の墓所西側に南北方向に走る土手があり、池上氏館居館部分の土塁と考えられている。徳川家墓所に面した土塁東側斜面の一部には、墓所造営に伴うと見られる石垣で覆われている。大田区教育委員会によると、宝塔及び徳川氏墓所、大坊本行寺を含む台地西側の谷一帯は、池上氏館の根小屋(居館部分)であり、土塁は根小屋に付随する遺構と考えられている[7]

御会式

お会式 万灯練供養
  • 毎年10月11~13日に御会式が行われ、賑わう。約30万人が参詣に訪れ、多い年は100万人近くに上ることもある。この3日間で池上地区の商店街における年間売上の半分を占めると云われ、本堂から参道およびその周囲から池上駅前の本門寺商店街に至るまで広範囲にわたって多数の屋台が出店される。出店する屋台数は2000年ごろの時点で500店近く出店されていたが、2010年代に入ってからは350~400店数ほどの店舗数で推移しており、出店数は年を重ねる毎に減少している。かつては平均800店前後の出店数を記録しており、1000店以上出店されたこともある。
  • 非常に混雑するため、混雑に乗じた喧嘩掏り痴漢などのトラブルや犯罪も多く発生する。そのため、この地区を管轄する池上警察署は御会式が行われる3日間(特に「御逮夜」と呼ばれる2日目)は署員をほぼ総動員して交通規制や防犯パトロールにあたる[8]
  • 2日目の夜(「御逮夜」)に行なわれる万燈練供養がメインであり、これを見物するために全国各地から多くの参詣客が訪れ、屋台もそれに合わせて2日目をメインに出店される[注釈 2]が、2019年は御逮夜が行なわれる10月12日に令和元年東日本台風(台風19号)が直撃したため、屋台営業と共に中止となった(屋台営業は翌13日に順延して営業された)。
  • 2020年は9月下旬の時点で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行の終息の兆しがみられないため、万燈練供養および屋台出店の中止が発表され[9][注釈 3]、2年連続の中止(屋台営業は異例の完全中止)となった。
  • 2021年は9月1日の時点において新型コロナウイルス感染症の終息がみられないため、再び中止することを発表した[10]。この中止により、 万燈練供養は3年連続で中止(屋台出店は2年連続で中止)となった。
  • 2022年は新型コロナウイルス感染症が収束していないものの、万燈練供養は2018年以来の4年ぶり、屋台出店は2019年以来の3年ぶり(10月12日をメインとする出店は2018年以来の4年ぶり)に再開された。ただし、感染対策として規模を縮小したため、万燈練供養は2018年以前のように街中を練り歩く形式は採用されず、境内のみ、屋台出店も2019年以前のように広範囲に及ぶ出店は認められず、同じく境内のみでの出店となった。これにより、参詣客数に対して出店している屋台数の比率が低いため、各屋台には参詣客が長蛇の列で並ぶかたちとなった。
  • 2023年は新型コロナウイルス感染症が概ねの収束をみたため、萬燈練供養・屋台営業ともに2018年以来5年ぶり従来の形での開催となった。

ただし、屋台営業は従来よりも早い店仕舞いとなり、23:00ごろまでにはほぼ全ての店が営業を終了していた。

塔頭・周辺寺院

最盛期、塔頭は36寺院あった。移転・合併・廃寺などで、現在は本院である本門寺を含め24ヶ寺が「朗師講」と呼ばれ残っている。

朗師講

  • 長崇山本行寺 旧本山:池上本門寺 法縁:池上大坊顕の字法縁 - 三院家
  • 朗慶山照栄院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上柳嶋法縁 - 三院家
  • 妙祐山理境院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上芳師法縁 - 三院家
  • 妙玄山実相寺 旧本山:池上本門寺 法縁:池上芳師法類 - 芳師法類 類頭寺
  • 長栄山中道院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上中道法類 - 中道不二庵法類 類頭寺
  • 長栄山南之院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上芳師法縁
  • 蓮華山東之院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上芳師法縁
  • 慈性山安立院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上芳師法縁
  • 大経山心浄院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上芳師法縁
  • 法寿山本光寺 旧本山:池上本門寺 法縁:池上芳師法縁
  • 東照山常仙院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上中延法縁
  • 朗栄山本妙院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上中延法縁
  • 慧光山厳定院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上大坊顕の字法縁
  • 長栄山西之院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上大坊顕の字法縁
  • 微妙山真性寺 旧本山:池上本門寺 法縁:池上大坊顕の字法縁
  • 長荘山養源寺 旧本山:池上本門寺 法縁:池上神楽坂法縁
  • 不変山永寿院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上神楽坂法縁
  • 喜昇山本成院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上柳嶋法縁
  • 広布山覚源院 旧本山:池上本門寺 法縁:池上柳嶋法縁
  • 妙教山法養寺 旧本山:池上本門寺 法縁:小西法縁
  • 玄性山妙雲寺 旧本山:小湊誕生寺 法縁:通師雑司谷法縁
  • 覚応山長勝寺 旧本山:小湊誕生寺 法縁:潮師法縁
  • 法光山善慶寺 旧本山:品川本光寺 法縁:什師法縁

移転・合併・廃寺

  • 辻之坊 妙玄日理尼建立、日悟開基[11]1684年ごろから1688年まで(貞享年間)に開創。玄理坊と改称後江戸時代末期までに東之院と合併した[11]
  • 本成坊 喜多院と合併後本成院と改称し現在まで存続。
  • 北之坊 喜多院と改称後本成坊と合併した後、本成院と改称した。
  • 成就坊 1536年厳定院と合併した。
  • 不二庵 1754年中道院と合併した。
  • 覚蔵坊 自證坊と改称[12]安立院と合併したらしい。
  • 宝樹坊 日法の庵室[13]西之院寛政年間(1624-1644年)以後合併した[13]
  • 妙玄庵 1727年享保12年)大坊坂wikidata付近に日等の隠棲所として開創。別名妙玄坊、要玄坊[注釈 4]1923年浅草新寺町から池上に移転した実相寺と合併した。
  • 蓮光坊 開基妙教日理[15]。妙教庵と改称後、下谷稲荷町から池上に移転した法養寺と合併した。
  • 坂本坊 1903年山口県宇部市に移転した。現在は朗栄山本興寺と称する。
  • 法雲院 開基日等[16]。延寿坊と合併[16]後廃絶。
  • 延寿坊 法雲院と合併[16]後廃絶。
  • 樹下庵 1748年開創。現在は廃絶。
  • 戒善坊 開創年未詳。現在は廃絶。
  • 詮量坊 開創年未詳。現在は廃絶。
  • 住行坊 開創年未詳。現在は廃絶。
  • 長延坊 開創年未詳。現在は廃絶。
  • 明静坊 開創年未詳。現在は廃絶。
  • 法性坊 開創年未詳。現在は廃絶。
  • 精善坊 開創年未詳。現在は廃絶。
  • 妙寿坊 松榮山沙寿寺、開基日玄[17]。開創年未詳。1878年岐阜市に移転するも近年廃寺となる。

注釈

  1. ^ 他の6寺院は清澄清澄寺、小湊誕生寺、中山法華経寺、北山本門寺、京都妙顕寺、京都本圀寺。1941年(昭和16年)3月2日に日蓮宗、顕本法華宗、本門宗の間で3宗が新たな日蓮宗に合同する決議の際、身延山久遠寺を総本山、従来の大本山に顕本法華宗の京都妙満寺、本門宗の北山本門寺を加え七大本山とすることが合意されたのが最初。その後1947年(昭和22年)妙満寺は日蓮宗を離脱(本多日生上人記念財団法人統一団ホームページ「関連研究 日蓮宗三派合同と分離独立(昭和の三派合同)」)。小湊誕生寺は1946年(昭和21年)大本山に復帰。清澄清澄寺は1949年(昭和24年)真言宗より日蓮宗に改宗し大本山とされた(東山真生「日蓮宗本山寺院ガイド」『日蓮の本』1993年、学習研究社、102〜112ページ)。
  2. ^ 一部の屋台は1日目から営業しており、最終日である3日目まで営業している屋台もあるが、殆どの屋台は2日目のみ営業する。
  3. ^ ただし、『御會式』はもともと祭ではなく、日蓮の入滅を偲ぶ法事であるため、一般向けの御會式は中止されても法事としての御會式自体は檀家を含む寺院関係者の間では通常通り行なわれた。
  4. ^ 『新編武蔵風土記稿』では要玄院[14]
  5. ^ 蛍沢法縁と提携関係にある為、厳密には「土富店法類」と称する。

出典

  1. ^ 池上本門寺ホームページ「本門寺とは? 由来-日蓮上人御入滅の霊場-」より。
  2. ^ 文化財建造物保存技術協会編『修復の手帖』、文化財保護法50年記念協賛事業実行委員会、2001、pp.23 - 25
  3. ^ 「新指定の文化財」『月刊文化財』567号、第一法規、2010
  4. ^ 竣工時の画像が複数あり。 佐伯建設 公式ウェブサイト
  5. ^ TBS系「はなまるマーケット」はなまるカフェ 2010年12月22日放送分より、猪木本人談
  6. ^ 圓鍔勝三「大本山本門寺仁王像謹作をひかえて」『史誌』6号、大田区史編纂室、1976年。
  7. ^ 大田区教育委員会社会教育部社会教育課文化財係編『考古学から見た大田区』大田区教育委員会、1993年、大田区の文化財:第29集、第30集。
  8. ^ 池上警察署 管内の名所 池上本門寺
  9. ^ 万燈練供養中止のお知らせ 池上本門寺公式サイト、2020年8月24日発表。
  10. ^ 万灯練供養中止のお知らせ 池上本門寺公式サイト、2021年9月1日閲覧
  11. ^ a b 新編武蔵風土記稿 東之坊.
  12. ^ 新編武蔵風土記稿 自證坊.
  13. ^ a b 新編武蔵風土記稿 西之坊.
  14. ^ 新編武蔵風土記稿 妙玄坊.
  15. ^ 新編武蔵風土記稿 妙教庵.
  16. ^ a b c 新編武蔵風土記稿 法雲院.
  17. ^ 新編武蔵風土記稿 妙壽坊.
  18. ^ “松濤園の一般公開、始まる”. Qnewニュース. (2018年5月4日). https://qnew-news.net/news/2018-5/2018050405.html 2018年7月10日閲覧。 






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