エンバク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/28 04:42 UTC 版)
利用
種子は飼料または食用として、また、藁は飼料として利用される。
食用
食用とする場合、エンバクは利用しやすいよう押し麦や挽き麦とするか、製粉される。脱穀し乾燥させて粒としたあと、加熱してローラーをかけるとフレーク(ロールドオーツ)となる。エンバク粉にする場合、粒としたあと、加熱して製粉をおこなう。この粉をふるいにかけ、エンバク粉とフスマ(オートブラン)とに分けて、どちらも食用とする[27]。
穀物食品の中ではミネラル・タンパク質・食物繊維を最も豊かに含むが、ビスケットなどには使われるものの、グルテンを持たないため小麦ほどパンの原料には向かない。粗挽きもしくは圧扁したもの(オートミール)を水や牛乳などで炊いた粥は、エンバクの食用時の利用法として最も一般的なものであり、エンバク栽培地域である北欧や東欧では古くからどこでも食されてきた。塩味をつけることもあるが、砂糖やジャムなどを入れて甘くして食べることも広く行われている。さらに19世紀後半にアメリカにおいてエンバクのフレーク化技術が開発されたことで調理にかかる手間が大幅に軽減され、軽く煮るだけで調理できるオートミールは朝食として定番のシリアルとなった。このオートミールは開発国であるアメリカはじめ、ヨーロッパ諸国などでも広く食されている。こうしたオートミールにはいわゆる押し麦であるロールドオーツや、エンバクの粒を2つか3つほどにカットしたスティール・カット・オーツがあるほか、この調理過程をさらに簡略化し、お湯を注ぐだけでオートミールができあがるインスタント・オートミールも市販されている。
また、オートミールに玄米や麦などを混ぜ、蜂蜜や油を混ぜて焼き、さらにドライフルーツを混ぜてできあがったものがグラノーラであり、フレーク状で食される。またそれを固めて棒状にしたグラノーラ・バーもおやつや健康食品として市販されている。また、ふやかしたオートミールに果物やナッツを混ぜたミューズリーもシリアル食品となっている[22]。グラノーラとミューズリーの差は、加熱処理の有無である。こうしたシリアル食品とは別に、オートミール自体を製菓原料とすることもある。パンやクッキー、ケーキなどの生地に混ぜ込むほか、オートミール・クッキーなどは代表的なエンバクの菓子であり、欧米では各社から販売されている。イングランドの北部においてはオートミールと糖蜜からパーキンと呼ばれるケーキが作られる。
他には、エンバクのフスマをオートブランと呼び、欧米では水溶性食物繊維の代表格として健康食品となっている。
この他、植物性ミルクとして、他の穀物と同じように代替乳を作ることができ、オーツミルクとして市販されている。またビールやウィスキーの材料としても使われる。
エンバクを食用に主に用いていた国は、スコットランドやベラルーシなどである。
スコットランド
スコットランドにおいてはエンバクは主穀であり、主にポリッジ(粥)として食べられた。現代においてもスコットランドにおいてオートミールのポリッジは一般的なものである。また、ポリッジをさらに水分を多くしてやわらかく炊いたグルーエル(重湯)とすることもある。エンバク粉に小麦粉を混ぜて焼き上げたオートケーキも、古くからスコットランドで利用されてきた[28]。オートケーキは甘みがなく塩味で、エンバクは膨らまないために薄く焼き上げられており、主に軽食用とされる。オートケーキのほかに、同じく小麦粉にエンバク粉を練りこんで砂糖を加え甘く焼き上げたビスケットも多く販売され、こちらは菓子となっている。また、ベーキングパウダーや塩を入れて作るバノックと呼ばれるクイック・ブレッドの材料ともなる[29]。スコットランドの名物料理であるハギスは、ゆでたヒツジの内臓のミンチにタマネギとハーブを刻み入れ、つなぎとしてエンバクを入れたのちに牛脂と共にヒツジの胃袋に詰めてゆでる[30]か蒸すかしたプディングである。スコットランドにおいては、エンバクはブラックプディングのつなぎとしても使用される。また魚料理の衣に混ぜてさくっとした食感を出すのに使われたり、スープに入れとろみをつけるのにも用いられる。
アイルランド
アイルランドにおいてはジャガイモの伝来まではエンバクはもっとも広く用いられた穀物であり、ジャガイモ伝来によってとってかわられたのちもオートミールやオートケーキを食用とする習慣は残った。
ベラルーシ
ベラルーシにおいてはエンバクは最も利用された穀物であり、主にカーシャ(粥)に使用された。ただし、パンを焼くときはより膨らみやすいライムギが主に使用された。また、ベラルーシの伝統的スープであるジュールはエンバク粉から作られる[31]。
アルプス
アルプス山脈の農村においても、エンバクは主な食料とされた。この地方ではエンバク、ライムギ、コムギをつくっていたが、コムギはほとんど取れず、ライムギの収量もそれほど多くはなかったので、日常食としてエンバクを食べ、ライムギパンも日常食ではあるがより高級なものとして扱い、そしてコムギのパンは祝日にしか食べていなかった。この地方ではエンバクはパンまたは粥にして食べていたが、パンといってもエンバクは上述の通り膨らまないので、小麦粉をつなぎに少しだけ使用して厚さ2㎝程度の薄いパンというよりビスケット状のものにして食べていた。これは風味は良かったが非常に硬いものであり、1950年代から1960年代にかけて交通網の整備などにより安いライムギ粉や小麦粉が入ってくると、この地方でエンバクを食することはほとんどなくなった[32]。
アメリカ
アメリカにおいては、エンバクはスコットランドからの移住者によって持ち込まれたものの、食用利用はスコットランド人の多い地域に限られ、ほとんどの地域では食用とはされていなかった。これが変化するのはロールドオーツをはじめとする19世紀後半の技術革新以降であり、さらにケロッグやクエーカーオーツカンパニーをはじめとする食品企業がこれを大規模な広告戦略とともに売り出したため、19世紀末以降に急速に食用として普及した。現代においてはオートミールやグラノーラなどのシリアル食品が簡便で健康的な食品として広く利用されているほか、オートミール・クッキーやオートミール・マフィンなどは一般的な菓子として広く親しまれている[22]。
中国
中国においてエンバクを使用するのは内モンゴル自治区や山西省など北西部の一部に限られるが、食用とする地域においては麺や餃子をはじめ、エンバク粉を用いた多彩な料理が存在している[33]。
日本
日本には明治時代初期に導入され、特に北海道において栽培された。日本での利用は馬の飼料、特に軍馬の飼料として栽培が奨励されたため、太平洋戦争前には栽培面積が10万ヘクタールを割り込むことはなく、特に太平洋戦争中の1940年から1944年にかけては13万1,080ヘクタールを数え最高を記録したが、太平洋戦争後は軍馬の生産がなくなり軍需が消滅したうえ、モータリゼーションの進展による自動車の普及によってウマの飼育が激減し、ウマの飼料が主要目的だったエンバクの栽培面積も激減した[34]。
人間の食用とされる例は少ない。その数少ない例として、昭和天皇の洋食タイプの朝食にはいつもオートミールが供されており[35]、映画『日本のいちばん長い日』によると、1945年8月15日の朝食もオートミールであり、思いのほか質素な食事であると作中で言及されている。しかし21世紀を迎えたころから、シリアル食品の普及によりオートミールやグラノーラが国内企業によって生産されるようになり、エンバク食品が国内で広く流通するようになった。さらに健康志向の高まりによってグラノーラ・バーやオートブラン配合の健康食品なども各社から発売されるようになった。
現在、日本においては北海道で生産されており、国内向けのオートミール用に出荷されている。ほかに日本各地で栽培はおこなわれているが、輪作の一環として飼料用や緑肥用[36]とされるのがほとんどであり、食用としての収穫はほぼなされていない。飼料用としての栽培は多く、サイレージ用や青刈りなどで牧草として使用され[37]、冬作飼料作物としての栽培はイタリアンライグラスに次ぐものである[38]。主に温暖な地域では秋播きして越冬させるが、寒冷な地域では春播きして夏または秋に収穫する[39]。
また、一般的に「猫草」として売られている物の多くは燕麦である。
飼料
エンバクの用途のうち最も重要なものは飼料用であり、特に馬の飼料として盛んに利用されたが、軍馬の生産がほぼ停止し輸送用の需要も急減した現代では馬の飼育数が激減し、そのためエンバクの栽培が減少傾向をたどる主因ともなっている。ただしエンバクはウマがよく好む飼料であり、食物繊維の含有量も高く、ウマの濃厚飼料としては現代においても最もよく使用されるものである[40]。エンバクが飼料として好まれるのはウマの嗜好のほか、エンバクはでんぷんが少なくエネルギーが低いため、厳密な飼料の計算が必要ではなく扱いやすいということも挙げられる。日本でのウマの飼育においては、国産のほかオーストラリア産、カナダ産、アメリカ産のエンバクが主に使用される。ウマの飼料としてはエンバクの穀粒そのもののほか、押し麦も使用される。押し麦は消化が良くなるものの栄養素が穀粒に比べやや損なわれる[41]。それ以外の動物、たとえばニワトリの飼料原料の一つとして使用されることもある[42]。
なお、エンバクの新芽を食べる猫がいることから、飼い猫用に猫草栽培キットとして、またはすでに10数cm程発育したものがペットショップやDIYショップなどで売られていることもある。[43]
緑肥
緑肥としても利用され、透水性などの土壌物理性の改善や硝酸態窒素の水系への流亡抑制などの効果がある(Avena sativaのほかAvena strigosaも利用される)[4]。
その他の利用
カドミウムをはじめとする重金属の吸着にすぐれている性質を利用して、稲やソルガム(モロコシ)と共にカドミウムによる土壌汚染の修復(バイオレメディエーション)に利用される。
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