井戸
『鏡の乙女』(小泉八雲『天の川物語その他』) 〔第37代〕斉明天皇の御代(655~661)に百済から渡来した鏡が、保元の頃、京極辺の屋敷の井戸に棄てられた。鏡の精が、井戸の主である毒龍に仕え、美女の姿となって、人々を井戸の中へ誘いこんだ。足利時代に到り、毒龍は井戸を去って、信濃の鳥井の池に移り住んだ。そこで神官松村兵庫が井戸から鏡を引き上げ、将軍義政に献上した。
★1b.井戸から亡霊が出る。
『番町皿屋敷』(講談)第11~12席 女中お菊が、主人青山主膳秘蔵の10枚の皿のうち1枚を、誤って割る。青山主膳はお菊を折檻し、死罪を宣告する(*→〔宝〕3a)。お菊は「人手にかかるよりは」と、自ら屋敷内の古井戸に身を投げて死ぬ。その後、毎夜お菊の亡霊が井戸から現れて、「1つ、2つ、3つ、・・・」と皿を数え、「9つ、・・・ああ悲しや、1つ足らぬ」と言って泣く〔*この後日譚を語るのが→〔禁忌〕7bの『皿屋敷』(落語)〕。
静御前の伝説 静御前は吉野山で源義経と別れた後、西生寺境内の井戸に身を投げた。その後、静御前の亡霊が火の玉となって、井戸から現れるので、蓮如上人が済度した。7日間の法会の満願の夜、静御前の亡霊は「迷いから脱して、成仏できました」と、蓮如上人に夢告した(奈良県吉野郡吉野町菜摘)。
★1c.テレビに映る井戸から亡霊が現われ、テレビの外へ出て来る。
『リング』(中田秀夫) 念じるだけで人を殺す超能力を持つ少女・山村貞子は、井戸に突き落とされて死んだ。テレビ画面に、その井戸が映し出される。見ていると、井戸の中から、長い髪で顔を隠した白装束の貞子の亡霊が、這い出て来る。貞子の亡霊はだんだん近づき、ついにテレビ画面から外へ出る。見た人はその場で死ぬ。
★2a.井戸の中の呪宝。
『青いあかり』(グリム)KHM116 魔女が、青いあかりを空井戸に取り落とす。旅の兵隊が魔女に頼まれてあかりを探すが、魔女はあかりだけ受け取って、兵隊を井戸に落とそうとする。魔女と兵隊は争い、兵隊は青いあかりを持ったまま井戸の底に残される。兵隊が青いあかりでパイプに火をつけると、黒い小人が現れ、兵隊の命ずる仕事をしてくれる〔*兵隊は小人の助けで井戸から出、魔女をしばり、王女と結婚する〕。
『三国志演義』第6~7回 董卓が洛陽に火を放って長安に遷都する。呉の孫堅が洛陽に入って消火活動をし、夜、宮廷の南の井戸から5色の光が昇るのを見て水中を探り、「受命於天、既寿永昌」と印した伝国の玉璽を得る。「これは天子の位に登る吉兆」と孫堅は喜ぶが、翌年彼は戦死する。
★2b.井戸の中の大金。
『長者番付』(落語) 三井家の先祖は越後の浪人で、六十六部となって諸国を廻り、ある時、伊勢の荒れ寺で一夜を過ごした。真夜中に、庭の井戸から火の玉が3つ出て、ふわりふわりと寺内を飛び、明け方にまた井戸の中へ戻った。六十六部が井戸を覗くと空(から)井戸で、底に千両箱が3つ重なっている。彼はこの金を元手に江戸で呉服店を開き、生まれ故郷にちなんで屋号を「越後屋」とした。井戸の中の3千両のおかげだから、三井の紋は、井桁の中に三という字が書いてある。
*「井戸の中に3千両ある」との嘘→〔井戸〕4bの『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「招く骸骨」。
*井戸の底のこんにゃく→〔霊〕3bの『百物語』(杉浦日向子)其ノ68。
『聴耳草紙』(佐々木喜善)163番「長い名前(その2)」 某家で、子供が長生きするようにと、「チョウニン・チョウニン・・・・」で始まる百文字ほどもある長い名前をつける。ある日この子が井戸に落ち、目撃者が家に知らせるが、名前が余りに長いため、報告し終わらないうちに、井戸の中の子は水を飲んで死んでしまった。
『竹斎』(仮名草子) ある家の幼児が井戸に落ち、皆が騒いでいるところへ、藪医者竹斎が通りかかる。竹斎は、膿を吸い出す膏薬を井戸の蓋に貼り、「すぐ吸い上げるから待ち給え」と請合うが、幼児はそのまま井戸の底で死に、竹斎は皆から袋叩きにされる。
★3b.井戸に落ちて現世では死ぬが、死後の世界では幸せになれる。
『沙石集』巻2-5 地蔵を信仰する一家があった。その家の幼い子供が井戸に落ちて死んでしまったので、母は地蔵に恨み言を言った。その夜の夢に地蔵が現れ、「これは前世から定まった寿命だ。しかし後世(ごせ)は助けてやるぞ」と告げる。地蔵は、井戸の底から子供を背負って救い出した。この夢を見て、母の嘆きも少しやんだ。
『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治) バルドラの野原に1匹の蠍がいて、小さな虫を殺して食べていた。ある日蠍は、いたちに追われ、井戸に落ちて溺れる。蠍は「同じ死ぬのなら、私の体をいたちに与えてやれば、いたちも1日生きのびただろうに」と思い、神に祈る→〔さそり〕1。
『孟子』巻3「公孫丑章句」上 孟子が言った。「人間には皆、惻隠(=あわれみ)の心が生まれつき備わっている。たとえば、幼児が井戸に落ちそうになっているのを見かければ、誰でも駆けつけて助けるであろう。惻隠の心はすなわち『仁』の芽生えである」。
『ルカによる福音書』第14章 水腫をわずらう人がいた。安息日にもかかわらず、イエスはただちにその人の病気を治した。律法学者やパリサイ(ファリサイ)人たちにむかい、イエスは言った。「自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか」。
『伊曾保物語』(仮名草子)下-23 盗人が、子供の着物を剥ぎ取ろうと、寄って来る。それを察知した子供は、「井戸に黄金の釣瓶を落とした」と、嘘を言って泣く。盗人はこれを信じ、着物を脱いで井戸に下りて、釣瓶を探すが見つからない。その間に子供は、盗人の着物を奪ってどこかへ逃げてしまった。
★4a.井戸に身投げする。
『七賢人物語』「第二の賢人の語る第二の物語」 若妻が老騎士の夫に飽き足りず、愛人と姦通して深夜に帰館する。怒った老騎士が戸口に錠を下ろしたので、若妻は「井戸に身を投げる」と言って、大きな石を井戸に投げこむ。老騎士は驚いて外へ出、その隙に若妻は館内に入って、老騎士を締め出す〔*『鸚鵡七十話』第25話に類話があり、そこでは商人とその妻という設定〕。
★4b.井戸に死体を隠す。
『影男』(江戸川乱歩)「善良なる地主」 死体を隠すためにわざわざ穴を掘るのは、発覚しやすい。綿貫清二(=影男)は前もって古井戸つきの空き地を買っておき、井戸に死体を放りこんでから、業者に「土地を転売するので、整地して井戸も埋めてくれ」と頼む。これが、穴を掘らずにすみ、しかも公然と埋めることができる死体隠匿法なのだった。
『銭形平次捕物控』(野村胡堂)「招く骸骨」 両替屋主人の徳五郎を、甥・由兵衛と番頭・与市が共謀して殺し、死体を屋敷内の古井戸に捨てる。由兵衛は徳五郎に代わって両替屋の主人になるが、与市は別件で逮捕され三宅島へ流される。与市は島で重病にかかり、由兵衛だけがいい目を見ているのが癪にさわって、島で知り合った治郎助に「両替屋の古井戸に3千両隠してある」と言う。治郎助は3千両を得ようとして、古井戸から徳五郎の死体を掘り出してしまい、由兵衛の犯罪が発覚する。
*「金目(かねめ)のものだ」と思って盗んだら、死体だった→〔泥棒〕3。
*実際に井戸の底に3千両あることもある→〔井戸〕2bの『長者番付』(落語)。
★5.井戸のもとの男女。
『古事記』上巻 ホヲリ(山幸彦)が海神の宮を訪れ、井のほとりの桂の木に登った。水汲みの侍女がホヲリを見つけて、海神の娘トヨタマビメに告げ知らせ、トヨタマビメは外に出てホヲリを見、たいそう気に入った。ホヲリはトヨタマビメの婿になり、海神の宮で3年を過ごした。
『創世記』第24章 アブラハムが老僕に、「我が故郷ナホルへ行き、我が息子イサクの嫁とすべき娘を捜して来い」と命ずる。老僕はナホルの町はずれの井戸で、夕方、水汲みに来る女たちの中から美女リベカを見出す。老僕はリベカの父と兄から結婚の許諾を得て、彼女をイサクのもとへ連れて行く。
『毘沙門の本地』(御伽草子) 金色太子は、死後大梵王宮に転生した妻天大玉姫に逢うべく、金泥(金麗)駒に乗り、肉身のまま大梵王宮の黄金の筒井まで行って、井のもとの高さ1由旬の赤栴檀の木に登る。姫は水を汲みに来て、水に映る太子を見、2人は再会する→〔冥婚〕4。
★6a.井戸のもとで遊んでいた子供たちが、成長後、夫婦になる。
『伊勢物語』第23段 田舎暮らしの子供たちが、井戸の所で遊んでいた。幼なじみの男女は互いに思い合い、親の勧める縁談を断った。男は「かつて井筒で測った私の背丈は、今や井筒よりもすっかり高くなった」という歌を贈り、女もそれに返歌して、2人は結婚した。
『井筒』(能) 旅の僧が在原寺を訪れ、里の女が筒井の水を汲んで業平の塚に手向けるのを見る。女は紀有常の娘の霊であり、遠い昔この井戸のもとで、子供時代の彼女と業平は仲良く遊び、語らい合っていたのだった。その夜、旅の僧の夢に、有常の娘の霊が現れ、業平の形見の衣を着て舞った。
★6b.『伊勢物語』第23段・『井筒』(能)の明治時代版。井戸端に落とした財布がきっかけで、男女が深い関係になる。
『耽溺』(岩野泡鳴) 「僕(田村義雄)」は妻と子供たちを東京に残し、脚本執筆のため国府津に部屋を借りる。ある日、「僕」が井戸端に落としたがま口を、隣の料理屋「井筒屋」の芸者吉弥(きちや)が拾ってくれる。その夜、「僕」と吉弥は関係を結ぶ。吉弥には大勢の男がおり、「僕」は身受けの金を工面するが、結局、吉弥と別れる。しばらくして浅草に住む吉弥を訪れると、彼女は梅毒性の眼病を患っていた。
『ホレのおばさん』(グリム)KHM24 継娘が糸巻きを井戸に落として継母から叱られ、「取って来い」と命ぜられる。継娘は井戸に飛び込んで意識を失い、気づくときれいな草原にいた。継娘は草原を歩いてホレのおばさんの家に行き、そこでしばらく奉公して、黄金を身体中につけて帰る。継母の実子が真似て井戸に入るが、怠け者だったので、黒いどろどろのチャンが身体につく。
『酉陽雑俎』巻15-580 百姓が井戸を掘るが、普通より1丈余り深く掘っても水がなかった。思いがけず、下方から人や鶏の声が聞こえ、壁ごしのように近かった。百姓は恐れ、掘るのをやめてしまった。
*井戸をどんどん掘って行ったら、屋根があった→〔屋根〕4の『下の国の屋根』(昔話)。
*井戸をのぞいて、死者の名前を呼ぶ→〔魂呼ばい〕1の『源平布引滝』3段目「九郎助住家の場」。
★8.火を吐く井戸。
『異苑』27「火井」 蜀の国に、火を吐く井戸があった。漢帝室の隆盛時には火炎が燃え盛り、漢帝室が衰えると火も弱まった。諸葛孔明が1度その井戸をのぞいたら、また火勢が盛んになった。景耀元年(258)、ある人が蝋燭を投げこむと火は消え、その年、蜀は魏に滅ぼされた〔*蜀が滅んだのは正しくは炎興元年(263)〕。
★9.湯がわく井戸。
産斉水(うぶゆみず)の伝説 大和町和木の王子原、奥の谷の林に薬師堂があり、その横に深さ2尺ほどの小井戸がある。昔、この井戸には湯がわき出ており、赤ん坊の産湯に使っていた。ある時、1人の老婆がむつきを井戸へ投げ込み、それきり湯は出なくなった(広島県加茂郡大和町)。
『イスラーム神秘主義聖者列伝』「ハサン・バスリー」 メッカへ巡礼に向かう人々が砂漠で渇し、ある井戸へ辿り着いた。手桶も綱もなかった。聖者ハサンが礼拝を始めると、井戸の水が上がって来て、巡礼者たちは水を飲むことができた。1人が皮袋で水を汲もうとしたところ、水は井戸の中に沈んでしまう。ハサンは「あなた方は神を信じていなかったから、水は井戸の底へ沈んだ」と言った。
*井戸(あるいは井)に姿を映す→〔水鏡〕1aの『パンチャタントラ』巻1-8・〔水鏡〕1dの『大和物語』第155段・〔水鏡〕3aの『古今著聞集』巻7「術道」第9・〔水鏡〕5の『天道さん金ん綱』(昔話)。
*井戸の中で命をねらわれる→〔継子殺し〕4の『舜子変』(敦煌変文)。
*井戸へ落ちて、瓶(びん)から出て来た→〔ウロボロス〕4bの『一千一秒物語』(稲垣足穂)「どうして酔いよりさめたか?」。
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