冥婚
『怪談牡丹灯籠』(三遊亭円朝)6~16 お露は萩原新三郎を恋い慕って死に、新三郎は、カランコロンと下駄の音をさせて通うお露を死霊と知らずに、契りを重ねる。隣家の伴蔵がのぞき見ると、骨と皮ばかりの女が新三郎に抱きついている。やがて新三郎は、死霊に取り殺される。
『捜神記』巻16-24(通巻399話) ある男が「美女が通って来る」と言って様子がおかしいので、知人が、「それは化け物だから殺せ」と勧める。男が美女に切りつけると彼女は腿に傷を負って逃げ、その足跡は大きな墓の所まで続いている。棺の中には美女の死体があり、腿に傷があった。
『ファウスト』(ゲーテ)第2部第3幕 ファウストは、幽冥界から連れて来られた古代ギリシアの美女ヘレナと結婚する。ファウストはヘレナと抱き合い、恍惚として時空の感覚を失う。2人の間には息子オイフォリオンが生まれるが、オイフォリオンは空を飛ぼうとして墜死し、ヘレナは冥府に戻る〔*ヘレナの美でファウストを堕落させようとしたメフィストフェレスの企ては、成功しなかった〕。
*この世の男が、墓に葬られている娘と結婚する→〔墓〕10に記事。
*現世の男が冥界の女と結婚しようとして失敗する→〔椅子〕1の『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第1章。
★2.人間界の男が、冥界の女を生き返らせようと試みるが、できなかった。
『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(程小東) 若者寧(ニン)は旅の途中で美女小倩(シウシン)と出会うが、彼女は幽霊だった。彼女の墓から骨壺を堀りおこし、生家に戻せば、生き返って人間になれる。しかし地獄の千年魔王が、小倩を花嫁にしようとさらって行く。寧は道士燕(イン)とともに地獄へ乗り込み、千年魔王と戦って、小倩をこの世へ連れ戻す。その時すでに夜が明けており、朝日の光に当たったため、小倩は生き返ることができず、寧に別れを告げて消えていった〔*原拠の『聊斎志異』巻2-49「聶小倩」では、小倩は寧の妻となって1男を産み、何年か後に黄泉へ帰ったと記す〕。
*人間界の男の失策により、冥界の女の蘇生が不可能になった→〔禁忌〕8bの『捜神記』巻16-21(通巻396話)。
『今昔物語集』巻10-18 漢の代、霍将軍は妻が死んだので御殿を造って妻を葬り、毎日食物を供えて礼拝する。1年後のある夜、妻が生前の姿のまま現れ、将軍を捕らえて共寝をしようとする。将軍は逃げ出すが、妻の手で腰を打たれ、夜中に死ぬ。
★4.現世の男と冥界の女が、ともに転生することによって結婚が可能になる。
『毘沙門の本地』(御伽草子) 金色太子は肉身のまま天界・地獄界を旅し、大梵王宮に転生した亡妻天大玉姫と再会する。太子は現世の人、姫は冥界の人ゆえ、そのままでは添い遂げることができないので、大梵王のはからいで、2人は福徳山に毘沙門天王・吉祥天女となって顕れ、永遠の契りを結ぶ。
『火の鳥』(手塚治虫)「太陽編」 霊界の存在である狗族の娘マリモが、狼頭人身の少年ハリマを慕う。しかしハリマは本来の人間の姿に戻ったので(*→〔狼〕2d)、ハリマと霊界との縁が断ち切られ、マリモは泣き悲しむ。それから1千年以上の長い年月、ハリマとマリモは何度も転生し、21世紀の初め頃に、人間の少年スグルと少女ヨドミとなってめぐり会う。「光」一族と「シャドー」たちとの戦争によって、スグルもヨドミも死に、肉体を捨てる。彼らは霊界でともに狼の姿になる。空に火の鳥が現れ、スグルとヨドミを招く。
『幽霊と未亡人』(マンキーウィッツ) 未亡人ルーシーが借りた海岸ぞいの屋敷には、4年前に死んだグレッグ船長の幽霊が住んでいた。一緒に暮らすうち、2人の間に恋愛感情が芽ばえ始めたので、グレッグ船長はルーシーに「生きた人間の男とつきあえ」と告げて、去る。しかしルーシーは、女たらしの既婚者にだまされそうになり、人間の男への関心を失う。長い年月がたち、老いたルーシーを、グレッグ船長が迎えに来る。肉体を抜け出たルーシーは若い頃の姿に戻り、グレッグ船長と手を取り合って、屋敷から出て行く。
『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)19 女神イシスの夫オシリスは、テュポン(=セト)によって殺された。イシスは死後のオシリスと交わって、ハルポクラテスを産んだ。この子は早産で、下半身が虚弱だった〔*オシリスの死体の上に、鷹の姿でうずくまるイシスを描いた古画があるという。イシスは死体から精液を吸い上げたのである〕。
『幽明録』40「幽霊の欲情」 ある身分高い人が亡くなった後、県令の王奉先が夢でその人に会った。王奉先が「あの世でも欲情はありますか?」と問うと、その人は「私の家の侍女に某日のことを聞け」と答えた。王奉先は目が覚めてから侍女の所へ行き、尋ねてみる。侍女は「その日は、殿様がおいでになった夢にうなされました」と言った。
★8.生前関わりのなかった男女を合葬し、冥界での夫婦とする。
『三国志』魏書・武文世王公伝第20「鄧哀王沖伝」 曹操の息子・曹沖(=倉舒)は13歳の時、病気にかかって死んだ。曹操は悲しみ、甄(しん)氏の亡くなった娘を曹沖のために娶(めと)って、合葬した〔*魏書・袁張涼国田王ヘイ管伝第11「ヘイ原伝」では、曹操は、倉舒をヘイ原の娘と合葬したいと望んだが、ヘイ原は『合葬は礼に外れる』と言って断った、と記す〕。
冥婚
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/01 12:42 UTC 版)
冥婚(めいこん)は、生者と死者に分かれた者同士が行う結婚のこと。陰婚(いんこん)、鬼婚(きこん)、幽婚(ゆうこん)、死後婚(しごこん)、死後結婚(しごけっこん)、死霊結婚(しりょうけっこん)などとも呼ばれる。英語では ghost marriage、あるいは、spirit marriage、Posthumous marriage または necrogamy と言う。
一つには、神話・伝説等の物語の上で、そのような境遇の男女が行うものを言い、いま一つには、結婚と死生観に関わる習俗の一つとして現実に存在するものを指して言う。
物語・史実として
![]() |
この節の加筆が望まれています。
|
神話や伝説における冥婚の物語は冥婚譚とも呼ばれ、世界に広く存在する。 古代エジプトにおける、弟に殺された太陽神オシリスと生ける女神イシスの死後の世界での結婚は、最もよく知られた冥婚譚の一つである。2神は生と死で分かたれながらも夫婦として交わり、一子ホルスを儲けている(cf. オシリスとイシスの伝説)。 ギリシア神話でも、冥界の女王である女神ペルセポネーを妻にしようとした生者のペイリトオスが盟友テーセウスとともに大神ハーデースが待つ冥府へ赴くが、これなどは果たされることなく終わる冥婚である。
『三国志』の魏伝にて、曹操の八男曹沖の葬儀にあたって、同時期に亡くなった甄氏の娘の遺体をもらいうけて曹沖の妻として埋葬したという記述がある。曹沖は13歳という若さで未婚のまま夭折したため、その霊を慰めるために同じく未婚のまま死んだ少女と結婚させたと考えられる。
唐の中宗の子李重潤は、大足元年(701年)、武則天の寵臣であった張易之・張昌宗兄弟を排除する謀議を行ったとして、武則天により死を賜ったが、神龍2年(706年)に中宗が即位すると、これを悼み、懿徳太子と追封し、皇太子の格式で改葬し、乾陵に埋葬した。死去に際し、正妃を娶っていなかったため、中宗は国子監の裴粋の早世した娘との冥婚を行い合葬している[1]。
習俗として
習俗としての冥婚は、結婚と死生観に関わるものとして、中国を始めとする東アジアと、東南アジアに古くから見られる。
死者を弔う際、その魂がまだこの世にあるうちに、それと見立てた異性と婚礼を挙げさせ、夫婦としたのち、死の世界に送り出すものである。対象となる死者は基本的に未婚男性であるが、ときに既婚男性や未婚女性の場合もある。広義では、南スーダンのヌエル族などに見られる死後結婚 (en) も同じものとして扱う。
英語では、冥婚を ghost marriage、あるいは、spirit marriage と言うが、儒教文化圏の冥婚を他文化のものと区別して、Chinese ghost marriage、Minghun (中国語名に準じたラテン文字転写形)などとも呼ぶ。
その性格上、最も過激な形としては、結婚相手は命を奪われ、夫婦として共に埋葬される。だが、そのような辛辣なものばかりがこの風習の全てではない。同時期に亡くなった未婚女性と結婚させて共に葬る場合もあれば、人間の女性に見立てた花嫁人形を遺体と共に柩(ひつぎ)に納める場合もある。また、そのような花嫁人形のほかに故人の結婚式を描いた絵を奉納するものもあり、他にも、既婚・未婚のいかんを問わず生きている異性と結婚させ、その相手方に形見の品(位牌など)を供養させるものなど、時代や地域によって形態はさまざまである。
現代日本の場合、青森県および山形県の一部で行われる、未婚の死者の婚礼を描いて寺に奉納する「ムカサリ絵馬」が、比較的穏やかな性質の冥婚として挙げられる[2]。
沖縄の冥婚については渡邊欣雄による報告が挙げられる[3]。グソー・ヌ・ニービチと呼ばれるその冥婚が執り行われた理由は、後妻として嫁いだ女性の位牌が生家に安置されていたからである。その祖先は初代で、今の戸主から数えて6代前の女祖であった。沖縄では女祖の位牌を一つだけ安置するのは原則に反するとして、位牌が生家から婚家に移され、夫や先妻の位牌と共に納められた。
中国
中国の山西省・陝西省をはじめとする地域にこの風俗が強く、第三者が金銭で誘拐や殺人を請け負い、面識のない少女が殺害される事件もあった[4]。
また、死者の遺族が病院や葬儀場を監視して、従業員と取引し、冥婚相手となる新鮮な遺体と引き換えに金銭を渡すこともある[5]。
台湾
台湾では紅包と呼ばれる赤い封筒が冥婚に使われる。本来紅包は現地でご祝儀のやり取りや餞別を入れて感謝を伝える用途で使われるものであるが[6]、この風習の場合その意味合いは異なる。女性が未婚のまま亡くなると、道端に遺族が紅包を置く。通行人がそれを拾うとそれを監視していた遺族が出てきて、死者との結婚を強要される。そのため、安易に封筒を拾うことは危険であるとされる。結婚には死者が相手を気に入る必要があり、その有無は占いで判断される。封筒には現金や遺髪、死者の生前の写真などが入っている[7][8]。この風習自体は古来からのものではなく最近になって始まったもので、過激に取り上げられていることが2012年に国立台北芸術大学大学院の修士論文で冥婚を取り上げた李佩倫によって指摘されている。2015年現在は実際に起きればニュースになるほど下火になっていた[9]が、2017年に公開された映画『血観音』および同年のテレビドラマ『通霊少女』による影響で再び広まったとされている[10]。
フランス法における死後婚姻
フランスでは、民法において死後の婚姻が定められている。すなわち、将来の夫婦の一方が死亡し、死亡した者の承諾に疑いがない場合、大統領は、重大な理由があれば、婚姻を認めることができるものとされている(民法171条1項)。婚姻の効力は死亡した配偶者が死亡した前日に遡って生じる(同条2項)。もっとも、財産の相続権は生じないし、婚姻関係があったとみなされるわけでもない(同条3項)。この規定によって婚姻をした女性は、死亡した男性の姓を名乗ることができ、また、女性の子供は男性の子供として認知される。2009年には、アフガニスタン駐留中に戦死した兵士の婚約者の女性が、ニコラ・サルコジ大統領に死後の婚姻を認めるよう直訴して認められるという出来事もあった[11]。
脚注・出典
- ^ 「中宗即位,追贈皇太子,諡曰懿德,陪葬乾陵。仍為聘國子監丞裴粹亡女為冥婚,與之合葬。」(『旧唐書』卷八十六 列伝第三十六: 高宗中宗諸子)
- ^ 『呪術の本』 学習研究社、2003年、10-11頁、63頁、ISBN 4056029512
- ^ 『世界のなかの沖縄文化』 1993年 渡邊欣雄 沖縄タイムス社 26-27
- ^ “CCTV-法治频道-道德观察”. www.cctv.com. 2020年11月28日閲覧。
- ^ “死体と結婚する中国の奇習「冥婚」とは何なのか 殺人事件まで引き起こす闇取引の実態”. (2022年1月2日) 2021年1月2日閲覧。
- ^ 杉山正 (2010年10月18日). “死刑の世界地図01 中国、韓国、台湾―それぞれのかたち”. 朝日新聞GLOBE. 2015年11月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月4日閲覧。
- ^ 深津庵 (2016年2月20日). “【新作】死んだ人と結婚する“冥婚”を題材にしてしまった問題作 『赤い封筒』”. ファミ通. 2016年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月5日閲覧。
- ^ “路上撿紅包驚見髮絲 新北已婚男差點迎娶「鬼新娘」”. ETtoday 東森新聞雲 (2015年6月22日). 2016年3月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月4日閲覧。
- ^ “新聞請輸入搜尋關鍵字鬼月拾獲皮夾、紅包袋 男子憂冥婚 不敢花”. 東森新聞 (2015年8月31日). 2016年6月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月4日閲覧。
- ^ 田中美帆 (2020年8月3日). “SNSでバズった「冥婚」 台湾の伝統的風習のホントのところ”. 2020年8月4日閲覧。
- ^ 高木昭彦「愛は不変 仏女性『死後結婚』」『西日本新聞〈朝刊〉』、西日本新聞社、2008年9月12日、2010年4月4日閲覧。
関連項目
- >> 「冥婚」を含む用語の索引
- 冥婚のページへのリンク