天使 天使の概要

天使

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/06 04:22 UTC 版)

歌を歌う天使達。ウィリアム・アドルフ・ブグロー (1881)。
旧約聖書『エゼキエル書』1:4-5に登場する天使。左がオファニム、他にメルカバーハシュマル英語版が書かれている。キリスト教の他の聖書(イザヤ書41:10、ルカによる福音書 2:9-10など)では、天使は度々「恐れるな」と一言添えてから登場することから、人間から一目見て恐れられることを自覚していると考えられる。
セラフィム。ヴィクトル・ヴァスネツォフ (1885-1896頃の作品)。

語源

英語の angel はギリシア語のアンゲロス(ἄγγελοςangelos)に由来し、その原義は「伝令」「使いの者」である。古代ギリシア・ローマ世界では、アンゲロスは生身の人間としての伝令を表す言葉であると同時に、神々と人間の中間の霊的存在としての伝令を指す言葉でもあり得た。古代の非キリスト教徒のネオプラトニストは、アンゲロスを神々やダイモーンのような超自然的存在として扱った[1]。また、「密使」を意味するペルシア語の「アンガロス」や「神の霊」の意であるサンスクリットの「アンギラス」も、ギリシア語のアンゲロスとともに語源に挙げられることがある[2]

ユダヤ教における天使

天使は、ヘブライ語ではマルアハ (םַלְאָךְ [mal’aḵ]) という。これは「遣わす」を意味する語根 √l’k の派生語である。

ユダヤの伝承では、天使サンダルフォンメタトロンなどが存在する。サンダルフォンなどは背の高さが世界の大きさの半分に達するなど、「御使い」としての天使とはかなりイメージや存在が異なる。

また、ユダヤ教の聖書(キリスト教でいう旧約聖書)に明確に記述される天使に関しては、キリスト教の天使と認識はあまり変わらない。

キリスト教における天使

キリスト教において天使は主の御使いである。天使 (angel) の語源は「伝令」(messenger) を意味する後期ギリシア語英語版ἄγγελος (ángelos) である。ヘブライ語聖書(キリスト教でいう旧約聖書)で天使を指しているヘブライ語の מלאך (mal'akh) も同じ意味である。

語源が示すように、旧約・新約双方において、天使が神のお告げを伝える伝令としての役目を負っている場面はいくつも描かれている。また、天使たちは人間が歩む道すべてで彼らを守るよう神から命じられている(詩91:11)。

しかし、ヨハネが天使より与えられた黙示を伝えるという体裁を取った黙示録では、伝令の枠に収まらない働きをしており、天使が吹きならすラッパにより世界に災厄が訪れたり、天使たちが天で悪魔と戦ったり(黙12:7-9)している。また マタ25:31-36 の記述から、最後の審判にも天使が関わるものと考えられている。

マタ24:36より、天使は全知ではないと考えられ、トマス・アクィナスもこれを支持している [3][4][5]

訳語

ギリシア語原典ではアンゲロス(の変化形)となっている箇所は、『新共同訳聖書』等では「天使」と訳されているが、1954年版の日本聖書協会翻訳 のようにこれを「御使い」と訳しているものもある。

日本正教会ではアンゲロス等の訳語として「天使」、「神使」、「神の使い」が用いられる[6]

ただし、旧約聖書に登場する「神の使い」の中には、神として書かれているものもあり、それゆえ天使ではなく受肉前のイエス・キリストを表すものと考えられるものもある。[7]

天使の姿、人格、実在性

天使たちは肉体を持つのか、それとも完全に霊的 (spiritual) なものなのかについては、教父たちの間でも意見が分かれている。日本正教会は、天使は物質的な世界ではなく霊的な世界に属するが[6]、「しばしば人間の目に見える形で現われたり」するとしている[6]

今日の絵画では天使に翼が描かれることが多いが、聖書には天使の翼に関する記述は少なく、初期の絵画では天使に翼は描かれないこともあった[8]。天使に翼が描かれている中で知られているうちで最古のものは、テオドシウス1世の治世(379年–395年)に作られた「君主の石棺」である[9]

マルコ12:25から天使に性別はないものと思われる。絵画では天使を男性風に描く場合も女性風に描く場合もあるが、19世紀までは性別がわからないように書くのが普通で、女性に見える場合も胸がないのが普通であった[10]

宗教改革者ジャン・カルヴァンは『キリスト教綱要』でキリスト教徒を守るために遣わされる御使いについて教えており、今日の福音派においても、神の御使いとしての人格をもった天使が存在すると考えられている[11][12][13]。ただし、カルヴァンは綱要でローマ・カトリックの天使に関する教えについて批判している。

自由主義神学(リベラル)では、天使は擬人的表現であるとも捉えられ、天使が実在するとは必ずしも考えられていない。一方、福音派では、聖書は天使の存在を当然としているのであって、人格をもった天使が存在することは聖書の教理であると信じられている[14]

ラバトーリによる説明

2013年、ローマ・カトリック教会の最上位天使学者であるレンゾ・ラバトーリ神父は「天使は実在する。だが翼はない。それは光の筋のような存在である。」と発表した。ラバトーリ神父はさらに、「天使の存在を感じるほどには、その姿を見ることはない」、「クリスタル製の花瓶で屈折した太陽光に少し似ている」と語った[要出典]

天使の創造

万物は神によって造られたものなので (コロ1:16)、天使もまた神の被造物であると考えられ、カトリック教会では公会議でそのように規定された(第4ラテラン公会議第1バチカン公会議)。天使の創造は人間の創造よりも前だとされる(第4ラテラノ公会議の第1カノンにおける信仰告白 Firmiter credimus [強くわれらは信ず……][15])。

日本正教会も、天使の属する霊的な世界は我々の物質的な世界に先立って創造されたものであり[6]、よって特に天使は人間よりも前に創造されたとしている[6]

天使の階級

中世以降、天使の階級にはさまざまなものが提案されているが、それらにおいて広範な影響を与えたのは神秘思想家偽ディオニシウス・アレオパギタの著作『天上位階論英語版』が提示した図式である。

新プラトン主義的な存在の階層構造に沿った聖なる秩序の思想を示したこの著作は、天上の位階(ヒエラルキア)について記述し、天上の存在者を三階層の三つ組に配した。これが後の神学者にも引用され、天使の「天軍九隊」または「九歌隊」として広く知られるようになった。

なお、ユダヤ教ではこれとは異なる階級が想定されている。

上位三隊 「父」のヒエラルキー

中位三隊 「子」のヒエラルキー

下位三隊 「聖霊」のヒエラルキー

日本正教会は、この階級を聖伝として認めている(ただし訳語は異なる)[6]

天使の名称

天使集会(英語版) ("Собор Архистратига Михаила"). 七大天使を描いた正教会のイコン。左から右へと順にイェグディエルガブリエルセラフィエルミカエルウリエルラファエルバラキエル。中央にあるキリストのインマヌエルのマンドルラ(全身を包む楕円形の身光[16])の下に、青の智天使と赤の熾天使を描いている。

聖書には大天使 (Archangel) という呼称が二度登場しており(一テサ4:16ユダ1:9[注 2])、ミカエルという天使が大天使の一人として挙げられている。

ミカエル以外にも、ダニエル書には名前のついた天使としてガブリエルが登場し、聖書外典ないし第二正典のトビト書にはラファエルが登場する。カトリック教会ではこの2人も大天使とみなされている[17]。また、ラファエルは自身を「聖者の栄光の御前に行き来する七人の聖なる天使の一人」(七大天使)と表現している(トビ12:15)。

教父たちはウリエルという天使に頻繁に言及しており、キリスト教では時に大天使とみなされるものの、これは聖書外典第四エズラ書に登場するのみで、聖書正典には登場していない[18]

カトリック教会では聖書に名前が登場するガブリエル、ラファエル、ミカエル以外の天使に名前をつける行為を推奨していない[19]

正教会聖伝では、千人もの大天使がいるとされるものの[20]、名前で崇拝されているのは七大天使のみである[21]。 正教会の七大天使は前述したミカエルガブリエルラファエルウリエルセラフィエルイェグディエルバラキエルを加えたものである(8番目としてイェレミエルを加えることもある)[22]

一方、旧約聖書続編を認めないプロテスタントは ユダ1:9 に登場するミカエルのみを大天使とみなし[23][24]ダニ9:21 の記述によりガブリエルを(大天使ではない通常の)天使としている。

守護天使

守護天使(しゅごてんし)は、キリスト教徒の一人一人に付き添って信仰を守り導く天使のこと[25]。神が人間につけた天使で、その守護する対象に対して善を勧め悪を退けるようその心を導くとされる[26]カトリック教会参照)。 守護天使の存在がカトリック教会で肯定されている(『公教要理』、『カトリック教会のカテキズム』)。

イスラム教における天使

イスラム教では、天使の存在は信徒(ムスリム)が信仰すべき六信のひとつである。アラビア語で単数形マラク (مَلَك [malak]) でヘブライ語からの借用語とみられるが、通例、複数形のマラーイカ ( مَلائِكة [malā'ika])、マラーイク ( مَلائِك [malā'ik]) で呼ばれる。マラーイカは唯一神であるアッラーフが創造した存在であるが、神と人間の間で仲立ちを務める、霊的に神と人間の中間の存在であるとされる。イスラム教での天使もユダヤ教、キリスト教での天使とほぼ同じである。

ジブリールから啓示を受ける預言者ムハンマド(集史より)。

マラーイカは数多く存在するが、その頂点にあるのがジブリール (جبرئيل‎ [Jabra'īl]、جبرائيل‎ [Jabrā'īl, Jibrā'īl]、جبريل‎ [Jibrīl])、ミーカーイール ( ميكائيل‎ [Mīkā'īl])、イズラーイール ( عزرائيل‎ [`Izrā'īl])、イスラーフィール ( اسرافيل‎ [Isrāfīl]) の四大天使である。ジブリールとミーカーイールはクルアーンに登場する。クルアーンには名前と役割の明らかな天使はそれほど登場しないが、ハディースなどの伝承において天使に関する様々な言及が存在する。それによれば、天使は神がから創造した存在で、主に天上にあって神を助ける役割を帯びている。

ジブリールはクルアーンに3度言及されており (Q 2:28-29, 66:4)、天使の筆頭とされる。イスラムの預言者ムハンマドに啓示を教えた存在として特に重要視されている。キリスト教での教義と同様にイエス(イーサー)の母マリア(マルヤム)に受胎告知を行った天使であり、またアブラハム(イブラーヒーム)がイサク(イスハーク)を犠牲に捧げようとした時に、神の命令によってこれを制止した天使もジブリールとされている。ミーカーイールはクルアーンで一度だけ「ミーカール ( مِيكَال‎ [Mīkāl])」と表記されてジブリールと並んで出て来るが (Q 2:98)、イスラム諸文献ではジブリールに比べると言及される頻度はあまり多くない。イズラーイールはクルアーンにも言及されている「死の天使 ( ملك المَوْت‎ [malak al-mawt])」(Q 32:11) のことと考えられており、死を司る天使とされている。魂を引き離す役割を担い、人間が世界のいついかなる場所にあっても予定された時に必ず現れて死をもたらす存在であるという。ただし、個人の死の予定については神が決めるため、イズラーイール自身には分からないという。イスラーフィールは終末審判の時に、その到来を告げるラッパを吹く天使とされる。頭は天に達し足は地に至るというほどの巨体であるという。終末に天使がラッパを吹くことはクルアーンで述べられているが、イスラーフィールという名は出て来ず、ハディースなどでその名前が知られている。

イスラム教では後に創造されたものであるほど優れているという考えがあり、アッラーフは天使に、最初の人間であるアーダムを礼拝するように命じた。天使は神を称讃して止まぬ存在で、神の唯一性(タウヒード)や啓示の真正さを確証する存在でもあるとされる。そのため、神の啓示を預言者たちに伝える役割を担い、終末にはラッパを吹き鳴らし、死者の生前の善行や悪行など行いの全てについてやその判決を記録する者ともされている。多くは神の天の玉座の周りを神を讃美しながら幾重にも巡っているといい、天の楽園の番人たちも天使の役割とされている。また、場合によっては個人の救済のために現れることもある。総じて、イスラム教の天使は、神の補佐役として様々な役割を遂行する存在である。


注釈

  1. ^ これら三宗教は比較宗教論上の共通点を有し、総称してアブラハムの宗教と呼ばれる。
  2. ^ リンク先ではそれぞれ「天使のかしら」、「御使のかしら」

出典

  1. ^ Luck, Georg. Arcana Mundi - Magic and the Occult in the Greek and Roman Worlds. The Johns and Hopkins University Press
  2. ^ グスタフ・デイヴィッドスン 『天使辞典』
  3. ^ Thomas Aquinas. “46”. Summa contra Gentiles. 2. http://dhspriory.org/thomas/ContraGentiles2.htm#46 
  4. ^ トマス・アクィナス. Summa Theologica. Newadvent.org. http://www.newadvent.org/summa/1050.htm 
  5. ^ Aquinas, Thomas. De substantiis separatis. Josephkenny.joyeurs.com. オリジナルの2010年12月12日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101212112433/http://www.josephkenny.joyeurs.com/CDtexts/SubstSepar.htm 
  6. ^ a b c d e f 日本正教会「天使と悪魔」
  7. ^ 60分でわかる旧約聖書(6)「ヨシュア記」”. メッセージステーション. 2019年9月9日閲覧。 “Ⅱ.カナンの地の征服( 5 : 13 ~ 12 : 24 )1.(3)① *この人物は、受肉前のイエス・キリストである。”
  8. ^ Proverbio (2007), pp. 81–89; cf. review in La Civiltà Cattolica, 3795–3796 (2–16 August 2008), pp. 327–328.
  9. ^ Proverbio, Cecilia (2007). La figura dell'angelo nella civiltà paleocristiana (in Italian). Assisi, Italy: Editrice Tau. p. 66.
  10. ^ en:Angels in art[出典無効]
  11. ^ ビリー・グラハム 『天使』 いのちのことば社
  12. ^ ヘンリー・シーセン 『組織神学』 聖書図書刊行会
  13. ^ マーティン・ロイドジョンズ 『キリスト者の戦い』 いのちのことば社
  14. ^ 尾山令仁 『聖書の教理』「神が造られた歴的世界」。
  15. ^ Internet History Sourcebooks Project: Twelfth Ecumenical Council: Lateran IV 1215(2015年11月20日閲覧)
  16. ^ コトバンク「mandorla」
  17. ^ en:Archangel[出典無効]
  18. ^ Souvay, Charles. "Esdras." The Catholic Encyclopedia. Vol. 5. New York: Robert Appleton Company, 1909. 5 Aug. 2013”. Newadvent.org (1909年5月1日). 2014年3月11日閲覧。
  19. ^ Congregation for Divine Worship and Discipline of the Sacraments, "Directory on Popular Piety and the Liturgy", §217
  20. ^ anaphora, Divine Liturgy of St. John Chrysostom
  21. ^ The World of The Angels Holy Transfiguration Russian Orthodox Church, Baltimore MD
  22. ^ Nicholai Velimirovic, November 8 Archived 2008年12月7日, at the Wayback Machine. Prologe From Ochrid
  23. ^ ビリー・グラハム (1995) Angels Thomas Nelson Inc, ISBN 9780849938719, p. PT31
  24. ^ Graham (1995) p. PT32
  25. ^ 『岩波 キリスト教辞典』541頁、宮崎正美「守護聖人・守護天使」
  26. ^ カトリック要理の友 第6課 天使 心のともしび運動本部編
  27. ^ 南條竹則 『悪魔学入門』 講談社、2010年。
  28. ^ 『新共同訳聖書』 コリント第二 6章15節。
  29. ^ 荒井献・他訳 『ナグ・ハマディ文書Ⅰ 救済神話』 岩波書店、1997年。
  30. ^ ダイアン・フォーチュン 『心霊的自己防衛』 国書刊行会、pp.187-189。
  31. ^ 鏡リュウジ 『天使のしあわせ運び 』 二見書房
  32. ^ 鏡リュウジ 『天使うらない』 小学館
  33. ^ 『岩波 キリスト教辞典』 p.780
  34. ^ 旧約聖書 エゼキエル書10章21節
  35. ^ 旧約聖書 イザヤ書6章2節
  36. ^ クルアーン35章1節
  37. ^ Angels Exist But Have No Wings, Says Church(2015年7月13日閲覧)


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