迷信 迷信の概要

迷信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/13 09:16 UTC 版)

概説

人々に信じられていることのうちで、合理的な根拠を欠いているものは多くあるが、一般的には、そのなかでも社会生活を営むのに実害があり道徳に反するような知識・俗信を「迷信」と呼んでいる。

何が迷信かという判定の基準は常に相対的で、通常は話者の理性による判断から見て不合理と思われるものをこう呼んでいる[3]

古来、人々は様々なことを信じており、その中には今日に至るまで受け継がれているものも多く「古代信仰」と捉えることもできる。ある人から見て、合理性を欠いていて社会生活に害があったり道徳に反している、と思えるものを「迷信」と呼んでいるのである。

現代の民俗学者は「迷信」という用語をあまり使わない。今日的な“善悪”の価値判断は、古来の民間知識同士の相互関係や、民間知識の社会や集団での役割などを分析するに際しては、不適切だからである。“迷信”という語は、あくまで現代人の知識を基準とした分類(レッテル)である。

歴史

日本の迷信として挙げられるもののひとつに《狐持ち》の迷信がある[2]。この考え方は、近世の中期のころ、出雲地方で現れ、やがて伯耆隠岐島前地区に伝わっていった[2]。《狐持ち》の迷信とは、「狐持ちの家系の人はキツネの霊を駆使して人を呪う」と信じている迷信のことである。「狐霊というのは人に憑いて憎む相手を病気にしたり、呪いをかけたりすることができる」と信じられてきた。《狐持ち》とされてしまった家系の人は、この迷信のため差別され、自由な結婚も認められないなどの苦痛を味わった。この迷信は根強く、現在でも忌み嫌われている地方があるほどである。これは国際人権規約 2条に抵触している。

明治維新後の日本では天社禁止令により陰陽道などが迷信として認定され、陰陽寮が廃止された。

大正時代の文部省制定教科書においては以下のようなものが迷信として列挙されていた[4]

迷信は地方により種々雑多にて、四国地方の犬神のごとき、出雲地方の人狐のごとき、信濃地方のオサキのごときは、特にその著しきものなり。
(一)などの人をたぶらかし、または人につくということのなきこと。
(二)天狗というもののなきこと。
(三)ということのなきこと。
(四)怪しげなる加持祈祷をなすものを信ぜぬこと。
(五)まじない、神水等の効の信頼すべからざること。
(六)卜筮、御鬮人相家相鬼門方位九星、墨色等を信ぜぬこと。
(七)縁起六曜日柄等にかかわることのあしきこと。
(八)その他、すべてこれらに類するものを信ぜぬこと。
世には種々の迷信あり。幽霊ありといい、天狗ありといい、狐狸の人をたぶらかし、または人につくことありしというがごとき、いずれも信ずるに足らず。また、怪しげなる加持祈祷をなし、卜筮、御鬮の判断をなすものあれども、たのむに足らず。およそ人は、知識をみがき道理を究め、これによりて加持祈祷、神水等に依頼するがごとき難儀の起こりしとき、道理をわきまえずして、みだりに卜筮、御鬮等によるがごときは、いずれも極めて愚なることというべし。

内山節は、1965年頃を境に「キツネに騙された」というような話が無くなったとしており、その背景として

  • 高度経済成長による山村の衰退
  • 戦前の精神主義がアメリカの科学力の前に完敗したこと
  • テレビなど口語体の情報の普及
  • 進学率向上
  • 集団就職などによる家・先祖を中心とした共同体の衰退
  • 自然が経済活動の場に変わったこと

といったことが関係していると考察している[5]

昔の人だけが迷信を信じていたわけではなく、現代でも人間というのは皆それぞれ、迷信や思い込みジンクスを心に抱いている[6][疑問点]。(都市伝説も参照)

迷信とは言い切れないもの

現代人に迷信だと思われているものの中には、科学的に検証してみると実は正しいものもある[7]。例えば「ネコが顔を洗うと雨」、「ヘソのゴマを取ってはいけない」などといった表現の裏には、それなりに確かな科学的根拠があり、先祖たちが言っていたことの中には、素直に信じると病気や災害を避けられるものも含まれている[7]

時代による前提条件や価値観の変化

例えば「夜にを切ると親の死に目に会えない」という表現がある。夜に爪を切ってはいけない、というのは作法としてそうなのだとも指摘されており、儒教の教えだという[8]。これを「夜爪(よづめ)」と言い、「世詰め(よづめ)」と語呂が同じで、短命という意味と重なり忌み嫌われた、と辞書などには書かれている[9]。また夜爪は「夜詰め(よづめ)」につながるともされた(通夜のことを夜詰めとも言う)[10]。迷信とされているものの中には、確かに単なる迷信にすぎないものもあるが、現代人が見落としているような意外な根拠がある場合もあるのである[11][12]。昔は照明器具が不十分で、手元が見えず危険だった。また切った爪の行方も見えず、後でそれを踏むと痛いということもあった[8]。いずれにしても、夜に爪を切ると何もいいことが無いから、夜に爪を切ってはいけないとされたという[8]

ただし、現在では明るい照明があるし、ケガをしない安全爪切りがある。だから夜に爪を切っても安全性に変わりは無い[13]。江戸時代と現代では前提条件が異なっているので、当時は効用があった表現が今ではそうではない[13]。上の「夜に爪を切るな」のように、経験則を総合して「おばあちゃんの知恵袋」やタブーが作られたということはそれはそれで良いとしても、それを聞く人はタブーをそのまま信じてしまう前に、そのタブーができた前提条件を正しく理解する必要がある、と西村克己は指摘した[13]

トンネル・坑山など坑内労働への女性の参加

日本では明治・大正期にトンネル工事や炭鉱労働に女性が従事していた記録が残っていたが[14]1928年(昭和3年)の鉱夫労役扶助規則の改正からトンネル工事や坑内労働には女性を参加させない方針(女人禁制)が貫かれており、それは「山の神を怒らせてしまう」という表現とともに継承されていた。労働基準法第64条の2は、原則として女性の坑内労働を禁止していたが(ただし、母性保護の観点からであり、具体的な内容は厚生労働省令で定めるものとされている)、男女共同参画社会の意識の浸透に伴い、そのような表現も含めて「女性差別だ」という声が上がり、「山の神を怒らせる」は迷信だと非難され、2005年(平成17年)にトンネル工事の女人禁制について規制の見直しが検討され、2006年の労働基準法改正で坑内での女性の管理監督業務が可能となった。


  1. ^ a b 大辞林
  2. ^ a b c 速水保孝『憑きもの持ち迷信 : その歴史的考察』明石書店、1999年。ISBN 4750312169NCID BA44244662https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002840309-00 
  3. ^ 広辞苑 第五版
  4. ^ 井上円了迷信と宗教』(青空文庫)
  5. ^ 内山節『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』p.34-69
  6. ^ スチュアート・A. ヴァイス『人はなぜ迷信を信じるのか: 思いこみの心理学』1999
  7. ^ a b 『バカにしちゃいけない迷信の教え: 信じる人は救われる』2004
  8. ^ a b c 日本の暮らし研究会 著『図解 日本のしきたりがよくわかる本: 日常の作法から年中行事・祝い事まで』p.30
  9. ^ 『岩波国語辞典』
  10. ^ 板橋作美『俗信の論理』1998 p.303
  11. ^ 蒲田春樹 『暮らしの伝承: 迷信と科学のあいだ』1998。
  12. ^ 花田健治『迷信の知惠: 縁起,タブー,ジンクスの実態をさぐる』 1981
  13. ^ a b c 西村克己『図解 戦略思考トレーニング』2008 p.64、第31章「失敗経験をタブーにするな」
  14. ^ 丹那隧道殉職碑には女性の殉職者の氏名が刻まれている。
  15. ^ タイのバナナ―その2―在京タイ王国大使館、2015年9月28日閲覧。
  16. ^ アカ族の基礎知識」Bridge International Foundation、2015年9月28日閲覧。
  17. ^ 小馬徹アフリカの人々と名付け 50 双子殺しとミッショナリーの時代」『月刊アフリカ』第39巻第2号、アフリカ協会、1999年2月、20-21頁、ISSN 02880423NAID 1200027397232021年11月24日閲覧 
  18. ^ 畜生腹”. デジタル大辞泉. コトバンク. 2015年9月28日閲覧。
  19. ^ 常光徹『しぐさの民俗学』ミネルヴァ書房 2006年、ISBN 4623046095 pp.285-299.
  20. ^ http://www.bioweather.net/column/kotowaza/gw36.htm
  21. ^ 赤字で,相手の宛名を書くのはNG”. 日経XTech. 2022年10月6日閲覧。
  22. ^ Superstition or Cultural Fact? Major Unlucky Numbers To Know About in Japan | Guidable” (英語). Guidable Guidable (2018年10月12日). 2022年9月23日閲覧。
  23. ^ 大阪大学大学院 生命機能研究科 認知脳科学研究室血液型と性格は関係があるか?
  24. ^ 松田薫『「血液型と性格」の社会史 : 血液型人類学の起源と展開』(改訂第2版)河出書房新社、1994年。ISBN 430924145XNCID BN11119383https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002396119-00 


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