医薬品 医薬品をめぐる問題

医薬品

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/18 04:20 UTC 版)

医薬品をめぐる問題

不正

医薬品の有害反応(副作用)の監視が適切に組織化されておらず、そして有害反応に関する情報は非公開とされていることもあり、その少ない情報における患者からの副作用の報告が監督庁に容認されないことすらある[24]。今まで処方箋医薬品であったものが、一般医薬品となる傾向もあり、副作用を把握する体制の弱体化ともなる[25]

処方箋医薬品の不正として、その有効性や副作用を詐称して販売することが一般化しており、深刻かつ反復的な犯罪であるとされる[26]。アメリカでは近年、違法に医薬品を販売したことによって、各製薬会社で罰金最高額を更新し合っており、一度で数十億ドルの罰金に達している[27]

医薬品へのアクセス

世界保健機関はWHO必須医薬品モデル・リストを定めており、必須医薬品がどの国家においても容易に入手・使用できるよう求めている。しかし、特に発展途上国においてこの要求は満たされていないことが多い[28]。これは、特に途上国において政府による医薬品規制が機能しておらず、高額な薬価や低品質な薬の問題が解決されていないこと、途上国向けよりも先進国向けの医薬品の方が多く製造されており、「顧みられない熱帯病」など途上国に蔓延する病気の治療薬の開発が遅れていることなどによる[29]。特許権保護により新薬を開発した製薬企業の権利が保護され、安価なジェネリック医薬品の製造が制限されることも問題の一因であるが、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS、トリップス協定)では医薬品特許は20年間保護されているものの、国家の緊急事態においてはこの特許を無視し、当該薬品を製造・輸入する、いわゆる強制実施権が同協定内で認められており、タイやインドなど数カ国で数度実施されたことがある[30][31]

かつて日本においては、海外で発売された新薬の承認の遅れ、いわゆるドラッグ・ラグが2000年代に深刻化しており、2010年には海外での初売り出しから日本国内販売までの期間が平均で4.7年に達していた[32]。これは先進12か国で最も遅い数字であり、最短のアメリカの2倍以上の期間となっていた[33]。これをうけて日本政府は国際共同治験の推進や[34]審査体制の強化を図り、2012年には審査時の遅れは解消され、ドラッグ・ラグ全体でも0.3年にまで短縮された[35]。その後ドラッグ・ラグはやや伸びたものの少ない数字を維持しており、2018年度には0.9年となった[36]

価格高騰

また、医薬品価格の上昇、とくに一部医薬品の高額化は全世界的な問題となっている。研究開発費の高騰により、画期的な一部の新薬は非常に高額なものとなり、日本でも2019年には1回の投与に3000万円を超える薬品も出現した[37]。同年にはアメリカでゾルゲンスマが承認され、価格は212万5000ドルと日本円で2億円を超える額となった[38]。ゾルゲンスマは日本でも2020年の保険適用時に薬価が1億6707万円となり、初の1億円超えの薬となった[39]

この医薬品の高騰が特に問題となっているのはアメリカである。同国の薬価は世界で最も高く、1人あたり国民の医薬品出費も最も大きくなっている[40]。アメリカは薬価基準制度が存在しないため価格の値上げが行いやすく、新規薬のみならず従来から使用されている薬においても大幅な値上げが行われることがある。2015年にはマーティン・シュクレリがエイズ治療薬であるダラプリムの価格を一気に55倍に引き上げ、アメリカのみならず全世界から強い批判を浴びた。このほかにも2010年代後半には薬価の高騰がさらに加速し、各社が大幅な値上げを行った[41]。このため薬価引き下げが政治的焦点のひとつとなり、2019年には民主党が薬価引き下げ法案の提出の動きを見せ[42]、また2020年にはドナルド・トランプ大統領が薬価引き下げを指示する大統領令に署名したものの、実現性は薄いとみられている[40]

日本の医療保険制度においては、薬価基準制度が存在しており、薬品価格の高騰には規制がかけられている[43]。患者の自己負担は薬価の3割(障害者高齢者の場合は2割や1割に減額される)であり、残りの7割が医療保険から支払われる[44]。しかし日本においても、高額医薬品の保険適用による、医療保険制度への財政負担も問題となりつつある[45]。そのため、国は医療保険財政の改善策として、先発医薬品に比べ薬価が低く同等の効果を持つ後発医薬品(ジェネリック医薬品)の使用促進策と[46]、薬局やドラッグストアなどで自分で選んで購入する一般用医薬品(市販薬)(このときに購入する医薬品をOTC医薬品と呼ぶ)の利用促進策に取り組んでいる。


  1. ^ 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局. 2013年6月22日閲覧。
  2. ^ a b c d 薬と健康の週間 一般用医薬品について”. 福島県薬剤師会. 2014年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月20日閲覧。
  3. ^ 医療事故を防止するための医薬品の表示事項及び販売名の取り扱いについて 厚生省医薬安全局長通知第935号(2000年9月19日) (PDF)
  4. ^ a b 長尾 2018, p. 21.
  5. ^ 処方せん医薬品等の取扱いについて 厚生労働省医薬食品局長通知第0330016号(2005年3月30日)、一部改正 0331第17号(2011年3月31日) (PDF)
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  7. ^ 長尾 2018, p. 234.
  8. ^ 長尾 2018, pp. 126–127.
  9. ^ a b c 長尾 2018, p. 127.
  10. ^ 無承認無許可医薬品の指導取締りについて”. 厚生労働省法令等データベースサービス. 厚生労働省 (1971年6月1日). 2016年5月22日閲覧。
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  12. ^ http://www.jpma.or.jp/medicine/med_qa/info_qa55/q33.html 「Q33 1つのくすりを開発するのに、どれくらいの年月がかかりますか。」製薬協 2020年8月10日閲覧
  13. ^ 長尾 2018, p. 76.
  14. ^ http://jasmo.org/ja/business/flow/index.html 「くすりができるまで」日本SMO協会 2020年8月10日閲覧
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  20. ^ OECD 2009, p. 28.
  21. ^ OECD 2009, p. 30.
  22. ^ OECD 2009, pp. 40–42.
  23. ^ 長尾 2018, pp. 20–21.
  24. ^ 国際医薬品情報誌協会 2005, p. 7.
  25. ^ 国際医薬品情報誌協会 2005, p. 11.
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  27. ^ Maia Szalavitz Sept (2012年9月17日). “Top 10 Drug Company Settlements”. TIME.com. http://healthland.time.com/2012/09/17/pharma-behaving-badly-top-10-drug-company-settlements/ 2013年2月23日閲覧。 
  28. ^ 詫摩 2020, pp. 191–193.
  29. ^ 詫摩 2020, pp. 193–197.
  30. ^ 詫摩 2020, pp. 200–202.
  31. ^ 現行特許法で初の強制実施権発動−日本企業の製薬ビジネスにも危機感−(インド) - JETRO 2012年03月19日 2020年9月13日閲覧
  32. ^ Q39 「ドラッグ・ラグ」とはなんですか。国と製薬産業は、どのような取り組みをおこなっていますか。 - 製薬協 2020年9月13日閲覧
  33. ^ OECD 2009, p. 134.
  34. ^ 長尾 2018, p. 226.
  35. ^ ドラッグ・ラグの試算(平成24~28年度) - 独立行政法人医薬品医療機器総合機構 2020年9月13日閲覧
  36. ^ ドラッグ・ラグの試算(平成26~30年度) - 独立行政法人医薬品医療機器総合機構 2020年9月13日閲覧
  37. ^ 1回3349万円…超高額薬キムリア、22日から保険適用 薬価の在り方に一石、患者側は期待も - 産経新聞 2019.5.21 2020年9月13日閲覧
  38. ^ 史上最高額、薬価2億3375万円の薬が米国で登場 - 日経バイオテク 2019.05.29 2020年9月13日閲覧
  39. ^ 医療保険ゆさぶる高額薬 1億6707万円、20日保険適用 - 日本経済新聞 2020/5/13 2020年9月13日閲覧
  40. ^ a b トランプ氏、薬価引き下げへ大統領令 選挙へアピール - 日本経済新聞 2020/7/25 2020年9月13日閲覧
  41. ^ 「一気に55倍も……値上げ相次ぐアメリカの薬価 問われるのは企業倫理だけか」 THE PAGE 2016/9/4 2020年9月13日閲覧
  42. ^ 米下院議長、薬価引き下げに向け法案公表 大統領に協力呼び掛け - ロイター 2019年9月20日 2020年9月13日閲覧
  43. ^ 長尾 2018, pp. 38–39.
  44. ^ 長尾 2018, p. 39.
  45. ^ 1回3349万円…超高額薬キムリア、22日から保険適用 薬価の在り方に一石、患者側は期待も - 産経新聞 2019.5.21 2020年9月13日閲覧
  46. ^ 後発医薬品(ジェネリック医薬品)の使用促進について - 日本国厚生労働省 2020年9月13日閲覧


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