口
『史記』「殷本紀」第3 殷の契の母は、燕の落とした卵を呑み、妊娠した。
『十八史略』巻4「南北朝」 梁の高祖武皇帝は、その母が菖蒲の花を呑んで、まもなく生まれた。
『捜神記』巻11-33(通巻295話) 零陽郡大守の娘が父の部下の書記を見そめた。娘は書記が手を洗った残り水を飲んで妊娠し、男児を産んだ。太守は、男児を部下たちの前に連れて行き、父親を捜させた。男児は書記の所まで這って行って抱かれようとしたが、たちまち水になってしまった〔*西行に関する類似の伝説がある→〔泡〕2の泡子塚の伝説〕。
『酉陽雑俎』巻2-59 天が下した玄黄の気が玄妙天女の口に飛びこみ、彼女は妊娠して、3千7百年後に老子が生まれた。別説では、日精が母の口に入り、呑むと妊娠して、72年後に老子が生まれた、ともいう。
*→〔精液〕1a、〔妊娠〕4。〔誕生〕7の『二人兄弟の物語』(古代エジプト)、〔星〕1aの『三国史記』巻2「新羅本紀」第2・『捜神後記』巻3-2(通巻27話)。
*臓腑(あるいは魂)が口に入って妊娠→〔山姥〕6の『嫗(こもち)山姥』。
*蝶が口に入って妊娠→〔蝶〕6の『キリシタン伝説百話』(谷真介)100「雪の三タ丸屋(サンタマルヤ)」。
『三国伝記』巻4-9 夢窓国師の母は観音に男児を祈り、金色の光が西から来て口に入ると夢に見、懐妊した。
『三宝絵詞』中-1 聖徳太子の母后は、金色の僧が「我は救世菩薩」と名のり口中に入る、と夢に見て懐妊した〔*『今昔物語集』巻11-1に類話〕。
『三宝絵詞』下-30 智証大師の母は、夢に空の日が口中に入ると見て懐妊した。
『太平記』巻12「解脱上人の事」 解脱上人は、その母が7歳の時、夢中に鈴を呑むと見て身ごもった子であるゆえ、「ただ人にあらず」として3歳より仏門に入れた。
*→〔妊娠〕2の『神道集』巻6-33「三島大明神の事」・〔光〕3aの『三国伝記』巻4-9・〔北斗七星〕4の『三国志演義』第34回。
『西京雑記』巻1 弘成子は若い時、燕の卵ほどの大きさで模様のある石を、通りがかりの人からもらった。彼はその石を呑み込んで頭脳明晰となり、天下に知られた大学者になった。後に彼は病気になって石を吐き出し、その石を弟子の五鹿充宗に与えた。五鹿充宗もまた大学者になった。
『今昔物語集』巻11-9 空海が、土佐の室戸崎で記憶力保持の求聞持法を行じていると、明星が口に入った。
『平家物語』(延慶本)巻1-4「清盛繁昌事」 平清盛37歳の2月13日夜半、「口あけ口あけ」と天に声あるを夢うつつに聞いて目覚め、口をあけると、武士の精という卵様のものが3つ喉に入る。それ以後、清盛は心たけく奢りはじめた。
『蒙求』141所引『晋書』 晋の羅含は少年時、昼寝して、美しい鳥が口中に入る夢を見た。叔母が「将来文才を発揮するであろう」と夢解きし、羅含は後に文名大いに上がった。
★5a.口から食物を出す。
『古事記』上巻 スサノヲが〔八百万(やほよろづ)の神々が、という解釈もある〕、オホゲツヒメに食物を請うた。オホゲツヒメは鼻・口・尻からいろいろな御馳走を出し、料理して、〔スサノヲに、あるいは八百万の神々に〕奉った。スサノヲはそのありさまをうかがい見て、「穢れた食物を食べさせるのか」と思い、ただちにオホゲツヒメを殺した。
『日本書紀』巻1・第5段一書第11 葦原中国のウケモチノカミ(保食神)が、首を国に向けて口から飯を出し、海に向けて口から魚類を出し、山に向けて口から獣類を出し、これらをツクヨミに奉った。ツクヨミは、口から吐いた物を勧められたことに立腹し、剣を抜いてウケモチノカミを殺した。
『黄金伝説』50「主のお告げ」 つねに「アヴェ・マリア」の2語を唱えていた騎士が死んだ。彼の墓からは、1本の美しい百合が生え出し、どの花びらにも「アヴェ・マリア」という金文字が記されていた。修道士たちが墓を開くと、百合の根は騎士の口から出ていた。
『往生絵巻』(芥川龍之介) 狩りに明け暮れる殺生好きな悪人・多度の五位は、法会の講師から「阿弥陀仏は、罪人も浄土へ救って下さる」と聞き、出家する。彼は「阿弥陀仏よや。おおい」と呼びながら、西へ西へと歩く。海辺まで来て、五位は松の木に登り、阿弥陀仏を呼び続ける。そのまま彼は死に、死骸の口には、真っ白な蓮華が開いた〔*原拠の『今昔物語集』巻19-14では、源太夫(=五位)の呼びかけに、海の中から阿弥陀仏が「ここにあり」と答える→〔呼びかけ〕6〕。
『じゅりあの・吉助』(芥川龍之介) 浦上村の某家の下男吉助は、切支丹宗門の信者となり、洗礼を受けて「じゅりあの」という名を与えられた。彼が役人に捕らえられ、磔(はりつけ)になった時には、大雷雨が刑場へ降り注いだ。死骸の口の中からは、1本の白い百合の花が咲き出た。
★5c.口から、良いもの悪いもの、いろいろなものが出てくる。
『仙女たち』(ペロー) 高慢な姉と心優しい妹がいた。水を請う貧しい女に、妹は泉の水を汲んで与える。女は仙女であり、返礼に、妹の口から花や宝石が出るようにしてくれる。姉は仙女に水を与えず、口から蛇やひき蛙が出るようになる。妹は王子と結婚し、姉は森でのたれ死ぬ。
『雑談集』(無住)巻6-6「霊之事」 尾州に住まいする、筆者(=無住)の知人の妻が、物狂いとなった。これは、うわなり(=知人の愛人)が妻を呪咀したからであった。僧が加持すると妻は、呪いの人形や、熱田神宮の鳥居に打たれた釘を、口から吐き出した〔*同書には、蛙を口から吐き出す物語もある→〔蛙〕5a〕。
*口から十字架が出てくる→〔十字架〕3の『黄金伝説』143「聖フランキスクス(フランチェスコ)」。
★6a.魂は、口から人体に入る。
『なぜ神々は人間をつくったのか』(シッパー)第2章「魂、霊、影」 アダムを作る4千年前、アッラーは自らの息で男の魂を作った。アッラーは魂に、「私の姿そっくりに作った男の像の中に入れ」と命ずる。魂は「男の像の口が深くて暗い」と言って、いやがった。アッラーは、「お前が好むと好まざるとにかかわらず、お前は男の像の中に入るだろう。そして、好むと好まざるとにかかわらず、像から出て行くだろう」と告げた(アラブの神話)。
『茶碗の中』(小泉八雲『骨董』) 若党関内が、茶碗の中に映る見知らぬ若侍の顔を、茶もろとも飲みこむ。その夜から彼の身辺に、いろいろな怪事が起こり出す。物語は未完で、「魂を飲みこんだらどんな結果になりそうであるか、読者みずから解決されたほうがよいと思う」と結ばれる。
『視霊者の夢』(カント)第1部第1章 魂は非物質的存在とは断定できず、何らかの物質的基礎を持つ可能性もある。だから、「人間の魂となるべきもろもろの原子を、われわれはコーヒーと一緒に飲み込んでいるかもしれぬ」というライプニッツの冗談めいた発想も、笑いとばすべきではないかもしれない。
『変身物語』(オヴィディウス)巻12 ケンタウロスたちとラピタイ族が戦った時、ケンタウロスの1人キュラロスは、飛んで来た槍で致命傷を負った。彼の恋人ヒュロノメーは、自分の口をキュラロスの口につけて、魂の逃げ道をさえぎろうと試みたが、彼は息絶えた。
『女神のお守り』(アイヌの昔話) 上の天を守る神の息子に嫁が来た。しかし嫁は、7色の糸のラウンクッを巻いていた(*→〔守り札〕4)。色糸のラウンクッの女は夫に不幸をもたらすと言われていたので、神の息子の母親は、鼻の穴や口から魂が飛び出さないように、左手を鼻にあて、右手で口をふさいで、驚きあきれた→〔虹〕2c。
『物知り老人』(アイヌの昔話) ある男が2人の妻を持っていた。夫の留守中に2人の妻は、ミントゥチ(=河童の化け物)を退治した(*→〔性器(女)〕5)。それを聞いた夫は、驚きのあまり身体から魂が飛び出さないように、口と鼻をおさえて驚いた。
★6e.出て行った魂は、もう一度口から入れなければならない。
『今鏡』「打聞」第10「敷島の打聞」 男が、ともし火の炎の上に愛人の姿が浮かぶのを見て驚く。男は「これは不吉だ。火の燃えている部分をかき落として、本人に飲ませねばならない」と言って紙に包むが、いろいろな用事にまぎれ、1日2日過ぎて愛人のもとへ行くと、すでに愛人は死去した後だった〔*愛人の身体から抜け出た魂を、もとの身体に戻そうとしてできなかった、ということである。『今昔物語集』巻31-8に類話〕。
*出て行った魂が、口に戻れない→〔魂〕3の『ドイツ伝説集』(グリム)248「小鼠」。
*出て行った魂が、口の中に戻る→〔魂〕2の『ドイツ伝説集』(グリム)433「眠る王」・461「眠る歩兵」。
『ローマの休日』(ワイラー) 大きな石板に彫られた顔に「真実の口」があり、嘘をつく人がそこに手を入れると噛み切られる、との伝説がある。身分を偽っている某国王女アン(*→〔旅〕2c)は、恐れて手を入れることができない。アメリカ人記者ジョーが片手を入れ、袖の中に手の先を隠し、噛み切られたふりをしてアンを驚かせる。
『古事記』上巻 アメノウズメが大小の魚類を集め、「天つ神の御子にお仕えするか?」と問うた。皆「お仕えします」と答えたが、海鼠だけは返事をしなかった。アメノウズメは「この口は答えない口か」と言って、小刀でその口を裂いた。それで、今でも海鼠の口は裂けているのである。
★9.第二の口。
『絵本百物語』第17「二口女」 継母の後頭部に斧が当たり(*→〔継子殺し〕1)、その傷口は癒えることなく、やがて唇の形となった。骨が出て歯のようになり、肉が盛り上がって舌のごとくであった。毎日何時間も痛んで堪えがたく、食べ物を入れると、その時は苦痛が和らいだ。
*頭にある口で飯を食う女房→〔のぞき見〕1aの『食わず女房』(昔話)。
*上の口と下の口→〔性器(女)〕3の『鬼餅』(沖縄の民話)・〔性器(女)〕7の『聴耳草紙』(佐々木喜善)89番「狸の話(狸の女)」。
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