沖縄角力 沖縄角力の概要

沖縄角力

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/13 09:54 UTC 版)

概要

沖縄角力は日本本土の相撲によく似るが、以下の点が異なる。

  • 裸に廻しをつけるのではなく、柔道着(角力着)を着て、帯を締める[3](相撲も江戸時代以前の娯楽では着衣で行なわれた絵図がある)。
  • お互いに右四つに組んで帯をつかんだ状態から始めて、技を掛け合う[1][2][3]
  • 相手の背中(両肩)を地面に付けると勝ちになる[1][2]土俵はあるが土俵外に出ても負けにはならない。また、両肩以外(手など)が地面に付いた場合も負けにはならない[3]
  • 張り手・突っ張り・喉輪攻め・頭突き・蹴手繰り・二枚蹴り等の打撃による攻め手が無い。

地区単位まで含める年間約50回の大会が開かれており、全島大会だけでも年間20回以上が開催される。大会は3分3本勝負で、制限時間内に勝負がつかない場合は判定で勝敗を決める[1]

歴史

一説によれば、沖縄角力は15世紀には現在の形になっており、尚灝王(在位 1804年 - 1834年)は沖縄角力を愛好し、その時代に隆盛を極めたともされる[4]

しかし、1713年に成立した琉球王府初の地誌琉球国由来記』には、中国の角觝や日本本土の相撲についての記述がある一方で、沖縄角力についてはまったく記述がない。このため、当時沖縄角力が存在していたかには疑問が呈されている。さらに、沖縄角力が盛んである久米島において角力行事が始まったのは、明治10年代であるとの指摘もある[4]

1946年に競技規定が成文化され、1977年には沖縄県角力協会が発足した[1]

脚注

  1. ^ a b c d e f “「沖縄角力(すもう)」知っていますか? 伝統の技に宿る島の言葉”. 沖縄タイムス+プラス. (2017年2月6日). http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/82874 2018年2月25日閲覧。 
  2. ^ a b c 沖縄角力 (おきなわずもう)”. 最新版 沖縄コンパクト事典. 琉球新報社. 2018年2月25日閲覧。
  3. ^ a b c 沖縄角力の紹介
  4. ^ a b 前田真之 (1995年). “久米島の沖縄角力” (PDF). 久米島総合調査報告書. 沖縄県立博物館. 2018年2月25日閲覧。

関連項目

外部リンク




「沖縄角力」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「沖縄角力」の関連用語

沖縄角力のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



沖縄角力のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの沖縄角力 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS