握り寿司 握り寿司の概要

握り寿司

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/05 01:27 UTC 版)

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握り寿司
中トロの握り寿司
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海苔巻き(巻き物)、ちらし寿司、印籠ずしなどを含めた広義の江戸前寿司については「江戸前寿司」を参照。

調理法

握り寿司を製することを「つける(漬ける)」といい、調理場を「つけ場」と呼ぶ。これは寿司が発酵食品であった時代の名残りであるとされる。

片手で酢飯をとってシャリ玉を作り[3]、必要な場合はわさびオボロなどをかませ、その上に種を載せて握る[4]。わさび無しのことは「さび抜き」と呼ぶ。種は生物だけではなく、酢締め、漬け、煮物、焼き物などさまざまな仕事が行われる。種とシャリとの分離を防ぐため海苔干瓢などで巻いたり、種の切り方や握り方を変えたりなどの技法がある。

握り方

握り寿司のための飯(シャリ)の握り方は寿司職人の技術が最も発揮されるところであり、様々な技法がある。

  • 手返し
    • 本手返し
    • 小手返し
    • たて返し
    • 横手返し
  • 親指握り

これのほかに、握りの形があり、たわら形、はこ形、ふね形などがある。

一口で食べられるほどの大きさに握られることが多いが、大正時代以前は現在の2倍から4倍ほどのサイズが標準であった。こうした大型の握り寿司は一部の店や地方(房州など)に伝統として残されている例もある。

シャリに対して種が大きすぎて垂れ下がったような握りは「女郎寿司」と呼ばれ、下品であるとされる。しかし近年は「デカネタ」と称して、それを売りとする店も散見される。

シャリの自動握り機(寿司ロボット、シャリ玉成形機)が開発された1981年以降は、チェーン店を中心に機械握りが普及している。タンク状の装置に酢飯を入れておくと、機械がそれを絞り出すような機構を用いて寿司の形に作ってくれる。中にはワサビを付けたり、軍艦巻の海苔を巻き付けるところまで自動で行うものもある。また機械の外観が飯桶の形をしていて、客席から一見すると寿司職人が桶からご飯を取り出して握っているように見えるものもある。なお、業務用・家庭用の調理小物として木製あるいはポリエチレン製の握り寿司用の押し型も販売されている。

供し方

注文方法や座席によって異なる。

  • 「お決まり」はいわゆるセットメニューで、「並」「上」「特上」、あるいは「松」「竹」「梅」などから客が選択する。
  • 「お任せ」は当日入荷している種の中から、店主が自信を持って選んだ一人前を提供する。
  • 「お好み」は自分の食べたい種を申告してその都度握ってもらうスタイルで、原則として二貫ずつの注文となる。回転寿司も同様である。

「お決まり」での注文の場合は、カウンター席であっても、一人前を寿司桶や寿司下駄、皿などに載せて提供することが多い。 これに対しカウンター席での「お好み」や「お任せ」の場合は、握りたての寿司を職人が直接客の目の前のつけ台に置く。

「お好み」の注文を2個づけとすることについては次のような諸説がある。

  • 元々は握り飯大の大きな1個の塊で供されていたものを、食べやすいように2つに分けたとする説
  • 1個では満足感に欠けるために2個1組で出されたとする説[5]
  • 2個食べないと味がわからないからであるとする説[6]
  • 勘定の際に足し算の回数を減らすためであるとする説[6][5]
  • 握りたてと少し時間をおいたものの両方を楽しむためであったとする説[6]

なお、寿司を数える助数詞に「貫」があるが、寿司1個を「1貫」と数えるか、2個1組を「1貫」と数えるかなどについては諸説ある(後に詳述)。

寿司職人

寿司職人(岐阜市内にて)

一人前の寿司職人になるためには『飯炊き三年握り八年』と言われるように、最低でも約10年の修行が必要と言われている。その為、この時点で修行の厳しさに振り落とされる寿司職人候補は9割近くにのぼり、店を開店できるまでになるのは僅か1割程度である。高度な調理技術が求められ、寿司専門店では基本的にベテランの職人が腕を振るっている。美味しい寿司が握れる職人になるには、市場で生鮮魚類を見極める力や、多様な魚の旬を知るほか脂が乗る時季は薄く切る、などの数多くの知識や経験、技術が必要である。また、寿司ロボットのシャリとは異なり、職人が握ったシャリは内部でご飯粒同士が圧縮されていないという違いがある。就業者は、男性がほぼ大多数を占めている。その職業柄、店主は中年以上の人が多く、比較的高齢の店主が増えている。従業員は高卒・中卒直後の非常に若い人がほとんどだが、最近では大卒や中途の人たちも多くなっている。定年はないので、技術があり、体力が持ち、やる気さえあれば極端な事を言うと死ぬまで一生続けられる職業といえる。

一方、法規的に国家資格や民間資格が必要であるわけではないので、持ち帰りや宅配専門店また回転寿司店では、アルバイトやパート労働者によって握りの作業が行われたり、ここ最近では時間短縮のために産業用ロボットが行っていることさえある。

日本国外の事情は日本と異なる。一例として、ニューヨーク・タイムズ紙(2007年7月29日)はニューヨーク市・クイーンズ区の「寿司教室」を紹介している。韓国人が主催する同教室では、1日4時間・6週間を全課程として寿司職人を養成する。学費1,000ドルでそのコースを修了した韓国系・中国系など大勢の生徒は、アメリカ各地で寿司屋日本料理店のシェフになるという[1](「寿司#世界の「sushi」へ」も参照)。

食べ方

握りたてを手でつかみ口に運ぶのが、伝統的な寿司の食べ方とされている。これは元々握り寿司は屋台で供されることが多く(江戸前寿司を参照)、簡単に食べられるように工夫されている寿司だからである。手で食べる作法では客一人ひとりに出されるおしぼりで手を拭いて対応する。もちろん箸を使って食べる人もおり、「素手で食べると直前に食べたネタの脂等が指に残り、その後の寿司の味を壊してしまうから」として箸を推奨することもある。

握り寿司には、味つけがなされているものと、自分で醤油をつけて塩味を加えて食べるものとがある。前者には、魚卵類のように元々味付けが施された食材を用いたもの、醤油などに浸したヅケとなっているもの、「ツメ(煮詰め)」[7]煮切り[8]と呼ばれる醤油ベースの液体調味料を種の上に塗って供されるものや、塩(何らかの味つけがなされた塩の場合などもある)を振ったり、酢味噌などを乗せて供されるものなどがある。後者は、醤油を入れた小皿を用意しておき、寿司に適当に醤油をつけて食べる。地域によっては小皿に取らず、客が自ら刷毛で醤油や煮詰めを塗る形式もある(大阪など)。

寿司をつまんで寿司種に醤油をつけるのではなく、飯に醤油をつける人もいるが、米飯の側を醤油につけると飯が崩れたり醤油皿に飯が落ちる原因となる。

どのような順番で食べ始め、食べ終わるべきかが議論されることがある。昔はその店の職人が焼く玉子焼きをまず頼み、腕を見るのが食通とする風潮があったが、現在では多くの店は業者から玉子焼きを仕入れているため基準にはならない。また、白身魚などのさっぱりした物から食べ始め、コハダなどの光物に進み、マグロトロアナゴといった濃厚な味のタネで締めることを推奨する人もいるが、多くの寿司屋では「客の食べたい順番に頼む」ことを薦めている[9]。脂分が舌に残るようなタネを食べて次をつまもうとする時は、生姜やお茶で口直しをするとよいとされる[10]


  1. ^ a b 吉野昇雄『鮓・鮨・すし―すしの事典』(旭屋出版 1990年(平成2年))では戦後の委託加工制度が始まってから寿司が小さくなったとしているが、「すしの雑誌 第6集」(旭屋出版 1978年(昭和53年)1月)の「座談会すし商売今昔」では吉野も出席した中、戦前の寿司のサイズについてシャリが十匁と言うことで異論が出ていない。1940年(昭和15年)の木下謙次郎「続々美味求真」では、2升で200個握るとしている。これは、1合を10個に握るという戦後の委託加工制度と一致する。吉野の著作では、委託加工制度の寿司が実際に一合分の米を使っていたかどうかは明記されていない。
  2. ^ a b 江戸時代の川柳に「妖術という身で握るすしの飯」とあり、片手でもう片方の手の指を握る動作を描写している。妖術という様からすれば、握っている指は1本か2本。内田栄一によると美家古ずしのすしは昔大きく、指4本分あったと言う。指4本握ったのでは「妖術」という様ではないようだ。
  3. ^ 篠田統の著書「すしの本」(1966年(昭和41年))の増補版(1970年(昭和45年))で追加された「東京ずし雑話」(吉野昇雄からの聞き取り)と、吉野昇雄自身が雑誌『近代食堂』で連載した記事(1971年(昭和46年)3月号)に登場するフレーズ。チャンチキは海苔巻きを交差させて盛る、盛り方の名前。「かん」については特に盛り方であると言うような説明は無い。篠田統は「貫」と当てているが、吉野昇雄は「貫の字を当てるべきだろうか」とやや主張が弱い。なお、雑誌『近代食堂』にて寿司を「カン」と数えるようになったのは、吉野昇雄の記事が載って以降。それ以前は「個」と数えていたが、徐々に「カン」と記述することが増えてゆく。
  4. ^ yahooのネット上の辞書大辞泉によっても、あるいは助数詞に詳しい辞書、三省堂新明解国語辞典第6版にも、寿司を1かん、2かんと数える記述は見あたらない。広辞苑第六版、三省堂国語辞典第六版では、握り鮨の数え方として記載されている。
  5. ^ 宮尾しげを『すし物語』井上書房 1960年(昭和35年)。2丁づけが戦後広まったこと、庖丁を入れて2つに切らせることが標準的でない旨、書き記されている。なお、宮尾しげをが「二丁づけの始まり」と紹介している「宇の丸」のすしは、2個のすしを4つに切って一皿に盛ったもの。
  6. ^ 浅見安彦「すし調理師入門」柴田書店1970年(昭和45年)では、普通10匁(37.5グラム)くらいが一個分としている。旭屋出版『すし技術教科書(江戸前ずし編)』旭屋出版 1975年(昭和50年)では、握り寿司一個の大きさは寿司飯25~35グラムくらいとしている。中山幹「すしの美味しい話」社会思想社 1996年(平成8年)11月では、握り寿司一個の大きさは(一応)25グラムが標準としている。家庭料理の本だが、為後喜光「家庭の味 特選おすし113」家の光協会1992年3月でも、一つ25グラムにするように書かれている。
  7. ^ 現在[いつ?]も1つずつ提供する店もある(小野二郎「すきやばし次郎-生涯一鮨職人」プレジデント社 2003年(平成15年)12月)。
  8. ^ 夕刊フジBLOG「言葉のタネ明かし」の「1貫」の項(2007年10月26日時点のアーカイブ)では、「数え方の辞典」(小学館)及び筆者の記憶から、2個で1貫と呼ばれていたことを記述している。
  9. ^ 上の注で引用されている資料は、飯田朝子・町田健「数え方の辞典」小学館2004年(平成16年)4月のことと思われる。この論は、飯倉晴武編著『日本人 数のしきたり』(青春出版社刊 2007年(平成19年))の「1貫文=100文」同様、前提が破綻している。由来としている「銭1貫分の大きさ」と言う説は、ほぼ4キログラム分の銅貨と同じ大きさと言う意味で(同書では、1貫分の銭は1,000文か960文としている)、無理がある。同じ飯田朝子の「数え方もひとしお」(小学館2005年(平成17年)11月)では、調査に不備があったこと、銭の1貫は握り寿司の大きさたりえないことを認めている。同書では、吉野昇雄による解説を引用して、戦後になって寿司が小さくなってから、2つずつ提供する習慣になったと言う説を採用している。また、1940年(昭和15年)の木下謙次郎「続々美味求真」に2升で200個握るとされていること、2個づけが戦後始まっていることを考えても、大きかったので2つに分けたと言う説には無理がある。「言葉に関する問答集」(国立国語研究所 2001年(平成13年)3月)では、2個1かんの諸説を挙げた上で、1個1かんが有力としている。2つを1かんとする論では、論理的に整合性の取れた由来が示されていない。
  10. ^ 穴あき銭説による1貫は、以前では現在の大きさの寿司2個で1かんとすることもあった。これは穴あき銭1貫分は一口で食べるには大きすぎるため、2つに分けて握るようになったためと言われている(飯田朝子・町田健「数え方の辞典」小学館2004年(平成16年)4月)。飯田朝子「数え方もひとしお」(小学館2005年(平成17年)11月)で、誤謬であったことが明かされている。
  11. ^ 毎日新聞社編『話のネタ』PHP文庫 1998年 p.417では「駄じゃれでいただけない」と解説されている
  12. ^ 長谷川町子の漫画「いじわるばあさん」には、主人公が白人女性にこの呼び方をキュウリの「レインコート(=カッパ)」とともに教えるという話があるが、寿司店店主に「フザけた奴だヨ」とぼやかれている。
  13. ^ 『仏説稲芋経』の「稲」に当たる語。
  1. ^ a b c 岡田哲著『たべもの起源事典』東京堂出版 p.347 2003年
  2. ^ a b c d e f 日本調理科学会編『新版 総合調理科学事典』光生館 p.389 2006年
  3. ^ 板前の魚山人『寿司の握り方』-「シャリをつかんでまとめる時、お握りと寿司をわける」
  4. ^ 車海老は種に酢飯を載せてから握る
  5. ^ a b マルハ広報室編 『お魚の常識非常識「なるほどふ~ん」雑学』 p.55–56 講談社プラスアルファ文庫 2000年
  6. ^ a b c d 岡田哲著『たべもの起源事典』東京堂出版 p.349 2003年(諸説ある中の一説として紹介)
  7. ^ コトバンク
  8. ^ 永瀬牙之輔『すし通』28、1930年。
  9. ^ 朝日新聞出版重金敦之『すし屋の常識・非常識』177p~180pより。
  10. ^ 錦寿司 お寿司の食べ方
  11. ^ 朝日新書『すし屋の常識・非常識』重金敦之(30頁)より
  12. ^ Sunday Book Review Raw
  13. ^ 加藤秀俊『明治大正昭和食生活世相史』柴田書店1977年、148頁に関西に握りずしをはやらせた原因として記されている。
  14. ^ 国立民族学博物館研究報告 第18巻4号628頁(注7)に代表例として、東京浅草の寿司職人で、京都における寿司組合活動の礎を築いた中島清次郎が記されている。
  15. ^ 二村隆夫監修「丸善単位の辞典」(丸善2002年03月)
  16. ^ 「みんなの知識 ちょっと便利帳」-6. 辞典に「すし」の数え方はどのように登場するのか
  17. ^ 山川正光「絵でみるモノの数え方辞典-ことば百科」誠文堂新光社 2004年(平成16年)10月
  18. ^ 篠田統「すしの話」、長崎福三「江戸前の味」
  19. ^ 1960年(昭和35年)宮尾しげを著『すし物語』
  20. ^ 内田正「これが江戸前寿司 弁天山美家古」ちくま文庫1995年(平成7年)、篠田統「すしの本」柴田書店1966年(昭和41年)
  21. ^ Yahoo辞書 - あがり【上がり/揚がり】
  22. ^ Yahoo辞書 - あがりばな【上がり花】
  23. ^ 佐川芳枝「寿司屋のかみさん寿司縁ばなし」中央公論社 2001年(平成13年)4月
  24. ^ 京都府寿司生活衛生同業組合 寿司作法
  25. ^ a b c d e f g h i j k l m 毎日新聞社編『話のネタ』PHP文庫 p.417 1998年
  26. ^ 重金敦之『すし屋の常識・非常識』朝日新書・190頁より。
  27. ^ 宮尾しげを『すし物語』111P 井上書房。
  28. ^ 伊藤武(1996)『語るインド』(KKベストセラーズ、ISBN 4-584-18271-X
  29. ^ 重金敦之『すし屋の常識・非常識』朝日新書・30頁より。


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