たんそ‐せんい〔‐センヰ〕【炭素繊維】
炭素繊維(Carbon fiber)

炭素繊維は、重さは鉄の4分の1なのに強度は10倍という「スーパーマン」のような素材。その能力からはパワフルなイメージが浮かびますが、私たちの暮らしの中、さまざまな分野で活躍するハイテク素材です。
軽くて強いという特徴からまず思い浮かぶのが、釣り竿(さお)、テニスのラケット、ゴルフクラブのシャフト。またパソコンや自動車の外側部分から、最近では航空機や風力発電に使う風車、ヨットの船体、橋脚の耐震補強材にも使われています。炭素はほかの金属材料と比べるとずば抜けて軽いという特徴を持ち、そのことが使われる製品の軽量化につながっているわけですね。
東レなどが採用するPAN系(注参照)と呼ばれる製造方法の原料は、毛布やセーターにも使われているアクリル繊維。炭素繊維は1本の直径が5から7マイクロメートルというとても細い繊維を約1万2000本も集めてできています。一本一本の繊維の直径を小さくしていけば、同じ太さの製品ならば集まる本数が増え、いっそう強固に。さらに1本ずつの繊維の欠陥を減らすことで、強さを増しているのです。つまり鉄の10倍ともいわれる強度は、原料のアクリル繊維にあったのです。
炭素繊維を縦方向に引っ張ってもびくともしませんが、折ることは簡単にできます。その補強技術が、飛鳥時代からわが国にある土壁の原理。土壁は粘土だけではひび割れが起こりやすいことから、わらなどを混ぜて頑丈にしています。この土壁の原理を応用して、炭素繊維もエポキシ樹脂など熱で固まりやすい材料の上へ同一方向やクロス状に乗せて、炭素繊維の強い性能を生かしているのです。炭素繊維と樹脂が混ざったものは複合材料と呼ばれ、釣り竿や航空機、風車など使い方に合わせて、さまざまな形状にされて使われています。
炭素繊維の課題は、引っ張っても切れにくいと、引っ張っても変形しにくいという2つの特徴の両立が困難なことです。引っ張っても変形しにくくするためにはアクリル繊維を焼く温度を上げなければなりません。しかしアクリル繊維を焼く温度を上げれば上げるほど、引っ張り強度が弱くなってしまうのです。
05年の世界市場は34%のシェアを持つ東レがトップで、東邦テナックスと三菱レイヨンが続きます。そしてこの3社で70%程度の市場占有率にも。05年は2万3500トンの市場規模で、2010年には4万トンまで拡大すると予測され、その拡大理由は、航空宇宙向けなど。航空機に本格的に採用された95年以来、年々使用量は拡大していて、米ボーイングの次世代旅客機「787ドリームライナー」では構造材料のうち、炭素繊維を含むものが50%を占めるまでになっています。
注:PAN系炭素繊維(ポリアクリロニトリル繊維)を炭素化して得られるもので、高強度・高弾性率の性質をもつ。航空宇宙や産業分野の構造材料向け、スポーツ・レジャー分野など広範囲な用途に使われている。
(掲載日:2006/12/22)
炭素繊維

炭素繊維は、ほとんど炭素(含有量90%以上)でできている繊維です。衣料の原料となるアクリル樹脂や石油・石炭から取れる有機物を熱処理して生産されています。比重(水を1として、1より大きい物質は水に沈み、1より小さいと浮かぶ)は約1.8で、鉄の7.8やアルミの2.7よりも小さく、引っ張り強度・弾性率は鉄よりも優れていることから、「アルミよりも軽く、鉄よりも強い」といわれています。このほか錆びない、耐熱性が高いなどの特徴から、金属材料に代わる材料として注目を集めています。
日本における商業生産は1970年代初期から本格化しました。メーカーなどで構成する炭素繊維協会(東京都中央区)によると年間出荷量はここ数年、1万3000トン前後で推移しています。用途は航空機や自動車向けをはじめ、ゴルフ・釣りざお・自転車などのスポーツ・レジャー向け、パソコン筐体(きょうたい)・高圧容器・橋脚補強などの一般産業用と多岐にわたっています。世界最大手の東レを筆頭に、三菱レイヨン、帝人子会社の東邦テナックスの日本勢3社が世界全体の生産能力の約70%を占めています。
08年秋のリーマンショックに端を発する世界的な不況でメーカーは減産を行ってきましたが、この春から需要が回復傾向をみせており、販売強化や商談などの動きが活発化してきています。炭素繊維事業を拡充するため、東レと東邦テナックスは4月1日付で新たな組織を設置、三菱レイヨンは4月30日付でドイツの炭素繊維複合材料メーカー、SGL社と合弁企業を設立、ドイツの自動車メーカー、BMWが開発中の電気自動車向けに炭素繊維を供給します。
また、東レはボーイング787向けに炭素繊維の出荷を開始したほか、5月10日には欧州航空機最大手のエアバスに供給する契約を締結したと発表。4月28日にはドイツの自動車メーカー、ダイムラーAGとの間で炭素繊維複合材料自動車部品の共同開発契約を結んだと発表しています。東邦テナックスはトヨタ自動車が10年末に発売予定の新車「レクサス」への採用が決まっています。
航空機や自動車は、強くて軽い炭素繊維を採用することによる機体・車体の軽量化で燃費の大幅な向上が図れます。こうした「環境にやさしい」特徴も兼ね備えていることから、今後、需要は着実に拡大していくものと思われます。
(掲載日:2010/06/21)
炭素繊維
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/06 05:08 UTC 版)

炭素繊維(たんそせんい、英: carbon fiber、中: 碳纤维)は、アクリル繊維またはピッチ(石油、石炭、コールタールなどの副生成物)を原料に高温で炭化して作った繊維。日本工業規格(JIS)では「有機繊維のプレカーサーを加熱炭素化処理して得られる、質量比で90%以上が炭素で構成される繊維。」と規定されている[1]。アクリル繊維を使った炭素繊維はPAN系(英: polyacrylonitrile)、ピッチを使った炭素繊維はピッチ系(英: pitch)と区分される[2]。炭素繊維を単独の材料として利用することは少なく、合成樹脂などの母材と組み合わせた複合材料として用いることが主である。炭素繊維を用いた複合材料としては炭素繊維強化プラスチック、炭素繊維強化炭素複合材料などがある。
特徴
炭素繊維の長所を一言で言うと、「軽くて強い」という点である。鉄と比較すると比重で1/4、比強度で10倍、比弾性率が7倍ある[2][3]。その他にも、耐摩耗性、耐熱性、熱伸縮性、耐酸性、電気伝導性に優れる。短所としては、製造コストの高さ[4]、加工の難しさ、リサイクルの難しさ[5]が挙げられる。また、素材自体が異方性を持ち、どういった形で積層するか、また、損傷を受けた場合の破損の判断が難しく、クリティカルな状況での使用は細心の注意が必要である。
歴史
- 1959年 - ユニオン・カーバイドの子会社ナショナル・カーボンが、レーヨンから黒鉛にする世界初の炭素繊維を発明した。現在、このレーヨン系は廃れている[6]。
- 1961年 - 日本の通商産業省工業技術院大阪工業試験所(現:産業技術総合研究所)の進藤昭男によりPAN系炭素繊維が発明される[7][8][注釈 1]。
- 1963年 - 群馬大学の大谷杉郎によりピッチ系炭素繊維が発明される[9]。
- 1970年代以降 - 優れた強度を持つ特性から、強化プラスチックの補強材や複合材料の素材として使われ始めるようになる。
- 1980年代以降 - 製造コストの低減や加工方法の進歩が見られ、ロケットや航空機などの大型輸送機器からテニスラケットや釣り竿、白杖など身近な道具、さらには剣道の竹刀や弓道の和弓など武道用具の分野にまで応用の幅を広げた。
- 2006年 - PAN系世界最大手の東レが、ボーイングと炭素繊維を機体の大部分に利用する世界初の旅客機(ボーイング787)開発のため、炭素繊維を2021年までの16年にわたって供給する長期大型契約を締結し、注目を集めた。
PAN系炭素繊維
PAN系炭素繊維の単繊維は太さは5-7µmである。この多数の単繊維で構成された繊維束をフィラメントと呼び、さらに1,000本から数万本のフィラメントの束をトウと呼ぶ。このトウがPAN系炭素繊維の製品形態として最もよく扱われている。
トウは、そのフィラメントの本数の多寡により区分されており、24,000本以下でレギュラートウあるいはスモールトウ、40,000本以上でラージトウと呼ばれる。レギュラートウは低密度、高比強度、高比弾性率で、航空機や人工衛星の材料や、ゴルフ用シャフト、釣り竿、テニスラケットといったスポーツ・レジャー用途で多く使われている。一方のラージトウは、レギュラートウに比較的して安価なため、風車や自動車などの材料など産業用として主に利用されている。
PAN系炭素繊維の2010年の全世界生産量は、レギュラートウが55,300トン、ラージトウが14,800トンで合計70,100トンと推計されている[10][11][12]。
PAN系炭素繊維の製造方法
PAN系炭素繊維は以下の工程で連続的に製造される[2][10][13]。
- PAN繊維合成:アクリロニトリルからポリアクリロニトリル繊維(PAN繊維)を重合する。
- 耐炎化工程:空気中で200-350℃で数時間[4]熱処理する。この工程は「不融化」「安定化」とも言う。
- 炭素化工程:窒素などの不活性ガス雰囲気下1,000-1,500℃で加熱する。
- 黒鉛化工程:窒素などの不活性ガス雰囲気下2,000-3,000℃で加熱する。この工程で強度は若干低下する[14] が、高弾性の炭素繊維を製造できる。高弾性を目的としない汎用の炭素繊維の製造では含まれない工程である。黒鉛化工程を経た炭素繊維を黒鉛繊維と呼び、汎用の炭素繊維と区別する場合もある。
- 表面処理工程
- サイジング処理工程
ピッチ系炭素繊維
ピッチ系炭素繊維の単繊維の太さは7-10µmである。ピッチ系炭素繊維は原料の違いによりさらに等方性ピッチ系とメソフェーズピッチ系に分類される。一般的に等方性ピッチ系からは汎用の炭素繊維が、メソフェーズピッチ系からは高強度、高弾性率の炭素繊維が製造される。
等方性ピッチ系炭素繊維は高い柔軟性、低熱伝導性、優れた摺動特性から、高温炉用の断熱材や自動車のブレーキパッド・クラッチ材に用いられる。一方、メソフェーズピッチ系炭素繊維は高弾性率、優れた振動減衰特性、高熱伝導性、低熱膨張率といった特長があり、印刷用・フィルム用などの工業用ロール部材、薄型テレビ用大型板ガラスの搬送用ロボットアーム、人工衛星用部材などに使われている[9][15]。
メーカー
日本発の技術であり、現在でも世界市場に占める日本企業製品のシェアは高い。
- PAN系メーカー
- ピッチ系メーカー
労働安全衛生
- 炭素繊維の一種である、特定の多層カーボンナノチューブが『労働安全衛生法第28条第3項の規定に基づき厚生労働大臣が定める化学物質による健康障害を防止するための指針』いわゆる『がん原性指針』の対象物質に追加された(基発0331第26号[16])。
- 炭素繊維の一種である、特定の多層カーボンナノチューブに関して、2009年3月31日厚生、厚生労働省労働基準局長より、改訂版の通達『ナノマテリアルに対するばく露防止等のための予防的対応について』(基発331013号[17])が出された。
- 基発331013号対応した保護具資料が安全衛生メーカーより公開されている。(リンク先 P11)[1]
- 欧州では自動車等に使用されている、CFRP用の太さ3-5 µm(ナノマテリアルでは無い)の炭素繊維に関しても肺癌(肺がん)のリスクが指摘されている。[2]
- 炭素繊維の加工時に発生する粉塵下での作業は粉じん作業となり、防塵マスク、保護メガネ、防護服、集塵機等の粉塵対策が必要となる。[3]
- 炭素繊維を加工する設備は粉じん作業設備となり、粉じん作業設備等設置届を労働基準監督署長に届け出る必要がある。[4][5]
注釈
出典
- ^ JIS L 0204-2 繊維用語(原料部門)-第2部:化学繊維
- ^ a b c 三菱化学グループのプラスチック、トピックス「CFRP(炭素繊維強化プラスチック)-PAN系とピッチ系-」2010年10月19日掲載(2011年10月17日閲覧)
- ^ 炭素繊維とは そもそも炭素繊維って?TORAYCA(2011年10月18日閲覧)
- ^ a b 「カーボンファイバーってなんでこんなに高価なの?」ギズモード・ジャパン(2011年10月1日掲載)2011年10月18日閲覧
- ^ 「炭素繊維リサイクル最前線」『毎日新聞』朝刊2022年10月25日(2022年10月30日閲覧)
- ^ 志村幸雄『誰が本当の発明者か 発明をめぐる栄光と挫折の物語』講談社〈ブルーバックス(B-1525)〉、2006年8月。ISBN 4062575256。
- ^ 立林 康巨「PAN系炭素繊維の現状と将来」炭素繊維協会第23回複合材料セミナー資料 (PDF) (2010年6月29日掲載)2011年10月17日閲覧
- ^ 「PAN系各社の炭素繊維開発の歴史」 (PDF) 炭素繊維協会(2010年6月29日掲載)2011年10月18日閲覧
- ^ a b 深川 敏弘「ピッチ系炭素繊維の現状と将来」 (PDF) 炭素繊維協会第24回複合材料セミナー資料(2011年8月21日掲載)2011年10月18日閲覧
- ^ a b 「航空機材料としての炭素繊維適用の動向について」 (PDF) 、(財)航空機国際共同開発基金:航空機等に関する解説概要、2007年度掲載(2011年10月18日閲覧)
- ^ FAQ 炭素繊維協会(2011年10月18日閲覧)
- ^ 河村 雅彦「PAN系炭素繊維の現状と将来」 (PDF) 炭素繊維協会第24回複合材料セミナー資料(2011年8月21日掲載)2011年10月18日閲覧
- ^ 炭素繊維事業「炭素繊維とは」東邦テナックス(2011年10月17日閲覧)
- ^ 村上 陽太郎「炭素繊維の製法、構造及び性質 (PDF) 」(財)大阪科学技術センター付属ニューマテリアルセンター『NMCニュース』2005年4月号 No.37(2011年10月18日閲覧)
- ^ よくある質問FAQ 東邦テナックス 炭素繊維事業(2011年10月18日閲覧)
- ^ 基発0331第26号 平成28年3月31日「労働安全衛生法第28条第3項の規定に基づき厚生労働大臣が定める化学物質による健康障害を防止するための指針」について 厚生労働省労働基準局長(2022年10月30日閲覧)
- ^ ○ナノマテリアルに対するばく露防止等のための予防的対応について(平成21年3月31日)(基発第0331013号)(都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知)2022年10月30日閲覧
関連項目
外部リンク
炭素繊維
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/15 06:10 UTC 版)
炭素繊維強化プラスチックを用いた釣り竿でカーボン竿、グラファイト竿などと呼ばれる。現在最も普及している素材の釣り竿である。引っ張り強度・弾性率が高く、カーボンのグレード(弾性率)も豊富にあるので軽く、様々な調子の竿が作れるのが特徴である。 全国釣竿公正取引協議会の規定ではかつては炭素繊維を25%以上使用することと決められていたが、2007年9月10日より、炭素繊維を50%以上使用していることに引き上げられている。 カーボン竿は一般的にUD(一方向)クロスを用いて、調子を担う縦方向、潰れ剛性に周方向(横方向)、捩れや潰れ剛性に角度を付けて巻き上げて作られる。しかし近年ではカーボンテープやヤーン、カーボン織物で補強した物も増えている。 UDクロスの代わりにカーボンテープやヤーンで周方向や斜め方向に補強すると、シートで補強する部分が減少するため、シートが重なり合ってできるスパインを減少することができる。 平織シートや4軸織シートで補強したものは1つのシートに多方向の繊維が混在しているため、使用するカーボンシートの量が減らせ、軽量化することができる。なお、軸数の多さを売りにしようと4軸織りシートにカーボンテープやシートでさらに補強しカタログ表記上の軸数を増やしているメーカーも存在するが、元々4軸織シートを使用しているので4軸と呼んでいるのであって多方向に補強しているから○軸と呼んでいるのではない。通常カーボン竿を作る際に様々な方向にシートを巻きつけて構成するためこの呼び方だととんでもない軸数にもなりえる。 また、カーボン素材の名前は当初はHexcel社のIM6や東レのT400やT800、三菱レイヨンのHR-1000、日本グラファイトファイバーのファインクリスタルカーボンなどプリプレグメーカーの製品名をそのまま使っていたが、現在は各メーカーが独自の名前を付けることが多い。さらに、カーボンのグレード(弾性率)に関しても呼び方がまちまちで、中弾性30(ton/mm^2)カーボンをあるメーカーでは高弾性、他のメーカーでは低弾性と呼んでいる場合などがある。これについて大手メーカーの釣り竿設計担当者は「何トンが低弾性で、何トンからが中弾性、何トン以上が高弾性という表記に関する厳密な規格は存在していない」と語っているが、実際は日本炭素繊維協会で細かく規定されている。また、低弾性ロッド、高弾性ロッドという基準も曖昧であり、全国釣竿公正取引協議会には現在規定が存在しないため主材に24(ton/mm^2)を使い補強材として元部分に40(ton/mm^2)を少し用いただけでも高弾性カーボン竿として発売できるようになっている。
※この「炭素繊維」の解説は、「釣り竿」の解説の一部です。
「炭素繊維」を含む「釣り竿」の記事については、「釣り竿」の概要を参照ください。
「炭素繊維」の例文・使い方・用例・文例
炭素繊維と同じ種類の言葉
- 炭素繊維のページへのリンク