炭素繊維の開発
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/02 05:58 UTC 版)
開発部員に着任したとき、アクリル繊維の開発を命じられた。この頃、衣料用以外の用途として炭素繊維に気がついて、有志約20名をあつめて研究を開始した。当時炭素繊維の材料としてレーヨンが利用されていたが、分子構造的にレーヨンより炭素密度が高いアクリルに着目したからだ。 しかし、基礎研究を終え量産技術に着手という段階で経営陣の判断で炭素繊維の開発は中止される。(1962年(昭和37年)) 三島工場在任中、機会があるたびに経営陣に炭素繊維の開発を訴えつづけた。熱意がみとめられて炭素繊維開発が決まり本社生産管理部にてアクリル繊維などを担当する課長に異動。開発を再開した。(1965年(昭和40年)) 1971年(昭和46年)、炭素繊維「トレカ」を商品化。 1976年(昭和51年)、トレカの主力工場である愛媛工場に異動。以後、技術部長、製造部長、工場長としてトレカを育てる。 1982年(昭和57年)、アクリルベースの本格的炭素繊維量産設備「C-4」を稼動させた。
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