騎馬兵とは? わかりやすく解説

騎兵

(騎馬兵 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/10 09:15 UTC 版)

騎兵(きへい、: cavalry, trooper)は、兵種の一つで、動物、主にに騎乗して戦闘行動を取る兵士である。最初はロバが使用されていたが、後に馬が主流になった[1]。最古の騎兵は動物が曳行する戦車に乗った兵士であった[2]が、後に動物に跨る騎兵に移行していった[3]


  1. ^ サイモン・アングリム『戦闘技術の歴史1 古代編』創元社129頁
  2. ^ サイモン・アングリム『戦闘技術の歴史1 古代編』創元社128頁
  3. ^ a b サイモン・アングリム『戦闘技術の歴史1 古代編』創元社142頁
  4. ^ サイモン・アングリム『戦闘技術の歴史1 古代編』創元社128-129頁
  5. ^ このエピソードを記する多数の文献があるが、たとえば以下を参照。Hendrik Willem van Loon, The Rise of the Dutch Kingdom, 1795-1813: A Short Account of the Early Development of the Modern Kingdom of the Netherlands, Garden City, NY: Doubleday, 1915, p. 105; Samuel van Valkenburg ed., America at War: A Geographical Analysis, New York: Prentice-Hall, 1942, p. 103.
  6. ^ Schafer, Elithabeth D. (2016), “Cavalry, Horse”, in Tucker, Spencer C., World War II: The Definitive Encyclopedia and Document Collection [5 volumes]: The Definitive Encyclopedia and Document Collection, ABC-CLIO, pp. 376 
  7. ^ Rothwell, Steve (2017), “F.F.3, Burma Frontier Force”, The Burma Campaign, http://www.rothwell.force9.co.uk/burmaweb/FF3.htm 2019年6月27日閲覧。 
  8. ^ 王惲『秋澗先生大全文集』巻四十 汎海小録「兵仗有弓刀甲、而無戈矛、騎兵結束。殊精甲往往代黄金為之、絡珠琲者甚衆、刀製長極犀、鋭洞物而過、但弓以木為之、矢雖長、不能遠。人則勇敢視死不畏。」(川越泰博 1975, p. 28)引文断句錯誤,當作「兵仗有弓刀甲而無戈矛。騎兵結束殊精,甲往往以黄金為之,絡珠琲者甚衆。刀製長,極犀鋭,洞物而過。但弓以木為之,矢雖長不能遠。人則勇敢,視死不畏。」
  9. ^ 『図説・日露戦争兵器・全戦闘集―決定版 (歴史群像シリーズ)』(学研、2007年3月1日)p126
  10. ^ 欧米では、戦史上最後の騎馬突撃成功例として、第二次世界大戦の独ソ戦におけるイタリア軍騎兵の戦例(1942年)などが挙げられることが多い。



騎馬兵

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元寇」の記事における「騎馬兵」の解説

文永の役で元側が馬を戦場使用したことは『蒙古襲来絵詞』や『八幡愚童訓』からも窺え、『高麗史』にも高麗南部日本侵攻用い軍馬のための糧抹を配給するアウルク(奥)が設置されていることからも、軍馬文永の役使用されたことは間違いないが、正確な軍馬の数は不明。 『蒙古襲来絵詞』絵八の麁原に陣を布く元軍の騎乗率は約17%で『八幡愚童訓』でも元軍の左副都元帥劉復亨思われる人物の廻り記述に「十四五騎うちつれ徒人七八十人あひ具して…」 とあり、騎乗率を約1517%ほどとしている。なお、室町時代日朝著した日蓮の『立正安国論』の注釈書安国論私抄』(文明11年1478年擱筆第一巻蒙古詞事」(の「文永十一蒙古日本地事」)には「或記云」として、文永の役での日本軍捕虜となった元兵の証言によれば、元軍の構成軍船総数240艘で、1艘につき兵300人、水夫70人、軍馬5匹であったとしている。 また、対す日本軍は、陸戦においては騎兵密集させた集団戦っていた。そのことは、クビライ仕えた王惲が日本軍様子を「騎兵結束す」 と記していることや『蒙古襲来絵詞』絵五に騎兵密集させて突撃する日本軍様子描かれていることからも窺える。 なお、両軍使用した軍馬は、日本在来馬モンゴルモウコウマともに体高としては120〜140cmほどであり、体格に差は無かった鎌倉時代日本の鐙東京国立博物館所蔵 モンゴル馬具(鐙)高さ14cm、直径13.5cm、重さ2kg元寇史料館所蔵 モンゴル馬具(鐙)高さ14.5cm、直径14.5cm、重さ2kg元寇史料館所蔵 モンゴル馬具(鐙)高さ14.5cm、直径14.5cm、重さ2kg元寇史料館所蔵 モンゴル馬具(鐙)高さ14.5cm、直径14.5cm、重さ2kg元寇史料館所蔵

※この「騎馬兵」の解説は、「元寇」の解説の一部です。
「騎馬兵」を含む「元寇」の記事については、「元寇」の概要を参照ください。

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