目印
★1.神が人々に災いを与えるが、助けるべき人間には目印をつける。
『エゼキエル書』第9章 神が6人の男を呼び、偶像を崇拝するイスラエルの人々を罰するよう命ずる。6人のうち、書記の筆入れを腰につけた1人の男が、まず正しい人々を選別し、彼らの額にしるしをつけた。その後に他の5人が、しるしのない者たちを、老若男女を問わず殺し尽くした。
『蒙求』438所引『続斉諧記』 費長房から「9月9日に災いがおこる」と教えられた桓景一家は、費長房の指示通り、かわはじかみを赤い袋に入れ、それを肘にかけて高山に登り、菊酒を飲む。夕方家に帰って見ると、鶏・犬・牛・羊の家畜がみな死んでいた〔*重陽の節句の起源説話〕。
*茅(ち)の輪を、助けるべき人間の目印とする→〔輪〕2a・2b。
『出エジプト記』第12章 神がエジプトの国を巡る、過ぎ越しの夜、イスラエルの民はモーセの教えに従って、羊の血を戸口に塗りつけた。この目印のない家では、ファラオ(=パロ)の初子(=長子)から家畜の初子にいたるまで、すべて命を絶たれた。死人が出なかった家は一軒もなかった。
『捜神記』巻15-4(通巻362話) 伯文の霊が、息子の佗に丸薬を渡し「来春疫病が流行するから、これを門の戸に塗れ」と教える。翌春果たして疫病が広がり、どの家にも白昼に幽鬼が現れたが、佗の家にだけは、幽鬼は入ろうとしなかった。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「かむろ蛇」 安政5年(1858)、江戸にコロリ(コレラ)が流行した時、「コロリの疫病神をはらうには、軒に八つ手の葉を吊るして置くと良い」と言われた。八つ手の葉は天狗の羽団扇に似ているから、という理由であった→〔葉〕5b。
『宇治拾遺物語』巻4-15 ある男が夢の中で、怪しい人から「この家は、永超僧都に魚を奉った家だから、印をつけない」と言われた。村の他の家々には印がつけられ、その年の疫病で多くの人が死んだ。
『黄(きいろ)い紙』(岡本綺堂) 明治時代には、コレラ患者の出た家には黄色い紙を貼る決まりだった。ある旦那の囲いものだった女がコレラになり、黄色い紙を2枚示して、「1枚は自家(うち)に、もう1枚は柳橋の某家に貼ってほしい」と警察に頼んだ。柳橋には旦那の新しい愛人の家があったが、彼女もコレラになり、囲いものの女と同じ日に死んでしまった。
★3a.特定の人の身体や衣服に目印をつけておき、後にその人をさがす。
『江談抄』第3-20 勘解相公有国を闇討ちする計画があった。有国は暗がりの中で油を用意して立っていた。闇討ちする人の直衣の袖に油をかけ、翌朝その人を知ろうとしたのである。
『十八史略』巻6「五代」 趙匡胤の軍が南唐と戦った時のこと、戦闘に力をつくさない兵士を見ると、匡胤は督戦するふりをして近づき、その士卒がかぶっている笠に刀傷をつけた。翌日、彼はくまなく兵士たちの笠を調べ、刀傷のある数十人を斬り捨てた。
『M』(ラング) 小学生の少女たちばかりをねらう連続殺人鬼がいた。青年が、街を歩く1人の男を殺人鬼であると知って、後をつける。青年は自分の掌にチョークで「M」の字を書き、殺人鬼の背後から肩をたたく。殺人鬼のコートに「M」の字がつく。町の労働者・浮浪者・前科者たちの一団が、「M」の字を目印に殺人鬼を追いつめる→〔処刑〕8。
『西鶴諸国ばなし』巻5-4「闇(くら)がりの手形」 旅の宿で大勢の賊に犯された女が、奉行に訴え出、宿場中の男を集めさせる。「何人かの背中に鍋炭の手形がついているはず」との女の言葉に、奉行は男たちの肩を脱がせて犯人を見きわめ、賊18人を処刑した。
*女(=太陽)が、自分を抱く謎の男(=月)の背中に黒い煤をぬる→〔月の模様〕4の太陽と月(北米、エスキモーの神話)。
★3c.特定の物に目印をつけておき、後に、その物に関わる人物をつきとめる。
『今昔物語集』巻10-34 聖人が通力をもって国王の后を山奥の庵に運び、犯してからまた王宮へ送り返す。后は掌に墨を塗っておき、庵の障子に手形をつける。国王の命を受けた使者達が方々の山を捜し、墨の手形がついた庵をつきとめる。
★3d.ある人物の衣服や持ち物の特徴を目印にして、その人を捜す。
『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』(河竹黙阿弥)「笹目が谷柳原」 百両を懐に帰る十三郎に、「夜道は物騒だから」と、与九兵衛が提灯を持たせる。与九兵衛の意を受けた非人たちが、提灯を目印に十三郎を襲おうとするが、それ以前に十三郎は提灯を紅屋与吉に貸していた。
『史記』「佞幸列伝」第65 漢の孝文帝が天に上ろうとする夢を見る。後から押し上げてくれる者がいたため、上ることができた。ふり返って見ると、その男の衣服にほころびがある。帝は目覚めてから、ほころびを手掛かりとして、夢で見た男を捜し出し寵愛した。
★4.特定の人や場所に目印をつけるが、同じ印を多くの人・場所にもつけ、本来の目印がどれなのか、わからなくする。
『青いあかり』(グリム)KHM116 魔法を使う小人にさらわれる王女が、道すじに多くのえんどう豆を落としておく。しかし小人がその目印を消すために、すべての往来にえんどう豆をまく。翌朝、王女の家来たちが、えんどう豆を手がかりに誘拐犯の居所を探そうとするが、方々の往来では、子供たちが「ゆうべはえんどう豆の雨が降った」と言って、豆を拾っていた。
『説苑』巻6「復恩」 楚の荘王が臣下とともに宴会をする。明かりが消えた時、美人の袖をひく者がいる。美人はその者の冠の纓を切り、王に訴える。王は「士に恥を与えるのはよくない」と言い、暗闇の中で全員に「纓を切れ」と命ずる〔*『鎌倉三代記』(千竹・鬼眼増補)2段目の松田左近・朝路密会の場に、同じモチーフが見られる〕。
『千一夜物語』「アリババと四十人の盗賊の物語」マルドリュス版第857夜 盗賊がアリババの家の戸口に白墨で目印をつける。アリババの侍女マルジャーナが、まわりの家々にも同じ印を書きつける。
『デカメロン』(ボッカチオ)第3日第2話 王が、妃を犯した犯人を捜して、下僕たちの寝る部屋へ行く。暗闇の中、王は、犯人と思われる馬丁(*→〔心臓〕5a)の髪を片側だけ切り取って、目印にする。王が去った後、馬丁は仲間の下僕たちの髪も自分と同じように切り落とす。王は翌朝、犯人を明らかにすべく下僕たちを召集するが、全員片側の髪が切られていた〔*『ドイツ伝説集』(グリム)404「アギルルフとテウデリント」に類話〕。
『火打箱』(アンデルセン) 兵隊が、魔法の火打箱から出た犬を使って、夜のうちに王女をさらい、朝には城へ戻す。女官が跡をつけて、兵隊の家の戸口にチョークで十字の印をつける。犬がそれを見つけ、町中の家の戸口に十字を書きつける。
★5.目印を消そうとする。
『三国志演義』第58回 敗走する曹操一行を西涼の軍勢が追い、「赤い袍を来たのが曹操だ」と叫ぶ。曹操が赤袍を脱ぎ棄てると、今度は「長い髯の奴が曹操だ」との声が上がる。刀を抜いて髯を切り落とすと「短い髯が曹操だ」と言われ、曹操は旗の端で頭をくるんで逃げる。
★6a.無意味な目印。
『醒睡笑』巻之1「鈍副子」25 田舎者主従が上京し、宿で休息した後、都見物に出かける。主人が「同じような家並みゆえ目印をしておけ」と命じ、従者は宿の門柱に唾をつけ、さらに念を入れて、屋根に鳶が2羽とまっているのを覚えておく。夜になって宿に帰ろうとするが、唾の跡は見えず、鳶もいない。
『百喩経』「船上から鉢を落とした喩」 旅人が船で海を渡る時、鉢を水中に落とし、「今は水にしるしをつけるだけにして、後日取りに来よう」と考える。2ヵ月後、彼は師子国に到り、河を見て、「同じ水だ」と思って鉢を捜す。
★6b.船に目印をつける。
『船につけたしるし(その1)』(イギリスの昔話) アイルランド人が船に荷を積む手伝いをするが、出帆の間際に、シャベルを海へ落とした。彼は船着場から船長に叫ぶ。「落としたあたりの船尾の手すりに、刻み目を入れておいたから、見つかると思うよ」。
『呂氏春秋』巻15「慎大覧・察今」 楚人が長江を舟で渡る時、剣が水に落ちた。楚人はあわてて舟に印を刻み、「ここから私の剣が落ちた」と言った。舟が止まった後に、楚人は目印の所から川に飛び込んで剣を探した。
*動く目印→〔禿げ頭〕4。
★6c.船に目印をつけても安心できない。
『船につけたしるし(その2)』(イギリスの昔話) AとBが小舟を借りて釣りに出かけ、よく釣れる場所を見つけた。明日もここで釣りをしようと決めて、Aは舟の底に目印をつける。岸に戻ってそのことを聞いたBは、「このまぬけ野郎」とののしる。「明日借りる時は、別の舟かもしれないじゃないか」。
★7.身を守るための目印が、敵にとっては、ねらうべき目印になる。
『ニーベルンゲンの歌』第15~16歌章 ジーフリト(ジークフリート)暗殺をたくらむハゲネが、味方のふりをしてジーフリトの妃に近づく。妃は、夫の衣裳の背中の1ヵ所に絹糸で十字の印を縫いつけ、「そこが不死身の夫の唯一の急所だから、戦場で夫を守護してほしい」とハゲネに請う。ハゲネはジーフリトを狩りに誘い出し、槍で十字の印を突き刺して、ジーフリトを殺す。
★8a.空につけた目印。
『ピーター・パン』(バリ)4 ピーター・パンは、ウェンディ、ジョン、マイケルを連れて空を飛び、ネバーランドの島を目指す。ピーターが「そら、あそこだ」と言う方向をウェンディたちが見ると、百万本もの金の矢が、島のある所を指し示していた。それは、太陽がつけてくれた目印だった。
『レ・コスミコミケ』(カルヴィーノ)「宇宙にしるしを」 昔、「わし(Qfwfq)」は天の川のへりから身を乗り出して、何もない宇宙空間にしるしをつけた。銀河系が回転して6億年たつと、「わし」は再びそのしるしに出会えるはずだった。ところが、他の惑星系のKgwgkというやつが、「わし」のしるしを消して別のしるしをつけた。ほかの連中も真似をして、いろいろな所にしるしをつけはじめる。今や宇宙は、無数のしるしの連続と堆積に化してしまった。
*額の目印→〔額〕に記事。
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