傾向・特色とは? わかりやすく解説

傾向・特色

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 02:42 UTC 版)

文藝時代」の記事における「傾向・特色」の解説

文藝時代同人資質にはそれぞれ個性違いがあり、個々掲載作品は様々であったが、『文藝時代創刊翌月の『世紀11月号にて評論家千葉亀雄が、横光利一掲載短編頭ならびに腹」の当時斬新であった文体や、同人らの大まかな傾向をみて、彼らの文体における感覚技巧重視する姿勢から「新感覚派の誕生」として高評価した。同人らは「既成作家」と自分たちとの違い明確にするため、千葉の新感覚派」という命名受け入れた千葉は、室生犀星の「官能享受においては異常な敏感があつたが、それを感覚として発表するには、まだ醇化しきらない混濁古さとがあった」創作や、「語彙清新や、観照様式溌剌さ」に主力集中しその技巧を「脚色態度にまで延長されるには不十分であつた」新技巧派芥川竜之介菊池寛久米正雄)の芸術の、二つ未成長に終ったものをさらに発育させ「一つ合成の域にまでに達したもの」が、『文藝時代』に現われ傾向からみられるとした。 彼等が、さうした芸術傾向に、特殊な悦び感ずるのは、彼等心理機能が、何よりも気分や、情調や、神経や、情緒やに最も強い感受性を持つからであり、そしてそれは、文化芸術が、当然そこまでに導かるべき内部生命を持つからである。で、彼等感覚の新しさは、そして生々し飛躍さは、当然新らしい文化人にそれを観賞する悦びを感ぜしめる。 — 千葉亀雄新感覚派の誕生人間内面超越する物理的な力(不測鉄道事故)と、それに翻弄される人間との関わり描いた横光の「頭ならびに腹」に代表される新感覚派」の作品は、関東大震災後新たな機械文明交通機関スピード感覚リズム感都市文学モダニズム要素多く持ち無機物列車や車)を主語にした擬人法人間集団擬物化、奇抜な比喩映画的技法表現取り入れた文体で、従来自然主義文学写実主義文学平板な視点にはなかった新し感覚表現したものであった横光震災の4か月前に文藝春秋』に発表していた「」でも映画的手法取り入れ人間意志超えた些細な外的要因によって左右される人間の運命描いていたが、そうした感覚を「完全に表現すること」が出来きれば、「生活と運命とを象徴した哲学湧き出て来る」と感じた語っていた。その信念抱き始めたこの新感覚派時代以降横光機械論的な比喩世界を見る傾向強め些細な外的要因偶然の一致への関心晩年まで持ち続けることになる。 なお、一口に新感覚派といっても、横光川端でも作品微妙な発想法違いがあり、横光における「新感覚」には「認識論的」なものがみられ、川端の「新感覚」には「生死につながる縁の深さ」を表現する川端特性を示す「存在論的」なものがみられる。 特に川端には、自身の「輪廻転生万物一如」の世界観の夢を、前衛芸術表現法重ねている傾向みられる。そこには、人が自身存在を、現世現在の自分だけがかけがえのない唯一の存在だとする醜い執着保身が、人の我欲争い生んでいるという、川端思考があり、この「新感覚派」の表現法にも人間現世我欲対抗する川端主客一体、汎神論的な宇宙観込められている。その川端は「新感覚派」の表現理論的根拠を、〈一 新文藝勃興〉〈二 新し感覚〉〈三 表現主義認識論〉〈四 ダダ主義発想法〉の4節から成る新進作家新傾向解説」と題する論で以下のように詳説した。 まず新感覚派主義作品は、その手法表現において、美術音楽感覚の働き方近づくのであるとし、ドイツ表現主義からおもに影響された〈表現主義認識論〉という理念掲げて、「新主観主義表現」という主観絶対性をおく認識表現法説き、その主観自由に流動させるころから万物一如」といった一元世界成立して東洋的な「主客一如主義」にもなる、と芸術理論説明された。 新感覚派表現は、従来自然主義的な描き方や、見る対象自分とが「別々にある」と考えて観察する古い客観主義認識とは異なり例えば、百合見て認識した時に、「百合の内に私がある」「私の内に百合がある」という気持ちで物を書き現そうとする表現であるとしている。 自分があるので天地万物存在する自分主観の内に天地万物がある、と云ふ気持物を見るのは、主観の力を強調することであり、主観絶対性を信仰することである。ここに新し喜びがある。また、天地万物の内に自分主観がある、と云ふ気持物を見るのは、主観拡大であり、主観自由に流動させることである。そして、この考へ方を進展させると、自他一如となり、万物一如となつて、天地万物全ての境界を失つて一つ精神融和した一元世界となる。また一方万物の内に主観流入することは、万物精霊を持つてゐると云ふ考へ、云ひ換へると多元的な万有霊魂説になる。ここに新しい救ひがある。この二つは、東洋の古い主観主義となり、客観主義となる。いや、主客一如主義となる。 — 川端康成表現主義認識論」(「新進作家新傾向解説」) そうした表現態度は、片岡鉄兵十一谷義三郎横光利一富ノ澤麟太郎金子洋文などの作品にみられ、特に横光諸作品の擬人法手法見られるものだと説明された。そして彼らの表現態度は、描写立体的に鮮明にさせ、「自然人生の新し感じ方」、「新し感情」であるとしている。 横光氏の作品のどの一節でも開いて給へ。その自然描写読んで給へ殊に沢山の物を急調子描破した個処を読んで給へ。そこには、一種擬人法描写がある。万物直観して全て生命化してゐる。対象個性的なまた、捉へた瞬間特殊な状態適当な生命を与へてゐる。そして作者主観は、無数に分散してあらゆる対象躍り込み対象躍らせてゐる。(中略横光氏の表現溌溂とし、新鮮であるのも、このためである。横光氏の作品作者喜び聞こえるのも、この見方のためである。 — 川端康成表現主義認識論」(「新進作家新傾向解説」) さらに川端は、ダダイスム主義の詩や小説における、時によっては「訳の分らない」こともある芸術表現一種の「発想法破壊」だと捉えながら、ダダイスト精神分析学における「自由連想」法から新し創造的発想法見出し、それは従来表現法反抗した他人には「分らない」頭の中の主観直観感覚そのままに近い表出であるとした上で、『文藝時代』の新感覚派は、そのダダイストの「分らなさ」を喜んで真似ようとするではなく、そこから「主観的な直観的な新し表現導き出さるべき暗示」を見出し、「言語の不自由な束縛」や古い発想法から解放されることを目指すとしている。 川端は、そうした自分たちの表現を〈ダダ主義発想法〉と名付けた上で、「心象配列法が、主観忠実となり、直観的となり、同時に感覚的になつて来たのである」と説明しベネデット・クローチェの『表現科学および一般言語学としての美学』(1902年)にも触れ、その説を「心象表現芸術と云い約めることが出来る」としている。また、その「心象そのままの姿で文字に現はさうとする気持」を持つ自分たちの表現法は、小説の構成における「速度」と「同時性」の視点重視され、「表現心象豊かな花園とし、みづみづし感覚直観抱き合つて踊る世界」と化すところに創造的要素があるとしている。 こうした新感覚派たちの作品傾向説明などについて、当時生田長江から「旧いといふのが旧い」といった批判や「『新時代』の等よ」という罵りの言葉浴びせられ横光の「頭ならびに腹」は宇野浩二から「徒らに奇を衒ふ表現」と酷評された。また、新感覚派ポール・モランの『夜ひらく』(1922年)の真似ではないかという生田意見もあり、それに対し川端は、『夜ひらく』の堀口大学邦訳1924年7月)が出る以前から新感覚派的な文章はあったとし反駁した。 既成作家からのそうした文藝時代』に対す強い風当たりもあり、同人中には自分は「新感覚派」ではないと主張して既成作家抗議する者(佐々木味津三)も出てきた。実際同人で「新感覚派」と呼べる者は、横光川端片岡鉄兵今東光中河与一、ほか数名佐佐木茂索十一谷義三郎など)であり、さらにその中で文学的実験真面目に続けていたのは横光だけ、という側面もあった。 その横光本人非難抗する論の中で、「未来派立体派表現派ダダイズム象徴派構成派、如実派のある一部、これらは総て自分新感覚派属するものとして認めてゐる」として、立体派の例は川端の「短篇集」(掌の小説)を挙げつつ、「プロット進行時間観念忘却させ」ていると説明し構成派の例は、片岡鉄兵金子洋文作品芥川龍之介の「藪の中」を挙げている。また、新感覚派の「感覚的表徴」とは「自然の外相剥奪し物自体躍り込む主観直感的触発物を云ふ」として、横光認識論的主客合一中に感覚の新しさ希求している傾向みられる横光自身過去の作品で「内面的な光り」が最も出ているとする「笑はれた子」(横光天才視する志賀直哉の「清兵衛と瓢箪」に影響された作品)から、目下の「街の底」「青い大尉」といった新感覚派作品を書くに至った経緯触れ自身天才ではないと悟った芸術家は「外面愛するにちがひない」とした上で、「より多く内面響かせる外面は、より多く光つた言葉である」ゆえ、自分は「より多く光つた外面言葉)」を愛すると宣言した言葉とは外面である。より多く内面響かせる外面は、より多く光つた言葉である。此の故に私は言葉愛する。より多く光つた外面を。さうして、光つた言葉をわれわれは象徴と呼ぶではないか此の故に私は象徴愛する。象徴とは内面光らせる外面である。此の故に私はより多く光つた象徴愛する。より多く光つた象徴計画してゐるものを、私は新感覚派呼んで来た。 — 横光利一内面外面について」 横光後年に、この「新感覚派」の時期自身傾向文体振り返り、「国語との不逞極まる血戦時代」だったとしている。 なお、政治思想裏打ちされプロレタリア系の『文藝戦線』と、芸術至上的な新感覚派の『文藝時代』は対立的ではあったものの、既成作家作品身辺日常生活些事そのまま描く私小説)とは違う新たな文学求めていた点は共通し両者ともに、都市やその中の職場集団である工場船舶、あるいは列車機関車など社会的な空間着目し作品世界創作していた点では似ていた。

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