ニップン
(日本製粉 から転送)
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株式会社ニップン(英: NIPPN CORPORATION)は、製粉業、食品業を営む会社。製粉分野では日清製粉に次いで日本国内シェア2位。1873年4月に官営札幌製粉所として創業した日本初の製粉会社であり、欧米式機械を利用した日本初の製粉会社でもある。2020年までの社名は日本製粉株式会社(にっぽんせいふん、英: NIPPON FLOUR MILLS CO., LTD.)。「ニップン」「オーマイ[注釈 1]」「REGALO(レガーロ)」ブランドで知られる。
注釈
- ^ 昭和30年に発売された人造米「オーマイライス」に由来する。米の中の王様との意味から「王米」とし、オーマイという商標が誕生した[3]。
- ^ 三菱食品がライセンス契約を引き継ぎ、2017年4月1日から『バリラ』ブランドの商品を販売している[4]。
- ^ 2020年5月の社名変更発表時は2021年4月を目途としていたが、同年7月に行われた取締役会で変更日が3ヶ月早まった[5][6]。
- ^ 同年末もしくは翌年春[8]。
- ^ 松方正義が輸入したフランス式石臼製粉機で1879年5月操業[7][8]。
- ^ 志摩万次郎は、隣接する日本製鐵の創立事務を手掛けた人物で雨宮の知人[10]。利根運河の建設に関係したことでも知られる。
- ^ 1889年の関税法改訂により輸入小麦粉に関税がかけられるようになりさらに競争力を増した[7]
- ^ その後、日粉食糧はニップン食糧、オーマイと社名を変更する。
- ^ 渋谷区千駄ヶ谷5丁目の旧本社は三菱地所保有の日本ブランズウィックビル、新宿パークビル跡地と共に、「千駄ヶ谷五丁目北地区第一種市街地再開発事業」により、リンクスクエア新宿として2019年8月に竣工した[13][14]。
出典
- ^ a b ニップンの歴史|企業情報|株式会社ニップン
- ^ “第196期有価証券報告書” (PDF). 日本製粉株式会社 (2020年6月26日). 2021年1月14日閲覧。
- ^ 会社のヒミツ 日本製粉株式会社 - Morning Glory(エフエム熊本)
- ^ a b 三菱食品、バリラと代理店契約 パスタ、ソースを販売(日本食糧新聞)2020年11月21日閲覧。
- ^ a b 『会社名(商号)の変更に関するお知らせ』(PDF)(プレスリリース)日本製粉株式会社、2020年5月25日 。2021年1月24日閲覧。
- ^ a b 『商号の変更日決定に関するお知らせ』(PDF)(プレスリリース)日本製粉株式会社、2020年7月27日 。2021年1月24日閲覧。
- ^ a b c d 『パンの明治百年史』第二編 第五章 第一節「製粉業近代化の曙」 パンの明治百年史刊行会、1970年
- ^ a b c d e f g 日本製粉(株)『日本製粉株式会社七十年史』(1968.06) 渋沢社史データベース
- ^ a b c d e 二ップンの歴史1879年(明治12年) 日本製粉株式会社
- ^ 『日本製粉社史: 近代製粉 120年の軌跡』日本製粉株式会社, 2001, p40
- ^ a b c d e f 『日本製粉社史 : 近代製粉120年の軌跡』(2001.04)(日本製粉)2020年11月28日閲覧。
- ^ 鈴木商店系製粉会社と日本製粉との統合、救済融資(鈴木商店記念館)2020年11月28日閲覧。
- ^ 千駄ヶ谷五丁目北地区第一種市街地再開発事業(東京都都市整備局)2020年11月21日閲覧。
- ^ リンクスクエア新宿(日本の超高層ビル)2020年11月21日閲覧。
- ^ 『コーポレートブランドロゴを改定』(PDF)(プレスリリース)日本製粉株式会社、2019年9月26日 。2021年1月24日閲覧。
- ^ 連結子会社の吸収合併(簡易合併・略式合併)に関するお知らせ(ニップン)2021年2月21日閲覧)
- ^ 『冷凍食品事業強化のための機構改革を実施』(PDF)(プレスリリース)株式会社ニップン、2021年3月1日 。2021年4月20日閲覧。
- ^ 『2022年3月期第1四半期報告書の提出期限延長に関する承認申請書提出のお知らせ』(PDF)(プレスリリース)株式会社ニップン、2021年8月16日 。2021年8月18日閲覧。
- ^ 『株式会社ニップンによるオーケー食品工業株式会社の完全子会社化に関する株式交換契約締結(簡易株式交換)のお知らせ』(PDF)(プレスリリース)株式会社ニップン、オーケー食品工業株式会社、2022年3月28日 。2022年4月11日閲覧。
- ^ a b c “愛知県知多市に新工場建設、名古屋工場・大阪工場を閉鎖 中京・近畿地区の製粉工場を再編”. ニップン (2022年2月18日). 2022年2月18日閲覧。
日本製粉(1896年 - 2020年)
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「ニップン」の記事における「日本製粉(1896年 - 2020年)」の解説
1896年(明治29年)9月26日 - 日本製粉株式会社設立総会。 12月31日 - 東京製粉合資会社の資産を継承し日本製粉株式会社を開業。 アメリカからロール製粉機を輸入し、深川東扇橋町に新工場を開設して大量生産を開始。 1907年(明治40年) - 明治製粉株式会社を合併。日露戦争特需で乱立した新設の製粉会社が供給過剰で業績不振となり、以降、日本製粉との合併が相次いだ。 1909年(明治42年) - 帝国製粉株式会社を合併。 1920年(大正9年) - 東洋製粉株式会社、大里製粉所、札幌製粉株式会社、東北製粉株式会社を合併。 1925年(大正14年)- 東亜製粉株式会社を合併。 1926年(大正15年)10月 - 鈴木商店の主導により日清製粉と合併仮契約が締結されたが土壇場で破談となる。 1927年(昭和2年)3月14日 - 片岡蔵相の東京渡辺銀行破綻失言を引き金に昭和金融恐慌が始まり、4月の鈴木商店破綻につながる。 5月14日 - 三井物産と販売契約締結、鈴木商店との関係解消。 1949年(昭和24年)5月11日 - 東京証券取引所第1部、大阪証券取引所第1部上場、名古屋証券取引所上場。 1955年(昭和30年) - 子会社の日粉食糧が、小麦粉で作ったオーマイライス(人造米)を発売。 1957年(昭和32年) - 『オーマイロングスパゲッチ』を発売。 1960年(昭和35年)3月 - 大阪製粉株式会社を合併。 1966年(昭和41年)7月 - 城北工業株式会社を合併。 1982年(昭和57年) - イタリア・バリラ社とライセンス契約、『バリラ』ブランドを独占販売開始。 1990年(平成2年)10月 - オーマイ株式会社を合併。 1995年(平成7年) - 阪神・淡路大震災により神戸工場が被災し閉鎖。 1996年(平成8年) - コミュニケーションネームを『NIPPN(ニップン)』とし、コーポレートロゴを導入。 1998年(平成10年)- 新規設立したオーマイ株式会社にパスタ製造部門を分割。 2003年(平成15年)- オーケー食品工業株式会社の株式を取得し子会社化。 2013年(平成25年)9月 - 株式会社ナガノトマトの株式を取得。 2014年(平成26年)8月 - 東福製粉株式会社の株式を公開買付けにより取得。 2016年(平成28年)8月 - 本社を千代田区麹町4丁目の新本社ビルに移転。 2017年(平成29年)4月 - 『バリラ』のライセンス契約が三菱食品へ移動する。 2019年(令和元年)9月 - コーポレートブランドロゴを改定。"i"の上の赤の楕円を引き継ぎつつ、黒の大文字表記から丸みを帯びたオレンジ色の小文字表記(『nippn』)に改められ、スローガンとして、『いつも食卓に、ニップン』(日本語表記)/『Enjoy every meal.』(英語表記)が制定された。
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