職掌とは? わかりやすく解説

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しき‐しょう〔‐シヤウ〕【職掌】


しょく‐しょう〔‐シヤウ〕【職掌】

読み方:しょくしょう

担当している仕事職務


職掌

職掌とは、職務分類の際、最も大きな分類区分をさす。
仕事をするために要する労働内容類似している職務または職種グループ分けしたもの

通常職務機能人事販売営業など)、職務態様机上事務現場作業か)などによって作業職掌、事務職掌、技術職掌、特務職掌、監督職掌、管理職掌、専門職掌などに区分される
職掌に区分することによって職務性質、機能類似したものをまとめることが可能になり分析評価人事管理上都合がよい(マネジメント行いやすい)。

また、昭和61年男女雇用機会均等法施行契機に、役割違いに応じて総合職一般職、といった職掌を設け複線型雇用管理制度採用する企業多くなった。

しかし、男女雇用機会均等法改正に伴い総合職と一般職というコース別人事は廃止される動きもある。
採用配置能力開発昇進昇格評価などについては、職掌の特性に応じてコースごとに方法内容決定して管理し節目ごとに能力適性見直しを行うこと、などに活用されている。
また、企業によっては、従業員コース選択コース転換機会設けるなど柔軟な対応を図るケースもある。

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人事制度

職掌

読み方:シキショウ(shikishou)

(1)古代律令制下級官人
(2)明治前期判任官


職掌

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関連項目



職掌

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造兵司」の記事における「職掌」の解説

兵器製造とともに兵器製造のために必要な技術集団支配することを主たる任務とする。技術集団には雑戸属する鍛戸(かぬちへ)・甲作(よろいつくり)・靫作(ゆぎづくり)・弓削(ゆげ)・矢作(やはぎ)・鞆張(ともはり)・羽結(はゆい)・刊(ほこけずり)、品部属する爪工(はたくみ)・縫(たてぬい)・幄作(あげはつくり)があった。雑戸10月から翌年3月までに戸ごとに1丁、品部必要に応じて臨時徴発された。 天平14年744年)の雑戸解放影響廃止されたが、天平宝字2年758年以前官司としての造兵司は復置された。寛平8年896年)に新設兵庫寮統合され廃止された。

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京職」の記事における「職掌」の解説

京職は京域に関わる行政・司法警察統括し制度日本書紀初め見える。京職地方における国司相当する職掌を扱っているが、古代国家における京は国家運営するために建設され人工的な都市空間としての性格有しており、その京を運営維持するための独自の職掌を有していた京職国家にとっては欠くことが出来ない中央官司とされ、国司とはその性格大きく異にしていた。これは、国司外官地方官)であるのに対し京職京官中央官)扱いであることからも分かるまた、京職国司では同じ職掌でも、内容大きく異な事例もある。代表的な例として戸籍に関する業務挙げられる考課令には国司郡司評価対象として戸口増益人口増加)があり、隠首括出された浮浪・逃亡を貫付(本貫として戸籍に登録)した成果含まれていた。だが、京戸の貫付(京貫)は勅によって実施され国司の職掌であった浮浪・逃亡死亡による除帳戸籍などから除く)の権限京戸に関して政府が行い、京職が行ことはなかった。もっとも、同族による申請除けば除帳はほとんど実施されず、更に度重なる遷都同行せずに旧都留まる民もいたために戸籍実態乖離大きくなった。そのため、貞観18年876年になって京職除帳権限認めることになった左右二職ありそれぞれ左京右京統治する被官市司いちのつかさ)があり、それぞれ左京職東市司を、右京職西市司それぞれ管轄し市場に関する事務取り扱った唐名を「京兆けいちょう)」という。 行政事務補佐するために各条ごとに坊令、各坊ごとに坊長(町長)が置かれ末端まで統治した坊令・坊長はそれぞれ郡司里長相当するが、京には郡司級の在地の有力豪族存在しなかったことから、坊令には坊内居住する京戸でかつ八位初位位階有した者から選ばれていた。坊長には坊内居住する白丁から選ばれた。坊長は坊内京戸戸籍管理するとともに租税徴収雑徭兵士徴発犯罪発生時の官司への通報犯人追捕坊内治安維持坊内発生した奴婢家地売買裁判における証明調査など、坊内における徴税的・警察的な業務行っていた。坊令令制では定員12人であるが、遷都ともに変化した。 ところが、平安京遷都して以後従来は京外に別に拠点有していた貴族層の京への定着が進むとともに坊令命令従わない貴族およびその従者増加して問題化していった。その一方で坊令そのもの京職官人としての要素強くなり、坊との関わり希薄になった。このため貞観4年862年)に左京大夫紀今守提言によって坊令代わる地域責任者として保長設置し貴族官人をこれに任じることとなった平安時代中期10世紀中期)になると、保長制度機能しなくなり地域社会台頭した有力者を保刀禰任ずることでかつての坊令保長担ってきた役割を果たさせようとした。だが、次第治安権限検非違使奪われていくことになる。だが、その他の行政面では依然として京職一定の役割果たしており、14世紀頃までその活動みられる

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内侍司」の記事における「職掌」の解説

内侍司女官天皇近侍し、奏請伝宣内侍宣)、宮中礼式等を司った天皇秘書役とも言うべき重要な役職で、学問礼法通じた有能な女性多く任命されたようである。 三種の神器のひとつ・八咫鏡模した神鏡温明殿内侍所)に安置されており、この神鏡守護捧持するのも内侍司女官役目である。故に神鏡を「内侍所」とも呼ぶ。

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オレンブルク・ムスリム宗務局」の記事における「職掌」の解説

宗務局は、ロシア帝国内のムスリム社会に対して、以下のような権限有していた。 イスラーム宗教者対すイスラーム法試験の実施 ムスリム宗教活動監督 モスクの建設修繕 結婚相続裁定 ワクフ管理紛争調停街区における儀礼実施、人籍簿の作成1828年から)

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市司」の記事における「職掌」の解説

都の東西置かれていた市を監督する。市における不正及び犯罪防止交易における度量衡管理物価監視などにあたる他、時に応じて公用供する物資調達にもあたったとされている。また、10日ごとに(「延喜式」では毎月1度)市における時価上中下の3等分けてその中でも更に高値安値などの3段表記したため実質は9等)その時々の物価調査した估価帳」を作成して属す京職に対して提出した估価帳の作成時価調査することで、官が買い上げる時に適正価格判断するための資料用いられたと考えられている。 長である市正いちのかみ)は本来は正六位上当のであったが、五位実務官僚得業生文章生のうち成功応じた者が任命されることが多かった。つまり良くも悪くも財力経済感覚富んだ人物起用されていた。また、市の治安を扱う事から検非違使の尉が兼務することもあった。 伴部として価格検査する価長、市での犯罪者取り締まる物部などが置かれた。

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主鈴」の記事における「職掌」の解説

主鈴中務省直属の官で駅鈴印鑑出納給付行った少納言実質的監督下に置かれ儀式等において大変重要視された。平安時代には外記に職掌を奪われ衰退した

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典鑰」の記事における「職掌」の解説

『日本書紀』持統天皇7年693年)条に監物と共に初出しているため、飛鳥浄御原令期に存在した考えられている。監物とともに中務省倉庫主鑰管理していた。典鑰毎朝参内して後宮十二司の闡司より鑰を受け取ってこれを保管し必要に応じて監物に鑰を渡した返納受けたりして夕方にはまた闡司に返却した。 なお、典鑰は鑰の管理のみを担当し典鑰から鑰を受け取った監物が鑰の開け閉め出納管理行い主鑰(大主鑰・少主鑰)が実際出納を行うという役割分担厳格にされていたとされている。

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内膳司」の記事における「職掌」の解説

大宝律令以前は膳職という官司であったが、大宝律令制定時に、饗宴における食事調理配膳担当する大膳職分かれて天皇日常における食事調理配膳および食料調達担当する官司として設立された。このように「外」と「内」が対になっている機関は他に典薬寮内薬司などもある。時代下って寛平八年896年)には、同じ宮内省被官園池司吸収した

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内染司」の記事における「職掌」の解説

内染司天皇・皇后供御する糸・布・織物類の染色つかさどった染色のための官奴婢配属されていた。大同3年1月20日808年)に行われた官司統廃合により、中務省所属縫殿寮統合される(『日本後紀』の当該部分一部失われているが、『官職秘抄』などに記されている)。延喜式には縫殿寮内染司機能継承したとみられる御服染作所(ごふくそめつくりどころ)」が設置され染師後身と見られる染手6名が配属されている。

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土工司」の記事における「職掌」の解説

土工司木工寮建築事業に対して土木事業、特に建築資材石灰・瓦等)の生産行っていた。そのために品部である泥部(ぬりべ)と雑戸である泥戸(ぬりこ)が付属しており生産あたった木工寮併合されたとする時期不詳である。延喜式にはすでに土工司の職掌を木工寮担っているためおそらくそれ以前のことと推測される

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大膳職」の記事における「職掌」の解説

大宝律令以前は膳職という官司であったが、大宝律令制定時に、天皇食事掌る内膳司饗膳食事掌る大膳職分割された。ただし、主食については大炊寮が掌っており、大膳職副食調味料など調達製造調理供給部分担当した。『養老令によれば、醢(肉や塩辛状にしたもの)、醤・未醤(みそ)などの調味料くだもの)、雑餅(雑穀などの餅製品)などを供給し管下組織として・餅類を扱う「餅所」と醤・未醤を扱う「醤院」が設置された。『官職秘抄』や『職原鈔』、『百寮訓要抄』などによると、後世には長官である大夫官位相当よりも高い四位から、逆に次官である亮は官位相当よりも低い六位から選ばれる例が多くなった事が記されている。また、大同3年7月26日808年8月21日)の格によって少進・少属の定員が1名増加されている。

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警察庁警備局公安課」の記事における「職掌」の解説

警察庁組織令(昭和29年6月30日政令第180号)第38条に所掌事務規定されている。 (公安課)第38公安課においては次の事務つかさどる。一 警備情報収集整理その他警備情報に関すること(外事情報部所掌属するものを除く。)。二 次掲げ犯罪その他警備犯罪取締りに関すること(外事情報部所掌属するものを除く。)。 イ 刑法明治40年法律45号)第2編第2章及び第3章規定する犯罪破壊活動防止法昭和27年法律240号)に規定する犯罪日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法昭和27年法律第138号第6条及び第7条規定する犯罪日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法昭和29年法律166号)に規定する犯罪三 無差別大量殺人行為行った団体規制に関する法律平成11年法律147号)の規定に基づく意見陳述その他の活動に関すること。

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スポーツ・観光省 (ポーランド)」の記事における「職掌」の解説

一般競技スポーツ振興国内の全スポーツ団体監督体育・レクリエーション・リハビリテーション・青少年スポーツ参加身体障害者のためのスポーツ振興スポーツに関する認定業務国外からのポーランド観光振興促進

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兵馬司」の記事における「職掌」の解説

兵馬司は、全国の牧、軍馬公私における牛・馬管理(近い性格機関である馬寮は、主に朝廷での飼養を職掌としていた)、駅伝制などをつかさどった大同3年808年)に廃止され、その職務左・右馬寮組み込まれた。

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木工寮」の記事における「職掌」の解説

古代ヤマト王権大和朝廷)の造営事業猪名部などの特定氏族が関わってきたと考えられているが、仏教伝来とともに寺院建築などの高度な技術必要になる古くからの部民制では対応できなくなり百済中国大陸からの渡来系建築技術者登用されるなどの変化見られ流動的な要素見せた木工寮天皇のために必要な建築土木木器製作だけではなくこうした事業に必要となる(伴部である工部出身母体となる)木工監督機関としての性格有していたとみられている。 木工寮宮廷建築・土木修理一手ひきうけた具体的に宮殿建築修理、京内の公共施設修理木器などの木製品の製作などである。また、こうした事業必要な労働力資財調達予算立案なども木工寮業務であった。 そのため非常に多忙であり多く工員力役者が付属した。それでも業務繁雑滞りをみせたため、弘仁9年818年)には宮殿関係の業務新設修理職へ、同時期に内の土木工事新設修理坊城使それぞれ移譲したその後もたびたび業務改廃繰り返した。 なお、新たに京を造営する際は、京の造成を造京司が、宮殿の造営造宮職造宮省)が、寺院建築は各造寺司と、令外官司それぞれ管轄しており、諸官庁の庁舎などは木工寮指揮建設された。このうち造宮省造東大寺司奈良時代通じておかれていた。他の現業官司とちがい、工事主任である伴部工部世襲ではなく能力に応じて登用され、また主に飛騨国から徴発される匠丁飛騨工)が付属していた。大同3年808年)に鍛冶司併合し付属していた鍛冶戸を木工寮移管したが消滅した

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主殿寮」の記事における「職掌」の解説

主殿寮内裏における消耗品管理供給主な職掌とした。特に施設管理業務には人手かかったため駆使丁今良など大量人員擁した掃部寮と職掌が重な部分もある。808年大同3年)には官奴司併合して官奴婢官戸管理行った同様の官司として春宮坊主殿署後宮殿司斎宮寮殿部司などがある。 後に長官小槻氏相続世襲した。

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警察庁警備局国際テロリズム対策課」の記事における「職掌」の解説

警察庁組織令 第39条で以下のように規定されている。 国際テロリズム対策においては次の事務つかさどる。 1 外国人又はその活動本拠外国在る日本人によるテロリズム広く恐怖又は不安を抱かせることによりその目的達成することを意図して行われる政治その他の主義主張に基づく暴力主義的破壊活動をいう。)に関する警備情報収集整理その他これらの活動に関する警備情報に関すること。

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主鷹司」の記事における「職掌」の解説

主鷹司放鷹司とも書き猟犬を飼育・調教し鷹狩などの狩猟取り仕切った。司の中では最も格が低く四等官長官主典しか置かれていない実際の飼育は品部が行う。 「不殺生」といった仏教思想により、721年、および道鏡政権下の764年から769年までは廃止され放生司(ほうじょうし)が置かれた。延暦年間には復活したが、人員削減政策一環として861年からはここの官職任命されなくなり実質的に廃止された。の飼育は蔵人所鷹飼継承した

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十人委員会 (ヴェネツィア共和国)」の記事における「職掌」の解説

1468年法令では、反乱陰謀国家の平和を乱すあらゆる行為などの他、ソドミーに関する裁判、スクオーラ・グランデ(英語版)や書記局に関する問題取り扱うとされていた。だが、十人委員会時代を経るにつれ徐々にその権限拡大し、後には「秘密守りつつ敏速に決定をくだす必要ありとされた問題」や「重大裁判審議する」事もその職掌とされ、共和国諜報防諜活動統括する情報機関としても機能したまた、16世紀頃には新たな建築既存建築物用途変更なども監督した他、1508年12月29日以降喜劇悲劇牧歌劇の上許可業務行っている。1692年6月10日には、共和国歴史印刷する際には委員会許可が必要となった更には海上都市であるヴェネツィアにとってその存亡直結する運河管理担当する水域専門官(savi alle acque)の任命権本島土壌農耕適さない為に要職とされる穀物専門官(savii sopara le ague)の任命権国際通貨としてヨーロッパ各地イスラム圏でも国際的な決算手段として用いられていたドゥカート造幣する造幣局統制獲得した。これらは元来元老院イタリア語版)の権限であったものを十人委員会闘争の末に勝ち取ったものであり、1530年には元老院提出される書簡事前検閲する権限までもが与えられ十人委員会事実上元老院優越する意思決定機関となった。他にも、司法上の権限四十人委員会イタリア語版)から、市民層が就任する様々な官僚ポスト任命権大評議会シニョリーア英語版)などから奪取し十人委員会共和国政治構造トップ位置する機関へと変貌していった。このように十人委員会事実上の最高意思決定機関でもあり、彼らの出した指示命令は彼ら自身決定以外によって覆されることはなかったとされるそうした政策決定能力等から、十人委員会現代内閣にあたるものであったとする研究者もいる。

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按察使 (中国)」の記事における「職掌」の解説

按察使の職掌は、『清史稿職官志以下の通り簡単に記されている。 按察使風紀を振揚し、吏治を澄清するを掌る至る所囚徒録し、辞状を勘し、大なる者は藩司と会して議し以て部・院に聴す。闔省の駅伝領する兼ぬ三年ごとの大比は監試官に充て大計考察官に充て、秋審は主稿官に充つ。 (按察使風紀導き官吏行い清く正しくさせることを職掌とする。囚人取り調べ訴状調査しそのうち重大な案件については布政使相談し、それを刑部都察院に送る。さらに省内全ての駅伝治めることを兼務する三年ごとに催される郷試では監試官に当て、また大計では考察官に当て、秋審では主稿官に当てる。) このように按察使の職掌は主として内の治安監察裁判司ることであるが、それ以外一般的な政務にも携わる。以下にもう少し詳しく解説する

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主水司」の記事における「職掌」の解説

主水(もひとり)とは飲み水のことで、主水司(もひとりのつかさ)は・氷の調達および粥の調理つかさどった。やがてこれを扱う役人への敬称(殿=おとど)が接尾して転訛し「もんどのつかさ」とも呼ばれる調達のために伴部として水部もいとりべ)品部として水戸もいとりこ)が置かれた。また運搬等のために駆使丁配属された。駆使丁重労働現業部門置かれ、とくに氷は夏場珍品として貴重だったため運搬に非常に苦労したとみられる中世以降明経道清原氏長官職を世襲付属主水司領を相続した

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散位寮」の記事における「職掌」の解説

散位寮散位名簿によって管理しその考課を行う。 散位(さんい/さんに)は散官ともいい位階のみで官職持たないもののことをいう。京官・外官および文官武官の別がある。散位大半退職者である。五位上の散位散位寮長上常勤)し、六位以下のうち、在京のものは散位寮分番交替勤務)し、他は国府分番して、他の官司の手伝い使者としての事務を行う。また武散位武官散位)は兵部省管理をも受ける。 その他四度使よどのつかい)の一つある朝集使が在京中のときはその管理を行う。のちに散位制度形骸化すると存在意義薄れ寛平8年896年式部省併合され以後散位事務式部省行われた

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織部司」の記事における「職掌」の解説

内蔵寮より原料として支出される朝廷用の錦・綾・紬・羅などの織染を職掌とする。「職員令38集解古記所引の別記によると、錦綾織110戸が所属していたという。大宝令における錦綾の織成は、織部司が行うものとされていたが、それを全国拡大すべく、和銅4年711年)閏6月14日諸国挑文師派遣されて錦や綾の織り方教習している。

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内記」の記事における「職掌」の解説

内記中務省直属の官で詔勅宣命位記起草天皇行動記録を職掌としていた。そのため文筆の上手い官人学者優先的に就任し大内記紀伝道文章道)の国家試験合格者限定されていた。 ところが平安時代に入ると、内記役割徐々に衰退していくことになる。内記天皇公的な行動記録を残すことを職掌としており私的空間である内裏立入ることは出来なかった。ところが、蔵人所設置され蔵人には内裏への立入認められたために、天皇蔵人通じて太政官命令勅旨)を下すようになり、宮中行事などを除いて天皇内裏の外に出る必要性なくなったために、結果的に天皇内記接触減少したことにより行動記録の職掌を失った。更に太政官命令起草する外記勢力拡大して詔勅起草の職掌を奪ったことが重なりその役割失っていったのである中務省直属の官として四等官からは独立しており(品官ほんかん)・一司)、事務所内記局呼ばれる内記局左兵衛陣の南側にあったとされている。また、中国起居注倣って天皇日々動静についての記録をとって「内記日記」としてまとめられていたが、前述理由により平安時代後期には行われなくなり、現在は一部逸文以外は残されていない

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職掌

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内薬司」の記事における「職掌」の解説

内薬司宮内省典薬寮と対になっている内薬司皇室診察処方主な職掌である。皇室診察のために侍医女医処方のために生が所属した侍医最高位医官女医産科医官戸官婢からとられた。生は「生」と付くが、博士がいない。また薬園典薬寮薬園師が管理している他、不足分各地から年料雑薬として納められたと考えられている。自身典薬寮戸から採られたのではないか考えられる。のちに女医養成のために養老6年722年女医博士置かれた。(それまで典薬寮医博士指導していた)このように独立した官司といえどほとんど典薬寮一部局のようになっており、寛平8年896年典薬寮併合された。本司所属侍医女医博士生は典薬寮移管された。

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職掌

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典薬寮」の記事における「職掌」の解説

典薬寮宮廷官人への医療医療関係者養成および薬園等の管理行った天皇への医療を行う内薬司と対を成す。896年寛平8年)に内薬司併合して朝廷医療掌握した長官典薬頭で、医師針師按摩師、呪禁師構成されていた。また、医博士針博士按摩博士呪禁博士薬園師がおり、その下には学生である医得業生学んでいた。内薬司併合時には侍医生・女医博士移管された。 初期呪術的色彩強かったらしく、732年天平4年)には修験道開祖役小角弟子である韓国広足典薬頭就任している。平安時代後期以降和気氏丹波氏による世襲となり、典薬頭専ら丹波氏流の小森家独占した小森家六位蔵人兼ねたため、典薬頭であっても実際天皇拝診や寮の実務には携わらない名誉職存在となったまた、典薬権助地位賀茂別雷神社社家である藤木家世襲したが、こちらは実際に鍼術行い天皇拝診もする家系であった室町時代から戦国時代にかけて、医師たちが剃髪し僧侶擬制して僧位を受ける例が続出すると、朝廷出入りする医師俗体としての官位持たない者占めてゆく。彼らは官位持たないため、官としての典薬寮医師御典医ではなく、単に「御医」と呼ばれた。この傾向江戸時代中期まで継続したが、光格天皇治世の頃から朝廷の中で復興ブームが高まる中で典薬寮再興対象となり、天保以降、「御医」たちは次々と蓄髪して官位を受け「典医になっていった。この時期京都のみならず諸国優秀な民間医が典医登用されるケース増え伝統的な漢方医加え伊良子光顕などオランダ医学流れを汲む者も任官されるようになった再興期典薬寮武家伝奏支配を受け、実質的な典医たちの統率典薬権助藤木家典薬大允に任じられた者が行った。また、典薬大允以下の役職典医の中から技術優劣年功長幼によって選ばれた。 1869年明治2年)、明治維新に伴う官制改革によって廃止されたが、律令制に基づく機関の中では、最後段階設置当初の職掌を名実ともに取り戻していた稀有存在であった

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職掌

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国防省 (ポーランド)」の記事における「職掌」の解説

平時においては戦力装備維持管理を行う。 内閣からの国防に関する命令指令実行する政府機関、各自治体等からの国防に関する指令実行する。 その他国に関する事項実行するNATO軍や他国との共同軍事演習への参加ならびにPKO等の平和維持活動人道支援へのポーランド軍派遣

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吹部」の記事における「職掌」の解説

日本後紀』によると、大宝以降、吹人・角吹と注記し番上吹部称してきたものだったのが、延暦15年796年10月正式名称が「吹部」に統一され定員34名とされた、という。同時に雅楽寮さまざまな生にならい、勘籍採用にあたり戸籍基づいて身元調査を行う)扱いにされた。『令集解』「職員令」伴説所引の和銅2年709年)の右大弁官宣によると、吹部たちは10月から2月までの5ヶ月間、鼓角教習行い3月1日にその技能試験するとなっている。 『延喜式兵庫寮によると、鼓吹部は品部である鼓吹戸から採用することになっている

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/12 23:23 UTC 版)

鼓吹司」の記事における「職掌」の解説

律令制下の軍を指揮するための、鼓吹による信号体系の「陣法」を教習したもので、鼓吹戸所属し鼓吹師・鼓吹生も所属していたことが、『令集解』「古記」に記されている。軍団でも同じ陣法基づいて兵士訓練することになっており、毎月3月1日に「鼓吹司試生儀」を行うことになっていた。 「吹」は大角小角指し軍旅整えるのに吹角を本とし、征戦には鉦鼓を先とし、喪葬令によると、親王三位貴族大納言上の葬送には鉦鼓用いとなっている。 正・佑・大令史・少令史一名四等官、および使部10人、直丁鼓吹戸から構成されており、鼓吹戸は調を免除されている。延暦15年796年)に伴部として吹部34人を設け、同19年に大笛長上廃して鉦鼓長上を置き、官位は吹角長上と同じにしたとなっている。大同3年808年)、治部省喪儀司併せ翌年史生を2名新しく設置したが、寛平8年896年)、左右兵庫造兵の2司とともに兵庫寮となった

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/09 07:24 UTC 版)

大炊寮」の記事における「職掌」の解説

宮中行われる仏事神事供物宴会での宴席準備管理分掌するまた、御料地管理行った平安時代以降、頭は中原氏世襲した。

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/27 22:46 UTC 版)

園池司」の記事における「職掌」の解説

園池司離宮庭園管理供御としての野菜生産行っていた。「園地」は令の一編である田令記載され土地の一形態野菜・果物つくっていたと考えられるその実態は不明であるが、園池司このような園地管理行ったらしい。また珍獣の飼育も職掌の一つであったらしい。似たような官司に花苑司(かえんし)があるがこれは短期間設置されただけあり、また名称などから考えるに庭園管理特化したものではないか考えられる寛平八年896年内膳司併合された。この頃には専ら野菜栽培をしていたのだろう。

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/09 14:55 UTC 版)

監物」の記事における「職掌」の解説

監物中務省直属の官で諸官庁の倉庫の鍵を管理出納事務監察携わった。そのため鍵を実際に取り扱う中務省典鑰大蔵省内蔵寮主鑰実質的に統率した。もともとは天皇直属の「下物職」であったらしく律令施行によって中務省組み込まれた。下物職の名称は監物の別名として使われることがある大・中・少の三員あったが中監物廃止され替わり監物主典けんもつさかん)が設置され事務補助した

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/02/27 02:51 UTC 版)

玄蕃寮」の記事における「職掌」の解説

度縁戒牒発行といった僧尼名籍管理宮中での仏事法会監督外国使節送迎接待在京俘囚饗応鴻臚館管理を職掌とした。

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/05 04:38 UTC 版)

大伴氏」の記事における「職掌」の解説

大伴」は「大きな伴造」という意味で、名称は朝廷直属する多数伴部率いていたことに因むまた、祖先伝承によると来目部靫負部等の軍事的部民率いていたことが想定されることから、物部氏と共に朝廷軍事管掌していたと考えられている。なお、両氏族には親衛隊的な大伴氏と、国軍的な物部氏という違いがあり、大伴氏宮廷警護する皇宮警察近衛兵のような役割負っていた。

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/09 15:52 UTC 版)

外務省 (ポーランド)」の記事における「職掌」の解説

各国国際機関との良好な関係の維持ポーランド国家ポーランド国民利益の代表・保護各国ポロニアとの協力ポーランド国家ポーランド語広報宣伝外交官外交代表団在外公館活動管理・サポート外交に関する行政執行欧州委員会サポート

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/25 03:04 UTC 版)

刑事法院」の記事における「職掌」の解説

刑事法院職務は、大きく分けて次の4種類である。 正式起訴に基づくトライアル 治安判事裁判所から量刑のため送致された被告人対する刑の宣告 治安判事裁判所からの上訴 その他、民事雑事件(少年裁判所保護命令対す上訴等)

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/13 05:23 UTC 版)

大舎人寮」の記事における「職掌」の解説

大舎人寮大舎人名簿によって管理することが職掌であった大舎人内舎人うどねり)と対になっており、天皇供奉して宿直(とのい)や様々な雑用こなした。そのため、繁雑な官司出向することも多かった官吏養成段階としてよく機能していた。平安時代にはときどき大舎人のうち何人かが内豎になったり、またその逆もあった。

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職掌

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治部省」の記事における「職掌」の解説

外事戸籍姓名関係)・儀礼全般管轄し姓氏に関する訴訟や、結婚戸籍関係の管理および訴訟僧尼仏事対す監督雅楽監督山陵監督、および外国からの使節接待などを職掌としていた。姓氏訴訟に関して解部設置され専任した。 しかし平安時代以降姓氏に関する事項を扱うことは少なくなり、894年寛平6年)に菅原道真建白による遣唐使廃止以降中国などとの正式な国交なくなったことにより、外国からの使節接待しなくなる。更には戸籍制度解体とともに戸籍関係の職務遂行不可能になり、もっぱら僧尼仏事雅楽及び山陵監督職務とすることとなった

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/04 22:36 UTC 版)

弁官」の記事における「職掌」の解説

その職掌は各省とその傘下役職監督が主であり、庶事受け付け、官内の糾(糺)弾と決裁起案文への署名公務遅滞過失判断諸官庁の宿直諸国司の朝集裁定つかさどった大宝令職員令)。律令規定では、八省うち中務省・式部省治部省民部省左弁官局が、兵部省刑部省大蔵省宮内省右弁官局が受け持つこととされていたが、実際に弁官局総体八省管轄したようである。また、集解令釈』(『令集解』の「令釈」)職員令太政官条には神祇官春宮坊のことも左弁官扱った記されている。

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/05 05:01 UTC 版)

図書寮」の記事における「職掌」の解説

図書寮第一の職掌は国家蔵書管理することで現在でいう国立図書館役割担っていた。またそれに付属して儒教・仏教経典仏像なども管理していた。管理事務補助するため書物を書き写す書手書物装丁を行う装潢手が属していた。さらに撰史事業も職掌の一つと『養老令』にあげられている。実際の撰史事業その都度機構撰国史所)を設けて事務行っていた(また、撰史に必要な公文書記録類集められたのが内記外記であったということ図書寮が撰史事業に関わらなかった理由として挙げられる)。また図書管理平安時代には御書所内御書所一本御書所などの機関実権奪われ形骸化した。図書寮第二の職掌は紙・墨・筆などの製造を行うことである。のちの図書寮業務はこれが中心になった。 江戸時代には、天保12年1841年8月に、江戸幕府正史『御実紀』通称徳川実紀』)の編集主幹である奥儒者成島司直図書頭任じられている。

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/07 02:20 UTC 版)

警察庁長官官房」の記事における「職掌」の解説

警察法昭和29年法律162号)第21条所掌事務規定されている。 (長官官房所掌事務第二十一条 長官官房においては警察庁所掌事務関し次に掲げ事務つかさどる。 一 機密に関すること。 二 長官官印及び庁印の管守に関すること。 三 公文書類の接受発送編集及び保存に関すること。 四 所行政に関する企画立案及び総合調整に関すること。 五 所行政に関する政策評価に関すること。 六 法令案の審査に関すること。 七 広報に関すること。 八 情報公開に関すること。 九 個人情報の保護に関すること。 十 警察職員人事及び定員に関すること。 十一 監察に関すること。 十二 予算決算及び会計に関すること。 十三 国有財産及び物品管理及び処分に関すること。 十四 会計監査に関すること。 十五 警察教養に関すること。 十六 警察職員福利厚生に関すること。 十七 警察官職務協力援助した者の災害給付に関すること。 十八 犯罪被害者給付金に関すること。 十九 警察装備に関すること。 二十 所管行政係る国際協力に関する事務総括に関すること。 二十一 前各号掲げるもののほか、他の局又は機関所掌属しない事務に関すること。

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/04/21 01:38 UTC 版)

画工司」の記事における「職掌」の解説

画工司宮中絵画制作彩色担当していた。そのため画工司には才伎長上画師(えし)と伴部の画部(えかきべ)が所属している。のちに官営工房再編内匠寮として再編された。平安時代には画所がその業務継承した

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職掌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/04/26 02:51 UTC 版)

囚獄司」の記事における「職掌」の解説

囚獄司は京内二つ獄舎管理し刑の執行囚人監督なども担当していた。囚獄司京官唯一雑役を行う直丁属さずかわりに物部丁(もののべちょう)が属した内容はあまり変わらないにもかかわらず区別されたのは、獄舎穢れた場所と考えられたためらしい。伴部物部物部丁を統率して獄舎守衛することが職責である。平安時代には検非違使大部分職務奪われ有名無実化した。また後にはその名を嫌って長官職になることが敬遠されたと『職原抄』にある。 獄舎位置 左獄 右獄

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職掌

出典:『Wiktionary』 (2021/08/16 12:12 UTC 版)

名詞

 しょくしょう

  1. 担当する仕事

発音(?)

しょ↗くしょー

「職掌」の例文・使い方・用例・文例

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