中国とは?

Weblio 辞書 > 同じ種類の言葉 > 政治 > 国家 > 中国 > 中国の意味・解説 

Weblioカテゴリー/辞書と一致するものが見つかりました。


ちゅう ごく 【中国】

[0] 国の中央王城付近の地。歴代皇居が置かれた地。畿内
◇中国地方 」に同じ。
[0] 〔「ちゅうこく」とも〕 律令制で,国を面積人口などで四等分けたうち第三等の国。延喜式では,安房若狭など十余か国。 → 大国上国下国

ちゅうごく 【中国】 ◇

中華思想に基づき漢民族世界の中心にあることを自負して名づけた名称〕 アジア東部にある国。紀元前1500年頃,有史時代最初の殷(いん)王朝がおこり,以来周・春戦国時代秦・漢・魏(ぎ)・晋(しん)南北朝・隋・唐・宋・元・明・清などの時代経て1912年共和政体中華民国成立その後軍閥戦争日中戦争国共内戦経て49年中華人民共和国成立。 〔狭義には,漢民族主な居住地である華北華中・華南の称として用いられることもある〕 → 中華人民共和国

中国

読み方:チュウゴク(chuugoku)

(1)律令制下、都からの距離によってわけた近国・中国・遠国のうちの一。
(2)令制面積人口などによって大・上・中・下の四等級にわけた第三位の国。


ちゅうごく 【中国】


中國

読み方
中國なかくに
中國なかぐに

中国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/06/20 04:56 UTC 版)

中国
Chinaimg.png
繁体字 中國
簡体字 中国

中国(ちゅうごく)は、ユーラシア大陸の東部を占める地域、および、そこに成立した国家社会中華と同義。

近年は[いつ?]中国大陸を支配する中華人民共和国の略称として使用されている[1][2][3]現在[いつ?]ではその地域に成立した中華民国、中華人民共和国に対する略称としても用いられる。

本記事では、「中国」という用語の「意味」の変遷「呼称」の変遷について記述する。中国に存在した歴史上の国家群については、当該記事および「中国の歴史」を参照されたい。

概要

現在、アジア大陸の東部に広がる一帯が「中国」と呼ばれている地域であり、中国大陸とそれに付随する島嶼にあたる。現在[いつ?]の中国社会の中心的地位を占めている漢民族を始めとして、一時は中国全土を支配していたモンゴルなど、様々な民族による複数の王朝の出現、滅亡、戦乱を繰り返してきた。

代までの中国には「王朝」の概念はあれど「国家」の概念は無く、「天下あって国家無し」と言える状態だったため、王朝の名前が対外・対内的な呼称として用いられていた。19世紀半ば以降、中国が世界的な主権国家体制に組み込まれてゆく過程で、「中国」という用語が主権国家の自称として広く用いられるようになり、次第に固有名詞としての性格を濃くしていった。現在[いつ?]ではその地域に成立した中華民国、中華人民共和国に対する略称としても用いられる。また、その地域、文明、民族を広く指し、紀元前からの文明の総体をも含めて用いられている。

史書に現れる「中国」

紀元前にはすでに「中国」(中國)の文字は史書に現れていた。

  • 書経の「梓材」に現れるもの
皇天既付中國民越厥疆土于先王(皇天既に中國民と厥疆の土地を先の王に付す)
  • 詩経の「大雅」の「生民之什」の章の中の「民勞」に現れるもの
民亦勞止 汔可小康 惠此中國 以綏四方 (この中国に恵あれ、四方安らかに)
無縱詭隨 以謹無良 式遏寇虐 憯不畏明 
柔遠能邇、以定我王

その後の歴代王朝の正史二十四史でも利用され続けているが、その範囲と概念は時代とともに変化している(後述)。

「中国」の意味の変遷

古典的用法

中華思想における世界観

中国(ちゅうごく)という用語は、中国の古典である『詩経』で「地理的中心部」という意味で初めて用いられた。従って、本来は特定の民族ないし国家を指す語ではない。ベトナムでは阮朝が自国を中国(チュンコック)と呼び、日本でも自国に対して葦原中国(あしはらのなかつくに)あるいは中国(なかつくに)という美称を用いている(但し、この場合の中国とは天津神が住む高天原と死者の国である黄泉の国の中間にある世界を表す)[4]。日本において朝貢する異族に対し、自国を中国と称した表記例は『続日本紀文武天皇3年(699年)7月19日条における「トク島(徳之島)人が中国に渡来するのは、この時から始まった」の一文である。一方、黄河流域で黄河文明を営んでいた漢民族の前身となった都市国家の民の国際社会では、「中国」という語は、孔子とその他思想家たちによる潤色を経ながら、中華思想に基づく「文化的優越性を持った世界の中心」という意味を帯び、秦始皇帝のこの地域の諸民族の統一に発する中国歴代王朝の政治的・軍事的な境界を設定する中で、徐々に形成されていった漢民族意識のアイデンティティを境界付ける自称として拡張されていった。 「中原」とは、黄河文明の発祥地である黄河中下流域に広がる平原のことであり、しばしば「中国」と同義とされる。 前漢昭帝時代に書かれたとされる『塩鉄論』では、景帝時代までの領土及び地域を「中国」と称し、武帝が新たに征服した領土を含む領域を「漢国」、武帝が新規に征服した領域は「中国」と対置する領域として「辺境」、武帝が支配した領域以外の地域は「外国」、周王朝時代の領域は「諸夏」[5]、と各々使い分けて記載しており、この時代には、既に「中国」の領域が「中原」よりも広い地域に拡大し、自民族の伝統的領域と認識されている一方、王朝の支配領域全てが「中国」と認識されているわけではない様子を伺い知ることができる。

唐王朝に入ると「中国」の領域は更に拡大し、現在中国本土と呼ばれる領域が「中国」と認識されるようになっていた(例えば「唐興,蠻夷更盛衰,嘗與 中國亢衡者 有四:突厥、吐蕃、回鶻、雲南是也」(新唐書列伝140巻「突厥上」という用例が唐代に出現する)。同時に「中国」は地理的な領域名だけではなく、「中国」が現時点で支配している領土を意味するようにもなっていた(新唐書列伝145東夷/高麗に「遼東故中國郡縣」(遼東は今は高句麗の領土であるが嘗ては中国の郡県であった)という文章がある)。同様の用例は明史列伝209「外国二/安南」の記載にもあり(「安南本中國地」(安南(現ヴェトナム中北部)はもとは中国の地であった)、「中国」の領域認識は支配領域の拡大縮小と連動する概念であった。

なお、通例では清朝末期以前は、「中国」は通史的意味合いを持たないとされているが、通史的な用例がまったくないわけではない。例えば「宋史列傳194儒林五/胡安國」では「自古中國強盛如漢武帝、唐太宗」(いにしえより中国は漢武帝や唐太宗の如く強く盛んであった)という記載がある。

中華(ちゅうか)あるいは華夏(かか)という用語は、「優れた文化を持つ者」を意味し、漢民族の間で「中国」と同様の自称として用いられた。「中心の国に住む優れた文化の担い手」という意味の「中華」には、地理的な意味に加えて、「漢民族のアイデンティティ」と「華夏文化の優越性」という要素が共存していた。

中華思想においては、「中国」「中華」に対して、その四方に居住する周辺民族は「夷狄」として対置される。漢民族は周辺民族を「北狄」「東夷」「西戎」「南蛮」と呼び、野蛮とみなして蔑んだ。中国歴代王朝は、自らが人類で唯一の皇帝[6]であり、それ以外は中華世界における辺境に過ぎないという態度を取った。対等な国が存在しないのだから、対等な関係外交は存在せず、周辺民族との関係は全て朝貢という形式となる。逆に言えば夷狄のが中原を征服して中国に同化し、皇帝となることも可能であった。五胡十六国時代の諸国や南北朝時代の北朝、五代十国時代の突厥沙陀部系軍閥が中央権力の要を成した後半四代がこの典型である。

しかし、、清の4王朝は漢民族を支配して中華帝国の系統に属する王朝を作ったが、自民族の統治制度や文化も保持し続け、版図の一部を構成するに過ぎない漢民族地域に対しては征服王朝として振る舞った。漢民族が直面したこのような現実に対して、宋学では華夷秩序が強調されるようになった。日本でも江戸時代に大陸の国家を「中国」と呼んだ例が存在する[7]

近代的用法

清代後半になると、近代化を果たした欧米諸国の圧倒的国力が中国周辺にも波及し、中国は諸外国と対等な国際社会の一員として自己を再定義する必要に迫られた。「中国」という用語の近代的な主権国家の概念での使用は、1842年阿片戦争の敗北で清朝がイギリスと結んだ南京条約で、漢文の「中国」が使われた事例が最初であると知られている。1689年に調印されたネルチンスク条約では、清朝の外交使臣が自らの身分を称する時に、「中国」という用語を満州語で使った。この場合は、満洲人の故郷である満洲と旧明領を皇帝直轄地として統治したことから、この領域を「真ん中の国」という意味として中国(満洲語:ドゥリンバイ・グルン、dulimbai gurun)と呼んだものである。

20世紀初期に、梁啓超が、自国の名前をどうするか悩み、「中華」「支那」「中国」の中から、「中国」を選んだ[8]

「中国」や「中国人」の範囲をどのように設定するかについては20世紀に入っても議論が続いた。たとえば共和革命のイデオローグ章炳麟は「中華民国解」[9]で中国の範囲を「先漢の郡県が設置された領域」、中国人を「黄帝の子孫」と定義、朝鮮(漢代に楽浪郡帯方郡が置かれた)やベトナムを「中華民国が絶対回復すべき領域」、ビルマを「ややこれに次ぐ領域」とする一方、モンゴル(蒙古)やチベット(西蔵)、東トルキスタン(回部)は、漢代に郡県は置かれず、「三荒服の地」であったことから、中華民国に参加するのも自立するのも、彼ら自身に任せるべき、としている。

辛亥革命では、「支那共和国」と呼称されていたが[10]、共和勢力による政権獲得が現実のものとなっていくのに伴い、支那の独立という理想論は影を潜め、清朝が1912年の段階まで連合していた「支那・満洲モンゴルチベット東トルキスタン」の範囲をそのまま枠組みとする「中国」で、近代的な国民国家の形成が目指されることとなったが、実際には漢民族との連携を重視し始めた清朝に対する反発と諸外国の影響を受けて支那地域以外では自立の動きがみられ、これらの地域の再統合は中華人民共和国の成立後に持ち越される事になる。

「中国」「中華」は中華民国および中華人民共和国において、それぞれの国号となった。「中国」「中華」という用語が持っていた「漢民族のアイデンティティ」という要素は、「多民族の仲直りと統一」という要素として再構成され、多民族の構成員が主体となって建設した「中国文化の優越性」だけが共通分母として落ち着くようになった。そしてその持ち主という意味の「華人」「華僑」という呼称も生まれた。

今日の中国では漢民族以外の数多くの少数民族が居住しており、その数は中華人民共和国政府が公式に認定しているものだけでも55を数える。中華人民共和国憲法では漢民族を含む全ての民族を「中華民族」と規定しているが、その本質及び実態は漢民族による支配と同化(少数民族の居住地域における固有文化の抹殺)である[11]

「中国」の呼称の変遷

本節では、他地域からの呼称の変遷について記載する。これらの呼称は、地理的な意味合いだけではなく、中華王朝・政権の名を越えた通史的な呼称としても利用された。

「セリカ」

ヘレニズム文明の時代、ギリシアからみて北西がヨーロッパ、南東がアジア、南西がアフリカ、北東がスキティアと呼ばれたが、このアジアのさらに東(インダス川の東)にインディアがあり、インディアとスキティアのさらに東が「セリカ」とされていた。これは)を意味する「セーリコン」(σηρικον)に由来し、いわゆる中国の地をさしていた。絹をもたらした中国の商人は「セール」(σηρ)(複数形:「セーレス」(σηρεσ, Seres))と呼ばれ、「セーリコン」は英語ロシア語などで「絹」を表す言葉の語源ともなっている。その後、「セリカ」は後述する「チーナ」に由来する「スィーン」が伝わるとその系統の呼称に取って代わられた。

「秦」に由来する呼称

漢字文化圏以外からは、古くはに由来すると考えられるチーナ、シーナという呼称が一般的に用いられ、古代インドではチーナスタンとも呼んだ。これが仏典において漢訳され、「支那」「震旦」などの漢字をあてられる[12]。この系統の呼称はインドを通じて中東に伝わってアラビア語などの中東の言語ではスィーン (Sīn) となる。また、更に後にはインドの言葉から直接ヨーロッパの言葉に取り入れられ、China(英語)、Chine(フランス語)などの呼称に変化した。日本でも「秦」に由来して、支那の語が仏教文献では古くから利用されてきた。「支那」は明治時代に入ると、欧米のSinologyの訳語として取り入れられ、中華王朝・政権の名を越えた通史的な呼称として昭和の中期まで利用された。

「漢」に由来する呼称

最初の統一王朝ながら短命に終わった秦王朝に代わって400年間に渡って中国を支配した漢王朝前漢後漢)の時代に、漢民族を中心とする中国の版図は定着していった。そのため、「漢民族」や「漢字」のような言葉に漢の字が使われている。また、日本では「から」の音を「漢」の字にあてる例もある。

「拓跋」に由来する呼称

7世紀末から8世紀初頭の突厥(第二突厥帝国)の人々が残した古テュルク文字の碑文において中国の人々を指して使われている呼称に「タブガチュ(タブガチ、Tabgach、Tabγač)」があり、北中国に北魏を建てた鮮卑拓跋部拓跋氏に由来すると考えられている(白鳥庫吉ポール・ペリオらの説。桑原隲蔵は唐家子に由来するとの説、つまり唐由来説を唱えた)。

タブガチュの系統の呼称は、1069年クタドゥグ・ビリグにおけるタフカチやTamghaj、Tomghaj、Toughajなど突厥以後も中央アジアで広く使われた。1220年 - 1224年に西方を旅した丘長春(長春真人)は「桃花石」と記録している。11世紀 - 12世紀カラハン朝 (Qarakhanid dynasty) においては数人の可汗がTabghach (Tavghach) という名である。しかしモンゴル帝国の時代前後に後述するキタイに取って代わられた。

なお古テュルク文字碑文以前、東ローマ帝国の歴史家テオフィラクトス・シモカッタ (Theophylact Simocatta) の7世紀前半に書かれたとみられる突厥による柔然滅亡(552年)関連の記事にタウガス (Taugas) との記載があり、これも同系統の呼称と思われる。記事が書かれた時期は末 - 唐初期と思われ、柔然の滅亡は西魏から北周東魏から北斉への禅譲と同時期となる。

「唐」に由来する呼称

江戸時代以前の日本の人々は、しばしば遣唐使を通じて長く交渉を持った唐の国号をもって中国を呼んだ。古語で外国を意味する「から」の音を「唐」の字にあてる例も多い。中国を「唐土(もろこし)」と呼称したり、日本に来航する中国商人は「唐人(からびと、とうじん)」と呼ばれ、文語の中国語を「漢文」というのに対して口語の中国語は「唐語(からことば)」と呼ばれた。また、かつて東南アジア台湾含む)などの華人も祖国を「唐山」と呼んだ。

「契丹」に由来する呼称

11世紀頃に中国の北辺を支配したキタイ(契丹)人の遼王朝から、12世紀から13世紀の、モンゴル高原のモンゴル人は、中国をキタイと呼び、モンゴル帝国による征服活動の結果として、内陸ユーラシアのテュルク語東スラヴ語などでは、中国のことをキタイに基づく呼称で呼ぶようになった。13世紀後半に、元朝統治下の中国をマルコ・ポーロは、北中国のことをカタイという名で記録した。ロシアウクライナ,ブルガリア,カザフスタンでは現在も中国のことを Китай (Kitaj)ウズベキスタンではXitoyと呼んでいる。西ヨーロッパにはCathayとして伝わり、キャセイパシフィック航空の社名などに使われているが、Chinaに比べるとあまり広汎に用いられる呼称ではない。

脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 外務省:中華人民共和国
  2. ^ 中国 - Yahoo!ニュース
  3. ^ 地球の歩き方 > 中国の概要
  4. ^ 例えば軍人勅諭には、「昔神武天皇自ら大伴物部の兵どもを率ゐ、中国のまつろはぬものどもを討ち平らげ給ひ…」とある。
  5. ^ 東洋文庫『塩鉄論』39章p199の訳では「中夏」
  6. ^ そもそも中国大陸には近代まで「国家」という概念はなく、皇帝は中華思想のもと自らを地上で唯一の天子だと考えた。そして、各時代において民衆(漢民族)は、その圧制から逃れるために万里の長城を越えて周辺地域に移り住み、それを中央が再度取り込み膨張していったのが中国(概念)であり、その過程において近代になって注目され始めたのがチベットやウイグル、モンゴルなどで見られる民族宗教の問題である。
  7. ^ 間宮林蔵述村上貞助編『東韃紀行』国立公文書館デシタルアーカイブ 東韃地方紀行 中巻(文化八年(1811年)筆原本画像)の最終頁に「中国」の呼称が複数登場し、「日本と中国」ともある。日本と中国が対置する概念として記載されている。なお、同書に掲載されている清朝役人の名刺は「大清国」である。
  8. ^ 川島真「最初の歴史教科書問題」(日本経済新聞、2009年10月26日)
  9. ^ 1906年中国革命同盟会の機関誌『民報』誌上で発表。
  10. ^ レジナルド・ジョンストン. 新訳紫禁城の黄昏. 本の風景社. p. 73. http://books.google.co.jp/books?id=aiiz4H-sExkC&printsec=frontcover&dq=%E6%96%B0%E8%A8%B3%E7%B4%AB%E7%A6%81%E5%9F%8E%E3%81%AE%E9%BB%84%E6%98%8F&hl=en&ei=JDDMTPyiBoqEvgOHu6UQ&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=1&ved=0CCUQ6AEwAA#v=onepage&q&f=false. 
  11. ^ 酒井信彦 中華人民共和国は侵略の現行犯国家だ 月刊日本九月号 平成二十年八月二十二日発行
  12. ^ この訳語は、「中国」という言葉と一致しない、という見解があるが、新唐書列傳第146上/西域上/天竺國には、当時のインドの用語「シナ」を唐側では「中国」と理解していた用例が残っている。唐から当時北インドを支配していたヴァルダナ朝マガダ国に使者が送られ、唐使を迎えたマガダ王が家臣に「いにしえよりマハーチーナ(大シナという意味)の使者がわが国に来たことはあったのか?」と問い、家臣が「ありません」と回答した文章に続いて、「戎(えびす)の言葉では中国をマハーチーナ為す」との解説が付されている。原文は以下「「自古亦有摩訶震旦使者至吾國乎?」皆曰:「無有。」戎言中國為摩訶震旦」

関連項目


.cn

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/01/21 06:49 UTC 版)

(中国 から転送)

.cn
中華人民共和国の旗
施行 1987年
TLDの種類 国別コードトップレベルドメイン
現在の状態 利用可
管理団体 中国ネットワークインフォメーションセンター(CNNIC)
後援組織 中国科学院
利用地域 中国の個人・団体や、中国と交易関係を持つ会社
階層構造 登録は直接第二レベルまたは第三レベルドメインに登録できる。
ウェブサイト CNNIC
テンプレートを表示

.cnとは、中華人民共和国国別コードトップレベルドメイン(ccTLD)。導入は1987年中華人民共和国情報産業部中华人民共和国信息产业部、Ministry Of Information Industry Of the People's Republic Of China)が管理している(情報産業部とは、日本の郵政省(現総務省にあたる中国の行政機関)。登録は中国ネットワークインフォメーションセンター(中国互联网络信息中心、China Internet Network Information Center、通称CNNIC)が行っている。

セカンドレベルドメイン

団体型ドメイン

  • .ac.cn:研究機関
  • .com.cn:会社
  • .edu.cn:教育機関
  • .gov.cn:政府関連機関
  • .net.cn:インターネット組織
  • .org.cn:中国国内団体
  • .mil.cn:中国軍関連機関

地域型ドメイン

国際化ドメイン名

中国語の国際化ドメイン名は .cn ドメインの下のセカンドレベルドメインとして登録される。

2010年6月25日、ICANNはCNNICによる .中国(簡体字、Punycode: xn--fiqs8s)と .中國(繁体字、Punycode xn--fiqz9s)の2つの国際化ccTLDの使用を承認した[4]。これらのccTLDは2010年7月にルートDNSに登録された。

検閲

過去にアメリカのGoogleが、中国政府からの要請を受け、検索ワードに「天安門事件」「法輪功」などを入力した場合、検閲に引っ掛かって表示させなくする、あるいは意図したサイトのみ表示させるようにしたことで非難を浴びた。しかしながら、これはホスト名の末尾が「.cn」の端末から特定の検索ワードを入力した時にのみ、検索結果を表示させなくする簡素なものだったため、末尾が.cn以外や、ホスト名を持たない端末から検索した場合は普通に表示されていた[5][6]

中国からの接続については、GmailやGoogle newsにも制限を加えている。

脚注

  1. ^ ただし、台湾は台湾独自のトップレベルドメインを用いて.twとするのが一般的である。
  2. ^ 香港独自のトップレベルドメインを用いて.hkとすることも少なくない。
  3. ^ 香港と同様に、独自のトップレベルドメインを用いて.moとすることもある。
  4. ^ Adopted Board Resolutions | Brussels | 25 June 2010”. ICANN. 2012年1月15日閲覧。
  5. ^ http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/01/30/10667.html
  6. ^ http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0602/04/news004.html

関連項目

外部リンク


中国

出典:『Wiktionary』 (2011/12/13 02:49 UTC 版)

名詞

ちゅうごく

  1. 東アジアにおける、主に漢民族により構成された又は地域名
  2. 中華人民共和国のこと。
  3. 日本の地域名。中国地方
  4. 日本の歴史令制国国力により分類し、国司等の官位等級基準したもの
    関連語:大国上国下国

語源

中華思想に基づく、世界の中心の国との説が有力であるが、単に「わが国」を意味しているとの説もある。
魏時譯通中國(『隋書』)
「魏の時、中国に訳通す(魏の時代に、中国に通訳連れてやって来た)」
延喜式で、畿内からの距離による「近国」「中国」「遠国」の三区分のうち、「中国」に属していたため。異説ではヤマト王権九州王朝の間に存在した地方であるため。

関連語

翻訳






中国と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

中国に関連した本

「中国」に関係したコラム

  • CFDで取り扱う株式の一覧

    CFDで取り扱う株式には、日経平均株価(日経225)採用銘柄をはじめ、アメリカ合衆国、欧州圏、中国などの証券市場に上場している銘柄があります。CFDで取り扱われている株式はCFD業者によりさまざまで、...

  • 株365のFTSE中国25証拠金取引の見方

    FTSE中国25証拠金取引は、FTSE中国25に連動して値動きする銘柄です。そのため、FTSE中国25の値動きや構成銘柄の特徴を知ることでFTSE中国25証拠金取引の値動きを予測できます。FTSE中国...

  • 株365のFTSE中国25証拠金取引と為替相場との関係

    株365のFTSE中国25証拠金取引と為替相場とはどのような関係にあるでしょうか。ここでは、FTSE中国25証拠金取引の値動きのもととなるFTSE中国25に似た動きをするハンセン指数と主要通貨のチャー...

  • FXの資源国通貨の特徴は

    FX(外国為替証拠金取引)の資源国通貨とは、鉱物や農産物などの輸出により経済基盤を支えている国の通貨のことです。主な資源国通貨には、オーストラリアドル、ニュージーランドドル、カナダドル、ノルウェークロ...

  • CFDの大豆相場の見方

    CFDのコモディティの銘柄の1つに大豆があります。大豆は、主に商品先物市場で取引されている銘柄です。CFDでは商品先物市場での価格をベースに取引が行われています。大豆相場を分析する基本情報として、アメ...

  • CFDのトウモロコシ相場の見方

    CFDのトウモロコシ相場は、生産国や消費国の情勢、気候などにより値動きが大きくなります。この値動きは、テクニカル指標では分析できないほど荒い値動きになります。ここでは、過去のトウモロコシ相場を振り返り...

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「中国」の関連用語

1
76% |||||


3
58% |||||

4
58% |||||

5
58% |||||

6
58% |||||


8
58% |||||

9
58% |||||

10
58% |||||

中国のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング

画像から探す

自然放射性核種

男木島灯台

W61S

TMAX

シートピラー

クロスステッチ用布地

ペンチ

20000形





中国のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
三省堂三省堂
Copyright (C) 2001-2016 Sanseido Co.,Ltd. All rights reserved.
株式会社 三省堂三省堂 Web Dictionary
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
中経出版中経出版
Copyright (C) 2016 Chukei Publishing Company. All Rights Reserved.
EDRDGEDRDG
This page uses the JMnedict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの中国 (改訂履歴)、.cn (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
Text is available under Creative Commons Attribution-ShareAlike (CC-BY-SA) and/or GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblioに掲載されている「Wiktionary日本語版(日本語カテゴリ)」の記事は、Wiktionaryの中国 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、Creative Commons Attribution-ShareAlike (CC-BY-SA)もしくはGNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2016 Weblio RSS