美作国とは?

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美作国

読み方:ミマサカノクニ(mimasakanokuni)

旧国名現在の岡山県北部


美作国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/08/13 04:24 UTC 版)

美作国(みまさかのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つ。山陽道に属する。




  1. ^ 美濃国との重複を避けるため二文字目の「作」の字を用いる。美濃は濃州。
  2. ^ 人に聞いてもわからない日本語知識事典(学研) ISBN 4-05-401569-7 160頁
  3. ^ 旧・上房郡北房町
  4. ^ 神亀五年(728),四月十五日辛已 太政官奏曰。美作國言。部内大庭眞嶋二郡。一年之内。所輸庸米八百六十餘斛。山川峻遠。運輸大難。人馬並疲。損費極多。望請。輸米之重。換綿鐵之輕。又諸國司言。運調行程遥遠。百姓勞幣極多。望請。外位位祿。『続日本紀』
  5. ^ 天平勝宝八年十月七日丁亥。《七》太政官處分。山陽南海諸國舂米。自今以後。取海路遭送。若有漂損。依天平八年五月符。以五分論。三分徴綱。二分徴運夫。但美作。紀伊二國不在此限。『続日本紀』
  6. ^ 舊記に曰はく、和銅六年甲寅四月、備前の守、百濟の南典・介、上毛野の堅身等が解に依りて、備前の六郡を割きて、始めて美作の國を置く。云々。但し、風土記には、上毛野の堅身を以ちて、便(すなは)ち國の守と為すといふ。『伊呂波字類抄
  7. ^ 和銅六年四月三日(癸巳朔),夏四月乙未。《癸巳朔三》株丹波國加佐。與佐。丹波。竹野。熊野五郡。始置丹後國。株備前國英多。勝田。苫田。久米。大庭。眞嶋六郡。始置美作國。株日向國肝坏。贈於。大隅。姶■四郡。始置大隅國。大倭國疫。給藥救之。『続日本記』
  8. ^ 英多郡。古来はあがたと読み、と通ずる。
  9. ^ 美咲町錦織(にしこり)
  10. ^ 久米郡
  11. ^ 久米南町弓削
  12. ^ 臼井信義 「尊氏の父祖-頼氏・家時年代考」(『日本歴史』第257号.1969年)
  13. ^ 近代足利市史 第一巻通史編 第三節 足利氏の所領とその経営
  14. ^ あったのは"燃えろ岡山県民運動"、"晴れの国おかやま"など岡山県を単位としたもので、美作と言えば通常当該町域もしくはそれを含む東部を指した。
  15. ^ 地方振興局の再編 - 地方振興局から県民局へ -(案)平成16年11月 岡山県
  16. ^ 広報くめなん 2005.4月号
  17. ^ 美作県民局トップページ - 美作県民局の所管区域
  18. ^ 広報真庭 4月号 通巻96号 2013年4月1日発行
  19. ^ 1986年(昭和61年)から7次にわたり調査が行われた。調査の結果3次にわたる国庁に相応しい遺構が発見された。第1期が7世紀後半から8世紀初頭まで、第2期が8世紀初頭から9世紀前半まで、第3期は9世紀後半から13世紀前半までである。
  20. ^ 和名類聚抄で"安伊多"。また本来は"ぐん"ではなく"こおり"。
  21. ^ 和名類聚抄で"加豆萬多"
  22. ^ 和名類聚抄で"於保無波"
  23. ^ 和名類聚抄で"萬志萬"
  24. ^ 『角川日本地名大辞典 33 岡山県』 p.423
  25. ^ 『角川日本地名大辞典 33 岡山県』 p.297
  26. ^ 森氏除封の翌年の春、幕府公簿に十郡とあるのに国内で十二郡として扱うのを不可とし一部の郡名を寛文年間以前の郡名に改めさせた。(『角川地名大辞典』久米南条郡)
  27. ^ a b c d e [中林保 『古代美作国の郡家と交通路 人文地理27-4』 1975年]
  28. ^ 「大字高屋天津神社鳥居の北方の地を長者屋敷といふ。此地往古高田川の分流西川に沿える高地にして、郡家のありし時代郡家の長者即 ち、郡長といふべき人の住みたりし屋敷ならんか。長者屋敷の西高地、字平島あたり郡家に関係ありし地か。字倉通りの地名物語るものの如し、高屋境の大字開 田に総嫁谷(そうかだに)の地名もあり。総嫁とは売春婦の事なれば、此地昔売春婦の居たりし所か。伝説にも斯く伝ふるといふ。之等も往昔の殷盛時代を如実 に物語るものと云ふべし。」『落合町史』昭和29年
  29. ^ 東南条郡14・1万654石余,東北条郡32・1万5,120石余,西北条郡24・1万487石余,西西条郡51・2万6,335石余,大庭郡47・2万351石余,真島郡95・3万2,943石余,久米北条郡33・2万8,777石余,勝南郡68・2万4,495石余,勝北郡53・3万3,965石余,英田郡64・1万3,505石余,吉野郡58・1万9,937石余(『元禄郷帳』)
  30. ^ 東南条郡14か村・1万838石余,東北条郡32か村・1万5,411石余,西北条郡23か村・1万765石余,西西条郡51か村・2万6,800石余,大庭郡47か村・2万836石余,真島郡96か村・3万3,194石余,久米北条郡50か村・2万8,870石余,久米南条郡60か村・2万2,982石余,勝南郡70か村・2万4,654石余,勝北郡57か村・3万4,139石余,英田郡64か村・1万3,659石余,吉野郡64か村・1万9,946石余。(『「天保郷帳」』)
  31. ^ ,東北条郡40か村・1万5,411石余,大庭郡59か村・2万836石余,吉野郡73か村・1万9,954石余,勝北郡89か村・3万4,139石余,英田郡65か村・1万3,662石余,西西条郡65か村・2万6,804石余,真島郡112か村・3万3,225石余,勝南郡79か村・2万4,657石余,久米北条郡60か村・2万8,871石余,東南条郡22か村・1万838石余,久米南条郡72か村・2万2,988石余,西北条郡34か村・1万766石余の計26万2,156石余、うち津山藩領9万8,588石余・真島(勝山)藩領3万840石余・鶴田藩領および旧播磨龍野藩預所3万6,189石余・三河挙母藩領5,056石余・下総古河藩領1万749石余・常陸土浦藩領8,618石余・播磨明石藩領9,857石余・上野沼田藩領1万4,117石余・播磨龍野藩領2,461石余,残る4万5,600石ほどが幕府領(『「旧高旧領」』)
  32. ^ 和銅七年,十月 ,十三日,    ,丁夘。《十三》從五位下津守連通爲美作守。『続日本紀
  33. ^ 天平七年,九月,廿八日,(癸丑朔),九月庚辰。《癸丑朔廿八》先是。美作守從五位下阿部朝臣帶麻呂等故殺四人。其族人詣官申訴。而右大弁正四位下大伴宿祢道足。中弁正五位下高橋朝臣安麻呂。少辨從五位上縣犬養宿祢石次。大史正六位下葛井連諸會。從六位下板茂連安麻呂。少史正七位下志貴連廣田等六人坐不理訴人事。於是下所司科斷。承伏既訖。有詔並宥之。『続日本紀』
  34. ^ ,天平十年,四月廿二日,庚申。《廿二》從五位下大伴宿祢兄麻呂爲美作守。『続日本紀』
  35. ^ 天平十三年,八月九日丁亥。《九》外從五位下大伴宿祢百世爲美作守。『続日本紀』
  36. ^ 天平十七年,九月,四日戊午。《四》從五位下大原眞人麻呂爲美作守。『続日本紀』
  37. ^ 天平勝宝元年,八月十日辛未。《十》外從五位下茨田宿祢枚麻呂爲美作守。『続日本紀』
  38. ^ 天平宝字元年,六月 ,十六日,    ,壬辰。《十六》從三位藤原朝臣乙麻呂爲美作守。『続日本紀』
  39. ^ 天平宝字四年,一月十六日戊寅。《十六》正四位上紀朝臣飯麻呂爲美作守。『続日本紀』
  40. ^ 天平宝字六年四月朔日(庚戌朔),信部卿從三位氷上眞人塩燒爲■美作守。『続日本紀』
  41. ^ 天平宝字八年八月四日己巳《四》從五位下淡海眞人三船爲美作守。『続日本紀』
  42. ^ 天平宝字八年,十月二十日癸未。《二十》左兵衛佐從四位上大津宿祢大浦爲■美作守。『続日本紀』
  43. ^ 天平神護二年,五月廿三日丁丑。《廿三》太政官奏曰。備前國守從五位上石川朝臣名足等解稱。藤野郡者。地是薄■。人尤貧寒。差科公役。觸途怱劇。承山陽之驛路。使命不絶。帶西海之達道。迎送相尋。馬疲人苦。交不存濟。加以。頻遭旱疫。戸纔三■。人少役繁。何能支辨。伏乞。株邑久郡香登■。赤坂郡珂磨。佐伯二■。上道郡物理。肩背。沙石三■隷藤野郡。又美作國守從五位上巨勢朝臣淨成等解稱。勝田郡塩田村百姓。遠闊治郡。側近他界。差科供承。極有艱辛。望請。隨所住處。便隷備前國藤野郡者。奏可。『続日本紀』
  44. ^ 神護景雲二年,二月十八日癸巳。《十八》從五位下藤原朝臣種繼爲美作守。『続日本紀』
  45. ^ 宝亀三年四月二十日庚午。《二十》員外右中弁正五位上安倍朝臣淨成爲■美作守。『続日本紀』
  46. ^ 宝亀五年三月五日甲辰。《五》右大舍人頭從四位下神王爲■美作守。從五位下紀朝臣眞乙爲介。『続日本紀』
  47. ^ 宝亀七年,閏八月廿日甲辰。《廿》彈正尹從四位下藤原朝臣弟繩爲■美作守。『続日本紀』
  48. ^ 天平宝字三年,五月十七日壬午。《十七》從五位下縣犬養宿祢沙弥麻呂爲美作介。『続日本紀』
  49. ^ 天平宝字五年八月朔日,(癸丑朔),八月癸丑朔。勅曰。頃見七道巡察使奏状。曾無一國守領政合公平。竊思貪濁人多。濂白吏少。朕聞。授非賢哲。萬事咸邪。任得其材。千務悉理。上如國司。一色親管百姓籍。其獎導風俗字撫黎民。特須精簡。必合稱職。其居家無孝。在國無忠。見利行非。臨財忘恥。上交違礼。下接多■。施政不仁。爲民苦酷。差遣邊要。詐稱病重。任使勢官。競欲自拜。匪聞教義。靡率典章。措意屬心。唯利是視。巧弄憲法。漸汚皇化。如此之流。傷風乱俗。雖有周公之才。朕不足觀也。自今已後。更亦莫任。還却田園。令勤耕作。若有悔過自新。必加褒賞。迷塗不返。永須貶黜。普告遐邇教喩衆諸。美作介從五位下縣犬養宿祢沙弥麻呂。不經官長。恣行國政。獨自在舘。以印公文。■復不據時價。抑買民物。爲守正四位上紀朝臣飯麻呂所告失官。『続日本紀』
  50. ^ 天平宝字五年,十月朔日(壬子朔),冬十月壬子朔。從五位上甘南備眞人伊香爲美作介。『続日本紀』
  51. ^ 天平宝字七年一月九日壬子。《九》外從五位下上毛野公眞人爲美作介。『続日本紀』
  52. ^ 神護景雲三年三月十日(己巳朔),三月戊寅。《己巳朔十》從五位下中臣朝臣子老爲美作介。『続日本紀』
  53. ^ 宝亀二年,七月廿三日丁未。《廿三》從五位下大伴宿祢不破麻呂爲美作介。『続日本紀』
  54. ^ 宝亀八年一月廿五日戊寅。《廿五》從五位下大原眞人美氣爲美作介。『続日本紀』
  55. ^ 播磨國守從四位下鴨朝臣吉備麻呂。管備前。美作。備中。淡路四國。『続日本紀』
  56. ^ 『徳山一族』日本家系協会、『川上村史』
  57. ^ 黒大豆「作州黒」の産地化と担い手支援─岡山県JA勝英の取組み─ (農中総研 調査と情報 2011年1月号)


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