悪 宗教

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/06 04:29 UTC 版)

宗教

宗教はしばしば戒律で悪を規定する。それに基づいて禁止されている事柄(タブー)は、その始祖や開祖に関するものや、それが発達した文化圏における生活規範をモチーフにしたものなどがある。中東のゾロアスター教は光(善)と闇(悪)で世界を捉えており、のちの一神教における悪魔の対立という概念に影響を与えたとされる。一神教ではユダヤ教十戒やキリスト教の七つの大罪などが有名である。

仏教

仏教の二元性は第一に苦と悟りの間にある、というのは仏教の内部には善と悪の対立に似たものは直接的に言及されていないからである。しかしブッダの一般的な教えをもとに、仏教哲学の体系内の苦は「悪」に相当すると推測されうる"[25][26]

実際にはこれは1)三つの利己的な感情-欲望、憎悪、虚偽;や2)肉体的・言語的行動におけるそれらの現れ、について言及することができる。十戒 (仏教)を参照。とりわけ「悪」は、現世における幸福、より良い生まれ変わり、輪廻からの解脱、ブッダの真正にして完全な悟り(三藐三菩提)を妨害するものを指す。無知は全ての悪の根源であるとされる[27]

ヒンドゥー教

ヒンドゥー教においてダルマ、つまり秩序や正義の順守を表す概念は世界を善と悪にはっきり二分し、ダルマを打ち立て護持するためには時々戦争がなされる必要があると説明する。この戦争はダルマユッダと呼ばれる。この善悪の区別はヒンドゥー教の叙事詩ラーマーヤナマハーバーラタの両方で非常に重要である。

イスラーム

イスラームでは、二元論的な意味で善から独立にして善と対等な基本的・普遍的原理としての絶対的な悪は存在しない。イスラームにおいては個々の人によって善いと感じられようが悪いと感じられようが全ての物はアッラーに由来すると信じることが本質的だとされている。そして、「悪」だと感じられるものは自然に起こること(自然災害や病気)であるかアッラーの命令に背く人間の自由意思によって起こるかのどちらかだとされる。イスラームの考え方では、悪は原因ではなく結果なのである[要出典]

「アッラーに背いて悪や悪行がなされると、大カリマー(すなわちシャハーダ)を唱える者は悪人が悪行を成すのを止めることはできなくなる。」 [要出典]

ユダヤ-キリスト教思想

悪は善ではないものである。聖書では悪は一人でいる状態だと定義される(創世記2:18)。この意味では、悪とは価値観や行動に関して社会に背いて、社会の外部にいることだとみなされうる。

悪を擬人化したものである悪魔が善を擬人化したものであるキリストを誘惑している。アリ・シェフェール、1854年

キリスト教弁証者ウィリアム・レーン・クレイグのように、悪を、道徳的悪つまり誰かによって行われる害と、自然悪つまり自然災害や病、その他誰かが意図したものではない原因の結果として起こる害とに分けて考える者もいる。自然悪は弁神論で特に重要な概念である、というのも自然悪は誰かの自由意思によって起こったというように単純に説明することができないからである。

キリスト教

キリスト教神学では悪の概念は旧約聖書および新約聖書から説明される。旧約聖書では、堕天使の長サタンのような不適切で劣ったものと同じだけ神に反抗するものが悪だと理解される[28]。新約聖書ではギリシア語単語「ポネロス」が不適切さを表すのに使われ、「カコス」が人間の領分内での神に対する反抗に言及するのに使われる[29]。公式には、カトリック教会では悪の理解はドミニコ会神学者トマス・アクィナスに依拠する。彼は著書『神学大全』で、悪を善の欠如・欠乏であると定義している[30]フランス系アメリカ人の神学者アンリ・ブロシェは、神学的概念としては悪は「不当な実在。俗な言い回しでは、悪は『起こるべきではない』が経験上起きる『なにか』である」と述べている[31]

ユダヤ教

ユダヤ教では、悪とは神を見捨てた結果である(申命記 28:20)。ユダヤ教ではトーラー(タナハを参照)に記されたような神の法とミシュナータルムードに示された法や儀式に従うことが強調される。

ユダヤ教では教派によっては、悪をサタンのような形で擬人化しない。代わりに、人間の心は生来欺瞞へと向かいやすいものであるが人間は自分の選択に関して判断を任されている、と考えられている。別の教派では、人間は生まれた時点では善へも悪へも方向づけられていないとされる。ユダヤ教では、サタンは神に反逆しているのではなくむしろ神の命によって人間を試しているのだとみなされ、悪は上記のキリスト教の教派のように選択の原因であるとみなされる。

光を作り出し闇を創造し
平和を作り災いを想像する者;
私はこれら全てを行う主である。

—イザヤ書 45:7NASB

いくつかの文化や哲学では、悪は意味や理由がなくとも生まれてくると信じられている(ネオプラトニズムでは、これは不条理な悪と呼ばれる)。一般的にキリスト教ではこうしたことを信じないが、預言者イザヤは神が全ての原因であることを示している(Isa.45:7)[疑問点]

非三位一体派

モルモン教神学では、人生とは信仰を試すものであって、人性のうちで人間の選択が救済計画の中心をなすとされる。悪とは人間が神の本性を発見するのを妨げるものであるという。人間は悪に染まらず神に帰還するように選択するべきだと信じられている。

クリスチャン・サイエンスでは、自然の善に対する無理解から生じると信じられている。自然の善は正しい(魂の)観点から見たときに本性上完全なものであると理解されている。神の実在に対する誤解によって間違った選択が生じ、それが即ち悪となる。このため、悪の源となる種々の力や悪の源であるような神は否定される。代わりに、悪の出現は善の概念を誤解した結果であるとされる。最も「悪」である人でも悪それ自体を追求しているのではなく、間違った考えから何らかの善を実現しようとして、結果として悪事を働いてしまうのだとクリスチャン・サイエンティスト達は主張している。

ゾロアスター教

ペルシア人の本来の宗教であるゾロアスター教では、世界は神アフラ・マズダ(オフルマズドとも呼ばれる)と悪霊アンラ・マンユ(アーリマンとも呼ばれる)との戦いの場であるとされる。善と悪の争いの最終決着は審判の日に起こり、そのときに生きている者は全て炎の橋に導かれ、邪悪な者たちは打ち倒されて永久に復活しないという。ペルシア人たちの信仰するところによれば、天使聖人は人々が善への道を歩むのを助ける存在である。


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