悪の問題とは? わかりやすく解説

悪の問題

作者J.M.クッツェー

収載図書エリザベス・コステロ
出版社早川書房
刊行年月2005.2


悪の問題

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 04:07 UTC 版)

なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」の記事における「悪の問題」の解説

この解答が持つ問題点として、ライプニッツ自身が一番深く悩んだのは「悪の問題(Problem of evil)」というものである次のような問題である。 全知全能で完全に善なる神様が、最良のものとして、「無からの創造」でこの世界作ったのなら、なぜこの世界には痛み苦しみ(つまりは「悪いこと」)があるのだろうか? これはライプニッツ想定していた神が、西洋における一神教的な神、つまり「全知全能で完全に善なる神」であることから来る問題である。すなわち論理的に次のような可能性議論される。 もし痛み苦しみない世界を「作れなかった」、または痛み苦しみのある現在の世界を「修正できない」のであれば、神は全能ではない。 または世界作る際にやがて痛み苦しみ生まれると「予想できなかった」、もしくは痛み苦しみのある現状を「知らない」、というのであれば神は全知ではない。 または痛み苦しみがあることを知りつつ、かつそれを修復できるにも拘らず放置している」のであれば、神は道徳的に完全に善なる存在ではない。 もし上の可能性のどれか一つでもが成り立つならば、「全知全能で完全に善なる神」は存在しないそうなるライプニッツ神の存在的証明の部分用いたとなる前提、神があらゆる側面について最上級性質を持つという前提成り立たなくなる。つまりライプニッツ神の存在証明破綻するライプニッツはこの問題生涯難渋したライプニッツ自身与えた悪の問題への解答は、次のようなものである。神による世界評価の基準は、人間似たものであるとは限らず、こんな世界であっても、神の観点からすればやはり最良世界なのであろう、というもの。また、悪いことは、神が善いことを決定したあとに、受動的にくっ付いてきた程度のものであり、まず悪いこと望まれわけではない、ゆえにこれは道徳的に受容可能なのである、といったものであるここでいう善いこと」とは人間への自由意志付与である。悪の問題はユダヤ・キリスト教圏において紀元前から議論されている問題だが、現在も宗教哲学神学領域議論続いている。

※この「悪の問題」の解説は、「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」の解説の一部です。
「悪の問題」を含む「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」の記事については、「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」の概要を参照ください。

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