貿易促進権限による通商協定 1974年通商法-2015年TPA法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 22:48 UTC 版)
「貿易促進権限」の記事における「貿易促進権限による通商協定 1974年通商法-2015年TPA法」の解説
1973年に東京ラウンドが開始されると、非関税障壁の削減が関税削減以上に貿易阻害要因として重視されるようになった。このため、ケネディ・ラウンドの二の舞を避け、新たに非関税障壁の削減交渉においても、関税交渉と同様の権限を大統領に与える方法が検討された(関税交渉については、従来どおり一定の範囲での引下げ権限の付与とされた)。政府が1973 年4 月議会に示した案は、大統領が議会に提出した国際協定を提出後上院か下院の一方が90日以内に否決しない限り、協定は承認され、関連する米国の通商法が修正されるという「立法拒否権」に基づく措置であった。この案は下院が支持したが、上院では財政委員会の幹部が違憲の可能性を指摘して政府案を審議の対象にせず、代替案としてファスト・トラック権限、つまり現在の貿易促進権限を起草し、1974年通商法第151条に1975年1月3日から5年間の期限付きで盛り込まれた。 1974年通商法により導入された貿易促進権限は、通商協定の実施法案についてガット東京ラウンド交渉の合意を実施するための1979年通商協定法の法案審議で初めて適用された。また、1979年通商協定法は、貿易促進権限を、非関税障壁にかかる協定実施について1988年1月2日まで8年間延長した。もっともこの延長により締結された協定はなかった、 1984年通商関税法により1974年通商法第102条(19 U.S.C§2112)が、改正され、米・イスラエル自由貿易協定の交渉権限が1988年1月2日まで付与されるともにこの実施法案にも貿易促進権限が適用されることになり、これにより米イスラエル自由貿易協定実施法が制定された。更に改正された1974年通商法は第102条一定の条件のもとに同様の協定をイスラエル以外の国と締結することを認めており、これにより米カナダ自由貿易協定が締結され、貿易促進権限により承認されることになり、これにより米カナダ自由貿易協定実施法が制定された。なお、1974年通商法第102条の改正により、対象が二国間協定に限定されたため、非関税障壁にかかる協定について貿易促進権限は適用されないことになった。 ウルグアイラウンドが1986年に開始されると、新たな貿易促進権限の設定が課題となった。このときの法案策定過程においてさまざまな保護主義的規定(例えばスーパー301条)を盛り込もうとする議会側と大統領側でさまざまなやりとりがあり、一旦、大統領拒否権により廃案となり、一部の条項を削除した案が大統領の署名により成立する経過となった。このとき成立した1988年包括通商競争力法第1102条は、ウルグアイラウンドを念頭において関税引下げ及び非関税措置に関する協定の交渉権限が付与するとともに、関税及び非関税障壁に関する二国間協定についても交渉権限が付与し、非関税措置に関する協定、関税及び非関税障壁に関する二国間協定の承認及び実施法案の制定について1974年通商法第151条のファスト・トラック手続きによることとされた。 NAFTA(北アメリカ自由貿易協定)は、1986年に交渉が開始され、1992年12月17日に、アメリカ、カナダ及びメキシコの首脳により署名された。しかしこの協定について特に環境・労働問題で不十分であるとの批判が強く、1992年の大統領選挙で当選したクリントン大統領も当初批判的であったが、最終的に環境問題に関する補完協定と労働問題に関する補完協定という2つの補完協定を追加することにより賛成に転じ北アメリカ自由貿易協定実施法が制定され、NFTAは1994年1月1日に発効した。可決されたとはいえ大統領与党の民主党では上下両院とも反対が多数であった。なお、この北アメリカ自由貿易協定実施法には、税関手続きの電子化を中心とする税関近代化のための規定を第6編として含んでいる。この税関近代化自体には異論は少なかったが、北アメリカ自由貿易協定実施法に盛り込む根拠が「税関近代化が協定実施に必要」とするかなり無理なものであった。 1988年包括通商競争力法第1102条に基づく権限は、1993年6月30日までであったが、ウルグアイラウンドの交渉が難航し、この期限までに妥結が見込まれなくなった。そのため個別の立法が制定により、1988年包括通商競争力法第1102条に⒠項を追加し、ウルグアイラウンドの交渉に限定して貿易促進権限を1994年4月15日まで延長した。この延長にあたっては署名する意図を上下両院に通告を120日前としたため、事実上この日(1993年12月15日)が大筋合意までの交渉期限であると関係国が認識することになり、実際、1993年12月15日に交渉の大筋合意、1994年4月15日マラケシュ協定採択となった。 ウルグアイランド協定法の策定過程で、当初クリントン政権側は、東京ラウンド実施のための1979年通商協定法にならい、次の貿易交渉のための貿易促進権限を法案に盛り込む方針であった。しかし議会側の反発にあい、最終的に議会に提出した法案に盛り込むことを断念した。法案は、9月27日提出されたが、採決は中間選挙(1994年11月5日)後に持ち越され、12月8日に成立した。 1994年11月の中間選挙の結果、上下両院とも共和党優位となった104議会における、この問題の取扱については、NAFTAのチリへの拡大交渉について適用することについては、ほぼ合意があったものの、次の問題についてはさまざまな意見があり合意がされていない状態であった。 通商交渉権限を環境及び労働問題にまで拡大するか否か。 通商交渉権限を特定の国・地域(チリ等)に限定するか、広範とするか。 ファスト・トラック手続きに、修正可能部分を導入するか否か。 実施法案の規定できる範囲(実施法案に規定できる範囲は、通商協定を実施するために必要かつ適切な規定とされているが、これがかなり拡張解釈され、例えばNAFTA実施法には、協定の適切な実施のために必要であるとして、税関近代化法が付帯されている。) 加えて、予算問題等における大統領と議会共和党(特にギングリッチ下院議長)との対立の影響もあり、1995年中には、進展はなく、1996年は選挙の年であり、大きな妥協は困難であるという情勢から第105議会の第一会期まで持ち越しになった。 貿易促進権限の付与については、第105議会の第一会期(1997年)において審議された。しかし、民主党内の反対が依然として強く、また民主党内を納得させるために環境・労働問題で踏み込んだ案は、共和党の賛成を得る見込がないことから、行政府は採決持ち込みを断念した。第二会期(1998年)では、選挙の年でもあり通商立法は、軒並み廃案となり、貿易促進権の付与も廃案となった。続く第106議会(1999年-2000年)でも、クリントン政権の二期目の後半ということもあり進展はなかった。 以上のように貿易促進権限が失効した1995年以降、クリントン政権は貿易促進権限の獲得をめざしたが、最後まで獲得に成功せず、次期のジョージ・W・ブッシュ政権に持ち越されることになった。 この間、ヨルダンとの自由貿易協定については、貿易促進権限がないまま、2000年10月24日に締結され、その後に議会において実施法案の採択がされるという展開となった。米ヨルダン自由貿易協定実施法案(United States-Jordan Free Trade Area Implementation Act)は、H.R.1484として2001年7月24日に下院に提出され、7月31日に下院を、9月24日に上院をそれぞれ発声投票で通過し、9月28日に大統領署名を経て成立(P.L.107-43、115 STAT. 243)し、12月10日の大統領布告第7512号を経て、12月17日から協定が実施された。 なお、この協定は、貿易促進権限なしで締結したため、かえって。議会との事前協議の必要性がなかったため、クリントン政権は、労働・環境問題を協定本体に含んだFTAのモデルとして活用することができた。内容的には、①労働・環境規定を協定の本体に入れる、②相手国に対し、自国の労働・環境法の遵守を求める、③環境を保護・保全し、国際的な手段を強化する、④ILOの中核的労働基準に合致するよう、労働者及び児童の権利を促進する、という4点であり、以後「Jordan Standard」として民主党指導部が活用することになる。 2000年の大統領選挙で政権が民主党から共和党に変わり ジョージ・W・ブッシュ政権が発足すると貿易促進権限について議会が積極的に動き始めた。 2001年の12月のドーハでのWTO閣僚会議に向けた貿易促進権限の付与については、2001年10月9日に下院歳入委員会で2001年超党派貿易振興権限法(Bipartisan Trade Promotion Authority Act of 2001、H.R.3005)が可決された。下院共和党はすぐに下院本会議に上程する予定であったが、おりからの炭疽菌事件のため下院が閉鎖され、採決は持ち越しとなった。 2001年超党派貿易振興権限法の下院での採決は結局、ドーハでのWTO閣僚会議後となり、12月6日に215対214という1票差で可決された(賛成 共和党194 民主党21 反対 共和党23 民主党189 無所属2 棄権 共和党4 民主党1)。上院での審議は2002年に持ち越された2002年は、第107議会の第2会期であるが、第1会期と第2会期の間は、同一議会であるので議案はすべて継続する。)。 上院での貿易法案の処理については、アンデス諸国への特恵延長法案(Andean Trade Promotion and Drug Eradication Act H.R.3009)の修正のかたちで、2002年通商法(Trade Act of 2002)が、2002年5月23日に66対30(賛成 共和党41 民主党25 無所属1反対 共和党5 民主党25 棄権 共和党3 民主党1)で上院を通過した。 この法案は、ファスト・トラック権限の付与を認めたものの、アンチダンピング等の合意については、議会が削除要求を可能とする条項を含んでおり、大統領側はこのまま議会を通過した場合は拒否権の行使を示唆しており、両院協議会での調整が難航が見込みまれたものの、最終的には、貿易促進権限条項に、民主党の支持の多い労働者支援条項を付帯すること、削除要求を可能とする条項をより穏健なものにすることで、共和党と民主党の議会指導部の間で合意が成立し、7月27日に下院で215対212(賛成 共和党190 民主党25 反対 共和党27 民主党183 無所属2 棄権 共和党5 民主党2)、7月30日に上院で66対33(賛成 共和党40 民主党25 無所属1反対 共和党8 民主党25 棄権 共和党1)で可決され、8月6日に大統領の署名により、2002年通商法(Trade Act of 2002)第21編 として2002年超党派貿易促進権限法(Bipartisan Trade Promotion Authority Act of 2002)が成立し、政府は、8年ぶりに貿易促進権限を得た。 共和党と民主党の議会指導部の間で合意が成立した割にはきわどい票差であったが、ともかくこれでほぼ10年ぶりに貿易促進権限が復活したことになった。5月の上院案にあったアンチダンピング等の合意について、議会が削除要求を可能とする条項については、より穏健的な内容となった。これは締結180日前の事前の議会通知及び拘束力のない反対決議となっている。また貿易促進権限のなかで事前協議を義務付けこれを怒った場合は、実施法案についてファスト・トラック手続を適用しない除外規定も盛り込まれた。 このときの貿易促進権限は、当初2005年6月30日までであり、延長規定により、2007年6月30日まで延長されたものの、更なる延長は認められず、貿易促進権限は失効した。 この間、ドーハラウンドは合意にいたらなかったが、二国間FTAは、この権限が付与された時点ですでに交渉中であり適用されるとされたチリ及びシンガポールを含め、12本のFTAが締結され下記の実施法がファスト・トラック手続により制定された。 米チリ自由貿易協定実施法 米シンガポール自由貿易協定実施法 米オーストラリア自由貿易協定実施法 米モロッコ自由貿易協定実施法 米ドミニカ共和国中米自由貿易協定実施法 米バーレーン自由貿易協定実施法 米オマーン自由貿易協定実施法 米ペルー自由貿易協定実施法 米韓国自由貿易協定実施法 米コロンビア自由貿易協定実施法 米パナマ自由貿易協定実施法 なお、韓国、コロンビア及びパナマについては、実施法の制定が貿易促進権限の失効後4年以上経過した後になっている。これは協定自体の署名が2007年6月30日までに行われていれば対象になるという規定に基づくものであるが、米韓自由貿易協定については、署名後も交渉が事実上継続し2011年12月に追加交渉が妥結して実施法案提出となっている。 2009年に発足したバラク・オバマ政権は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉加速のため議会に対し貿易促進権限の付与を求めているが、議会では賛否が割れていた。2014年1月には下院歳入委員会のキャンプ委員長(共和党)と上院財政委員会のボーカス委員長(民主党)によって、2014年1月に新たな貿易促進権限の付与案(the Bipartisan Congressional Trade Priorities Act of 2014)が提案されたが、与党の支持基盤である労組や党内からも反対の声があがるなど復活はならなかった。 2015年4月17日、超党派議員によってTPA関連法案が議会に提出され、5月22日に上院は貿易に伴う失業者対策を含めた労働者支援法案(TAA)とTPA法案セットにして2015年通商法(Trade Act of 2015)として62対37で可決した。下院では貿易に伴う失業者対策を含めた労働者支援法案(TAA)部分とTPA関連法案と個別に採決し、6月12日にTPA関連法案の部分はわずか8票差の219対211で可決したものの、その直前にTAA法案部分が126対302の大差で否決されていたため下院を通過しなかった。このため、米議会ではTAA法案を抜きにしたTPA関連法案の単独採決が模索され始め、6月18日には下院でTPA関連法案を単独で採決(形式上、別の法案(公共安全職員退職法(Defending Public Safety Employees' Retirement Act)に追加する形とした)し、218対208の10票差で可決。上院でも、6月24日に62対37でTPA法案は可決され、6月29日のオバマ大統領の署名を経てようやく成立した。また、いったん下院で葬り去られたTAA法案も6月24日に(2015年貿易優遇延長法(Trade Preferences Extension Act of 2015))として、上院で可決され、その後6月26日に下院でも286対138で可決され6月29日のオバナ大統領の署名を経て、成立した。2015年のTAAは、2018年6月30日(大統領が延長要請した場合、議会が否認決議をしない限り2021年6月30日まで延長)の期限付きとなっている(TAA法第103条)。 この延長については、2017年1月に大統領に就任したドナルド・トランプが3月20日に延長を要請し、否認決議が成立しなかったため2021年6月30日まで延長された。延長要請理由としてNFTAの再交渉やアフリカや東南アジアを含む潜在的な貿易協定のため必要としている。 その後、2015年のTAAは延長又は再度付与の法律が成立することなく、2021年6月30日限りで失効した。ジョー・バイデン政権は発足当初から、新型コロナウイルス対応やインフラ投資などを優先する方針を維持していることもあり、当面再度付与の見通しは立っていない。
※この「貿易促進権限による通商協定 1974年通商法-2015年TPA法」の解説は、「貿易促進権限」の解説の一部です。
「貿易促進権限による通商協定 1974年通商法-2015年TPA法」を含む「貿易促進権限」の記事については、「貿易促進権限」の概要を参照ください。
- 貿易促進権限による通商協定 1974年通商法-2015年TPA法のページへのリンク