血
『エヌマ・エリシュ』(古代アッカド) マルドゥークをはじめとする神々たちが悪神キングの血管を切り、流れる血から人間を造り出した。
『古事記』上巻 イザナキが長い剣を抜いて火神カグツチの頸を斬った。その時、剣から岩に飛び散る血、手指の間から漏れ落ちる血より、イハサクノ神をはじめ八柱の神が生まれた〔*『日本書紀』巻1神代・第5段一書に類話〕。
『神統記』(ヘシオドス) ウラノス(天)の性器を、息子クロノスが鎌で切り取った。そこからほとばしり出た血を大地が受け止め、歳月を経て、復讐の女神(エリニュス)・巨人(ギガス)・女精メリアたちが生まれた。
『播磨国風土記』讃容の郡 玉津日女命が、鹿の腹を割き、その血に稲をひたして蒔いた。一夜で苗が生じたので、ただちにこれを取って植えさせた。
『二人兄弟の物語』(古代エジプト) 妻の裏切りゆえ命を落としたバタは、復讐すべく牡牛に生まれ変わる。ファラオの愛妾になっている妻は、ファラオに請うて牡牛を殺させる。牡牛の喉が切られると2滴の血が飛び出て王宮の門前に落ち、2本の大きなペルセア樹になる。
★1b.血の力で誕生した人を血の力で倒す。
『妹背山婦女庭訓』4段目「御殿」 蘇我蝦夷子は晩年まで子がなく、博士の占いによって白い牝鹿の生血を妻に与え、男児が誕生した。鹿の生血が体内に入った子ゆえ、「入鹿」と名づけた。後、入鹿は逆臣となったので、金輪五郎らが、爪黒鹿の血と疑着(=嫉妬)相の女の血を混ぜたものを笛にそそいで吹き、入鹿を倒した。
★2.血の力で開眼する。
『黄金伝説』95「聖クリストポルス」 異教徒の王が聖クリストポルスを射殺そうとすると、その矢が眼にささって王は失明する。クリストポルスは首を刎ねられるが、彼の血を眼に塗ると、王の眼はもとどおり見えるようになる。
『黄金伝説』122「聖サウィニアヌスと聖女サウィナ」 矢で目をつぶされた皇帝アウレリアヌスは、聖サウィニアヌスの血を塗って開眼した。
『王書』(フェルドウスィー)第2部第3章「英雄ロスタム」 カーウース王は、北方のマーザンダラーンに住む悪鬼たちに捕らえられ、牢の暗闇の中で失明する。英雄ロスタムが、悪鬼たちの頭目である白鬼〔*「白鬼」は「雪害」を意味する、との解釈がある〕と闘ってこれを殺す。ロスタムが白鬼の血をカーウース王の眼にたらすと、王の眼はふたたび見えるようになった。
『アーサー王の死』(マロリー)第17巻第10~12章 某城の主である婦人が癩病にかかり、王族の処女の血を身体に塗ると回復する。騎士たちとともに通りかかったパーシヴァルの姉が、右腕から皿1杯の血を取って、婦人に与える。婦人は元気になるが、パーシヴァルの姉は血を失ったために死ぬ。城の側には、それまでに血を取られて死んだ乙女たち60人の墓があった〔*神罰による嵐と雷で、城の婦人と従者たちは滅ぼされる〕。
*寅の「年」「月」「日」「刻」生まれの女の血を用いて、癩病を治す→〔子殺し〕3の『摂州合邦辻』「合邦内」。
『黄金伝説』129「聖十字架称賛」 ユダヤ人たちがキリスト像のわき腹を槍で突くと、血が流れ出す。その血を病人に塗ると、皆たちまち病気が治った。
*男女の血を合わせたものを用いて、破傷風を治す→〔破傷風〕2の『南総里見八犬伝』第4輯巻之4第37回。
★4.血の力で不死身となる。
『ニーベルンゲンの歌』第3歌章 ジーフリト(ジークフリート)は、ある時龍を退治し、その血を全身に浴びた。そのため肌が不死身の甲羅と化し、どんな武器も彼を傷つけ得ないことがたびたび証明された〔*しかし彼の身体には1ヵ所弱点があった〕→〔葉〕1b。
『火の鳥』(手塚治虫) 火の鳥の血を飲んだ者は、永遠の命を得る→〔不死〕1。
★5.血の力で蘇生する。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第10章 外科医アスクレピオスは、ゴルゴンの左側の血管から流れ出た血を人間の破滅に、右側の血管から出た血を救済に用い、死者を蘇生させた。ゼウスは、人間が力を増すことを恐れ、アスクレピオスを雷霆で打った。
『忠臣ヨハネス』(グリム)KHM6 王と花嫁の命を救ったため、忠臣ヨハネスは石に化した(*→〔無言〕1c)。やがて王と花嫁の間に双生児が生まれる。王は、石のヨハネスの言葉にしたがって、双生児の首を切り、血を石に塗る。血の力でヨハネスは生命を取り戻す。ヨハネスは今度はその返礼に、双生児の首を身体に載せ、彼らの血を塗って生き返らせる。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第4日第9話 石像と化した弟を救うため、魔法使いの老人の教えにより、兄は自分の2人の子を殺す。その血を石像にかけると、弟は息を吹き返す〔*魔法使いは2人の子も生き返らせる〕。
『捜神記』巻11-28(通巻290話) 無実の女が死刑を宣告される。刑場へ行く車には高さ10丈の竹竿が立ち、5色の幟が上がる。見物人にむかって女は「私に罪があれば血は下へ流れ、罪がなければ上に流れるだろう」と言う。刑が執行されると、緑色の血が竹竿を伝って昇り、頂上まで達すると幟を伝って下った。
*死体の傷口から流れ出る血によって、犯人が誰かわかる→〔傷あと〕8a。
『女殺油地獄』「豊島屋」 油屋のお吉が殺されて三十五日の逮夜に、河内屋与兵衛が顔を見せる。皆から犯人と見なされても、与兵衛は白を切る。伯父森右衛門が、殺人事件の日に与兵衛が着た袷を取り出し、「所々に妙なこわばりがある」と言って酒をそそぐ。たちまち血の色が現れて、与兵衛がお吉を殺した動かぬ証拠になる。
『棠陰比事』58「獄吏滌履」 殺人事件の容疑者である僧侶を獄吏が尋問するが、証拠がない。しかし、僧侶の履に墨が塗ってあることに獄吏は不審を感じ、履を脱がせて墨を洗い落とすと血痕があらわれたので、僧侶は恐れ入って白状した。
*犬が血染めの布子をくわえ出す→〔動物教導〕2の『盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめかがとび)』(河竹黙阿弥)。
『青ひげ』(ペロー) 青ひげが旅に出て留守の間に、若い妻が、入室を禁ぜられた小部屋を開けて、数人の女の死体を見つける。妻は驚いて、血の海となっている床に、鍵を落とす。鍵についた血は、どんなに拭いても洗っても消えない。帰って来た青ひげは、血のついた鍵を見て、妻が小部屋を開けたことを知る。
『マクベス』(シェイクスピア)第2幕・第5幕 マクベスがダンカン王を暗殺した時、マクベス夫人が、剣についた血をダンカン王の護衛たちの顔に塗りつけて、彼らに罪をきせた。後にマクベス夫人は夢遊病を発症し、いくら手を洗っても血のしみが消えない、という動作を繰り返すようになった→〔夢遊病〕6。
『まっしろ白鳥』(グリム)KHM46 3人姉妹の長女が、魔法使いの男から見ることを禁じられた部屋を開ける。中には血だらけの器があり、切り刻まれた死体が何人分も入っている。長女は驚き、魔法使いから与えられた卵を器の中に落とす。拾い上げて血を拭くが、拭くそばから卵は血の色になる。長女は魔法使いに殺される。次女も同様にして殺される。
『カンタヴィルの幽霊』(ワイルド) イギリスの幽霊屋敷の床の血痕を、屋敷に住むアメリカ人一家が新洗剤できれいに消す。翌朝また血痕があらわれるので、これも消してしまう。何度も血痕を消すうち、血の色が日ごとに変り、朱色・紫色・緑色などになる。幽霊は、本物の血が手に入らなかったので、アメリカ人一家の娘ヴァージニアの絵の具を盗んで用いたのだった→〔成仏〕1。
*絵の具を血に見せかける点で→〔映画〕1の『仮面の恐怖王』(江戸川乱歩)に類似。
『出エジプト記』第12章 神の過ぎ越しの夜、羊の血を戸口に塗った家だけは、長子の死を免れた→〔目印〕2a。
『捜神記』巻13-8(通巻326話) 始皇帝の代に、「城門に血がつくと城は沈んで湖になる」という童謡がはやる。門番が犬の血を城門に塗りつけると、町はたちまち湖になる→〔水没〕1。
★10.血の味。
茨木童子の伝説 茨木童子は幼い時捨てられ、床屋に拾われ育てられた。床屋の手伝いをするうち、客の切り傷の血をなめ、その味を知ってからは、わざと傷をつけて血をなめることが習癖になった(大阪府茨木市新庄町)→〔水鏡〕4。
『仔猫』(落語) 山猟師の娘おなべは7歳の時、飼い猫が足を噛まれて帰って来たので傷をなめてやり、猫の生き血の味をおぼえた。それ以来おなべは、猫を捕って食うようになった。おなべは船場の大問屋へ奉公に出、よく働く気立ての良い娘として皆にかわいがられたが、夜になると猫を捕りに出かけた〔*これを知った番頭がおなべに、「あんた、猫かぶってたのか」と言うのがオチ〕。
*血のにおい→〔いれずみ〕1の『日本書紀』巻12履中天皇5年9月18日。
★11a.河の水が血に染まる。
『古事記』上巻 高天原から出雲国の肥の河上に降り立ったスサノヲは、十拳剣(とつかのつるぎ)をふるって、ヤマタノヲロチの体をずたずたに斬った。そのため、肥の河の水は真っ赤な血となって流れた〔*『日本書紀』巻1・第8段では、本文・一書ともに、「河が血になった」との表現は見られない〕。
*ナイル川の水が血に変わる→〔水〕1cの『出エジプト記』第7章。
濁りが淵(高木敏雄『日本伝説集』第7) 旅の六部が、村の金満家の家に一夜の宿を求めた。六部は宝物(「黄金の鶏」と「1寸四方の箱に収まる蚊帳」)を持っていたので、金満家の主人は宝物欲しさに、翌朝、六部が立った後その跡をつけ、河の淵で彼を斬り殺した。「黄金の鶏」は羽音をたてて飛び去ったが、「蚊帳」は主人の手に入った。六部の流した血で、淵の水は今も赤く濁っている(徳島県那賀郡桑野村)。
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