かつて、端末を供給していたメーカー
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「ソフトバンクの主な携帯電話端末納入メーカー」の記事における「かつて、端末を供給していたメーカー」の解説
三洋電機 略称「SA」(デジタルホン時代は「DP-18X」、デジタルツーカー仕様は「S」)(DT:緑、JP:桃色) 主にローエンド機を中心に鳥取三洋電機(現・三洋電機コンシューマエレクトロニクス)による製造でリリース。V801SAは、最初のボーダフォングローバルスタンダード端末として投入されるも、端末価格があまりにも高価だったことや不具合が頻発したことなどの要因が重なったため不評であった。その後、第二世代携帯電話で奇抜な外観が印象のV401SAを発売するも売り上げは思わしくない。結局V401SA以降、ボーダフォンへは投入されなかった。 三洋電機がNTTドコモへの納入を再開したことから、ボーダフォンからは撤退したのではないかとの憶測がなされたまま、ボーダフォンはソフトバンクブランドとなったが、こちら向けの端末供給もされなかった。 そして、2008年4月1日をもって、会社本体の経営不振による再建中の三洋電機は、京セラに他キャリア向けも含む携帯電話事業を譲渡すると発表した。京セラに譲渡後も2010年5月発売のSA002までSANYOブランドの端末はau向けには発売されたがソフトバンク向けには発売されなかった。 三菱電機 略称「D」(デジタルホン時代は「DP-22X」、デジタルツーカー仕様は「D」、「XC」)(DT:水色、JP:スカイブルー) J-フォン時代は当時人気のフリップ式端末の供給をしており、待ち受け画面に登場する「アニメっちゃ」、初の16和音着信音メロディ対応機のリリースや大型スピーカー搭載による高音質・大音量などを実現していた。デザインやスペックは、NTTドコモのDシリーズよりも、当時ツーカーに納入していた「TH-4XX」シリーズに似たものとなっていた。 J-D08と比べV401Dではユーザーからの要望も含め、改良に改良を重ね1,000以上の項目を改善したり、コントロールパッドや加速度センサーを搭載するなど意欲的だったが、ボーダフォン体制時の端末調達絞り込みの影響を受けV401D以降の端末の開発は終了。 社内の開発チームも解散しており、プリペイド端末のJ-D07、V101D、V102D、V301D、V401Dの保守業務以外、撤退している。プリペイド端末も、201SHに取って替わられた。 2008年3月、ソフトバンク向けの供給がないまま、三菱電機は携帯電話事業の終息を発表した。 デンソー(旧・日本電装) 略称「DN」(デジタルホン仕様は「DP-19X」、デジタルツーカー仕様は「ND」)(DT:赤、JP:緑) 携帯電話オリジナルキャラクター「まめぞう」を端末に搭載。シンプルなルックスだがかわいらしく、好評であった。さらに、比較的コンパクトな端末だった上、端末側面にタッチセンサーを搭載し、握っている時のみ誤動作防止機能が解除されたり、文字変換機能が当時としてはかなり高度だったなど、実用面でも好評であった。そのため、液晶のカラー化が進む前のJ-PHONEでは(1999年頃まで)同社とケンウッドが人気メーカーだった。端末のイメージキャラクターには、歌手の知念里奈と俳優の江口洋介を起用していた。 2001年5月に携帯電話事業でのケンウッドとの協業を発表するも、同年秋の商品「J-DN31」を最後に携帯電話事業から撤退。 パイオニア 略称「PE」(デジタルホン仕様は「DP-21X」、デジタルツーカー仕様は「CA」)(DT:薄い紫、JP:灰色) 同社端末の売りは、全面タッチパネル式液晶携帯電話。「DP-211」は携帯初のタッチパネル式であり、その兄弟機種「DP-211SW」は携帯初の文字メッセージサービス(スカイメール、当時はスカイウォーカー)対応機種であった。操作の殆どを液晶にタッチする事で出来る、かなり個性的なものだった。 2001年春発売の「J-PE03II」(同社唯一の、非全面液晶&カラー・和音着信音モデル)を最後に携帯電話事業から撤退。 ケンウッド (現・JVCケンウッド) 略称「K」(デジタルホン時代は「DP-13X」、デジタルツーカー仕様は「K」)(DT:橙、JP:青) デザインと音質を重視した商品が目立つ。1998年春に発売の「DP-134」(デジタルホン仕様)「K3」(デジタルツーカー仕様)は、サイドから見るとイルカのシルエットのようなグリップがつけられており、「ドルフィンライン」というキャッチコピーで売り出された。更に、当時の東京デジタルホンイメージキャラクターの藤原紀香が出演する同社CMやドラマでも同機種が使われ、OLを中心にヒットした。そして、オーディオや無線機の製造を手がけている技術力が生かされており、通話品質もハイレベルだった。その代わり、軽量化・多機能化にはそれほど熱心ではなかった。シャープや東芝のように高画質液晶やカメラ機能を全面に押し出しているわけではないが、根強い人気はあった。 しかし2000年ごろからケンウッド本体の経営が悪化。2001年5月には携帯電話事業でのデンソーとの協業を発表するも、2002年3月発売の「J-K51」(携帯電話初のステレオツインスピーカー搭載端末)を最後に携帯電話事業から撤退。株式会社山形ケンウッドで生産されていた。 富士通 品番は「DP-12X」ではじまる こちらも、NTTドコモ等のFシリーズに準じた製品を配給していた。撤退はかなり早く、1998年夏の「DP-125」が最後。「J」からはじまる品番は1998年暮れの製品から使用されたものである。したがって「J-F01」等のような品番の製品は存在しない。 2010年10月に事業開始となった富士通東芝モバイルコミュニケーションズは、富士通が8割超を出資する連結子会社であったが、同社は東芝ブランドのスマートフォン及び携帯電話の開発・製造を行っていた。また富士通ブランドに関してはau向けは東芝ブランド同様の扱いだが、ドコモ向けについては製造受託を行うのみに留まっている。 なお、同社はその後の東芝の携帯電話事業撤退により富士通の完全子会社「富士通モバイルコミュニケーションズ」となった。 ノキア 略称「NK」(J-フォン時代は「NM」・デジタルホン時代は「DP-15X」)(DT:明るい緑、JP:薄い橙) PDC製品では、デザイン性を前面に押し出した製品を製造・配給していた。1998年秋の商品「DP-154Ex」は、当時の日本製携帯電話にはないストリート風のデザイン、オレンジの配色等でファッション雑誌によく取り上げられた。J-NMシリーズ時代は、三洋電機のOEM製品で展開していた。 第三世代携帯電話では、Symbian OS搭載ストレート形3G端末702NKおよび702NK IIを投入している。スマートフォンを売りにしているこれらの端末は、PCとの親和性が高いことと世界中に出回っているSymbianアプリ(いわゆる「勝手アプリ」、「超勝手アプリ」を含む)を組み込めるなどの自由性が高さからPCユーザーを中心に人気がある。2006年夏にはこれらの後継機種、804NKを発売。採用されているSymbianOSのバージョンが上がり、旧機種で人気だった「勝手アプリ」は利用できなくなった(認証済みのSymbianアプリは利用可能)。かわりに、折畳み式スタイル、2.4インチQVGA液晶ディスプレイ・FMラジオチューナー・2メガピクセルデジタルカメラ・赤外線通信機能など、日本製携帯電話に近い機能が搭載されている。 ソフトバンクになってからは、SoftBankとしては初となるGSMクワッドバンドと3Gのデュアルモードローミングに対応した、705NK(Nokia N73)が、2007年1月に発売された。また、2007年4月に法人専用スマートフォン端末X01NKを発売した。2008年12月に日本事業撤退を発表し、Nokia E71は、発売を中止、Nokia N82が最後の端末となった。 シエラ・ワイヤレス 略称「SW」 2008年12月にコネクトUSBスティック型通信端末としてSoftBank C01SWを販売した。 Longcheer 略称「LC」 2009年3月にイー・モバイル網利用のパソコン向けのモバイルデータ通信サービスを開始し、それに伴い、コネクトUSBスティック型通信端末としてSoftBank C01LCを販売した。 東芝 略称「T」(デジタルホン時代は「DP-17X」)(DT:濃い緑、JP:エメラルドグリーン) シャープに次ぐ人気のメーカー。ハイエンド機からローエンド機まで幅広い層に向けた端末を製作している。こちらも携帯電話で初めて、QVGA液晶を搭載したり(J-T08 2002年冬発売)モバイルフラッシュ機能搭載(J-T06 2001年夏発売)と、意欲的なメーカー。2004年夏のV601T以降の端末(V6・V5シリーズ、Vodafone 3G)においては、自社製3Dグラフィックアクセラレータ「MOBILE TURBO T4G」を搭載している。 第三世代携帯電話でも、ボーダフォン初のGPS機能搭載の製品(903T 2005年10月発売)や音楽プレーヤー機能を前面に押し出した製品(803T 2005年10月発売)などの製品を開発・製造している。 国内で初めて第三世代携帯電話を展開する事業者全てに3G端末を供給したが、2009年夏にT-01Aを発表するまではNTTドコモ向けの端末配給は途絶えていた。au(KDDI/沖縄セルラー電話連合)向けにも意欲的に端末を供給しているが、ボーダフォン時代に3G端末が登場してから同社向けの供給の比重が増えてきていた。 2006年1月に発表されたVodafone 3G端末のx04シリーズでは、904Tが提供される全てのサービスに対応し、フルスペック端末となった。910TはBluetoothによるワイヤレスミュージックスタイルに1GBメモリなどを搭載し、au向けのW44T(TiMO W44T II / LEXUS W44T IIIを含む)と同じく大容量音楽ケータイである。また、803Tの成功以降、継続して音楽再生に注力した機種を発売している(705T、811T、911T)。 2007年2月にはソフトバンク初の子供向け端末812T(通称「コドモバイル」)を発売、3月には、ワンセグや3G ハイスピードに対応するなど機能が充実した911Tを発売した。2007年夏モデルでは、筐体にチタンを採用した814T、幅広いコーディネートを可能にした815Tなどを発売した。また、2007年12月には東芝としては国内で展開する初のスマートフォンとなるX01Tが発売された。2008年春の921Tは「REGZAケータイ」を名乗り、さらにメインディスプレイに有機ELを搭載。 2007年春から2008年春のモデルは、「X01T」「813T」以外の全モデルが国際ローミングに対応しない。しかし、2008年夏モデルの823Tと824Tで国際ローミング(3Gエリア限定)に対応している。実質、全キャリア供給経験がある(ドコモ・au(旧IDO/DDIセルラー時代を含む)・ソフトバンク・イー・モバイル・ウィルコム・ツーカー。ただし、ディズニー・モバイルなどMVNOオペレータを含まない場合) 2008年冬にはコーディネート携帯第2弾830Tなどを販売した。2008年3月の921T以降、新たな9xxシリーズおよび8xxシリーズは投入の目途が立っておらず、それ以降は同キャリア向けの東芝機種はスマートフォンのSoftBank Xシリーズのみの展開となっている。 2010年10月、富士通の連結子会社である富士通東芝モバイルコミュニケーションズへ、東芝ブランドの携帯電話を移管した(富士通ブランドは発売のみ富士通本体に残したままとなる)。 2012年4月、富士通東芝の全株式を富士通に譲渡し、携帯電話事業から撤退すると発表した。富士通東芝は富士通の完全子会社「富士通モバイルコミュニケーションズ」となった。 デル 略称「DL」 2010年冬モデルから、タブレットPC型スマートフォン Dell Streak 001DLを発売。 2012年には標準的なスマートフォン101DLを供給する。 しかし、2012年12月にWindows 8のタブレットに開発を専念するため、Androidスマートフォンの開発中止を発表。101DLが実質最後の端末となった。 ソニー (J-フォン時代の略称は「SY」・デジタルツーカー時代は「SO」)(JP:薄い青) ツーカーの株主だったソニーは、デジタルツーカーのツーカーローミング地域向けに製品を供給。日産の携帯電話事業撤退を期に1999年秋に「J-SY01」(当時ツーカーで人気商品だった「TH291」に準じた仕様)が発売されたが、これが最初で最後のJ-フォン向け端末となった。岩手県のソニー千厩株式会社(現在のソニーイーエムシーエス株式会社千厩テック)で生産されていた。 2010年7月9日に、ソフトバンクブランドではなく、ソニーブランドとして、デジタルフォトフレーム S-Frame DPF-NS70を供給し、11年ぶりにソニーから端末が供給された。
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かつて端末を供給していたメーカー
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「auの主な携帯電話端末納入メーカー」の記事における「かつて端末を供給していたメーカー」の解説
CDMA方式端末をau(旧IDO・DDIセルラー)向けに供給していたメーカーで、au向け端末供給からの撤退を明言または携帯電話事業そのものから撤退したメーカーを記す。デンソー(旧・日本電装) セイコーインスツル(旧・セイコーインスツルメンツ) 鳥取三洋電機(現・三洋テクノソリューションズ鳥取、旧・三洋マルチメディア鳥取←鳥取三洋電機) NECカシオ モバイルコミュニケーションズ(現・日本電気(以下NEC)、旧・NECモバイルコミュニケーションズ、←日本電気/カシオ日立モバイルコミュニケーションズ←カシオ計算機/日立製作所) パンテック(Pantech)
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