テレビ テレビの概要

テレビ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 06:53 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動

語源・定義

「テレビジョン」は直接的にはフランス語télévisionテレヴィジオン)に由来する。なお、tele-τηλε)はギリシア語の「遠く離れた」、「vision」はラテン語で「視界」「像」の意味である。

日本の電波法では「テレビジョン」は「電波を利用して、静止し、又は移動する事物の瞬間的影像を送り、又は受けるための通信設備」と定義されている[2]。また放送法ではテレビジョン放送は「静止し、又は移動する事物の瞬間的影像及びこれに伴う音声その他の音響を送る放送(文字、図形その他の影像(音声その他の音響を伴うものを含む。)又は信号を併せ送るものを含む。)」と定義されている[3]

中国語では電信・電話に倣って電視と呼ばれる。

テレビの歴史

開発史

19世紀

20世紀

  • 1907年 - ロシアボリス・ロージング、ブラウン管によるテレビ受像機を考案し特許出願。
  • 1908年 - イギリスのキャンベル・スウィントン、撮像側にも陰極線管を使った電子式走査法の概念を科学雑誌『ネイチャー』に発表。全電子式テレビジョンを示唆。
  • 1911年 - ロシアのボリス・ロージング、世界で初めてブラウン管を用いたテレビの送受信実験を公開。撮像に機械式のニプコー円板を、受像に電子式のブラウン管をそれぞれ用いた。簡単な図形の輪郭の受像に成功。しかし実用レベルの受像に至るには撮像側の電子化が求められ、映像を電気信号に変換する撮像管の開発や、映像信号を増幅する真空管の発達を待たねばならなかった。
  • 1923年 - 浜松高等工業学校高柳健次郎が電子式走査方式の研究を開始[4]。同時期にアメリカでツボルキンも電子方式のテレビ開発を始めたが互いに全く相手のことを知らなかった[4]
  • 1925年 - スコットランドジョン・ロジー・ベアード機械式テレビジョンの開発。撮像と受像に機械式のニプコー円板を用いた。見分けられる程度の人間の顔を送受信することに成功。
  • 1925年 - アメリカ合衆国のチャールズ・フランシス・ジェンキンスが機械式テレビの画像を8キロメートル離れた地点間で無線送受信する公開実験を行う。
  • 1926年1月 - スコットランドジョン・ロジー・ベアード、ロンドンの王立研究所で動く物体の送受信の公開実験に成功。
  • 1926年 - 早稲田大学の山本忠興川原田政太郎が機械式のテレビジョンの研究に着手[4]
  • 1926年12月25日 - 高柳健次郎が世界初の電子式テレビ受像機を用いて「イ」の字を表示させることに成功[4]
  • 1927年 - アメリカ合衆国のフィロ・ファーンズワース、世界初の撮像管「イメージディセクタ」による映像撮影に成功。ブラウン管に「$ $」を表示。同年、撮像・受像の全電子化が達成される。
  • 1928年 - イギリスのジョン・ロジー・ベアード、カラーテレビの公開実験に成功。
  • 1930年 - 山本忠興と川原田政太郎が機械式テレビの公開実験に成功[4]。同30年に山本はこの発明により十大発明家の一人として宮中賜餐の栄に浴した。
  • 1931年7月 - 川原田らは早稲田大学戸塚球場にて行われた同学野球部の試合を、理工学部実験室まで送信することに成功した。これが世界初の屋外実況中継となる。
  • 1933年 - アメリカのウラジミール・ツヴォルキンが、自身開発のアイコノスコープで野外の景色を撮像することに成功[5]

放送史

欧米

  • 1928年 - アメリカ合衆国のWGY局がテレビ実験放送開始。
  • 1929年 - イギリスの英国放送協会(BBC)、ドイツの国家放送協会がテレビ実験放送開始[5](以降、特記のない限り白黒テレビ)。
  • 1931年 - アメリカへ亡命したロシアのウラジミール・ツヴォルキン、電子走査式撮像管「アイコノスコープ」を考案し特許出願。
  • 1932年 - 8月、イギリスBBCで世界初の定期試験放送(機械式、週4日)開始。正式開局は1936年。
  • 1934年 - 11月、ソビエト連邦がテレビ試験放送を開始。
  • 1935年 - ドイツでベルリンオリンピックのテレビ中継が行われる。
  • 1936年 - ハンガリーティハニィ・カールマン英語版プラズマテレビの原理を示す。世界初のフラットディスプレイの概念。
  • 1939年 - アメリカ合衆国のNBC[5]、ソビエト連邦の国営放送がテレビ定時放送を開始。
  • 1941年 - 3月、アメリカ合衆国でNTSC方式による白黒テレビ放送開始[6]
    有馬哲夫の『テレビの夢から覚めるまで』[7]によれば、1950年代に米国でテレビが一般家庭に普及し始めた頃、アメリカの人々は大真面目に以下のように思っていたという[8]
    テレビは、神からのクリスマス・プレゼントだ。われわれは、このプレゼントを手にして娯楽のことばかりを考えるのではなく、人類の善意と地上の平和のことを、そして、それにいかに役立てるかをも考えなければならない。テレビを通じて、いかにひとびとの蒙を啓き、偏見を根絶し、理解を深めるかに心くだかなければならない。テレビこそ、その未来を開いてくれるだろう。 — 有馬哲夫、『テレビの夢から覚めるまで アメリカ1950年代テレビ文化社会史』(1997年/国文社)
  • 1946年 - RCA、撮像管「イメージオルシコン」を開発[9]
  • 1951年 - アメリカCBSが、独自規格(CBS方式)のカラーテレビ放送を開始[9]
  • 1953年 - 12月、アメリカ合衆国におけるカラーテレビ放送標準規格がNTSC方式に統一[6]
  • 1954年 - 1月23日、アメリカNBCが、NTSC方式によるカラー本放送開始。
  • 1956年 - アンペックス社、白黒2インチVTR1号機「VR-1000」を発表。3年後にはカラーVTRの発表に至る[9]
  • 1962年 - 12月13日、通信衛星リレー1号」打ち上げ成功[9]。後述の日米衛星中継試験に用いられた。
  • 1965年 - イギリスがカラーテレビ放送標準規格としてPAL方式を採用[9]
  • 1967年 - フランスSECAM方式によるカラー放送開始[9]
  • 1984年 - フランスで世界初の有料多チャンネル放送Canal+がサービス開始[9]
  • 1988年 - 9月より、BBCがDVB-T形式による世界初のデジタルテレビ放送試験放送を開始。
  • 1995年 - 7月、デジタルテレビ放送等のための映像・音声データ圧縮フォーマット基準MPEG-2が策定される[9]
  • 2009年 - 6月12日、アメリカ合衆国でほとんどのNTSC方式の放送停止。ATSC方式デジタルテレビ放送へ全面移行[6]

日本

1940年代以前
  • 1931年 - 日本放送協会(省略NHK)放送技術研究所でテレビの研究開始。
  • 1932年 - 早大式は有線から無線電波式に改良された。
  • 1933年 - 早大式に日本放送協会から多額の研究資金が提供され、同年秋に日本最初のテレビジョン研究室が同大学構内に建設された。
  • 1934年 - この年の1月12日付の新聞で山本は「将来的に映画に匹敵する画質」「生中継ではなく、撮影を行い、適宜に編集を行った上で放送するようになる」と発言している。
  • 1935年3月 - 5月まで横浜で開催された関東大震災復興記念横浜大博覧会にて、逓信省電気試験所の曽根有(山本忠興門下)らが開発したテレビジョン電話試作機が展示された。テレビ電話の先駆けとなるこの機械は、双方の視線をちゃんと合わせる改良が施された後、1937年以降は大阪市立電気科学館に設置された。
  • 1937年 - この頃から高柳がNHKに出向し、1940年に予定されていた東京オリンピックを見据えてのブラウン管式テレビジョン研究に参加する。
  • 1939年 - 3月に日本でNHK放送技術研究所によるテレビ実験放送開始。5月13日には公開実験[10]
  • 1940年 - 4月13日、日本初のテレビドラマ夕餉前」の実験放送。東京オリンピックは日中戦争激化の影響などを受けて中止となり、テレビジョン研究は中止され、技術者は無線通信やレーダーの開発を求められた。
  • 1945年 - 敗戦直後、日本のテレビ研究がGHQにより禁止される[11]
  • 1946年 - 高柳は弟子らと共に日本ビクターに入社しテレビジョンの研究を続けた。7月、テレビ研究禁止令が解除され、11月よりNHKが研究を再開した[11]
  • 高柳が中心となりNHK、シャープ、東芝と共同でテレビジョン放送技術とテレビジョン受像機を開発した(後述)。
1950年代
1955年 三菱電機TV受像機の広告
1958年の14インチTVセット
テレビの世帯普及率の推移
  • 1950年 - 5月、電波法放送法電波監理委員会設置法の「電波3法」施行。
  • 1951年 - GHQの要請により電波監理委員会メンバーが視察のため渡米[11]。その後、アメリカから3人のコンサルタントが来日。軍事戦略のひとつとして占領国でのテレビ放送利用を重要視していたアメリカの圧力によりアメリカ式(NTSC方式)の技術標準が日本で採用される[11]
  • 1952年 - 松下電器産業(パナソニックの前身)が日本初の民生用テレビを発売[12]
  • 1953年
    • 1月 - シャープが国産第1号のテレビ「TV3-14T」を発売[13]。価格は175,000円。
    • 2月1日 - NHK東京テレビジョン(コールサインJOAK-TV)のテレビ放送開始(日本初の地上波テレビ放送の開始)。
    • 8月28日 - 日本テレビ(NTV、コールサインJOAX-TV)、テレビ放送開始(民間放送初のテレビ放送の開始)。またこの日、日本初のテレビCMを放送する際、画面が裏返しに映る放送事故が発生した。
    当時の主な番組は大相撲プロレスプロ野球などのスポーツ中継や、記録映画など。
  • 1954年 - 4月、電電公社の整備による放送用無線中継回線が開通。
  • 1955年 - 4月1日、ラジオ東京テレビ(コールサインJOKR-TV)がテレビ放送開始。ラジオ局として発足した放送局による初のテレビ放送開始。TBSテレビの前身。
    • 以降の民間放送開局年月日は民間放送#沿革参照。
    • 当時、白米10キログラムが約680円、銭湯の入浴料が約15円であったのに対し、テレビ受像機の価格は約20万〜30万円であり、一般人にとっては非常に高価であったため、多くの大衆は繁華街や主要駅などに設置された街頭テレビ、土地の名士などの一部の富裕世帯宅、客寄せにテレビを設置した飲食店などで番組を見ていた。
    • 7月 - NHK放送技術研究所、イメージオルシコンの国産化に成功。
  • 1956年 - 12月、NHKのカラーテレビ実験放送開始(UHF帯を使用)[14]
  • 1957年 - 12月28日、NHK東京・日本テレビがカラー試験放送開始(VHF帯を使用)。
  • 1958年
    • 1月23日 - 日本民間放送連盟(民放連)が「放送基準」を制定[15]
    • 9月1日 - 映画会社主要6社が、この日よりテレビ局への作品販売や所属俳優の派遣を完全に停止(六社協定[16]。この前後、各局では代替としてアメリカ製のテレビ映画を大量に輸入し、主力番組として放送した。この状況は1961年10月クールの週53作[17]を最盛期に、1970年頃まで続き、高い人気を得た作品も少なくない。
    • 12月23日 - 東京タワーからテレビ電波の送信開始[15]
    • この年、大阪テレビ放送が、世界ではじめて飛行中のヘリコプターからの生放送に成功。
  • 1959年
1960年代
1970年代から1990年代
2000年代以降
フラットハイビジョンブラウン管テレビ(2000年)
ハイビジョン液晶テレビ

テレビの技術

媒体

伝送方式

  • アナログ放送:カラー方式やパラメータに違いはあるが、衛星放送以外は基本的にどれも、アナログコンポジット映像信号をアナログ変調(振幅変調#残留側波帯、VSB)で、アナログ音声信号をアナログの周波数変調(FMラジオ放送と基本的に同様の方式)で伝送する放送方式(衛星放送は映像はFM、音声はデジタル)。
  • 世界の放送方式
    • NTSC
    • PAL
    • SECAM
    • MUSE:アナログハイビジョンのディジタル圧縮アナログ伝送方式。
  • デジタル放送:すべての映像・音声・付加情報をデジタル変調方式(OFDM、QPSKQAMなど)で伝送する放送方式。日本ではISDB(統合デジタル放送)とも呼ばれる。

放送機器

テレビ受信機

TVチューナーのようなコンポーネント型の機器もあるが、基本的に複合型の機器が多い。

送信所設備

  • テレビ送信機
  • テレビ送信アンテナ
  • STL(Studio-Transmitter Link)

演奏所設備

放送局マスター室(1960年代)

演奏所設備をスタジオ機器と言うこともある。この場合撮影スタジオに置かれる機器だけを指すのではなく局舎内の放送関連機器全般を指す。主な物を以下に示す。

画質

音量

付加情報

視聴方法

放送の受信はアンテナまたはケーブルテレビ局などから信号を受け取りチューナーで選局され映像信号に変えられて、テレビ受像機やDVDレコーダー等の録画機に導かれる(一般に録画機は再生機能も持つが、ここでは録画機と表記する)。

アナログ放送もデジタル放送も次の機能や機器によって受信し視聴や録画を行うのは同じことである。

  • チューナーから映像・音声信号をテレビに接続し視聴する。
  • チューナーから映像・音声信号を録画機を経由してテレビに接続し視聴、録画する。
  • チューナーから映像・音声信号を録画機に接続し録画のみを行う。
  • チューナー内蔵録画機から映像・音声信号をテレビに接続し視聴、録画する。
  • チューナー内蔵テレビで直接視聴する。
  • チューナー内蔵録画機で録画のみを行う。

かつては地上アナログ放送専用のチューナーと呼ばれる単体商品も存在した。これはゴーストキャンセル機能の強化や、音声多重機能のないテレビやビデオデッキに対しその機能を提供する目的で製造されていた。エントリークラスでもテレビで5万円、家庭用ビデオデッキで10万円を下らなかった時期に登場したものだが、NEC等1990年代に入っても生産していたメーカーも存在する。


注釈

  1. ^ : Frank B. Lu
  2. ^ : Sonia A. Miller
  3. ^ : Harvey Anderson
  4. ^ : Max Weis
  5. ^ : Weisbuch
  6. ^ カナダのモントリオール大学、セント・ジャスティン大学病院研究センター、米国ミシガン大学の小児科専門医たちが、カナダのケベック州で生まれた1314人の子供を対象に行った研究
  7. ^ 論文執筆者は、行動学研究者のAnita Chandra。研究チームは12歳から17歳までの2000人を対象に聴き取り調査を行った。

出典

  1. ^ 第2版,世界大百科事典内言及, 百科事典マイペディア,デジタル大辞泉,ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,精選版 日本国語大辞典,世界大百科事典. “テレビジョンとは” (日本語). コトバンク. 2021年7月1日閲覧。
  2. ^ 電波法施行規則2条1項22号
  3. ^ 放送法2条1項18号
  4. ^ a b c d e 吉野章夫. “テレビ技術史概要と関連資料調査”. 2021年11月7日閲覧。
  5. ^ a b c 伊予田 et al. 1998, pp. 12–13.
  6. ^ a b c ATSC SALUTES THE ‘PASSING’ OF NTSC” (英語). NTSC (2009年6月12日). 2009年6月20日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2009年6月13日閲覧。
  7. ^ 有馬哲夫『テレビの夢から覚めるまで アメリカ1950年代テレビ文化社会史』国文社、1997年2月15日(日本語)。ISBN 47720042972017年6月24日閲覧。
  8. ^ 香山リカ『テレビの罠-コイズミ現象を読み解く』株式会社筑摩書房〈ちくま新書588〉、東京都、2006年3月10日、202頁(日本語)。ISBN 44800629632017年6月23日閲覧。
  9. ^ a b c d e f g h 伊予田 et al. 1998, pp. 218–222, 放送技術年表.
  10. ^ テレビジョン実験放送開始 -NHKアーカイブス(動画・静止画). https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009060045_00000 2015年8月25日閲覧。 
  11. ^ a b c d 奥田謙造「冷戦期のアメリカの対日外交政策と日本への技術導入 : 読売新聞グループと日本のテレビジョン放送及び原子力導入 : 1945年~1956年 (PDF) 」、東京工業大学、2007年3月26日、 NAID 5000004045012021年2月25日閲覧。
  12. ^ 1950年代 日本のテレビ本放送スタート”. 2020年4月11日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2018年5月28日閲覧。
  13. ^ 国産第1号テレビ”. 2011年7月4日閲覧。
  14. ^ 伊予田 et al. 1998, p. 21.
  15. ^ a b 伊予田 et al. 1998, p. 29.
  16. ^ 伊予田 et al. 1998, p. 23.
  17. ^ 伊予田 et al. 1998, p. 33.
  18. ^ 伊予田 et al. 1998, pp. 31–32.
  19. ^ 東芝未来科学館:日本初のカラーテレビ受像機”. 2020年9月1日閲覧。
  20. ^ 1960年代 カラー放送スタート”. 2018年5月28日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2018年5月28日閲覧。
  21. ^ 伊予田 et al. 1998, p. 39.
  22. ^ 伊予田 et al. 1998, p. 43.
  23. ^ 伊予田 et al. 1998, p. 55.
  24. ^ a b 伊予田 et al. 1998, p. 61.
  25. ^ 伊予田 et al. 1998, p. 103.
  26. ^ 伊予田 et al. 1998, p. 128.
  27. ^ 伊予田 et al. 1998, p. 134.
  28. ^ 伊予田 et al. 1998, pp. 157, 160–161.
  29. ^ 伊予田 et al. 1998, pp. 165.
  30. ^ 読売新聞 2011年12月18日 首都圏12版37面「放送塔
  31. ^ NAB技術規準、テレビ放送における音声レベル運用規準、T032‐2011 (PDF)”. 日本民間放送連盟 (2011年5月). 2012年4月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年12月18日閲覧。
  32. ^ 中島聡. “「若者のテレビ離れ」に関する一考察”. 2007年8月17日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2007年8月31日閲覧。
  33. ^ 米国調査会社MediaPostの調査による[要文献特定詳細情報]
  34. ^ “毎日4時間以上のテレビ視聴は死亡の危険性高い、豪研究”. AFPBB News. https://www.afpbb.com/articles/-/2681857?pid=5157038 2010年7月18日閲覧。 
  35. ^ この研究結果はJournal of the American Heart Association[要文献特定詳細情報]に掲載された。
  36. ^ 「1日2時間以上のテレビ」で肥満の危険”. nikkei BPnet. 2014年4月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年6月15日閲覧。
  37. ^ テレビの見すぎは幼児の食生活を悪化させる(2007.3.12掲載)”. ヘルスデージャパン. 2010年1月12日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年7月21日閲覧。
  38. ^ Turn off TV during meals or kids may get fat-study. ロイター. https://www.reuters.com/article/idUSPER95653920080709 2010年6月14日閲覧。 
  39. ^ 「食物、栄養、身体活動とがん予防:世界的展望」要約~日本語翻訳版』(PDF)廣畑富雄訳、世界がん研究基金米国がん研究機構2016年7月14日閲覧。
  40. ^ “テレビを消したら夫婦仲が改善、韓国の離島で実験”. AFPBB News. https://www.afpbb.com/articles/-/2366631?pid=2752063 2010年6月15日閲覧。 
  41. ^ “テレビを消しただけで…「生活が楽しくなった」ある離島の実験”. 東亜日報. https://www.donga.com/jp/List/article/all/20080318/303348/1/ 2010年6月19日閲覧。 
  42. ^ “TV見すぎると注意散漫/乳幼児期、米学会が報告”. 四国新聞社. http://www.shikoku-np.co.jp/national/life_topic/20040405000140 2021年2月25日閲覧。 
  43. ^ a b テレビと映像メディアが脳の発達に与える影響”. チャイルド・リサーチ・ネット(CRN). 2010年6月24日閲覧。
  44. ^ a b 青少年とテレビ、ゲーム等に係る暴力性に関する調査研究の概要”. 青少年育成ホームページ. 2010年7月6日閲覧。
  45. ^ Science | ハイライト”. サイエンスジャパン. 2011年1月14日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年6月18日閲覧。
  46. ^ Max Weisbuch; Kristin Pauker; Nalini Ambady (2009). “The Subtle Transmission of Race Bias via Televised Nonverbal Behavior” (英語). サイエンス 326 (5960). doi:10.1126/science.1178358. 
  47. ^ a b c d e “【ピックアップ】子どもたちへ、健康に悪いからテレビばかり見ないで”. 日経メディカルオンライン. (2004年3月30日). オリジナルの2015年1月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150115050643/medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/hotnews/archives/298860.html 2013年3月5日閲覧。 
  48. ^ エレン・ラペル・シェル著、栗木さつき訳「太りゆく人類 肥満遺伝子と過食社会」早川書房、2003年
  49. ^ a b c d e f “予想以上?テレビが及ぼす子供への悪影響 - 英国”. AFPBB News. (2007年2月20日). https://www.afpbb.com/articles/-/2184304?pid=1352241 2010年6月14日閲覧。 
  50. ^ “Children under three 'should not watch TV'”. Telegraph. https://www.telegraph.co.uk/news/uknews/1549500/Children-under-three-should-not-watch-TV.html 2010年6月14日閲覧。 
  51. ^ カナダ研究:長時間のテレビ視聴 幼児の健康に悪影響”. 大紀元. 2010年6月14日閲覧。
  52. ^ 乳幼児のテレビ・ビデオ長時間視聴は危険です”. 日本小児学会. 2010年5月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年6月14日閲覧。
  53. ^ a b 「日本小児科学会が緊急提言 「乳幼児のテレビ・ビデオ長時間視聴は危険です」” (2004年4月8日). 2013年3月5日閲覧。
  54. ^ 子どもとテレビゲーム」に関するNPO等についての調査研究-米国を中心に-(報告書概要)”. 2013年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年3月5日閲覧。
  55. ^ “性描写含むテレビ番組、10代の妊娠に影響 米研究”. AFPBB News. https://www.afpbb.com/articles/-/2535238?pid=3494992 2010年6月16日閲覧。 
  56. ^ “「トランスフォーマー」に影響され5年間ガソリンを飲み続けた少年。”. Narinari.com. https://www.narinari.com/Nd/20090711987.html 2010年6月29日閲覧。 
  57. ^ 「町内一斉ノーテレビデー」キャンペーン”. 鳥取県西伯郡・南部町(なんぶちょう)行政サイト. 2010年6月24日閲覧。


「テレビ」の続きの解説一覧




テレビと同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

テレビのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



テレビのページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのテレビ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2022 GRAS Group, Inc.RSS