帝銀事件とは?

帝銀事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/04 21:19 UTC 版)

帝銀事件(ていぎんじけん)とは、1948年(昭和23年)1月26日東京都豊島区長崎帝国銀行(後の三井銀行。現在の三井住友銀行)椎名町支店(1950年に統合閉鎖され現存しない)で発生した毒物殺人事件。


  1. ^ シアン化カリウム説、青酸ニトリル(アセトンシアノヒドリン)説がある。
  2. ^ これは間違いで、捜査本部は最後まで旧陸軍の特務機関筋も捜査していた、という証言もある。「一部に、捜査本部が特務機関を捜査してたのが、一挙に平沢に転換した、といわれたが、それは捜査の実態を知らねえからだ。吉展ちゃん事件のときもそうだったが、必ず捜査内部の対立があるもんだ。それを外部に公表できねえから、誤解されるわけだ。」(『刑事一代 平塚八兵衛の昭和事件史』新潮文庫版,2004年,p.138-p.139)
  3. ^ 松本清張は著書『小説帝銀事件』において、春画を描いたことがわかれば平沢の画家としての名声は地に落ちることになるからあえて否定したのではないかと推測している。
  4. ^ なお2000年(平成12年)には北海道小樽市と神奈川県横浜市でそれぞれ平沢のものと鑑定された春画が発見されている(詳細は「救う会」HPを参照)。
  5. ^ a b 平塚八兵衛らが取り調べをしたともされるが、平塚八兵衛自身の証言によると、彼は平沢の取り調べはしていない。「傍流」にすぎなかった名刺班が、捜査本部の方針とは別に平沢を逮捕して大きなニュースとなったため、警察内部の嫉妬と反発を買い、平塚を含む名刺班全員が取り調べからはずされ、最初から検事が取り調べるという前例のない事態になった。のみならず、ある警察幹部は平沢逮捕後も「平沢シロ説」を立証するため刑事を北海道に派遣するなど、捜査内部の対立はのちのちまで続いた、という(『刑事一代 平塚八兵衛の昭和事件史』新潮文庫版,2004年)
  6. ^ 片岡健『絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―』鹿砦社
  7. ^ Noose or Pneumonia? Time(英語) 目撃者の証言との不一致、アリバイの存在、自白を強要された可能性があることなど、当時分かっていたことが書かれている。
  8. ^ 帝銀事件・平沢元死刑囚の養子?死亡 東京の自宅で 朝日新聞 2013年10月2日
  9. ^ 帝銀事件の再審請求終了 養子死亡で東京高裁 弁護団は異議 産経新聞 2013年12月3日閲覧
  10. ^ “帝銀事件、20回目の再審請求”. 朝日新聞デジタル. (2015年11月25日). http://www.asahi.com/articles/DA3S12084462.html 2015年12月2日閲覧。 
  11. ^ 中村正明『科学捜査論文「帝銀事件」―法医学、精神分析学、脳科学、化学からの推理』(東京図書出版会,2008)ISBN-13: 978-4862232755
  12. ^ 帝銀事件を論ず - 青空文庫
  13. ^ 哀れなトンマ先生 - 青空文庫
  14. ^ 目をあいて見る - 青空文庫


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