日野町事件
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| 日野町事件[1] (日野町強盗殺人事件)[2] |
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|---|---|
| 場所 | |
| 座標 | |
| 日付 | 1984年(昭和59年)12月28日(確定判決における事件発生日)[4] (UTC+9) |
| 概要 | 強盗殺人事件 |
| 攻撃手段 | 絞殺 |
| 死亡者 | 1人 |
| 被害者 | 酒類販売店主女性A(事件当時69歳)[3][1] |
| 犯人 | 酒店の客だった男性X(なお、再審公判の実施が確定。冤罪説) |
| 刑事訴訟 | 無期懲役 |
| 管轄 | |
日野町事件(ひのちょうじけん)とは、1984年(昭和59年)12月28日に滋賀県蒲生郡日野町豊田で酒店経営者の女性が行方不明になり、翌1985年(昭和60年)1月18日に町内で他殺体となって発見された強盗殺人事件[5]。犯人とされた男性Xは公判中から無実を訴え続けたものの無期懲役判決が確定し、服役中の2011年(平成23年)に病死したが、Xの遺族らが翌2012年(平成24年)から行っていた第2次再審請求に対し、2026年(令和8年)2月24日に最高裁判所が再審開始を決定した[6]。日本弁護士連合会が支援する再審事件の一つである。
詳細
1984年(昭和59年)12月29日、日野町豊田で酒屋を経営していた女性A(当時69歳)が行方不明となり、翌1985年(昭和60年)1月18日、同町内の宅地造成地でAの遺体が発見された[3]。死因は絞殺だった[3]。同年4月28日には石原山の山中にてAの金庫が発見された。
1988年(昭和63年)3月9日より、酒屋の立ち飲み常連客であった男性X(当時53歳)が滋賀県警察の事情聴取を受け、同月11日に犯行を自白したとして翌12日に強盗殺人罪で逮捕された。だが刑事裁判では自白を強要されたとして、無実を主張した[7]。第一審の大津地方裁判所(中川隆司裁判長)は1995年(平成7年)6月30日、状況証拠からXの犯行を認定し、Xを無期懲役とする有罪判決を言い渡した[8][4]。同判決は自白調書について、被害品や酒店内の物色部分に関する部分が事実と異なるとして信用性を否定しつつも、Xは金庫と遺体の発見現場へ捜査員を案内できたことや、殺害時刻ごろの目撃証言、酒店の引き出し内にあった手鏡に付いた指紋[8]、当時のアリバイが成立しないことなどを挙げ、状況証拠から犯行を推認した[5]。同判決は殺害方法について、Xが手でAの首を絞めて殺害したと認定しているが、後の再審請求書によれば、当時の裁判記録などから死因を専門医が研究したところ、Aは紐などで絞殺された可能性が高いとされている[9]。Xは判決を不服として控訴したが、大阪高等裁判所は1997年(平成9年)5月、原判決とは逆に自白調書の信用性を認め、控訴を棄却する判決を言い渡した[5]。Xは判決を不服として上告したが、2000年(平成12年)9月29日までに最高裁判所第三小法廷(千種秀夫裁判長)が上告を棄却する決定を出したため、無期懲役の有罪判決が確定した[10]。
2001年(平成13年)11月14日、Xは大津地裁へ再審を請求したが[9]、2006年(平成18年)3月27日付で大津地裁(長井秀典裁判長)は新証拠として提出された殺害方法などを否定する鑑定書などを踏まえても、有罪判決の根拠となった自白は信用できるとして、請求を棄却する決定を出した[11]。X側は同年3月30日 大阪高裁に即時抗告した[7][12]。この間の2002年(平成14年)3月15日、日本弁護士連合会(日弁連)が再審支援を決定した[12]。
Xは係争期間中に胃の手術を受け、2000年(平成12年)5月から一時、大阪府の民間病院にて入院生活を送った。Xは2006年3月時点では尾道刑務支所に[11]、2008年(平成20年)10月時点では広島刑務所に収監されていたが[13]、服役中だった2010年(平成22年)12月から肺炎とみられる症状が出たため[7]、同月10日付で広島地方検察庁が刑の執行を停止し、Xは同月6日から広島県広島市内の一般病院に入院した[14]。Xは2011年(平成23年)1月に先の症状により意識不明に陥り、肺炎のため同年3月18日未明に死去した[7]。75歳没[7]。Xの死亡に伴い、大阪高裁(的場純男裁判長)は同年3月30日付で即時抗告審の手続終了を決定した[15][12]。
翌2012年(平成24年)3月30日、Xの遺族が玉木昌美弁護士を主任弁護人とする弁護団と共に大津地裁へ第二次再審請求を行なった[12]。同年中に、有罪の重要な証拠と位置づけられる金庫発見現場への引当の報告書について、添付されていた写真の順序がネガと入れ替えられた捏造である旨の報道がなされる。証拠開示によりネガの開示を受けた弁護団が、捜査報告書と対照したことで発覚したものであった。
2018年(平成30年)7月11日、大津地裁(今井輝幸裁判長)は再審開始を認める決定をした[16][17]。大津地裁決定は「警察官の暴行や脅迫で自白した疑いがある」と自白の信用性を否定した[18]。
同年7月17日、検察官は大津地裁の再審開始決定に対して即時抗告を行い[12]、大阪高等裁判所第二刑事部に配点され、審理が進められていた。2020年(令和2年)6月12日、第一次再審請求を大津地方裁判所刑事部総括判事として棄却した長井秀典が大阪高裁第二刑事部総括判事として着任し、その後、日野町事件の即時抗告審を裁判長として担当することが判明した。これに反発した再審請求人や弁護団が変更を求めて裁判所に対して申入れをするとともに抗議集会や裁判所周辺におけるビラ配りが行われた。同月26日、大阪高等裁判所から弁護団に対して事件を第二刑事部から第三刑事部へ割り替えることが通知され、裁判長は交代することになった(岩倉広修→石川恭司)[19]。
2023年(令和5年)2月27日、大阪高裁は再審開始を認めた大津地裁決定を支持して検察官の即時抗告を棄却する決定を出したが[20][21]、大阪高等検察庁は「承服しがたい」として、同年3月6日、最高裁に特別抗告した[22]。
2026年(令和8年)2月24日付で、最高裁第二小法廷(岡村和美裁判長)は検察の特別抗告を棄却する決定を行なった[23]。なお第二小法廷は最高裁判所裁判官4人で構成されているが、同決定では元大阪高検検事長の三浦守が審理から外れているため、残る3人全員一致の判断となった[23]。これにより、2018年(平成30年)の大津地裁決定が確定し、再審公判が開かれることとなった[6]。元被告人の死亡後に再審開始が決定した「死後再審」で、殺人事件としては戦後2例目の事例とみられる[6](初の事例は徳島ラジオ商殺し事件)。また死後再審については、無期懲役以上の刑が確定した事件に限れば戦後日本で初となる[23]。今後、大津地裁において再審公判が開かれ、無罪判決が言い渡される公算が大きい[23]。
疑問
Aが行方不明となった当日、Xは知人宅で酒を飲み、そのまま翌朝まで寝込んでしまったというアリバイを主張するも、取り調べの警察から「殺害を認めないと(結婚予定の娘の)嫁ぎ先をガタガタにしてやる」という脅迫をされたり、反抗するなと刑事達数人がかりで殴る蹴るや鉛筆の束ねた物で突付かれる暴力を受けたり、「殺害したことを認めたら早く出られる」と言われたりしたこと(≒拷問。憲法第36条で禁止)で、嘘の自白をしたとXは主張している。これらの主張を裏返す物的証拠は未だに発見されていない。
- Xの自白には、秘密の暴露が一切無い。
- Xは警察に手で被害者の首を締めたと自供しているが、遺体には舌骨右大角部の骨折および右顔面の損傷があり、鑑定では直接手で締めたのではなく紐などを使って絞めたという結果が出ている。
- 次々と浮かぶ疑問に対して、大津地裁は「逮捕に至るまで3年間が経過したことによる記憶違いである」と主張したのみで、それ以上にXが犯人だという決定的な証拠が皆無であること。
死後再審の決定について、滋賀県警は『朝日新聞』に対して「コメントする立場にない」との見解を示している。同紙記者の取材に応じた元県警幹部や捜査員は、自白の誘導を否定して一生懸命に捜査したと語る者もいれば、当時から不自然さを感じていたと告白する者もいる[24]。
出典
- ^ a b c “「父の無念晴らし、名誉回復のため戦う」家族が決意 第2次再審請求へ”. 滋賀報知新聞. 滋賀報知新聞社 (2011年12月16日). 2018年7月11日閲覧。
- ^ “日野町強盗殺人事件”. 『朝日新聞』朝刊2006年3月28日(滋賀全県 1地方)→コトバンク. 2018年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年2月26日閲覧。
- ^ a b c d e 『京都新聞』1985年1月20日朝刊第17版23頁「昨年末から不明の老女 死体で発見 滋賀・日野 首絞めた跡」(京都新聞社) - 縮刷版643頁。
- ^ a b 『読売新聞』1995年7月1日大阪朝刊社会面35頁「滋賀・日野町の酒店主 求刑通り無期判決 状況証拠で犯行認定/大津地裁」(読売新聞大阪本社)
- ^ a b c 『読売新聞』1999年5月24日大阪朝刊セ滋賀25頁「日野の強盗殺人 死体遺棄現場を検証 被告の支援団体が捜査の問題点指摘=滋賀」(読売新聞大阪本社・大津支局)
- ^ a b c 『朝日新聞』2026年2月26日東京朝刊第1総合面1頁「42年前の殺人 死後再審 受刑中死 ○○さん無罪へ 滋賀・日野町事件で最高裁決定」(朝日新聞東京本社 米田優人)
- ^ a b c d e 「日野町事件 再審請求の受刑者病死」『京都新聞』2011年3月22日
- ^ a b 『京都新聞』1995年7月1日朝刊第17版31頁「酒店主強殺に無期刑 大津地裁判決」(京都新聞社)
- ^ a b 『中日新聞』2001年11月15日朝刊社会面31頁「17年前の事件 再審請求 滋賀・日野の強盗殺人『殺害方法で誤認』」(中日新聞社)
- ^ 『朝日新聞』2000年9月30日大阪朝刊第2社会面38頁「上告を棄却し、無期懲役確定 滋賀・日野町強盗殺人【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
- ^ a b 『中日新聞』2006年3月27日夕刊社会面13頁「84年滋賀の強殺 元工員の再審請求棄却 大津地裁 『自白信用できる』」(中日新聞社)
- ^ a b c d e 日本弁護士連合会「日弁連が支援している再審事件」『弁護士白書 2020年版』 (PDF) 197頁(2021年4月2日閲覧)
- ^ 『中日新聞』2008年10月25日朝刊滋賀総合版21頁「再審請求支援の即売会 国民救援会高島支部 美術作品200点を展示」(中日新聞社・大津総局 多園尚樹)
- ^ 『中日新聞』2010年12月21日朝刊社会面27頁「病状悪化で刑執行停止 日野町事件受刑者」(中日新聞社)
- ^ 『中日新聞』2011年4月1日朝刊滋賀総合面21頁「日野町事件 再審終了を決定 大阪高裁 弁護団は「遺憾 」」(中日新聞社)
- ^ 大津地方裁判所決定 平成30年7月11日 、平成24(た)1。
- ^ “滋賀・日野町事件再審開始認める 大津地裁、強殺で無期懲役” (日本語). (2018年7月11日) 2018年7月11日閲覧。
{{cite news}}: 不明な引数|pubilisher=は無視されます。(もしかして:|publisher=) (説明)⚠ - ^ “「警察官の暴行や脅迫で自白」と信用性否定” (日本語). (2018年7月11日) 2018年7月11日閲覧。
{{cite news}}: 不明な引数|pubilisher=は無視されます。(もしかして:|publisher=) (説明)⚠ - ^ 「日野町事件」 裁判長を変更[リンク切れ]読売新聞オンライン(2020年6月27日)
- ^ 大阪高等裁判所決定 令和5年2月27日 、平成30(く)251。
- ^ 「日野町事件、大阪高裁は再審開始認める決定 大津地裁の決定支持[リンク切れ]」京都新聞DIGITAL
- ^ 日野町事件、検察側が特別抗告 高裁の再審開始決定「承服しがたい」朝日新聞デジタル(2023年3月6日)
- ^ a b c d 『京都新聞』2026年2月26日朝刊第17版1頁「日野町事件 再審決定 1984年の強殺で最高裁 特別抗告棄却 無罪の公算 無期懲役以上 死去後は戦後初」(京都新聞社)
- ^ あとは無罪 受け取るだけや/日野町事件再審確定 家族らが墓前に報告/元警部補「誘導していない」■元捜査員「不自然だった」『朝日新聞』朝刊2026年3月19日(社会面)
参考文献
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この節の出典は、Wikipedia:信頼できる情報源に合致していないおそれがあります。
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- 吉屋行夫 『白い波 - 冤罪 滋賀・日野町強盗殺人事件』光陽出版社、2004年
外部リンク
固有名詞の分類
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