五戒 五戒の概要

五戒

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仏教用語
五戒, ごかい
五戒の刻まれた銘版(ネパール,ルンビニ)
パーリ語 pañcasīla, pañcasīlāni,[1] pañcasikkhāpada, pañcasikkhāpadāni[1]
サンスクリット語 pañcaśīla (पञ्चशील), pañcaśikṣāpada (पञ्चशिक्षपद)
チベット語 བསླབ་པ་ལྔ་
(bslab pa lnga)
日本語 五戒
クメール語 បញ្ចសីល, និច្ចសីល, សិក្ខាបទ៥, សីល៥
(UNGEGN: Sel[2])
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  • 不殺生戒(ふせっしょうかい, : prāṇātipātāt prativirataḥ[4]) - 生き物を故意に殺してはならない[5]
  • 不偸盗戒(ふちゅうとうかい, : adattādānāt prativirataḥ[4]) - 他人のものを盗んではいけない[5]
  • 不邪淫戒(ふじゃいんかい, : kāma-mithyācārāt prativirataḥ[4]) - 不道徳な性行為を行ってはならない[5]
  • 不妄語戒(ふもうごかい, : mṛṣāvādāt prativirataḥ[4]) - をついてはいけない[5]
  • 不飲酒戒(ふおんじゅかい, : surāmaireya-madyapramāda-sthānāt prativirataḥ[4]) - 類を飲んではならない[5]

上座部仏教

パーリ仏典

パーリ仏典学経においては、釈迦は比丘たちに五つの学(sikkhā)の薄弱を挙げる。これらの捨断のため、釈迦は四正勤を修習すべきと説いている。

Pañcimāni bhikkhave sikkhādubbalyāni. Katamāni pañca:
pāṇātipāto, adinnādānaṃ, kāmesu micchācāro, musāvādo, surāmerayamajjapamādaṭṭhānaṃ. Imāni kho bhikkhave pañca sikkhā dubbalyāni

比丘たちよ、これら五つの学の薄弱がある。いかなる五か。
殺生、偸盗、邪淫、妄語、飲酒。比丘たちよ、これら五つの学の薄弱がある。

五戒経(相応部37)においては、釈迦は在家女性について「五つのの具足」として五戒を説いている。

典礼において

ミャンマーで在家者は僧侶らに戒律を授けるように要求する

上座部仏教では、パーリ語を用いて標準化された方法で戒律を唱える。在家者は次の文を3回暗唱することにより、僧侶に戒律を提示するよう要請する。

「尊者よ、私は三帰依と共に五戒を求めます。尊者よ、私の為に三帰依と共に五戒を授けて下さい」
(Ahaṃ bhante tisaraṇena saha pañcasīlāṃ dhammaṃ yācāmi. Anuggahaṃ katvā sIlaṃ detha me bhante)[6]

これを受けて僧侶は、自分が唱えたことを繰り返すように求める[7]。そして、ナモー・タッサ礼拝文、三帰依文を唱えたあとに次の五戒授戒文を唱える[8]

  1. 「私は殺生から離れる学処を受持します。」 (パーリ語: Pāṇātipātā veramaṇī sikkhāpadaṃ samādiyāmi.)
  2. 「私は、与えられていない物を我が物とすることから離れる学処を受持します。」 (パーリ語: Adinnādānā veramaṇī sikkhāpadaṃ samādiyāmi.)
  3. 「私は、愛欲邪行から離れる学処を受持します。」 (パーリ語: Kāmesumicchācāra veramaṇī sikkhāpadaṃ samādiyāmi.)
  4. 「私は、偽りを語ることから離れる学処を受持します。」 (パーリ語: Musāvādā veramaṇī sikkhāpadaṃ samādiyāmi.)
  5. 「私は、中毒酩酊の原因となる穀酒、果実酒、酒類から離れる学処を受持します。」 (パーリ語: Surāmerayamajjapamādaṭṭhānā veramaṇī sikkhāpadaṃ samādiyāmi.)

三帰依を行い、五戒受持を誓った後にそれらによる功徳を、涅槃のために廻向する[9]

「私のこの功徳が、涅槃の因縁となりますように」
(Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu)[10]

不殺生戒

インドの食品に付されるラベル。緑が菜食主義者用、赤が非菜食主義者用(インドの菜食主義)。

文献において

第一の戒は、衆生の命を奪うことを禁じたものである。これはある者が意図的に、それは衆生であると理解しており、その実行に努めることで衆生を殺すことに成功した場合に該当する[11][12]。外傷を与えることはその理念的には反するが、技術的には、この戒を破るものではない[13]。この戒には、動物、小さな昆虫の命を奪うことも含まれるとされる。この生命を奪うことの重大さは、その生物の大きさ、知性、得られる利益、スピリチュアルな発達度に依存するともされている。大きな動物を殺すことは、小さな動物を殺すことよりも悪いとされる(大きいほど多くの努力を要するため)。精神的に完成した存在を殺すことは、別の「より平均的な」人間を殺すことよりも厳しいと見なされる。そして人間を殺すことは、動物を殺すことよりも厳しい。しかし、すべての殺害は非難される[11][14][15]。この戒が示す美徳は、生ける者の尊厳への尊重である[16]

現実面

仏教では、菜食主義を実践すべきかどうかについてさまざまな意見がある[17]

カンボジアミャンマー(ビルマ)での現地調査は、多くの仏教徒が最初の教訓を最も重要、または最も非難されるべきと考えていることを示された。[18][13]。いくつかの伝統的な社会、たとえば戦前カンボジアのカンダル州1980年代のビルマなどでは、仏教徒が動物の屠殺にかかわることは稀であり、肉類は非仏教徒から買わなければならなかった[18][19]。1960年代のタイにおいては、Terwielののフィールド調査によれば、村人は昆虫を殺す傾向があるが、大型動物の殺害に関しては消極的で自己矛盾であることが発見された[20]。しかしSpiroのフィールド調査においては、ビルマの村人は昆虫を殺すことすら非常に嫌がっていた[19]

初期の仏教徒は菜食主義ライフスタイルを採用してはいなかった。実際にいくつかのパーリ経典では、菜食主義は精神的浄化とは無関係であると説明されている。ただし、特定の種類の肉、特に社会から非難されている肉には禁止事項があった。 動物の生命を殺すことを控えるという考えは、肉や生物の取引にかかわる職業の禁止につながったのだが、牛などすべての農業の完全な禁止には至っていない[21]タイのサンティアソーク運動など、一部の上座仏教徒たちは不殺生戒として菜食主義を実践している[22]

日本では仁王像の内部に巣を作った蜂を駆除する際、殺虫は殺生に当たるため巣を取り出して巣箱に移す対応を取った事例がある[23]


  1. ^ a b c Terwiel 2012, p. 178.
  2. ^ Kent, Alexandra (2008). Kent, Alexandra; Chandler, David (eds.). The Recovery of the King (reprinted ed.). Nordic Institute of Asian Studies. p. 127 n.17. ISBN 978-87-7694-036-2
  3. ^ Getz 2004, p. 673.
  4. ^ a b c d e Dharmaskandha -Gretil
  5. ^ a b c d e 五戒-戒律講説- * 真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺
  6. ^ バッダンタ・ニャーヌッタラ長老 2009, p. 24.
  7. ^ バッダンタ・ニャーヌッタラ長老 2009, p. 25.
  8. ^ バッダンタ・ニャーヌッタラ長老 2009, pp. 25–30.
  9. ^ バッダンタ・ニャーヌッタラ長老 2009, pp. 30–31.
  10. ^ バッダンタ・ニャーヌッタラ長老 2009, p. 30.
  11. ^ a b c Leaman 2000, p. 139.
  12. ^ Religions - Buddhism: Abortion”. BBC. 2018年8月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年10月閲覧。
  13. ^ a b Harvey 2000, p. 69.
  14. ^ Mcdermott 1989, pp. 271–2.
  15. ^ Harvey 2000, p. 156.
  16. ^ Keown 2013a, p. 616.
  17. ^ a b c d Cozort 2015.
  18. ^ a b Ledgerwood 2008, p. 152.
  19. ^ a b Spiro 1982, p. 45.
  20. ^ Terwiel 2012, p. 186.
  21. ^ Mcdermott 1989, pp. 273–4, 276.
  22. ^ Swearer 2010, p. 177.
  23. ^ 仁王像の頭にハチの巣、口部分から出入り 修復作業公開、当麻寺「引っ越し」期待”. 産経フォト (2021年5月25日). 2021年10月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年9月9日閲覧。
  24. ^ Harvey 2000, p. 70.
  25. ^ a b c Gwynne 2017, The Buddhist Pancasila.
  26. ^ a b c Wai 2002, p. 3.
  27. ^ a b c Wijayaratna 1990, pp. 166–7.
  28. ^ a b Meadow 2006, p. 88.
  29. ^ a b c d Terwiel 2012, p. 183.
  30. ^ Ratanakul 2007, p. 253.
  31. ^ Ariyabuddhiphongs & Hongladarom 2011, pp. 338–9.
  32. ^ Ariyabuddhiphongs 2007, p. 43.
  33. ^ Jaiwong & Ariyabuddhiphongs 2010, p. 337.
  34. ^ a b c Johansen & Gopalakrishna 2016, p. 342.
  35. ^ a b c Harvey 2000, pp. 71–2.
  36. ^ Harvey 2000, p. 73.
  37. ^ a b c d Leaman 2000, p. 140.
  38. ^ a b c Harvey 2000, p. 72.
  39. ^ a b Harvey 2000, p. 68.
  40. ^ Eugenics and Religious Law: IV. Hinduism and Buddhism. The Gale Group. (2004). オリジナルの24 August 2018時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180824071911/https://www.encyclopedia.com/science/encyclopedias-almanacs-transcripts-and-maps/eugenics-and-religious-law-iv-hinduism-and-buddhism 
  41. ^ Perrett 2000, p. 112.
  42. ^ a b Gombrich 1995, p. 298.
  43. ^ Derks 1998.
  44. ^ a b c Harvey 2000, p. 74.
  45. ^ Segall 2003, p. 169.
  46. ^ Harvey 2000, pp. 74, 76.
  47. ^ a b Harvey 2000, p. 75.
  48. ^ Wai 2002, p. 295.
  49. ^ Powers 2013, pañca-śīla.
  50. ^ Gwynne 2017, Ahiṃsa and Samādhi.
  51. ^ a b c Harvey 2000, p. 77.
  52. ^ Mcdermott 1989, p. 275.
  53. ^ Tachibana 1992, p. 62.
  54. ^ Neumaier 2006, p. 78.
  55. ^ Terwiel 2012, p. 185.
  56. ^ Harvey 2000, p. 78.
  57. ^ a b c Harvey 2000, p. 79.
  58. ^ Vanphanom et al. 2009, p. 100.


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