アスペルギルス
麹菌(こうじきん)
コウジカビ
(麴菌 から転送)
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コウジカビ | |||||||||||||||||||||
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Aspergillus niger
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分類 | |||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||
Aspergillus P. Micheli ex Link |

左上から時計回りにアスペルギルス・フミガーツス、アスペルギルス・フミガーツスの変異種、ニホンコウジカビ、ショウユコウジカビ
コウジカビ(麹黴)は、アスペルギルス (Aspergillus) 属に分類されるごく普通の不完全菌の一群である。1876年にヘルマン・アールブルクにより麹から微生物として分離された[1]。このうち一部のものが麹として味噌や醤油、日本酒を作るために用いられてきたことからこの名が付いた。
コウジカビは、増殖するために菌糸の先端からデンプンやタンパク質などを分解する様々な酵素を生産・放出し、培地である蒸米や蒸麦のデンプンやタンパク質を分解し、生成するグルコースやアミノ酸を栄養源として増殖する[2][信頼性要検証]。その一部は発酵食品の製造に利用されており麹菌(きくきん)ともいう。一方、コウジカビの仲間にはヒトに感染して病気を起こすものや、食品に生えたときにマイコトキシン(カビ毒)を産生するものもあり、医学上も重要視されているカビである。
学名は、分生子がカトリックにおいて聖水を振りかける道具であるアスペルギルム(Aspergillum)に似ていることから命名された。
生物学的特徴
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コウジカビは、日本では身近なところにごく普通にみられる不完全菌である。アオカビと同様、放置されたパンや餅などの上によく姿を見せる。空中から基質上に胞子が落ちると、胞子は発芽して、菌糸は基質に伸びて、コロニーを形成する。コロニーはすぐに胞子形成による無性生殖を始める。コウジカビの胞子は、分生子と呼ばれる外生胞子である。

分生子柄は、大型のものでは1 ミリメートルくらいまで伸び、基質から立ち上がる。柄の先端は丸くふくらみ、頂のうとよばれる。その表面に分生子形成細胞である紡錘形のフィアライドを一面につける。フィアライドの先端からは分生子が出芽状に形成される。分生子は成熟すると、分生子を押し出すように、新しい分生子がフィアライドから作られ始める。その結果、フィアライドの先に、新しいものから古いものへと続く分生子の鎖ができる。頂のう表面のフィアライド全てから分生子の数珠ができるので、分生子柄全体としては、頂のうを中心に針山のように分生子の数珠がつき、古くなると、それが崩れて何だか分からなくなる。古くならないうちは、分生子の塊は柄の先端に丸くついているので、肉眼で見ると、ごく小さな毛玉か何かが並んでいるように見える。分生子は黄色、深緑、褐色、黒などの色をしている。緑っぽいものはアオカビと間違えられることがある。黒っぽいものはクロカビと呼ばれる場合がある。
なお、このような分生子形成型はアオカビと共通であり、両者の類縁関係が近いことを示すとも言える。特に頂のうが小さいコウジカビは、アオカビと紛らわしい場合がある。
分類上の位置
有性生殖が知られているものは、いくつかの属に分かれるが、いずれも閉子のう殻という、球形で0.2 ミリメートル程度の大きさの子実体を作るものである。それらは子のう菌門不整子嚢菌綱ユーロチウム目に分類されている。有性生殖が知られていないものについても、リボソームRNAの相同性から子嚢菌に属すると考えられているものが多い。
生態
野外の様々な基質から広く分離される。落ち葉や、動物の糞からは必ずといってよいほど出現する。土壌からも出ることが多い。また、室内に放置した食品などにも頻繁に出現する。パンや餅に生えるカビはこれかアオカビのことが多い。空中雑菌としても普通である。下記のように病原体として働くものもある。菌の成長にマグネシウムは必要不可欠であるが、マグネシウム濃度が高いところでは鉄濃度が高いほどよく成長する。しかし、鉄濃度が一定を越えると成長が阻害され胞子数は減少する[3]。
産業微生物
産業利用
Aspergillus属の菌類は、工業、農業、医療などの分野で利用されているものが多い[4]。
- Aspergillus oryzae (Ahlburg) Cohn ニホンコウジカビ
- アスペルギルス・フラバスから生じた家畜種とされアフラトキシン産生能を遺失している[5]。古くから日本で清酒や醤油、味噌の製造に用いられている代表的な産業微生物である[4]。
- 1894年に高峰譲吉はニホンコウジカビに由来するデンプン分解酵素「タカジアスターゼ」の特許を米国で取得[4]。さらに1895年に胃腸消化薬として米国で販売が開始され、世界初の酵素を利用した医薬品となった[4]。
- 2005年12月、日本醸造協会、酒類総合研究所、産業技術総合研究所、食品総合研究所、東京大学、東京農工大学、東北大学、名古屋大学、アクシオヘリックス、天野エンザイム、インテックW&G、大関、キッコーマン、協和発酵工業、月桂冠、ヒゲタ醤油の国内16機関で組織する「麹菌ゲノム解析コンソーシアム」と製品評価技術基盤機構がニホンコウジカビ(Aspergillus oryzae RIB40株)のゲノム解読に成功した[6][7]。
- Aspergillus sojae Sakaguchi & Yamada ショウユコウジカビ
- 大豆タンパク質を分解する性質が特に強く、味噌や醤油の製造に使われる[4]。なお、たまりの製造に使われるのはAspergillus tamarii。
- Aspergillus luchuensis
- 1901年に乾環が報告した黒麹菌で泡盛醸造に利用されていたものだが、1910年頃から焼酎醸造にも利用されるようになった[4]。
- 1918年に河内源一郎によって発見された白麹菌はかつてAspergillus kawachiiと呼称されていたが、現在はこちらに編入されている。
- Aspergillus awamori Nakazawa アワモリコウジカビ:
- 泡盛や焼酎の製造に使われる。アワモリコウジカビ酸プロテイナーゼ(Aspergillus awamori acid proteinase)を作り出す。
- Aspergillus glaucus (L.) Link
- 低水分・高塩分でも増殖できる。鰹節のカビ付けに利用され、これにより水分が抜けると共に余分な脂肪が分解され、独特の芳香、光沢が出る。
- Aspergillus niger
- クエン酸の生産菌として知られる[4]。クエン酸製造はもとはレモンなどの柑橘類から抽出されていたが、1917年に本種を利用したクエン酸発酵法が発明され、米国ファイザー社によって大量生産されるようになった[4]。
- Aspergillus nidulans アスペルギルス・ニデュランス
- 古くから有性世代が見つかっていたため古典遺伝学の研究対象とされ、糸状菌の遺伝子研究のモデル生物として、産業上重要な菌種が属するAspergillus属の遺伝子研究の先駆けとなった[4]。
麹菌
Aspergillus oryzae等の種は特に日本の醸造産業を支えてきた菌群である[4]。そこで2004年に農学博士の一島英治が「麹菌は国菌である」と提唱[8]。2006年10月12日日本醸造学会大会で麹菌が国菌に認定された[9]。
その後、2013年11月28日、菌名変更により一部改正され、Aspergillus oryzaeやAspergillus sojaeなど「麹菌」の範囲が改めて定義された[9]。
なお、Aspergillus niger(クロカビ)は黒麴菌とは異なるため麴菌には含めない[9]。
コウジカビと病気
アスペルギルス症(カビ性肺炎)
Aspergillus属のうち、A. fumigatusやA. flavus、A. nigerなどの一部のものはヒトに対する病原性を持ち、肺や外耳道、鼻腔など体の内部に感染(深在性感染)することがある。これらの一連のカビによる感染症をアスペルギルス症あるいはカビ性肺炎と呼ぶ。なかでも肺に感染したものは、肺アスペルギルス症と呼ばれ、治療が困難であるため医学上重要である。これには肺結核患者の肺に生じた空洞内で菌塊を形成するアスペルギローマや、白血病末期などに肺実質内で菌糸が増殖するアスペルギルス肺炎が含まれる。この他、本菌は皮膚に感染(表在性感染)することもあるが、多くの場合これらアスペルギルスによる感染は日和見感染であり、健常者が発病することは極めて稀である。また、A. oryzae は職業性アレルギー原因菌であり、JISの抗カビ効果規格試験において指定菌となっている。
A. fumigatusは鳥類では気嚢、ウマでは喉嚢に感染しやすい。
この他、ある種のコウジカビの胞子はアレルゲンになり、アレルギー性気管支炎の原因の一つであることも知られている。また、食品中でマイコトキシン(カビ毒)を作ることも医学上の問題である。
- ヒトの感染症については、
- ウシの感染症については、
コウジカビ属の種によるカビ毒産生の有無
コウジカビ一部の菌株は麹として味噌や醤油、日本酒などの発酵食品の醸造に伝統的に用いられてきたが、ヒトに感染して病気を起こすものや、数種類のカビ毒を産生するものがあり、食品衛生だけでなく医学上も重要視されているカビである。食品衛生に於いて産生されるカビ毒で問題とされるのは、アフラトキシンとシクロピアゾン酸(CPA)である[10]。アフラトキシンは熱帯から亜熱帯地域にかけて広く分布するアスペルギルス・フラバス (Aspergillus flavus)や(A. section Flavi)[10]などのカビが原因となる。イギリスでは1960年にA. flavusが産生するアフラトキシンによる飼料汚染が「七面鳥X病」として問題になった[4]。ただし、アフラトキシン産生過程の研究でA. flavusのすべての菌株がこのカビ毒を産生できるわけではないことが判明している[4]。また麹菌のA. oryzae(ニホンコウジカビ)やA. sojae(ショウユコウジカビ)でもアフラトキシン生成が疑われたが、研究によりアフラトキシンを産生する能力は失われている事が確認されている[5][11][12]。しかし、アフラトキシンを産生しない菌株でもシクロピアゾン酸を産生する菌株があると報告されている[10]。従って、A. oryzae であっても、発酵食品製造においてはシクロピアゾン酸非生産性株を使用する必要がある[13]。
コウジ酸による発癌の可能性と安全性
コウジ酸は麹菌がグルコース等の糖を発酵させることによって生成されることが知られているが、その詳しい生合成経路は不明である。メラノサイトに作用し、チロシナーゼの活性や合成を阻害し、メラニンの生成を抑えるという活性を持つ。日本では美白化粧品(医薬部外品)の有効成分として使用されていたが、動物実験で肝癌を引き起こす可能性を示唆する報告がなされたため、2003年3月厚生労働省の通達により医薬部外品(薬用化粧品)への使用が一旦中止された。なお、マウスにおいても、ラットにおいても肝臓への影響は高い用量(1-3%混餌投与)でみられた知見である。
その後、化粧品メーカーがコウジ酸の安全性を確認する追加試験を実施し、コウジ酸の化粧品としての使用は安全性上なんら問題がないことを証明した。このため2005年11月2日、厚生労働省は薬事・食品衛生審議会 医薬品等安全対策部会において「医薬部外品において適正に使用される場合にあっては、安全性に特段の懸念はないものと考えられる。」との見解を発表した。これに伴い前述の使用中止の通知が撤回されたと同時に、コウジ酸配合化粧品(医薬部外品)の製造販売の再開が認められた[14]。
コウジカビによる植物の病気
Aspergillus属のうち、いくつかの種は植物病原菌としても知られる。代表的なものとしては、A. chevalieri、A. nidulans、A. restricutus、A. candidusは、コメに感染し病変米の原因となる。また、A. nigerはモモやリンゴのこうじかび病や、タマネギやチューリップの貯蔵中の鱗茎の黒かび病を引き起こす。
コウジカビ属に属する主な種
コウジカビ属に属する種は以下を含む数百種である[15]。
- Aspergillus aculeatus
- Aspergillus awamori (アワモリコウジカビ)
- Aspergillus caesiellus
- Aspergillus candidus
- Aspergillus carneus
- Aspergillus clavatus
- Aspergillus deflectus
- Aspergillus fischerianus
- Aspergillus flavus (アスペルギルス・フラバス)
- Aspergillus fumigatus(アスペルギルス・フミガーツス)
- Aspergillus glaucus(カツオブシカビ)
- Aspergillus nidulans(アスペルギルス・ニデュランス)
- Aspergillus niger(クロカビ)
- Aspergillus ochraceus
- Aspergillus oryzae(ニホンコウジカビ)
- Aspergillus parasiticus(アスペルギルス・パラシティクス)
- Aspergillus penicilloides
- Aspergillus restrictus
- Aspergillus sojae(ショウユコウジカビ)
- Aspergillus sydowii
- Aspergillus tamarii(タマリコウジカビ)
- Aspergillus terreus
- Aspergillus ustus
- Aspergillus versicolor
脚注
- ^ 村上英也、「アスペルギルス・オリゼーの発見 コウジカビの独立性」 『日本釀造協會雜誌』 1971年 66巻 2号 p.117-121, doi:10.6013/jbrewsocjapan1915.66.117, 日本醸造協会
- ^ 醸造の知識あれこれ 参考書「改定醸造学」と書いてある。
- ^ 松浦慎治, 中野政弘、「種麹に関する研究(第10報)」『日本食品工業学会誌』 1962年 9巻 9号 p.396-402, doi:10.3136/nskkk1962.9.396, 日本食品科学工学会
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 萩原大祐「アスペルギルス属糸状菌:国民的fungal group」 生物工学会誌 第98巻 第8号(2020)続・生物工学基礎講座―バイオよもやま話―、2022年3月26日閲覧。
- ^ a b 加藤直樹, 徳岡昌文, 篠原靖智 ほか、「麹菌においてマイコトキシン生産を防ぐセーフガードとシクロピアゾン酸生合成機構」『マイコトキシン』 2014年 64巻 2号 p.197-206, doi:10.2520/myco.64.197, 日本マイコトキシン学会
- ^ 町田雅之、「麹菌とゲノム解析(レーダー)」『化学と教育』 2006年 54巻 7号 p.392-393, doi:10.20665/kakyoshi.54.7_392, 日本化学会
- ^ 麹菌のゲノム解析を完了 2005/12/22 産業技術総合研究所
- ^ 一 英治、「日本の国菌コウジキン」『日本醸造協会誌』 2004年 99巻 2号 p.83, doi:10.6013/jbrewsocjapan1988.99.83, 日本醸造協会
- ^ a b c Declaration 日本醸造学会、2022年3月26日閲覧。
- ^ a b c 後藤哲久、「ビギナーズラック:Aspergillus section Flavi」『マイコトキシン』 2016年 66巻 1号 p.57-62, doi:10.2520/myco.66.57, 日本マイコトキシン学会
- ^ アフラトキシン非生産の証明キッコーマンHP
- ^ 加藤直樹、徳岡昌文、篠原靖智, 徳岡昌文, 篠原靖智 ほか、「麹菌においてマイコトキシン生産を防ぐセーフガードとシクロピアゾン酸生合成機構」『マイコトキシン』 2014年 64巻 2号 p.197-206, doi:10.2520/myco.64.197, 日本マイコトキシン学会
- ^ 松戸隆直、醤油の安全性に関する有機分析化学的研究 東京大学 学位論文要旨 N o.212123 , 1995
- ^ 資料No.1-3 コウジ酸を含有する医薬部外品 (PDF) 厚生労働省
- ^ “Sexual structures in Aspergillus: morphology, importance and genomics”. Med. Mycol. 47 Suppl 1: S21–6. (2009). doi:10.1080/13693780802139859. PMID 18608901 .
関連項目
外部リンク
麹
(麴菌 から転送)
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麹(こうじ、英語: koji)とは、「コウジカビ」と呼ばれるカビを、米・麦・大豆などの穀物のなかで繁殖させることでできる、食品発酵の材料である。糀とも書く。
コウジカビは、増殖するために、デンプンやタンパク質などを分解する様々な酵素を菌糸の先端から産生・放出し、培地である蒸米や蒸麦に含まれるデンプンやタンパク質をグルコースやアミノ酸に分解し、それらを栄養源として増殖する。コウジカビが産生する各種分解酵素の作用は、日本酒・味噌・食酢・漬物・醤油・焼酎・泡盛などの発酵食品を製造する時に利用されている[1][信頼性要検証]。
この発酵技術は、ヒマラヤ地域と東南アジアを含めた東アジア圏特有の技術である。発酵食品に使われる本ページで言及する広義の意味での麹の技術は中国に由来すると考えられているが、中国と朝鮮が長い間に伝統的な酒造りや醤造りに使用していたカビはクモノスカビ (Rhizopus) やケカビ (Mucor) の一種であり[2][3][4]、しばしば狭義の「麹」として言及されるニホンコウジカビ (A. oryzae) とショウユコウジカビ (A. sojae) ではない[3][5][6]。ニホンコウジカビとショウユコウジカビは、日本人が見出して伝統的に発酵食品に使用していた麹で、現在は東アジアでも広く使用されている。
「こうじ」の名は「かもす(醸す)」の名詞形「かもし」の転訛[7]。
「麹」は古代中国から伝わった漢字だが、「糀」は江戸期[8]には確認できる和製漢字で特に米糀を指す。
麹の作り方
別途培養した麹菌胞子である種麹を蒸した原料に散布して製造する方法と、以前に製造した麹の中から良質な麹を抜き取った上で保存しておき、新たに麹を製造する際に蒸米に加えて用いる方法がある。後者の方法を「共麹」(「友麹」とも)と呼ぶ。現在の日本では、もっぱら前者の方法が採用されており、麹を新たに製造する際には種麹を専門に製造する業者が供給する種麹を利用する場合が多い。野外にはカビ毒を発生させる野生種のカビ菌があるため、その被害を避けるために専門の業者が供給する種麹を利用することが望ましい。 鉄分はコウジカビの生育に悪影響を与えるので鉄分の少ない水を使用する[9][10]。酒造に適さない軟水の方が醤油の醸造には適する[11]。
味や栄養など機能性に優れた発酵食品を製造するため、各企業や自治体などの公的研究機関は、優良な麹菌を保存したり、新たに選抜したりしている[12]。
麹の作り方の詳細は、日本酒#麹造りを参照のこと。
なお、麹の製造は製麹(せいきく/せいぎく)とも呼ばれ、現代ではあまり使われることのない音読み「きく」が使用されている[13]。
麹の使い方
- 麹を発酵の材料に加えることで、カビなどの既に生成した酵素を食品の発酵に用いる。発酵時に必ずしも微生物が生きていなくてもよい。味噌、甘酒、味醂をつくる時の麹の用法がこれである。
- 発酵の材料に、必要な微生物を植えつけるために用いる。日本の麹技術における種麹がこれである。
- 発酵の材料そのものにカビを中心とした微生物を植え付け繁殖している状態のものも麹と呼ぶ。通常、麹を構成する微生物の繁殖を加水や加塩によって途中で停止させ、生成した酵素や他の微生物による次段階の発酵工程に移る。清酒、焼酎、醤油のもろみの前段階の麹がこれである。
- 上記の1と3の中間のものもある。例えば日本の味噌を製造するとき、豆麹を用いる中部地方の豆味噌などは完全に上記の3の用法である。しかし多くの場合米や麦などで麹をつくり、これを塩と共に煮た大豆に加える。これは日本の味噌の主材料を大豆とみなすと1の用法に近いが、近畿地方の白味噌や九州の麦味噌は全体に占める米麹や麦麹の比率が非常に高く、これらも主要な発酵材料とみなすと3の用法の要素が色濃いといえる。
麹は企業が発酵食品生産に使うほか、家庭向けに、甘酒などの製造用の麹や調味料の塩麹が販売されている。
麹の種類
餅麹(もちこうじ)
餅麹は、生または加熱した穀物を粉砕し、水で練って固めた後、カビを繁殖させて作る。中国、韓国など日本以外の東アジアの酒は、餅麹を利用して作られているものが多い[14]。
主な菌は、コウジカビ Aspergillus oryzae、サッカロミコプシス属(Saccharomycopsis fibuligeraなど)、乳酸菌の四連球菌( Pdiococcus pentosaceus)、ケカビ目(クモノスカビ、ケカビ)などで複数の菌類により細菌叢が形成されている。なお、1990年代以降の研究により、コウジカビやサッカロミコプシス属の糸状酵母が糖化の主要菌で[15]、以前の定説ではクモノスカビ(Rhizopus属)やケカビ(Mucor属)が糖化を行うとされていたが、ケカビの糖化能力は弱い[16][15]。クモノスカビはコウジカビと比較するとリンゴ酸、コハク酸、フマール酸などの生産能が高く[17]汚染菌の増殖を抑制する効果がある。また、非加熱のデンプンを糖化する能力に優れている[18]。
撒麹(ばらこうじ)
加熱(主に蒸す)した麦などの穀物にカビを繁殖させて作る。日本酒や焼酎、味噌、醤油などを作るために用いられる。
カビの種類は、コウジカビが主体であるが、用途によって種類が異なる。日本酒、味噌、醤油は主に黄麹菌が主体であり、本格焼酎は白麹菌と黒麹菌、泡盛は黒麹菌が、中国の福建省産紅麹酒は紅コウジ菌が主体である。
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日本の麹
麹は日本の食文化に大きな影響を与えてきた。2006年には日本醸造協会によってニホンコウジカビ(黄麹、Aspergillus oryzae)、ショウユコウジカビ(黄麹、Aspergillus sojae)、アワモリコウジカビ(黒麹、Aspergillus luchuensis)、白麹菌(Aspergillus luchuensis mut. kawachii)が国菌に指定されている[22][23]。
米麹
100 gあたりの栄養価 | |
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エネルギー | 1,197 kJ (286 kcal) |
59.2 g
|
|
食物繊維 | 1.4 g |
1.7 g
|
|
5.8 g
|
|
ビタミン | |
チアミン (B1) |
(10%)
0.11 mg |
リボフラビン (B2) |
(11%)
0.13 mg |
ナイアシン (B3) |
(10%)
1.5 mg |
パントテン酸 (B5) |
(8%)
0.42 mg |
ビタミンB6 |
(8%)
0.11 mg |
葉酸 (B9) |
(18%)
71 µg |
ビタミンE |
(1%)
0.2 mg |
ミネラル | |
ナトリウム |
(0%)
3 mg |
カリウム |
(1%)
61 mg |
カルシウム |
(1%)
5 mg |
マグネシウム |
(5%)
16 mg |
リン |
(12%)
83 mg |
鉄分 |
(2%)
0.3 mg |
亜鉛 |
(9%)
0.9 mg |
銅 |
(8%)
0.16 mg |
セレン |
(3%)
2 µg |
他の成分 | |
水分 | 33.0 g |
水溶性食物繊維 | 0.2 g |
不溶性食物繊維 | 1.2 g |
ビオチン(B7) | 4.2 µg |
|
|
%はアメリカ合衆国における 成人栄養摂取目標 (RDI) の割合。 |

蒸した米に麹菌を繁殖させたもの。
清酒に用いる米麹は、1989年(平成元年)11月22日に、国税庁告示第8号「清酒の製法品質表示基準を定める件[1]」において、「米こうじとは、白米にこうじ菌を繁殖させたもので、白米のでんぷんを糖化させることができるものをいい、特定名称の清酒は、こうじ米の使用割合(白米の重量に対するこうじ米の重量の割合をいう。以下同じ)が、15%以上のものに限るものとする。」と定められている。
豆麹

豆に麹菌を増殖させたもの[25]で、タンパク質が多いため旨みの多い味噌が出来上がる[26]。大豆を使用した物は八丁味噌を代表とする豆味噌に用いられる事が多い。
麦麹
麦に麹菌を増殖させたものであるが、そのままの状態では麹菌が増殖しないため精白処理と蒸しを施す。日本では、麦焼酎[27]、味噌、醤油の原料として用いられることが多い。米麹と比較し酵素活性が異なるため、麦麹に特化した醸造技術が必要である[28]。
蘇鉄麹
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麹菌の種類
黄麹菌
古くから利用されており、味噌、醤油、日本酒、酢、味醂などを醸す代表的な菌種。 各醸造に適した分類では、アミラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼの3酵素力のバランスにより決められる。 色素による分類では、純白黄麹菌、青麹菌なども存在する。そもそも黄麹菌と呼ばれる菌種は多数存在する。
白麹菌
河内源一郎が沖縄泡盛黒麹菌からアルビノの突然変異体として単離した菌種。九州地方の焼酎文化に貢献し、昨今の全国的、世界的な焼酎ブームは、この白麹菌によって広まった。
黒麹菌
黒麹( Aspergillus luchuensis )はオクラトキシンA産生能を持たない種で[29]、一般にアワモリコウジカビで広く知られている。古くから沖縄で泡盛の醸造に用いられてきたコウジカビである。クエン酸発酵が盛んで、もろみをpH3程度の比較的強い酸性に保つことができる[30]。したがって、発酵途中での雑菌の繁殖を防ぐ効果があり、比較的気温の高い地方でのアルコール醸造に適している。黒麹は、黄麹よりグルコアミラーゼを多量に含有しているため加熱していない生澱粉を糖化することができる[30]。
黒麹が九州地方の焼酎生産に広まったのは、1910年頃河内源一郎が泡盛の黒麹を元に「河内黒麹菌」(学名:A. niger var. awamori)を培養し、鹿児島の焼酎業者を技術指導した事による。それまで「黄麹」を用いて生産していた鹿児島の焼酎は、黒麹を用いることで歩止まりを劇的に向上させた。ただ黒麹には、1.温度管理が難しいこと、2.その胞子が持つ黒色色素が作業場を汚すこと、という難点もある。後1924年に河内は黒麹の様々な問題を解決した「白麹」を発見する。発見当時は、黒麹による醸造が既に定着していたため劇的な置き換わりは起きなかったが、1970年 - 1980年頃には殆どの焼酎生産現場で白麹が用いられるようになっていた。その後、河内源一郎商店二代目社長が白麹菌から更なる突然変異株を発見して新種の黒麹菌培養に成功する。昨今の焼酎ブームと相成り、黒麹焼酎が増えている。
麹に含まれる酵素
前述の通り、麹とは米や麦、豆等に「コウジカビ」と呼ばれる一群の糸状菌を生育させたものであり、コウジカビが体外に分泌した酵素によりデンプン、タンパク質、脂肪などを非常に高い効率で低分子化することが出来る。
アミラーゼ群
「アミラーゼ」とはデンプンを加水分解する酵素の総称である。デンプンはブドウ糖がα-1,4結合やα-1,6結合で多数重合した多糖類であるが、ヒトは多糖類に対して甘味を感じることが出来ない。また酵母は多糖類をアルコールに変換することが出来ないが、デンプンの加水分解によって生じるブドウ糖や麦芽糖をアルコールに変換することが出来る(麦芽糖は、2分子のブドウ糖がα-1,4結合した二糖類である)。
コウジカビは、α-アミラーゼ、α-グルコシダーゼ、グルコアミラーゼなど数種類のアミラーゼを菌体外に大量に分泌し、米や麦などに含まれるデンプンをブドウ糖や麦芽糖など低分子の糖に分解することが出来る。
- α-アミラーゼ:デンプン中のα-1,4結合をランダムな位置で加水分解し、最終的には麦芽糖にまで分解することが出来る。しかしα-1,6結合は分解できない。
- β-アミラーゼ(コウジカビは生産しない):デンプン中のα-1,4結合を非還元末端側から麦芽糖単位で加水分解する酵素である。α-1,6結合は分解できない。
- グルコアミラーゼ:デンプンを非還元末端側からブドウ糖単位で加水分解する酵素である。α-1,4結合、α-1,6結合を共に加水分解することが出来るが、比較的分子量の低いデンプンを基質とすることができない。
- α-グルコシダーゼ:麦芽糖をブドウ糖に加水分解することが出来る。
プロテアーゼ群
「プロテアーゼ」とはタンパク質を加水分解する酵素の総称である。タンパク質はアミノ酸がアミド結合で多数重合したポリペプチドである。デンプンの場合と同様、ヒトは通常ポリペプチドに対してうま味を感じることが出来ない。ポリペプチドの加水分解によって生じるアミノ酸や短いペプチドに対してうま味を感じる。
リパーゼ群
「リパーゼ」 (lipase) は、脂質を構成するエステル結合を加水分解する酵素群である。
脚注
- ^ 醸造の知識あれこれ 参考書「改定醸造学」と書いてある。
- ^ Eiji Ichishima (2015年3月20日). “国際的に認知される日本の国菌”. Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry. 2021年2月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月14日閲覧。
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関連文献
- 包啓安「中国の製麹技術について (1)」『日本醸造協会誌』第85巻第1号、日本醸造協会、1990年、34-37頁、doi:10.6013/jbrewsocjapan1988.85.34。
関連項目
外部リンク
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麹菌
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/14 14:54 UTC 版)
「日本の発明・発見の一覧」の記事における「麹菌」の解説
ニホンコウジカビのゲノムの配列が解析され、2005年後半に日本のバイオテクノロジー会社のコンソーシアムによって公開された。
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