エム‐アイ‐シックス【MI6】
Mi6
Mi6とは、中国のシャオミ(Xiaomi)が製造するスマートフォンである。2017年5月に発表された。
Mi6はシャオミのスマートフォンの中でもフラッグシップモデルに位置づけられる。5.1インチの液晶ディスプレイを搭載する5インチクラスのスマホであり、CPUには最大2.45GHzのモバイルCPU「Snapdragon」、加えてGPUも搭載している。メモリは最大6GB、ストレージは最大128GBのモデルが用意されている。バッテリー容量は3350mAhである。なお充電に用いるコネクタはUSB Type-Cである。

Mi6はリアカメラが2基搭載されたデュアルカメラ端末である。12メガピクセルの高解像度カメラが水平に2個並んでいる。フロントカメラは8メガピクセルである。また、DSDS(デュアルSIMデュアルスタンバイ)に対応する端末でもあり、nanoSIMを2枚挿入して同時的に利用できる。ステレオスピーカーも2台搭載している。
2017年8月時点ではMi6は日本の大手キャリアでは販売されていない。
※画像 / Xiaomi
参照リンク
Xiaomi Mi6
Mi-6 (航空機)
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Mi-6(ミル6;ロシア語:Ми-6ミー・シェースチ)は、ソ連のMVZミーリの開発した多目的輸送ヘリコプター。実用化された中では、後継機であるMi-26の登場まで世界最大のヘリコプターであった。大量生産され、軍民問わず多数が運用された。北大西洋条約機構(NATO)は、「フック」(Hook)というNATOコードネームを付与した。
概要
Mi-6の開発は、1954年に始められた。Mi-4中型ヘリコプターの発展型として開発された開発機VM-6(ВМ-6)が、その試作機となった。なお、この名称は「ミルの6 tヘリコプター」(вертолет Миля - шеститонныйヴィルタリョート・ミーリャ・シスチトーンヌィイ)という意味であり、のちの制式名称とは直接は関係ない。機体はMi-6の公式名称を得て、1957年に初飛行した。
機体には特大のギアボックスと強力なターボシャフトエンジンが用意され、固定翼機のような「主翼」が胴体上部に取り付けられた。この「主翼」は、状況に応じ、取り外すことができる。Mi-6はヘリコプターとしては高速の300km/hの最大飛行速度、12000 kgの積載量を発揮し、速度における世界記録を達成するなどした。Mi-6の輸送キャビンの12x2.65x2.5 mという寸法は、大型輸送機のAn-8やAn-12のものに近いたいへんに大型のものであった。機体は、1957年9月になってようやく初飛行にこぎつけた。
完成されたMi-6は、1965年にル・ブルジェ空港で開催されたパリ国際エアショーで成功裏に展示飛行を行った。
1971年には、離陸可能な積載量を44 tに引き上げた改良型Mi-6Aが初飛行に成功した。この機体の最大飛行速度は、300 km/hを超えた。Mi-6AはMi-6シリーズの第2世代の基本型となり、多くの派生型が製作された。
Mi-6シリーズは、後継機のMi-26が配備されてからは徐々に退役を始めソビエト連邦の崩壊後急速に姿を消したが、現在も一部では使用が続けられている。
運用
数機のMi-6の機体はチェルノブイリ原子力発電所事故の事後処理で投入され、作業終了後放射能汚染の危険があるため、現場近くの空き地に軍用車、バス、トラック、消防車と共に放置されている。
派生型
- Mi-6 / Ми-6
- 1957年に初飛行した基本型多目的輸送ヘリコプター。
- Mi-6A / Ми-6А
- 1971年に初飛行した発展型多目的輸送ヘリコプター。
- Mi-6TZ / Ми-6ТЗ
- Mi-6の発展型の燃料輸送ヘリコプター(Вертолет-топливозаправщик)。地上及び航空機への燃料7400 lを輸送できた。最初の量産シリーズはMi-6TZ-SV(Ми-6ТЗ-СВ)として、1960年代末より配備に入った。
- Mi-6ATZ / Ми-6АТЗ
- 1972年にMi-6TZの姉妹機で、Mi-6Aの発展型。
- Mi-6VKP / Ми-6ВКП
- 1972年に初飛行した空中コマンドポスト型。Mi-6の発展型で、40 名からなる司令部の搭乗が可能であった。
- Mi-6M / Ми-6М
- Mi-6の派生型の対潜ヘリコプター。1958年に初飛行を果たしたが、その後PLAT(ПЛАТ)魚雷4 発またはコーンドル(«Кондор»)空対艦ミサイル4 発の運用能力を付与された強化型が1963年に製造された。機体は試験に入ったものの、国家試験には到らずに開発は中止となった。
- Mi-6P / Ми-6П
- 1965年に初飛行した旅客ヘリコプター。70 - 80名の乗客を輸送できた。アエロフロートなどで長らく運用された。
- Mi-6PZh / Ми-6ПЖ
- 消防機型。1967年に初飛行。12t の消火剤を運ぶことができた。南フランスで起きた大火災の際に出動したことでも知られる。
- Mi-6PZh2 / Ми-6ПЖ2
- Mi-6PZhの改良型で、1972年に初飛行した。新しい消火剤噴射器を搭載した。
- Mi-6PP / Ми-6ПП
- 電子偵察機への妨害活動を行う電子戦機として開発された。1962年に初飛行し、1980年代には再びMi-6PPと命名された機体が製作されたが、いずれも配備には到らなかった。
- Mi-6PRTBV / Ми-6ПРТБВ
- 機動ロケット技術ベース・ヘリコプター(подвижная ракетно-техническая база вертолетного типа)。1960年に初飛行した。作業用戦術ロケット・システム8K11(8К11)や8K14(8К14)または戦術ロケットR-9(Р-9やR-10(Р-10)を搭載できた。Mi-6の発展型として製作されたが、配備には到らなかった。
- Mi-6RVK / Ми-6РВК
- ロケット・ヘリコプター・コンプレックス(ракетно-вертолетный комплекс)。1963年に2 機が試験に入った。すなわち、9K53(9К53と9K73(9К73)あまたはR-17V(Р-17В)ロケット・コンプレックスである。この機体は地上戦術ロケット・システム9M21ルナー(9М21 «Луна-МВ»)と作業用戦術ロケット・システム8K114(8К114)を搭載した。試験は順調に進み1965年に試験部隊へ配備となり、試験研究が実施された。量産はされなかった。
- Mi-6PS / Ми-6ПС
- 1966年に初飛行した捜索救難ヘリコプター(Поисково-спасательный вертолет)。
- Mi-6APS / Ми-6АПС
- Mi-6PSの姉妹機で、Mi-6Aの派生型。
- Mi-6AYa / Ми-6АЯ
- Mi-6Aの派生型で、1973年に初飛行した空中コマンドポスト。40 名までの司令部が搭乗できた。
- Mi-6VzPU / Ми-6ВзПУ
- Mi-6AYaの別名。
- Mi-22 / Ми-22
- 1975年に実戦配備に就いたMi-6AYa/VzPUの量産型。
性能・主要諸元

- 型式:Mi-6
- 初飛行:1957年
- 主回転翼直径:35. 00 m
- テール・ローター直径:6.30 m
- 全長:33.18 m
- 全高:9.86 m
- 空虚重量:26500 kg
- 通常離陸重量:39700 kg
- 最大離陸重量:41700 kg
- 発動機:D-25V(Д-25В) ターボシャフトエンジン
- 出力:4100 kW/t
- 超過禁止速度:250 km/h
- 巡航速度:200 km/h
- 実用航続距離:500 km
- 実用上昇限度:4500 m
- ホバリング上昇限度:2500 m
- 乗員:5 名
- 積載量:61 名の兵士、または6000 kgの機内積載物(最大12000 kgまで可能)、または8000 kgの機外積載物
- 武装:12.7 mm機銃A-12.7 x 1
運用国
民間用

軍用

ソ連
- 空軍
ロシア連邦
- 空軍
ベラルーシ
- 空軍及び防空軍
ウクライナ
- 空軍
カザフスタン
- 防空軍
ウズベキスタン
- 空軍
ブルガリア
- 空軍
アゼルバイジャン
- 空軍
ポーランド
- 空軍
ペルー
- 空軍
アルジェリア
- 空軍
エチオピア
- 空軍
シリア
- 空軍
イラク
- 空軍
エジプト
- 空軍
ヴェトナム
- 人民軍空軍
中華人民共和国
- 人民解放軍
朝鮮民主主義人民共和国
- 人民軍
インドネシア
- 人民軍
関連項目
外部リンク
- Уголок неба. 2004 (Страница: "Миль Ми-6" Дата модификации: 26-05-2006)
- Уголок неба. 2004 (Страница: "Миль Ми-6А" Дата модификации: 26-05-2006)
- Уголок неба. 2004 (Страница: "Миль Ми-6ТЗ(АТЗ)" Дата модификации: 26-05-2006)
- Уголок неба. 2004 (Страница: "Миль Ми-6ВКП" Дата модификации: 26-05-2006 )
- Уголок неба. 2004 (Страница: "Миль Ми-6М" Дата модификации: 26-05-2006)
- Уголок неба. 2004 (Страница: "Миль Ми-6П" Дата модификации: 26-05-2006)
- Уголок неба. 2004 (Страница: "Миль Ми-6ПЖ" Дата модификации: 26-05-2006)
- Уголок неба. 2004 (Страница: "Миль Ми-6ПП" Дата модификации: 26-05-2006)
- Уголок неба. 2004 (Страница: "Миль Ми-6РВК(ПРТБВ)" Дата модификации: 26-05-2006)
- Уголок неба. 2004 (Страница: "Миль Ми-6ПС" Дата модификации: 26-05-2006)
- Уголок неба. 2004 (Страница: "Миль Ми-22" Дата модификации: 26-05-2006)
秘密情報部
秘密情報部 Secret Intelligence Service | |
---|---|
SIS | |
![]() ロンドンにあるSISビル(2015年9月12日) | |
組織の概要 | |
設立年月日 | 1909年10月1日(シークレット・サービス・ビューローとして) |
種類 | 諜報・諜報活動 |
管轄 | イギリス政府 |
本部所在地 |
![]() 北緯51度29分14秒 西経0度7分28秒 / 北緯51.48722度 西経0.12444度座標: 北緯51度29分14秒 西経0度7分28秒 / 北緯51.48722度 西経0.12444度 |
標語 | Semper Occultus(Always Secret) |
人員 | 3,200(fy 2012–13)[1] |
年間予算 | Single Intelligence Account(23億£ 2010–2011年度)[2] |
監督大臣 | |
行政官 | |
上位組織 | 外務・英連邦・開発省 |
ウェブサイト | www.sis.gov.uk |
秘密情報部(ひみつじょうほうぶ、英語:Secret Intelligence Service、SIS)は、イギリスの情報機関の1つ。MI6の通称が広く知られている[3]。国外の政治・経済及びその他秘密情報の収集・情報工作を任務としている[4][5]。
名称
第一次世界大戦以前にはイギリスの諜報活動は、複数官庁が個別に組織を設け活動していた。第一次世界大戦が勃発すると全情報を一元的に管理することになり、戦争省情報部(Directorate of Military Intelligence, DMI。直訳では「軍情報総局」)の元で各組織との連絡を担当する課の名称としてそれぞれのミリタリー・インテリジェンスの種類に応じて組織名に番号が割り振られた。第一次世界大戦中のSISはMI(c)と呼称されていたが、1930年代後半にMI6の名称が割り当てられた。他の組織には、MI1(暗号、暗号解読。後に海軍の「ルーム40」と統合され政府暗号学校を経て政府通信本部)、MI2(極東、アメリカ州、ソ連、中東、スカンディナヴィア)、MI3(東欧、バルト海沿岸諸国即ちリトアニア・ラトビア・エストニア)、MI4(地図作成)、MI5(防諜)などがある。第二次世界大戦中にMI5との連携が強化される過程でMI6の名称は広く用いられるようになった[4]。SISでは既にMI6の名称を公的文書等では使用していないが、一般に認知されていることから、ロゴなど対外的広報では用いられている。
SISとMI6の名は報道・ノンフィクション書籍・「007シリーズ」のようなスパイ小説・映画で古くから知られていたが、イギリス政府はその存在を公式には認めておらず[3]、最終的に1994年にようやく関連法が整備され、政府はMI6の存在を認めるに至った[6]。日本政府は日本語の名称として秘密情報部を用いている[7]。
組織と活動
国家の情報機関であるため詳細は不明な点が多いが、本部の下に「地域課」と「連絡課」が存在し、地域課で現地情報に通じた人材を育成保有して情報収集等を行い、連絡課が本部との連絡役となる。人員は2,500名で約3億ポンドの予算だとされる。
組織としては外務・英連邦・開発省の管轄であるが[注 1]、外務大臣だけでなく首相と内閣府内の合同情報委員会(JIC)へも報告が行なわれ、これらの指揮を受ける関係にある[5]。
第15代長官を務めたジョン・サワーズは公式見解として「任務は指導者に情報を提供することで、軍事工作はしない」「(007のような)殺しのライセンスは無いし、欲しくもない」と語っている[3]。
英国政府やMI6は存在を公式には認めていないが、米CIAのSAC(特殊活動センター)に相当する準軍事組織として、「E Squadron(旧 Increment)」と呼ばれる特殊部隊をUKSFと秘密裏に共同運用している事が報道や2021年6月の英国防省特殊部隊個人データ漏洩事件[1][2][3]、元MI6局員リチャード・トムリンソン、元SAS隊員でクリス・ライアンのペンネームで作家をしているコリン・アームストロングなどにより明らかとなる。データ漏洩事件で記載されていた名目上は"22 SAS E SQN (第22SAS連隊E中隊)"だが、隊員はUKSFのTier1部隊であるSAS、SBS、SRR[4]から経験豊富なベテランが引き抜かれ、英国で最高機密のエリート部隊といわれる[5][6][7][8][9][10][11]
歴史
1909年3月に首相ハーバート・ヘンリー・アスキスは国家特務機関を再編することを帝国防衛委員会(現在の合同情報委員会)に勧告した。アスキスの勧告に基づいて10月1日に委員会に秘密業務局外国課(Foreign Section of the Secret Service Bureau)が創設された。設立時の責任者にはバーノン・ケル大佐とマンスフィールド・スミス=カミング海軍大佐が任命された。後に秘密業務局外国課長も務めたスミス=カミングはサインとしてイニシャルのCのみを用いたため、これ以後のSISの長官は皆同じようにCのサインを利用するようになった。秘密業務局には他に「国内課」(Home Section of the Secret Service Bureau)もあり、こちらが現在の保安局(MI5)である。
第二次世界大戦中の1940年にMI6によって設立されたイギリス安全保障調整局は、対ドイツ諜報活動、イギリス連邦諸国におけるイギリス支援のための世論形成など、様々な工作を行ったとされる。長官はウィリアム・スティーヴンスンで、イアン・フレミングはその部下であった[8]。
1942年11月19日に時の部長スチュワート・メンジーズの主導でドイツの原子爆弾開発を阻止すべくフレッシュマン作戦を敢行し、失敗に終わった[9]。
1995年に本部がランベスから現在のヴォクソールに移動した。新庁舎は警備体制が強化されており、盗聴・爆発物に対する防御が施されている。テリー・ファレル設計による、古代メソポタミアのジッグラトを想起させる外観は「テムズ川のバビロン」「レゴランド」「チャウシェスク・タワー」とも呼ばれている。2000年9月20日に真のIRA[10]が対戦車ロケット弾をビルの8階に撃ち込んだが、損害は軽微であった。
2006年4月27日に国際テロの高まりを受けた人員増強の必要性から多様な人材を確保するため、1909年の創設以来初めて新聞広告で工作員の募集を開始し、また独自のウェブサイトを立ち上げた。近年ではMI6・MI5などの機関が公式ウェブサイトで新人採用まで行っている。2005年の応募資格は以下の通りである。
- 父母どちらかがイギリス人である。
- 21歳以上で過去10年間に5年以上イギリスに住んでいたイギリス国民である。
2013年にフランスがマリ共和国内で実施した軍事作戦(セルヴァル作戦)を支援した[11]。
2018〜19年、MI6、CIA、DGSE、FISの共同作戦により、ヨーロッパ各地で暗躍していたGRUの29155部隊のメンバー15人を追跡し、特定した[12][13]。
関係機関
SISに協力する機関には国防省に属する国防情報参謀部(DIS)・内務省の下に置かれる保安局(SS、MI5)がある。SISは国内組織としては、軍事情報を主に扱うDISや国内防諜情報を主に扱うSS(MI5)と協力し[5]、国外でも西側各国の情報機関と協力して任務を実行している。
またこれら2組織や、同じ外務省に属する政府通信本部(GCHQ)・内務省の下に置かれる国家犯罪対策庁(National Criminal Agency、NCA)と共にJICを構成している。職員の出向などの人事交流も行われている[12]。秘密情報部が運営すると考えられる乱数放送にはリンカーンシャー・ポーチャーとチェリー・ライプがある。
歴代長官
全員がナイトに叙され、サーの称号を受けている。また、#歴史にある通り、初代のスミス=カミングに倣い、決裁文書には本名と関係なく「C」の一文字だけを署名に使う(第10代長官カーウェンが偶然に一致していた)。
代 | 名前 | 綴り | 就任 | 退任 |
---|---|---|---|---|
1 | マンスフィールド・スミス=カミング | Mansfield Smith-Cumming | 1909年 | 1923年 |
2 | ヒュー・シンクレア | Hugh Sinclair | 1923年 | 1939年 |
3 | スチュワート・メンジーズ | Stewart Menzies | 1939年 | 1952年 |
4 | ジョン・シンクレア | John Sinclair | 1953年 | 1956年 |
5 | ディック・ホワイト | Dick White | 1956年 | 1968年 |
6 | ジョン・オグリビー・レニー | John Rennie (MI6 officer) | 1968年 | 1973年 |
7 | モーリス・オールドフィールド | Maurice Oldfield | 1973年 | 1978年 |
8 | ディック・フランクス | Dick Franks | 1979年 | 1982年 |
9 | コリン・フィギュアス | Colin Figures | 1982年 | 1985年 |
10 | クリストファー・カーウェン | Christopher Curwen | 1985年 | 1989年 |
11 | コリン・マコール | Colin McColl | 1989年 | 1994年 |
12 | デービッド・スペディング | David Spedding | 1994年 | 1999年 |
13 | リチャード・ディアラブ | Richard Dearlove | 1999年 | 2004年 |
14 | ジョン・スカーレット | John Scarlett | 2004年 | 2009年 |
15 | ジョン・サワーズ | John Sawers | 2009年 | 2014年 |
16 | アレックス・ヤンガー | Alex Younger | 2014年 | 2020年 |
17 | リチャード・ムーア | Richard Moore | 2020年 | 現職 |
著名な職員
古くからイギリスはMI6などの諜報機関の存在を否定していたが、007の原作者であるイアン・フレミングは元MI6の諜報員であることを公表しており、現役時代の経験を生かした物語としてジェームズ・ボンドを産み出している。MI6での経験にもとづいてスパイ小説を書いた作家としては、他に「アシェンデン」シリーズを著したサマセット・モーム、「ハバナの男」のグレアム・グリーン、ジョージ・スマイリーを考え出したジョン・ル・カレ(MI5から移籍)などが知られている[13]。
2010年9月21日にはクイーンズ大学(アイルランド・ベルファスト)教授で歴史学者のキース・ジェフリーによる、初めてMI6の歴史をまとめた『MI6秘録』(The Secret History of MI6[14])が公式に発売され、モームやグリーンの他にアーサー・ランサムなどが所属していたことなどが公式に明らかにされた[15]。
- シドニー・ライリー
- ブルース・ロッカート
- フレデリック・ベイリー
- ガートルード・ベル
- トーマス・エドワード・ロレンス
- ハーバート・ジョージ・ウェルズ - SF作家。
- キム・フィルビー - KGBとの二重スパイ。
関連機関
- 保安局(MI5)
- 特殊作戦執行部(SOE)(en:Special Operations Executive)
ポップカルチャーのMI6
映画
テレビドラマ
- 『24 -TWENTY FOUR-』
- シーズン3およびリブ・アナザー・デイの作中に登場。
- 『PERSON of INTEREST 犯罪予知ユニット』
- シーズン1、7話にて登場するジュリアン・サンズ演じる悪役アリステア・ウェズリーは元MI6の諜報部員という設定。
小説
アニメ・漫画
- 『ルパン三世』
- ルパン三世 (2015年TVシリーズ)に登場のニクスが所属している。
- 『ゴルゴ13』
- ベスト4のヒュームが所属している。
- 『名探偵コナン』
- FBI捜査官として登場する赤井秀一の両親、赤井務武とメアリー・世良が所属する。劇場版名探偵コナン 純黒の悪夢では、犯罪組織「黒ずくめの組織」に潜入する諜報員のスタウトが登場する[16]。
- 『DARKER THAN BLACK -黒の契約者-』
- 第5話より登場する最高のエージェント、ノーベンバー11およびその仲間、エイプリル、ジュライが所属する。
- 『エロイカより愛をこめて』
- No.10「グラスターゲット」より登場した脇役、チャールズ・ロレンス、ミスター・Lが所属する。
- 『パタリロ!』
- 第1話からの主要キャラクタージャック・バンコランが所属する。
- 『RAISE』
- 第二次世界大戦の世界でアメリカ軍と協力する英国情報部として登場。単行本あとがきで大戦後に再編されるが、構成員をコードネームで呼ぶことに関しては001号ことグラハム・バーンズに「人間を番号で呼ぶようになっちゃ世も末ですよ」と言われている。新入りとして「007号(ジェームズ・ボンド)」が登場。
- 『憂国のモリアーティ』
- 主人公のウィリアム・ジェームズ・モリアーティの義兄、アルバート・ジェームズ・モリアーティが所属。指揮官"M"として活躍。
ゲーム
脚注
注釈
出典
- ^ Intelligence and Security Committee of Parliament Annual Report 2012–2013. (2013). p. 40. ISBN 978-0-10-298652-5 2013年12月29日閲覧。
- ^ “Funding and Financial Controls”. SIS – MI6. 2014年11月10日閲覧。
- ^ a b c “英スパイ機関元首脳 世界の行方読む”. 日本経済新聞. (2017年1月8日)
- ^ a b “SIS or MI6?”. Secret Intelligence Service. 2013年12月27日閲覧。
- ^ a b c 小谷賢編『世界のインテリジェンス』 PHP研究所 2007年12月10日第1版第1刷発行 ISBN 9784569696379
- ^ “映画『007』とは違う!英国「MI6」の世界”. Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン) (2021年6月16日). 2023年8月15日閲覧。
- ^ (参考)外国の主な情報・団体規制機関の所属組織等 - 首相官邸
- ^ 関連文献 スティーヴンスン、ウエスト、ハイド、Mahl
- ^ 白石光『ミリタリー選書 29 第二次大戦の特殊作戦』イカロス出版 (2008/12/5)pp.59–65
- ^ https://www.britannica.com/topic/Real-Irish-Republican-Army
- ^ “英特殊部隊、マリ入りか”. 時事ドットコム (時事通信社). (2013年1月23日) 2013年2月2日閲覧。
- ^ “MI6職員のカバン詰め変死事件、「事故死」と英警察”. AFP (フランス通信社). (2013年11月14日) 2013年11月15日閲覧。
- ^ アンソニー・マスターズ 著、永井淳 訳『スパイだったスパイ小説家たち』新潮社〈新潮選書〉、1990年3月25日。ISBN 4-10-600377-5。原著1987年。
- ^ 日本語訳は高山祥子訳『MI6秘録――イギリス秘密情報部1909-1949』上・下、筑摩書房、2013年。
- ^ “MI6が正史出版、モームら有名作家もスパイの一員” (日本語). AFPBB News (フランス通信社). (2010年9月22日) 2010年9月22日閲覧。もっともグリーンやモームのスパイ小説が本人の体験に基づくものである事は、同書出版以前から知られていた。
- ^ “名探偵コナン 純黒の悪夢(ナイトメア)”. 東宝. 2022年6月10日閲覧。
参考文献
- 小谷賢、落合浩太郎、金子将史『世界のインテリジェンス』PHP研究所、2007年。
- 改訂版『インテリジェンスなき国家は滅ぶ 世界の情報コミュニティ』落合浩太郎編著、亜紀書房、2011年
- 『暗号名イントレピッド―第二次世界大戦の陰の主役』(ウィリアム・スティーヴンスン - 原題 A Man Called Intrepid
- 『スパイ伝説―出来すぎた証言』 ナイジェル・ウエスト(篠原成子 訳、原書房 1986年)
- 『3603号室―連合国秘密情報機関の中枢』 モンゴメリー・ハイド(赤羽龍夫 訳、早川書房:ハヤカワ文庫NF、1979年)
- Thomas E. Mahl, Desperate Deception: British Covert Operations in the United States, 1939-44 (Brassey's Inc, 1999)
- 『暗号名 グリフィン 第二次大戦の最も偉大なスパイ』、アーノルド・クラミッシュ、新庄哲夫 訳、新潮社、1992年
- 『プロフェッショナル・スパイ 英国諜報部員の手記』、キム・フィルビー、笠原佳雄 訳、徳間書店、1969年
- Keith Jeffery, Desperate The Secret History of MI6 (Penguin Press, 2010)
- キース・ジェフリー 著、高山祥子 訳『MI6秘録(上)――イギリス秘密情報部1909-1949』筑摩書房、2013年3月25日。ISBN 978-4-480-85801-6。
- キース・ジェフリー 著、高山祥子 訳『MI6秘録(下)――イギリス秘密情報部1909-1949』筑摩書房、2013年3月25日。ISBN 978-4-480-85802-3。
- 川成洋『紳士の国のインテリジェンス』集英社新書、2007年
関連項目
外部リンク
MI-6(ミロク)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/08 17:39 UTC 版)
「惑星大怪獣ネガドン」の記事における「MI-6(ミロク)」の解説
身長:50メートル 体重:2万トン 最高飛行速度:マッハ23 楢崎歩行重機研究所が開発した世界最大の人間型汎用歩行重機(巨大ロボット)。動力源はトリチウムを用いる最大出力100万馬力の核融合動力炉。地上・海・宇宙などの広範囲で使用されることを想定して開発されたもので、一号機と二号機が存在する。一号機は開発中の昭和90年に事故を起こし、その事故で楢崎の娘・恵美が死亡してしまったため、その後楢崎はロボット開発から身を引いていた。しかし、ネガドン来襲を受けて「ロボットが人類の為に活躍する未来を創る」という恵美との約束を果たすため、楢崎は密かに建造していた二号試作機に搭乗してネガドンに戦いを挑む。 一号機の装備は不明だが、二号試作機は右腕にハイパーコーティングされた高密度硬質タングステンカーバイト超合金製の超硬質超合金ドリル(硬度はダイヤモンドの30倍)が、左腕にハイパワーハンド・超合金ブレード・高性能小型ロケットモーターから構成されるロケットハンドが装備されている。このドリルは回転によってネガドンの殺人光線をはね返すことも可能。また、腕部や脚部は分離装置によって任意で切り離すこともできる。背部には大型のラムジェットロケットエンジン2基を有し、短時間の飛行のほか、第1宇宙速度を突破して大気圏を離脱することすら可能であり、宇宙空間でも活動に支障はない。劇中では東京湾内に建造されていたカタパルトから発進した。
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「MI6」の例文・使い方・用例・文例
- ある日,イアンが自動車事故で亡くなり,アレックスは,おじが英国の秘密諜報機関MI6のスパイだったことを知る。
- その後,アレックスはMI6の職員たちによってスカウトされる。
- これは,ダニエル・クレイグが英国の秘密情報部MI6の諜報員,ジェームズ・ボンド役で主演する,007シリーズ中2作目の映画である。
- ボンドの上司M(ジュディ・デンチ)は,MI6の諜報員はいかなる状況下でも自分の感情に動かされてはいけないとボンドにくぎを刺す。
- MI6の実話が出版される
- 秘密情報部は1909年に創設され,MI6として一般に知られている。
- 世界的に有名な映画「007」シリーズで,ジェームズ・ボンドはMI6の一員だ。
- しかし,この本は本物のスパイや本当のMI6に関するものである。
- 彼は1909年から1949年の間にMI6が発行した機密文書を調査する特別許可を与えられた。
- 同書によると,MI6は実際にイタリアの港で船を爆破したことがある。
- さらに,同書はサマセット・モーム氏,グレアム・グリーン氏,アーサー・ランサム氏などの有名作家がMI6の一員だったことも明らかにしている。
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