旅客電車とは? わかりやすく解説

旅客電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/01 00:56 UTC 版)

小田急電鉄の鉄道車両」の記事における「旅客電車」の解説

デハ1形→1形→東急デハ1150形→1100形 開業時近郊区間用の車両として18両が導入された。1960年までに1両を除いて全車両が他社へ譲渡、残る1両は荷物電車改造され上で1976年廃車。1両が復元の上保存されている。 (デハ101形101形)・121形・131形→東急デハ1200形→1200形 開業の年に郊外区間用の車両として導入された。1968年までに全車両が廃車され、主電動機4000形 (I) に転用された。 151形→東急デハニ1250形→東急デハ1250形→1300形 全線複線化時期増備された車両当初5両製造され、2両が制御車改造され電動車1両が他形式から編入された。1968年制御車全廃されたが、電動車1969年荷物電車改造され1984年まで使用された。 201形・251形・501形・551形→東急デハ1350形・東急クハ1300形→1400形 1929年から1930年にかけて35両が導入された。電動車1両が他形式編入されそれ以外車両1968年までに全車両が廃車され、主電動機4000形 (I) に転用された。 51形→東急デハ1100形 1938年国鉄からモハ1形(旧デハ33500形)3両の払い下げ受けて入線した、小田急歴史上唯一の木造車体有する旅客車両戦後小田急発足前に相模鉄道譲渡された。 1600形 1941年国鉄木造客車台枠流用して製造され制御車3両と、1942年製造され新車10両。戦後にも制御車が7両増備されたが、1970年までに1両を除いて全廃主電動機4000形(I)に転用された。残る1両は振り子式試験車改造された後、1976年廃車1800形 1946年国鉄モハ63形割り当て受けて入線終戦直後輸送力確保貢献した1981年までに全廃全車両が秩父鉄道譲渡された。 1820形 1950年国鉄事故車モハ60050を譲り受け当初クハ1661として使用された。1952年国鉄モハ42004の事故復旧車が入線してデハ1821となり、クハ1661はクハ1871に改番された。1958年更新時に1800形編入東急デハ1450形・クハ1500形→1500形 大東急時代1947年井の頭線から転入そのまま小田急車両として編入された。1960年1900形編入1900形・1910形2000形分離発足後初の新車一部車両特急車両として登場した初代小田急ロマンスカー」。後に全車両が通勤車両改造され1976年まで全廃主電動機4000形 (I) に転用された。 1700形 初の特急専用車。「小田急ロマンスカー」のイメージ定着貢献したSE車登場後全車両が通勤車両改造され1974年までに全廃主電動機4000形 (I) に転用された。 2100形 1954年登場した車体台車軽量化試作車両。1976年まで全廃主電動機4000形 (I) に転用された。 2200形・2220形 1954年登場した小田急では初の高性能車でその後小田急通勤車両技術的基礎となった車両。2220形は4両固定編成登場したが、後に2両固定編成改造された。1984年まで全廃一部車両富士急行新潟交通譲渡された。 2300形 SE車登場するまでのつなぎ役として1955年登場1959年準特急用に改造され1963年にはさらに通勤車両改造された。高性能車では最も早く1982年全廃となり、全車両が富士急行譲渡されたが、富士急行でも最初に廃車された。 3000形SE車 1957年に超軽量高性能特急車両として運用開始した8両連接車同年には当時狭軌世界最高速度となる145km/hの速度記録樹立。4編成製造されたが、1968年に5両連接車6編成改造され1991年まで使用された。第1回ブルーリボン賞受賞車両2320形 1958年準特急車両として登場したが、1963年には通勤車両改造された。1984年まで全廃一部車両富士急行譲渡された。 2400形HE車 経済性重視した車両として1959年登場当初通勤時間帯の各駅停車投入されていたが、NHE車の登場に伴い箱根登山線直通急行転用1982年以降各駅停車への運用が主となり、1989年までに全廃主電動機4000形(I)に転用された。 3100形NSE車 1963年運用開始した11連接車特急車両で、前面展望席設置した。7編成製造され2000年まで使用された。第7回ブルーリボン賞受賞車両2600形NHE車 通勤時間帯の各駅停車用の大型車両として1964年登場全長20m・車体幅2,900mmというその後通勤車両基礎となった車両2004年運用から外れ2006年廃車4000形 (I) 1966年HB車と呼ばれる小型車主電動機流用しNHE車と同様の車体登場。後にABF車の主電動機流用して増備1985年から1989年にかけて、HE車の主電動機流用して高性能化冷房化が行われたが、2004年全廃500形 1962年製造され川崎航空機岐阜工場試験車譲り受け1966年竣功した、営業車両としては日本初ロッキード式モノレール車両姫路市モノレール廃止後は唯一のロッキード式モノレールであったが、2000年2月台車亀裂入ったため運行休止2001年廃車となり、日本からロッキード式モノレール営業車両消滅した5000形(I)・5200形 1969年急行用の大型通勤車両として登場当初4両固定編成増備1978年からは6両固定編成増備された。2006年以降淘汰進められ2012年運用終了9000形 1972年地下鉄直通用の車両として登場当初4両固定編成6両固定編成製造されたが、直通運転必要な車両数充足できた時点増備中止1990年以降地上専用車となったが、2006年全廃第13回ローレル賞受賞車両7000形LSE車 1980年運用開始した11連接車1982年には東海道本線走行試験行った第24回ブルーリボン賞受賞車両2018年運行終了8000形 1983年運用開始した汎用通勤車両2003年以降VVVFインバータ制御方式への改造開始された。 10000形HiSE車 1987年運用開始した11連接車2005年に2編成長野電鉄譲渡された。第31回ブルーリボン賞受賞車両2012年運用終了1000形 1988年運用開始した小田急では初のオールステンレス車両かつVVVFインバータ制御方式車両1989年以降地下鉄直通にも使用されていたが、4000形(II)導入により2012年直通終了し、現在は地上線で運用している。2014年以降制御装置SiCモジュール素子への交換2画LCD設置をはじめとしたリニューアル工事順次行われている。 20000形RSE車 1991年運用開始した、「あさぎり」用の特急車両第35回ブルーリボン賞受賞車両2012年運用終了2000形 1995年から導入され各駅停車用の車両30000形EXE車 1996年運用開始した特急車両2016年からリニューアルEXEα化されている。 3000形(II) 2002年運用開始した車両で、1960年代から1980年代初頭までの車両置き換えた50000形VSE車 2005年運用開始した10連接特急車両第49回ブルーリボン賞受賞車両4000形(II) 2007年運用開始した車両で、当初地下鉄直通用の車両として登場した60000形MSE車 2008年運用開始した地下鉄直通用の特急車両第52回ブルーリボン賞受賞車両70000形GSE車 2018年運用開始した小田急で一番新しいロマンスカー7000形LSE車置き換えるために登場した第62回ブルーリボン賞受賞車両5000形(II) 2019年川崎重工にて第一編成落成され2020年3月26日より運行開始した新型通勤電車通勤型としては4000形登場から13年ぶりであり、通勤型拡幅車体としては2000形より25年ぶりとなる。車体製造川崎重工総合車両製作所日本車輌製造の3社で担当している。また、従来通勤拡幅車輌より10ミリほど広くなっている。

※この「旅客電車」の解説は、「小田急電鉄の鉄道車両」の解説の一部です。
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