登場後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/07 02:07 UTC 版)
「大阪市交通局1801形電車」の記事における「登場後」の解説
1801形は新造後、天王寺・都島の両車庫に配属され、南北線、堺筋線などの大阪市電を代表する幹線で活躍を開始した。中でも、当時の天王寺車庫は、大阪市内のすべてのターミナル駅を経由する最重要幹線の4系統(阿倍野橋 - 日本橋筋一 - 難波駅前 - 賑橋 - 四ツ橋 - 桜橋 - 大阪駅前 - 淀屋橋 - 天満橋 - 京阪東口 - 上本町六 - 天王寺西門前 - 阿倍野橋)を筆頭に、乗客が集中する系統を担当していたことから、1801形をはじめ、1701・1001・1501形などの大阪市電を代表する大型車に、旧新阪堺引き継ぎの1401形が配属され、全車大型車で揃えられていた。 しかしながら、1950年代に入ると乗客の伸びも落ち着きを見せ、大型車を増備する必要性が薄らいできたことから、1951年から製造された2001形からは、中型車を投入することとなった。そして1801形以降大阪市電に大型車が投入されなかったことから、1801形が大阪市電最後の大型車となった。また、1801形も1701形同様、板張りのベンチシートにクッションと背ずりをつけて、戦前登場の各形式と変わらないように整備されたほか、1956年には他形式同様、完全2人乗務化により使わなくなった後部扉を閉鎖して、側面窓配置もD5D6となった。
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