終身雇用 終身雇用の概要

終身雇用

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/26 13:55 UTC 版)

終身雇用は普遍的なものではなく、大企業では従業員の 38.9% であったが(2016年)、中小企業ではあまり普及してない[1]

語源

ジェイムズ・アベグレンは、 1958年の著書[2]で日本の雇用慣行を「lifetime commitment」と名付けたが、 日本語訳版[3]で「終身の関係」と訳され、 これから終身雇用制と呼ばれるようになった、とされている[4][5]。 アベグレンは、年功序列企業別労働組合とともに日本的経営の特徴であるとした。

なお、アベグレンの原文は "permanent employment system" であり、「終身雇用」と和訳されたともいう[6]

1959年、日経連労務管理研究会は『定年制度の研究』を出版し、そのなかで「終身雇用こそ日米の企業活動を分かつ決定的な相異点」であるとした。

ただし lifetime にせよ permanent にせよ定年があるから、終身とはいえず、また誤訳である。この英訳は「死ぬまで働く(働かせる)」という曲解に直結するし、そのことを踏まえた上で、日本語でもあまり自覚せずに使われる「終身雇用」という言い方は「長期雇用」と認識を新たにし、言葉を選んだ方が適切である。

歴史

終身雇用制の成立を江戸時代以前の丁稚奉公制度に求める意見もあるが[7]、現在のような長期雇用慣行の原型がつくられたのは大正末期から昭和初期にかけてだとされている[8]。 1900年代から1910年代にかけて熟練工の転職率は極めて高く、より良い待遇を求めて職場を転々としており、当時の熟練工の5年以上の勤続者は1割程度であった[9]。 企業側としては、熟練工の短期転職は大変なコストであり、大企業や官営工場が足止め策として定期昇給制度や退職金制度を導入し、年功序列を重視する雇用制度を築いたことに起源を持つ。しかしこの時期の終身雇用制は、あくまで雇用者の善意にもとづく解雇権の留保であり、明文化された制度としてあったわけではないとされる。

しかし、日本における終身雇用の慣行は、第二次世界大戦による労働力不足による短期工の賃金の上昇と、敗戦後の占領行政による社会制度の改革により、一旦は衰退する[10]

その後第二次世界大戦終戦後、人員整理反対の大争議を経験した日本の大企業は高度経済成長時代には可能な限り指名解雇を避けるようになった。その後50年代から60年代にかけては、神武景気岩戸景気と呼ばれる好況のまっただなかにあり、多くの企業の関心は労働力不足のほうにあった[11]。そのため、この時期に特に大企業における長期雇用の慣習が一般化した。1970年代に判例として確立した整理解雇の四要件や、労働組合の団結により実質的に使用者の解雇権の行使も事実上制限されるようになった。

現況

労働者派遣法とその影響

バブル崩壊後の1996年労働者派遣法改正により26業種の労働者派遣が認可、次いで1998年の派遣適用対象業務が事実上自由化(一部を除く)は、企業側の雇用価値観を変化させ、終身雇用者数の減少と派遣雇用者数の増加につながった。

経済成長期に慣習であった一家の男性を稼ぎ頭とした日本型終身雇用制度は、その美点とされた世帯の経済保障が崩れ、不安定な収入を経済事由とした出生率の低下、それまで減少傾向であった生活保護費の増加や年金保険料の未払いなど国の社会保障制度にも問題が波及し、2000年以降の国の政策にも影響を与えた。

また、経済的に消費者がより安価なものを求めた結果、失われた20年と揶揄されるデフレーション長期化の一因となり、バブル崩壊後の名目経済成長において足枷となった。これは国内の企業業績にも影響を与え、終身雇用から派遣業者委託雇用制度に移行し、人件費軽減の恩恵を受けた多くの企業も業績低迷に苦しめられた。

終身雇用者数の減少と派遣雇用者数の増加は、2000年以降の「格差社会」といった言葉が生れる土壌ともなったと指摘され、経済的影響が顕著とされる自殺者総数は、1998年以降から厚生労働省の人口動態統計において高水準で推移している。

解雇の状況と方法

1990年代から2000年代にかけて、多くの日本企業は円高や国際競争、平成不況の中で、人件費の圧迫と過剰雇用に直面し、雇用の調整が大きな経営課題となった。これに対して、一度採用した正社員解雇する際には、上述のように、場合によっては解雇した従業員からの解雇無効訴訟のリスクを抱えてしまい、相当の覚悟を要する。

このような状況下での日本特有の雇用調整プロセスとして、正社員に対する残業の規制、配置転換や出向、早期退職制度やパートタイマー・期間工に対する契約更新中止、新規採用の中止などの方法が取られている[12]

終身雇用の崩壊 

少子化、日本経済停滞などにより昨今では日本的経営であった終身雇用や年功序列を維持することは、一層困難になってきている。内閣府経済社会総合研究所の研究グループは年功賃金と終身雇用を企業が維持することが困難になったとする研究結果をまとめた[13]。しかしながら、終身雇用が崩壊したと言えども日本では長期雇用の慣習が残っており、日本の転職率は欧米の半分以下である[14]

なお、「会社の寿命30年」(盛期という意味では今や「5年」とも[15])説も健在であり、それにのっとれば会社の寿命より一般的な労働人生の方が長いことになる[16]。終身雇用と言えるような実態は従業員1000人以上の大企業の男性社員に限られており、その労働人口に占める比率は8.8%にすぎない[17]


  1. ^ a b c d e OECD Economic Surveys: Japan 2019, OECD, (2019), Chapt.1, doi:10.1787/fd63f374-en 
  2. ^ James C, Abegglen (1958). The Japanese factory: Aspects of its social organization 
  3. ^ J.アベグレン『日本の経営』占部都美、ダイヤモンド社、1958年。 
  4. ^ ジェームス・C・アベグレン『新・日本の経営』山岡洋一(1版1刷)、日本経済新聞社、2004年12月10日、p27頁。ISBN 4-532-31188-8 
  5. ^ 関口 (1996) pp.1-2
  6. ^ 『朝日新聞』2014年7月12日付「あのときそれから」1958年 終身雇用
  7. ^ 関口 (1996) p.45
  8. ^ 関口 (1996) p.75
  9. ^ 関口 (1996) pp.38-39
  10. ^ 関口 (1984) p.83
  11. ^ 野村 (2007) p.106
  12. ^ 関口 (1996) p.172
  13. ^ 濱秋ら (2010)
  14. ^ 「日本/ヨーロッパ各国の年代別転職率」
  15. ^ 【会社の寿命】今や"寿命"はわずか5年
  16. ^ 「会社の寿命30年」説を検証 - 日経NEEDSで読み解く
  17. ^ NIRA研究報告書
  18. ^ 勝間和代 (2009年4月4日). “終身雇用を見直そう”. 2011年2月21日閲覧。
  19. ^ 柳川範之 (2009年4月). “緊急提言 終身雇用という幻想を捨てよ―産業構造変化に合った雇用システムに転換を―”. 2011年2月21日閲覧。
  20. ^ 関口 (1996) p.236
  21. ^ THE NEW ECONOMY BEYOND THE HYPE The OECD Growth ProjectFigure IV.6. Low tenure countries tend to enjoy high productivity growth
  22. ^ a b c d e f 『労働市場改革の経済学-正社員保護主義の終わり-』(八代尚宏、2009年)
  23. ^ 占部 (1987) p.29
  24. ^ 関口 (1996) p.55


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