有明海
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/28 14:06 UTC 版)
広義での有明海の面積は約1700平方キロメートル[1]。九州最大の湾であり、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県にまたがり、南東は八代海とつながっている。閉鎖性海域であり[1]、潮の干満の大きさ、流入河川の多さ、塩分濃度の変化、濁った海域、日本最大の干潟[1]、独自の生物相などを特徴とする。
名称
「有明」は、「夜が明ける時に月明かりが残る」「明かりがある」という意味で、明治時代に初めて出てくる。
近世まではこの海域の統一的・固定的な名称はなく、各地別の名で呼ばれていたと考えられている[4]。海洋民的風土の地域においては、筑紫国(現在の福岡県西部)の地先で「筑紫海」「筑紫潟」、佐賀県や長崎県の地先で「有明沖」などと呼ばれ、また現在の福岡県柳川市、佐賀県の佐賀市や鹿島市辺りの武家の城地では「前海」と呼ばれていた。1701年(元禄5年)のエンゲルベルト・ケンペル『江戸参府旅行日記』には「有馬湾」という名が記されている[4](江戸時代、北東側は久留米藩有馬氏の領地であった)。
近代になり明治中頃には北部の海域を「筑紫海」、南部の海域を「島原海湾」と呼ぶようになったが固定的ではなかった[4]。
- 1901年(明治34年)『大日本地名辞書』では「筑紫海」と記載[4]。
- 1906年(明治39年)『佐賀県案内』付図では「有明海」と記載[4]。
- 1912年(明治45年)『帝国地名辞典』では「筑紫潟」と記載[4]。
1951年(昭和26年)の五万分の一地形図「長洲」で北部が「有明(筑紫)海」、南部が「島原海湾」とされ、それ以降「有明海」や「島原湾」が用いられるようになった[4]。
地理
慣用では天草下島と島原半島の間の早崎瀬戸に至るまでの内湾をいう[2][3]。宇土半島と天草諸島を挟んで南に位置する八代海とは本渡瀬戸、柳ノ瀬戸。、三角ノ瀬戸の三つの海峡で接続し、また早崎瀬戸から天草灘に出る。
有明海とは別に「島原湾」という呼称も用いられるが、有明海と島原湾を別の海域に分ける場合もあり、さまざまな用方があって範囲が異なる。
以下の記述では早崎瀬戸までの海域すべてを「有明海」に含める。
この海域の面積は約1,700km2である[1][3]。これは鹿児島湾、東京湾、大阪湾より大きく、伊勢湾とほぼ同じ大きさである。
最深点は164.6m[1](湯島西方)に達するが、平均水深は約20mほどで、全体的に遠浅の湾である。湾奥には諫早平野、筑紫平野(佐賀平野、筑後平野)、菊池平野、熊本平野といった沖積平野が広がる。湾内西部にはさらに諫早湾(泉水海)がある。
潮の干満差が大きく、湾口の早崎瀬戸で平均3-4m、湾奥の大浦港(佐賀県太良町)で平均5mであり、最大で約6mに達する。干満差が大きくなる原因は、有明海の場合は潮汐による海水の動き(潮汐振動)と湾の形状に左右される海水の動き(固有振動)が似通っていて、共振が発生しているためと考えられている。このような条件が揃う湾は世界的に見てもそれほど多くない。
流入河川は九州最大の川である筑後川をはじめ、本明川、鹿島川、塩田川、六角川、嘉瀬川、矢部川、諏訪川、菊池川、白川、緑川などがある。流入河川の流域面積は合計で約8,000km2で、海域面積の5倍近くにも上る[6]。これらの河川によって湾内の塩分濃度が低下するうえ、多量の堆積物、デトリタス、無機塩類も供給される。特に夏の湾奥部では海域の表層部に淡水域が形成されることがある。干満が大きいので一日のうちでも塩分濃度が大きく変化する。
川から運ばれた土砂は海の干満によって激しくかき混ぜられ、干潮時に堆積、満潮時に侵食されることを繰り返しながら沿岸各地で広大な干潟が成長する。湾奥部では海水に泥が多く混じり濁る。また、干潟の泥には水に含まれるリンや窒素などを吸着・沈殿させる浄化作用があるほか、栄養分が多いことから田畑の肥料としても用いられた。
干潟は大潮の干潮時で約188km2[6]に達し、日本全体の干潟の約4割に相当する。南部の熊本県や長崎県島原半島沿岸は砂質干潟だが、奥に行くほど泥の割合が多くなり、諫早湾や佐賀県・福岡県沿岸は多くが泥質干潟となる。筑後川や緑川の河口においては、干潮時には海岸から約6km沖まで干潟が出現する。土砂の供給源である大規模河川は湾の北側・東側に多いので、干潟もこの地域で広い。佐賀県の鹿島市や小城市には干潟を利用した公園があり、春から秋にかけて泥遊びを楽しむこともできる。鹿島ガタリンピックという、泥んこ運動会も開催されている。
沿岸部の気候は太平洋岸気候に属するものの、四方を山に囲まれた盆地状の地形も影響し、1日の気温差が大きく晴れの日が多い瀬戸内式気候に近い。また湾内の水温も日ごと・季節ごとの変動が大きく、湾奥部の水温は2月で8-9℃、8月で30℃になる。
- ^ a b c d e f g h 環境省「閉鎖性海域ネット」59.有明海 および 島原湾(2023年2月9日閲覧)
- ^ a b c d 福岡博. “有明海の歴史と文化 -日本の文化はここから始まった-”. 特定非営利活動法人有明海再生機構. 2021年8月14日閲覧。
- ^ a b c d e “3.有明海及び諫早湾の概要”. 農林水産省. 2021年8月14日閲覧。
- ^ a b c d e f g 『日本歴史地名大系 41 福岡県の地名』平凡社、2004年、65頁。
- ^ a b 小田巻実、大庭幸広、柴田宣昭. “有明海の潮流新旧比較観測結果について”. 海上保安庁海洋情報部. 2021年8月16日閲覧。
- ^ a b 第2章 有明海・八代海干潟等沿岸海域の現状と変遷・課題[リンク切れ] 熊本県「有明海・八代海再生に向けた熊本県計画」2007年5月9日
- ^ “先史時代の鯨・捕鯨図など”. 2015年10月2日閲覧。
- ^ 志佐 喜栄: “多久物語 六角川の迷い鯨”. 佐賀新聞 LIVE、多久市郷土資料館. 2017年11月3日閲覧。
- ^ 山田 格: “熊本県天草市でセミクジラ迷入”. 国立科学博物館 - 海棲哺乳類情報データベース. 2015年10月2日閲覧。
- ^ 「有明海の2カ所の干潟が「ラムサール条約」登録湿地に」WWFジャパン(2015年6月24日)2022年6月6日閲覧
- ^ 西尾[1985:11]
- ^ 西尾[1985:11-12]
- ^ a b c “佐賀県 嘉瀬川農業水利事業 農民によって造られた平野”. 水土の礎. 農業農村整備情報総合センター. 2014年5月30日閲覧。
- ^ 1町は約0.99ヘクタール。
- ^ 諫早湾干拓事業「有明海と諫早湾の干拓の歴史」農林水産省九州農政局
- ^ “牛津宿 佐賀国道事務所”. www.qsr.mlit.go.jp. 2023年5月28日閲覧。
- ^ “歴史的町並みの保存・整備・活用『全国伝統的建造物群保存地区協議会(伝建協)』|嬉野市塩田津 伝建地区詳細”. www.denken.gr.jp. 2023年5月28日閲覧。
- ^ 「海苔不漁―有明海以外も」『毎日新聞』2001年5月22日
- ^ a b c 有明の海・ノリの現場「かさむ機械費」朝日新聞(2001年12月19日配信)
- ^ 「有明ノリ 異例の不作:季節外れの赤潮■少雨で栄養塩不足/肥料やカキ投入 試行錯誤」『朝日新聞』朝刊2023年2月9日(経済面)同日閲覧
- ^ a b c d e 有明海で続々「奇形魚」『読売ウイークリー』2008年4月6日号
- ^ 「ノリ養殖の酸処理剤で海が死ぬ」有明海漁業者らが国提訴 産経ニュース(2015年3月6日)2016年12月9日閲覧
有明海と同じ種類の言葉
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