戦略
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/26 09:03 UTC 版)
概説
戦略は特定の目的達成のために、総合的な調整を通じて力と資源を効果的に運用する技術・理論である。ただし戦略の定義は時代・地域・分野によってその意味は異なる。戦略はもともと戦争術から戦術と併せて分化した概念であり、軍事学の専門用語であった。
軍事的な分野に限定した定義も一様ではないが、一般的に戦略は戦闘部隊が戦場で優位に立てるようにするための巨視的な策略であり、一連の戦闘における勝利を高次元で最大限に利用する術策である。これに対応して戦術は戦闘において勝利を得るために部隊を運用する術である[1]。
戦略の研究は途上にあり、また、第二次世界大戦後の日本では企業の経営戦略のように使用されたり、経済戦略・外交戦略のように政策と同義語として使用されることも多く、また戦略的という形容詞が多用されることも重なって、その定義は拡散している。
歴史
初期の戦略
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現存する史料から考えて、世界で最初に戦略の概念を使用したのは孫子だと考えられる。戦略という言葉こそ出てこないものの、国家戦略や戦争哲学を示し、また軍事学的な戦術や軍事地理の内容を論じて戦略の思考法を示しており、今日においても孫子は極めて優れた戦略教書と考えられている。ヨーロッパにおける戦略の概念はクセノポンが将軍または将軍の軍隊指揮を意味する「στρατεγος」「στρατεγια」という言葉を用いたのに始まり[要出典]、これが戦略の語源となった。しかしながら当時の戦略は定義が曖昧であり、戦略・戦術は区別されずに戦争術・兵術として理解していたために、現代のような意味を必ずしも持たなかった。
戦略と戦術の分化
ニッコロ・マキャヴェッリは近代西欧における軍事思想の始祖的存在である。『戦術論』において「戦争目的は、自己意志を相手に強制することによって、敵の完全敗北という成果を得て、速やかに終結させなければならない」と定め、敵の軍事力を破壊する戦略を主張した。ナポレオン1世はマキャヴェッリの思想を継承しており、「大戦術」という言葉を用いて通常の戦術と区別し、大局的な戦争指導を行って戦略・戦術の概念を分化した。この頃[いつ?]にポール・ギデオン・ジョリィ・マイゼロアは、古代戦史の研究から西欧で初めて戦略・戦術の用語を区別して使用し、戦略の用語・概念を西洋に普及させた[2]。
この戦略の概念は当時[いつ?]ナポレオン戦争を研究していた多くの軍事学者たちに影響を与えた。カール・フォン・クラウゼヴィッツは『戦争論』で個々の戦闘で問題となる戦術と対比し「戦略とは戦争目的を達成するために戦闘を組み合わせる活動だ」と述べ、戦略を戦争での使用目的に限定した。これは後に[いつ?]クラウゼヴィッツ主義の軍事研究者たちによって過剰に教条化され、決戦至上主義を生み出す。またアントワーヌ=アンリ・ジョミニの『戦争概論』では「戦略とは地図上において戦争を計画する技術であり、作戦地全体を包括する」と定義して、戦略を戦争目的に限定した。さらにヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケは「戦略は知識以上であり、実際生活への応用であり、流動的な状況に従う創造的な思考の発展であり、困難な状況における行為の芸術である」と述べている。
陸海空の戦略分化
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戦略は軍事戦略として歴史的な発展を遂げてきた。ただし軍事戦略においても陸海空軍は基本的に全く異なる前提の下で戦っているため、それぞれの独自の戦略が発展してきている。軍事戦略はその系譜の主流が陸軍の陸上作戦が前提となった陸軍戦略であり、海軍戦略・空軍戦略は軍艦・軍用機の技術的な発展に伴って進歩してきた。
海軍戦略の基礎を確立したのはジュリアン・コルベットである。コルベットは戦略一般について、最終目的を追求する全体戦略と初期目的を追求する小戦略とに分け、戦略の階層化を試みている。海軍戦略については「陸地の支配のために海洋を支配すべき」として制海権の確立を体系化させた。またコーベットの一世代前にアルフレッド・セイヤー・マハンも制海権の関連事項について論じている。
空軍戦略に大きな貢献をした軍事学者としてジュリオ・ドゥーエが挙げられる。彼は第一次世界大戦の頃から航空機が持つ軍事的な重要性を認識し、戦略爆撃の実施やそのための独立空軍の創設を主張していた。
近現代の戦略理論
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第一次世界大戦・第二次世界大戦という総力戦や冷戦を経て、戦略は新しい発展を見せた。中国で人民解放戦争を指導した毛沢東は地方農民を教化し、日本軍に対して大規模なゲリラ戦を仕掛け、独自の戦略思想を確立した。このような思想は後にヴォー・グエン・ザップ、フィデル・カストロ、チェ・ゲバラなども用いて成功している。また第一次世界大戦に将校として従軍して軍事評論家となったベイジル・リデル=ハートは間接アプローチ戦略を理論化し「直接的な武力衝突ではない新しい間接的な手法によって勝利すべき」と論じた。
冷戦期においては核兵器という新たな大量破壊兵器の出現により、抑止を主概念とした核抑止戦略が構築された。これは軍事目的をはるかに超える破壊力を持つ核兵器を軍事戦略で位置づけるために構築された戦略理論であり、以下の3つに大別される。
- 抑止のための核戦略
- 核兵器は兵器に相応しくなく、あくまで抑止のために使用する(バーナード・ブローディなど)
- 拒否のための核戦略
- 核兵器は兵器であり、拒否のために使用する(ボーデンなど)
- 限定的・段階的な核攻撃
- 核兵器は兵器であるが威力が絶大であるため、限定的・段階的に使用する(アルバート・ウォルステッターなど)
1999年には中国で超限戦という概念が提出されている[3][要ページ番号]。
定義
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「戦略概念が戦術学の中から発展してきた」という歴史的な経緯もあるため、戦略の定義は非常に多様であり、一概に言うのは難しい。
陸軍の定義
陸軍ではしばしば部隊の規模によって戦略・戦術を区別して考えていた。そのため戦略の定義を巡る論争では有視界距離によって戦略・戦術を区別した定義も一時的に見られたが、これはクラウゼヴィッツなどによって否定された[要出典]。大日本帝国陸軍においては陸大兵語の解によると、戦略とは「作戦計画を立案してその実行を統制し、部隊行動の方向・目的・時期・場所などの関係性を定めて適切に調整し、会戦を優勢に導き戦果を拡大するための方策」で、戦術は「戦闘での勝利獲得のための戦闘実施の術」であった。
海軍の定義
海軍ではしばしば彼我の距離関係によって戦略・戦術を区別した。大日本帝国海軍では戦略を「敵と離隔してわが兵力を運用する兵術」と定義している。また日本海軍の作戦参謀であった秋山真之は戦略を戦術の上位に置いて、「これを指導し、よって戦闘の時期・場所・戦力などを定めるものであり」と位置づけていた[4]。
一般の定義
戦略の一般的な定義については未だ研究が途上である。ハーバード大学のトーマス・シェリング教授は、戦略を勢力の適用ではなく潜在的な勢力の発掘であるとし、取引のプロセスというモデルでこれを説明した。またロジンスキー教授は戦略を「力の総合的な制御」と定義し、戦術はその直接的な運用であると論じた。つまり戦略とは「あらゆる行動の総合的な調整と最適選択」であると考えた。ただし近年では企業経営やスポーツにまで軍事用語の戦略の概念が応用されているために新しく定義され、「長期的・大局的な観点から物事を見通して行動を調整する技術」として再認識されるようになっている[4]。
注釈
出典
- ^ 松村 2005, p. 1.
- ^ 前原 & 片岡 2003.
- ^ 喬 & 王 2001.
- ^ a b 栗栖 1997, p. 170.
- ^ 防衛学研究会 2000, p. 141.
- ^ ニコラス et al. 1987.
- ^ 服部1980.
- ^ 岡田 2011, p. 20.
- ^ ギボンズ 1995, p. 3.
- ^ ギボンズ, p. 116.
- ^ グレーヴァ 2011, p. 6.
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