ファミリーコンピュータ ファミリーコンピュータの概要

ファミリーコンピュータ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/08 17:49 UTC 版)

ファミリーコンピュータ
メーカー 任天堂
種別 据置型ゲーム機
世代 第3世代
発売日 1983年7月15日
1985年10月18日
1986年2月
1986年9月1日
1986年
1987年
1987年
1987年
1989年
※欧米ではNintendo Entertainment System、韓国では北米版NESをベースとしたHyundai Comboyとして発売された。タイでは、任天堂からライセンスを受けたFamily FR202が発売された。
CPU リコーRP2A03
Ricoh 2A03
対応メディア ロムカセット
クイックディスク
ディスクシステム
コンパクトカセット
スタディボックス
ファミリーベーシック
対応ストレージ 任天堂公式では、コンパクトカセット[注釈 1]とディスクカード[注釈 2]がある。カセット内部に実装された、バッテリーバックアップ
EEPROM[注釈 3]ターボファイルのような15ピン拡張コネクタを利用したサードパーティーによるものがある。
コントローラ入力 ケーブル接続、15ピン拡張コネクタによる接続
外部接続 15ピン拡張コネクタ
オンラインサービス ファミリーコンピュータ
ネットワークシステム
売上台数 1,935万台[1]
3,400万台[1]
6,191万台[1]
最高売上ソフト スーパーマリオブラザーズ /681万本[2]
スーパーマリオブラザーズ /4,024万本[2]
互換ハードウェア AV仕様ファミリーコンピュータ
ファミコンテレビC1
ツインファミコン
編集ファミコン
前世代ハードウェア カラーテレビゲーム15
次世代ハードウェア スーパーファミコン
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携帯型ゲーム機ゲーム&ウオッチを国内外で発売し40億円の利益を出して事業を成功させた任天堂が、その利益を投入して開発した。同時代に発売されたゲーム機の中で最多出荷台数を記録し、日本において家庭用ゲーム機およびゲームソフトを販売する店を「ファミコンショップ」と呼称する[9]など商標の普通名称化がされるほど一般に認知され、出版や音楽などの他業種にも影響を与えた。

日本国外では中華民国台湾)、香港でも一部を現地仕様に合わせた上で発売された。一方で北米アメリカ合衆国及びカナダヨーロッパEC加盟諸国(当時)、オーストラリア韓国[注釈 6]では主要部分の仕様が同一の“Nintendo Entertainment System”(ニンテンドーエンターテインメントシステム、略称:NES)として発売された[注釈 7]

2003年に本体出荷は完了したが、一部のゲームソフトは後継ゲーム機にて復刻されている(#復刻版参照)。


注釈

  1. ^ ファミリーベーシックとデータレコーダー経由
  2. ^ ディスクシステム経由
  3. ^ 一部セーブ機能を持っていながらもバッテリーバックアップを搭載していないソフトがある。
  4. ^ 任天堂の公式表記では、日本産業規格(JIS)の当時の表記ルール(→長音)にのっとり「コンピュータ」と末尾の長音を伸ばしていない
  5. ^ 発表時点では1983年6月下旬発売予定[5][6]
  6. ^ 韓国では任天堂ではなく現代電子産業(現・SKハイニックス)が発売し、コンボイ(Hyundai Comboy)という韓国独自の名前になっている。
  7. ^ ファミリーコンピュータとNintendo Entertainment System(NES)はカセットや周辺機器の接続部分の機械的な仕様の違いでお互いの互換性はない。また、ファミリーコンピュータには搭載されてない「海賊版対策回路」が組み込まれている。
  8. ^ ただし「おもちゃは1万円以下でないと売れない」と本機開発以前から山内が発言していたため、上村たち開発陣は山内から要求される前から9,800円の価格を想定した[33]
  9. ^ 価格以外にも「子供がうっかり踏んづけても壊れにくい」構造にするという理由もあった[35][33]
  10. ^ 他のホームコンピュータ向けに開発されたものや、テレビのチャンネル表示IC等
  11. ^ 少ないとはいえ選択が可能になっている音源の波形、⊿PCMの搭載、パレットによる選択可能な色数など。
  12. ^ 同世代のハードウェアでは、セガSG-1000IIでこれと同様のボタン改良を行っている。
  13. ^ この機能を利用した主なゲームには『バンゲリング ベイ』や『スターラスター』、『たけしの挑戦状』、『ゼルダの伝説』、『ドラえもん(ハドソン版)』、『スターソルジャー』、ファミリーベーシックV3のサンプルプログラム『ハート』などがある。
  14. ^ 例えば、マイクの機能を使わない状態に戻しても雑音が常に入ってしまう状態になるなど。
  15. ^ メーカーのチラシやアンケートはがきが封入される場合もあった
  16. ^ 日本初のロムカセット取り替え式の家庭用ゲーム機はカセットビジョン[58]。日本国外の技術を流用した日本国内機種も含めると、より古い製品も存在する[59]
  17. ^ 星のカービィ 夢の泉の物語』では主にサブメロに用いられていた。
  18. ^ 移植された作品ではオーケストラアレンジなど同曲はパイプオルガンを意識した物となっていない。
  19. ^ ドラゴンクエストIV』の「不思議のほこら」ではメロディーラインにホワイトノイズを薄く重ねることによってパイプオルガンの送風ノイズを表現している[注釈 18]
  20. ^ 1980年代前半は、1984年スティーヴィー・ワンダーレイ・カーツワイルの研究室でPCMシンセサイザー(Kurzweil K250)に初めて触れたような時代である。
  21. ^ 初期の利用例としては、『スパルタンX』の音声がそれにあたる。
  22. ^ サンソフトの『ラフワールド』では、サンプリングされたシンセベースの演奏に使われていた。コナミの『トップガン デュアルファイターズ』『スーパー魂斗羅』では、BGM中のオーケストラヒットに使われた。『スーパーマリオUSA』では、『夢工場ドキドキパニック』で本来ディスクシステム側で鳴らしていた合成音を再現するために使われた。『暴れん坊天狗』のベストスコア表示時のBGMはDPCMのサンプリング音のみで構成されていた。『バトルトード』では、DPCMを鳴らす際、ソフトウエア制御によって、直接7bitのPCMを再生させている。
  23. ^ エミュレータや互換機など、このレジスタ、フラグ、カウンタが正しく実装されていない環境ではこれらを用いた効果音は音が違ったりBGMの演奏が正常に行われないなどの状況が発生する。
  24. ^ これを利用したものは ディスクシステム波形メモリ音源、一部コナミ製ゲームの追加音源 - 『悪魔城伝説』や『魍魎戦記MADARA』などで使われたVRC VI・『ラグランジュポイント』のVRC7に内包した2オペレータFM音源。VRCについては下記MMCの項も参照。『デジタル・デビル物語 女神転生II』など、一部ナムコ製ゲームのNamco 163追加音源、『ジャストブリード』などに使われた、MMC5に搭載されている音源、『ギミック!』に使われた、一部サンソフト製ゲームのSunsoft 5B追加音源、ジャレコの『燃えろ!!プロ野球』の「しゃべる」審判員、 ベネッセコーポレーションの教材スタディボックス
  25. ^ EGG MUSIC RECORDSからリリースされたファミコン用サウンドトラック等
  26. ^ 競合製品の搭載した、AY-3-8910やSN76489等では、デューティ比の固定された矩形波が三音とホワイトノイズのみが出力可能であり、デューティ比が変更できること、⊿PCMを搭載していることは表現の幅において大きな差となった。
  27. ^ 当時の多くの競合製品、ならびに低価格帯のコンピュータは、スプライトがあっても一キャラクタで指定できるのは単色のみであったり、スムーズスクロールなどはできないものであり、高価格帯の高解像度な機種は、スプライトなどはなく、グラフィックス処理は当時のCPUにとって非常に重たい処理であり、色数も8色から16色が主流の時代であった。
  28. ^ これはLCDテレビやPCのTVキャプチャなどで画面の端まで表示可能な環境の場合である。一般的なブラウン管テレビでは全ての走査線が表示されるわけではないので、表示範囲がさらに狭くなる可能性もある。
  29. ^ ファイナルファンタジー 任天堂 このページ内の動画で上下端8ラインが表示されていないことが見て取れる。
  30. ^ アフターバーナーII』等
  31. ^ 例えば当時の月刊コロコロコミックでは当時のライバル機を含む家庭用ゲームソフト全般の評価として、『マリオブラザーズ』が1位、『ポパイ』が2位など、4本すべてが9位以内の好評価だった。なお3位はSG-1000の『スター・ジャッカー』であるなど、他機種を含めアーケードからの移植作が多くランクインしていた[87]
  32. ^ 1987年末までにはゲーム業界大手から異業種の企業まで60社近くがサードパーティーに名を連ねた)[88]
  33. ^ アクションRPGを除く
  34. ^ ファミリーコンピュータ登場以前に一歩抜けだしていたのはエポック社カセットビジョンで累計40万台を販売している[94]
  35. ^ 初期の製品には多くの不具合があり、多くのクレームが寄せられていたと言う[28]。例えば、上村は1983年12月発売の野球ゲームである『ベースボール』で、ダイヤモンドが表示されなくなる問題[30]や本体の温度がすぐに上がってしまい、素早く絵を表示するためのスプライトが消失する「消える魔球」現象[96] で正月休みを返上して回収に当たった[97]
  36. ^ 岩崎啓眞は「当時家庭用ゲームハードでは不可能だった全方向スムーススクロール・多色スプライト・当時としては悪くない音源を備えたマシンで、もうゲームをやるために必要な機能はパーフェクトに備えている」と評価している。[98]
  37. ^ サードパーティーの概念は1977年(昭和52年)にアタリが発売したVideo Computer Systemが作り上げたもので、当時の日本ではゲームソフトのサードパーティーの概念は普及しておらず、発売当初からサードパーティーの参入が想定されていたわけではない[99]
  38. ^ ファミリーコンピュータへのサードパーティーの参入はファミリーコンピュータが発売されて約1年後の1984年7月28日に『ナッツ&ミルク』を発売したハドソンが初めてであり、それによって日本で初めて家庭用ゲーム機のサードパーティービジネスが切り開かれるとともに、ソフト媒体の委託生産システムが生まれた[63][100]。ハドソンが参入した約1か月後にナムコが『ギャラクシアン』で2番目のサードパーティーとなったが、ファミリーベーシックの開発を受託したことからハードウェアに関する知識を得られたハドソン[101][102]と異なり、ナムコはハードウェアを独自に解析してソフト開発を行っていた。
  39. ^ 高橋名人が2016年にIT Mediaに寄せた記事によると、80年代当時はアーケードゲームが人気を博していたものの、利用料に絡んだ恐喝事件も起きており、PTAが小中学生にゲームセンターの利用を禁じていた[104]ため、当時の子どもたちにとっては「(親から禁じられている)ゲームセンターのゲームが家で遊べる」ということでヒットにつながったと推測している[105]
  40. ^ ただし値下げ販売を快く思わなかった任天堂は、値下げ店への対策として一時出荷を停止している[107]
  41. ^ カセットビジョンの開発に携わったエポック社の堀江正幸によれば、ファミコンとは「技術的にはたいした違いはなかった」とする一方でファミコンの勝因に関して、カセットビジョンはソフトを全て自社開発する方針だったのに対し、ファミコンはサードパーティーを引き込んだことでソフトラインアップが豊富だったことを挙げている[109]
  42. ^ ソード電算機システムM5はゲームソフトは自社では作らず全て他社からの移植という方針だったが、ソード創業者の椎名堯慶は「任天堂さんはゲーム作りが優れていた。ゲームの世界で育ってきた会社ですから、お客さんを喜ばせる方法を知っていた」[110]とファミコンの勝因を分析している。
  43. ^ 当時、米国任天堂社長だった荒川實は、ビデオゲームに対する拒絶反応があまりに強いので、最初はほとんど商売にならなかったと述べている[112]
  44. ^ これは1981年のガンプラブームの時にも見られた傾向である。
  45. ^ ファミコンCAP』、『熱血!ファミコン少年団』、『ファミコンロッキー
  46. ^ ファミ拳リュウ』、『ファミコン風雲児
  47. ^ われらホビーズ ファミコンゼミナール
  48. ^ 「ヒロインであるはずのシルビアが主人公に牙をむく」(『スパルタンX』)[117]や、「特定のエリアにて、バンゲリング帝国の最終兵器が出てくる」(バンゲリングベイ』)などが該当する[118]。作者のあさいもとゆきは担当編集者の提案により導入したと書籍『超ファミ漫』の中で説明している[118]
  49. ^ スーパーマリオ 魔界帝国の女神』など
  50. ^ ファミコンソフトを用いた大会は1987年まで。

出典

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  134. ^ また国会で「ファミコン」論議 通産、業界指導に 3月7日衆院予算委で藤田氏質問」『ゲームマシン』第282号(アミューズメント通信社)、1986年4月15日、1面。






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