誘惑
『歌の本』(ハイネ)「帰郷」2「どうしてこんなに」 ライン河岸のローレライの岩に乙女が腰をかけ、金髪を梳りつつ歌をくちずさむ。そのメロディーを聞く舟人は心乱され、暗礁も眼に入らず、ただ乙女を仰ぎ見る。ついには舟も舟人も、波に呑まれてしまう。
『オデュッセイア』第12巻 人面鳥身の魔女であるセイレンたちは、島の草原にすわり、美しい歌声で船乗りたちを誘い寄せる。歌声を聞いた人々はもはや家郷へ帰ることあたわず、死なねばならない。セイレンたちの周囲には、腐りゆく死骸の白骨がうず高く積もっている〔*しかしオデュッセウスは知略によって、無事にセイレンの歌を聞くことができた〕→〔分割〕7。
『今昔物語集』巻29-3 夕暮れ方、30歳ほどの赤鬚の男が通りかかるのを、ある家の半蔀(はじとみ)から手を差し延べて招く。男は、招かれるままに家に上がりこみ、簾の中にいた20歳余りの美女と夫婦になる。やがて、男は女の指図に従い、盗賊団の一員となって働くようになる。
『仕事と日』(ヘシオドス) ゼウスが人間に災厄を与えるために、美女パンドラをエピメテウスのもとへ送る。愚かなエピメテウスは「ゼウスからの贈り物はうけとるな」という兄プロメテウスの忠告にもかかわらず、パンドラを妻として災いを招く。
『丹後国風土記』逸文 水の江の浦の嶼子(=浦島)の釣り上げた五色の亀は美女に変じ、「貴方と末永く添い遂げたい。一緒に蓬山(とこよのくに)へ行きましょう」と誘う。嶼子は女の言葉に従う(与謝郡日置里筒川村)。
『マハーバーラタ』第1巻「序章の巻」 神々が、兄弟の悪魔スンダとウパスンダを滅ぼすために天女ティロッタマーを造り出す。彼女がスンダとウパスンダの所へ行って誘惑すると、2人の悪魔は、この美女を自分のものにしようと棍棒で殴り合い、ともに倒れて死ぬ。
*愛の女神ヴェヌスの誘惑→〔穴〕1の『タンホイザー』(ワーグナー)第1幕。
『アエネーイス』(ヴェルギリウス)第4巻 トロイア陥落時、アエネーアスは部下たちとともに船で脱出し、海上を7年間彷徨した後、カルタゴの女王ディードーと結ばれる。しかしカルタゴにとどまろうとするアエネーアスに、伝令神メルクリウス(ヘルメス)が新国家建設の使命を思い出させる。アエネーアスはディードーを捨ててイタリアへ出発する〔*ディードーはアエネーアスを恨み、かつてアエネーアスから贈られた剣で自殺する〕。
『三国志演義』第55回 劉備は呉の孫権のもとへ赴き、その妹を妻としてめとる。彼は孫権の計略にはまり、女色と遊興にうつつをぬかして荊州へ帰ることを忘れる。趙雲が「曹操の軍が荊州へ押し寄せた」といつわり、出発をうながす。
『春秋左氏伝』僖公23年 故国晋を離れ、諸国をさすらい雌伏の時をすごしていた文公重耳は、斉の国で妻を得たため、安楽な暮らしに満足して斉にとどまろうとする。部下たちが重耳を酔わせ、車に乗せて国外へ連れ出す〔*『史記』「晋世家」第9に類話〕。
*女人国レムノス島での誘惑→〔女護が島〕3aの『アルゴナウティカ』(アポロニオス)第1歌。
楊貴妃の伝説 唐の玄宗皇帝は、東海の楽土(=日本)を攻め取る夢を持っていた。熱田の神が、傾国の美女・楊貴妃を唐へ送り(*熱田の神自身が変身して楊貴妃となったともいう)、玄宗皇帝の心を惑わして、彼の野望を捨てさせた。安禄山の乱で楊貴妃は殺され、彼女の魂は唐土から日本まで飛んで来て、熱田の地にとどまった。かつては、熱田神宮本殿の西北方に楊貴妃の塚があったという(名古屋市熱田区)。
★3a.超人的な力を持つ男が、誘惑に負けて女と交わり、力を失う。
『ギルガメシュ叙事詩』 粘土から造られたエンキドゥは、山野で獣たちとともに暮らしていた。ウルクの王ギルガメシュが、エンキドゥの力を奪うために、宮殿の遊び女を派遣する。女が裸身を示して誘惑すると、エンキドゥは彼女を抱く。その結果エンキドゥには人間らしい心が芽生えるが、代わりに力を失い、仲間の獣たちも彼を捨てる。
『今昔物語集』巻5-4 一角仙人が龍王を水瓶に閉じこめたため、旱魃が続く。大臣の計略で多くの美女が一角仙人のもとを訪れ、色香に迷った一角仙人はそのうちの1人と交わる。たちまち一角仙人の神通力は消え失せ、龍王が水瓶を破って昇天し、大雨を降らせた。
*闘牛士が悪女の誘惑に負けて、腕が鈍り、牛に突き殺される→〔牛〕7bの『血と砂』(ニブロ)。
『雨』(モーム) 牧師デイヴィドソンは妻とともに、南洋の島々で住民を教化しようと尽力する。デイヴィドソンは、ホノルルの風俗街から流れて来た女サディをも改心させるべく、彼女を非難し、脅し、数日間女の部屋で一緒に祈り、聖書を読む。降り続く雨で精神の平衡を失った牧師は、サディと関係を持ってしまい、自殺する。
『嘆きの天使』(スタンバーグ) ギムナジウムの中年独身教授ラートは、学生たちがナイトクラブ「嘆きの天使」に出入りしていることを知り、彼らを堕落から救おうと、店へ乗り込む。ところがラートは、踊り子ローラに心を奪われ、自らが「嘆きの天使」の客になってしまう。ラートは教授職を解任され、ローラと結婚し、芸人一座の一員となる。ついには道化師として舞台に立たねばならなくなり、しかもローラには新しい愛人ができていた。ラートは怒りと屈辱の中で窮死した。
『日本永代蔵』巻1-2「二代目に破る扇の風」 一代で財を築いた長者の二代目の男は、親以上の倹約家だった。ある時、男は路上で手紙を拾う。それは客が女郎にあてた手紙で、中に1分金(いちぶきん)が入っていた。男は手紙と金を遊郭まで届けるが、あて名の女郎に会えなかったので、「一生の思い出に、この金で1度だけ遊ぼう」と思う。それがきっかけで運命が狂い、男は遊びの味を覚えて、数年で親の遺産を使い尽くした。
『過去現在因果経』巻3 魔王が美しい3人の娘を、菩提樹下に結跏趺坐する釈迦のもとに送り、誘惑してその成道を妨げようとする。しかし釈迦は彼女らをしりぞけ、悟りを開く〔*『今昔物語集』巻1-6に類話〕。
『チャンス』(太宰治) 「恋愛はチャンスだ」と教える人が多いが、「私」は「恋愛は意志だ」と思う。弘前高校の1年生の時、宴会で「私」は芸者お篠に誘惑された。お篠は「私」を料亭へ案内し、旅館へ連れて行き、「私」が蒲団にもぐり込んでいる枕元に坐って、いろいろ話しかけた。そのうち「あたしを、いやなの?」と聞くので、「私」は「いやじゃないけど、眠くって」と答えた。お篠は「それじゃまたね」と言って、帰って行った。チャンスがあっても、意志がなければ恋愛は成立しないのだ。
★5a.神・仏・僧などが女に化身し、あるいは女を送って、男の心を試すために誘惑する。誘惑に乗る男も乗らぬ男もいる。
『宇治拾遺物語』巻13-14 聖僧優婆崛多が「女人に近づくな」と弟子を戒め、弟子もそれを誓う。ある時、弟子は、川に流される女を救うべくその手を取って引き上げ、心乱れて女を犯そうとする。女はたちまち優婆崛多に変わり、弟子は恥じ入るが、彼はこれを契機に悔い改め、阿那含果を得る。
『西遊記』百回本第23~24回 取経の旅をする三蔵法師・孫悟空・猪八戒・沙悟浄の4人が、一軒の家に宿を請う。そこには36歳の寡婦、20歳・18歳・16歳の3人娘が住み、「財産も多いので、三蔵ら4人を婿に取って安楽に暮らしたい」と言う。八戒が誘いに乗って娘を3人とも手に入れようとするが、たちまち縛られる。4人の女は黎山老母・観音菩薩・普賢菩薩・文殊菩薩の化身で、三蔵らの道心を試したのだった。
『千一夜物語』「羊飼いと乙女の挿話」マルドリュス版第147夜 アラー神が老羊飼いの徳を試すために、美しい処女を送る。老羊飼いは、どのような甘言にも心を動かさず、かえって彼女をののしる。処女は祝福の言葉を残して去る。
『雑談集』(無住)巻7-2「法華ノ事」 若い女が、曇翼法師の寺に宿を請う。夜、女は腹を病んで曇翼に「我が腹・臍の辺をなでさすり給え」と言う。曇翼は手巾を巻いた錫杖を用い、女に触れない。翌朝、女は普賢菩薩となり「汝の心を見るに、水中の月の如し」と賞して空へ上る。
★5b.仏や僧が女に化身し、誘惑に乗る男をそのまま仏道へ導く。
『古本説話集』下-60 大和国の長者の姫君が、門番女の息子・真福田丸(まふくたまろ)から思いを寄せられたので、「祈祷僧となって近づけ。そうすれば密会できる」と教える。真福田丸は学問をし、僧になり、修行に出る。その間に姫君は病死し、真福田丸は道心を起こして、智光という尊い上人となって往生する。実は姫君は、真福田丸を仏道に導くために、行基菩薩が生まれ変わった姿だった〔*→〔転生する男女〕4bの『今昔物語集』巻11-2に類話〕。
『今昔物語集』巻17-33 遊び好きの青年僧が、一夜の宿を請うた家の未亡人に心奪われる。未亡人は「夫に持つなら只人でなく、学僧が望ましい」と言うので、僧は3年間学問に励み立派な学僧となって、いよいよ未亡人を抱こうとするが、疲れで眠りこみ、目覚めると野中に寝ていた。未亡人は、僧を仏道に導くために虚空蔵菩薩が化身した姿だった。
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