名物選手
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/20 05:02 UTC 版)
「さんまのナンでもダービー」の記事における「名物選手」の解説
松島暁人 ロッククライマー。当時中学生であり、最終レースのダービー池に準レギュラーで出演。綱のぼり企画にも登場した。優勝回数が非常に多く常に一番人気であり、渡辺二郎、タイガーマスク、おさるなどに勝利した。1度はおさるに負けて苦汁を飲み、逆に当時無名であったおさるの知名度が全国区になったほどだった。ダービー池クラシック競走のトライアルレース「弥生賞」では、実績十分で断然の一番人気だったが、花粉症だったためまさかの大惨敗。初出走で人気薄の山崎裕太が2着に入る大波乱を起こさせたが、本番の皐月賞ではぶっちぎりの優勝で雪辱を果たした。 日本女子体育大学ダンス部 10人11脚などに出走。初出場から前半までは上位に入るほどの好成績だったが、後半あたりから不調が続いていた。最後の参加では有終の美を飾った。部員全員、練習や大会演技等で着用する長袖レオタード姿で参加。競技場グラウンドをはじめ山岳地帯や浜辺等で行われる競技に参加していた。 マッスル北村 (ボディービルダー)とその仲間達 初出走はスペシャル版第2回の時の「干潟トライアスロンカップ」に個人で出走し、優勝を果たす後、第3回の「ピアノ壊し競走曲カップ」に出走し2着を収める。そして初のG1タイトルとなる(前述)「鉄人イカダグランプリ」において「マッスル北村率いるボディビルダーチーム」として参戦。前半の漕ぎ100mでは後方に甘んずるも、後半の泳ぎ50mで一気に挽回し優勝を納める。そのレースでの注目は「日米海軍対決」ということで、4枠に「アメリカ海兵隊チーム」5枠に「海上自衛隊チーム」の争いに注目が集まっていたため、ボディビルダーチームは予想では無印に近く、優勝「ボディビルダーチーム」2着「海上自衛隊チーム」は105倍の万馬券となり、唯一の正解者である和田アキ子が1レースで100万以上のS$を手に入れその回は優勝した。 それ以降G1では「人間ばんばグランプリ」での2着、そしてレギュラー化が始まる直前のスペシャルでの「雪上船引きグランプリ」で優勝、番組初のG1・2冠馬となり、レギュラー化にあたって「ボディビルダー最強説」を作る大きな布石となった。レギュラー化以降、初のG1レースとなる「トラック綱引きグランプリ」においては予想「◎3つ」の最高評価を受けるものの、最低の評価を受けていた「引越し屋チーム」にも負ける5着に甘んじた。これ以降、2回目の開催となる「鉄人イカダ」などのパワーレースでも不振が続いた。 しかしスペシャル版の「ダービー池・両手連結ガマンカップ」において、本命のロッククライマーチームを押さえて3度目となるG1タイトルを獲得した。レギュラー終了後のスペシャル版においては志茂田景樹と「ミステリアスペア」を組んで、「セミ人間カップ」に出場し、何度かG1タイトルを獲得している。 また、東京大学出身の知力を買われて、計算ハンデなどの頭脳系レースにも出走し、活躍した。 ナリタブラリアン (ポニー) と主戦騎手・森安輝正(当時JRA騎手) 放送当時、三冠馬になったナリタブライアンにあやかり名づけられたポニーで、本名はオパール号。ナリタブライアン同様にシャドーロールを装着していた(ただし赤色。ナリタブライアンは白色のもの)。森安の調教により、ポニーから「競走馬」へと成長。ポニーや人間、自転車などの異種混合レースで活躍。後に、ポニーのみのレースも(いわゆるポニー競馬)開催。最終的には、1995年の秋と年末で連覇を達成するまで成長したが三連覇の懸かった1996春では100mのハンデを捲くることができず敗れた。 また、森安自身、JRAプロフィールの趣味の欄に「さんまのナンでもダービー準レギュラー」と書いており、思い入れは強かった。森安はダービー池での懸垂がまんカップなど、ナリタブラリアンとのコンビ以外でのレースにも出場している。 後にこの他にも、実在の名馬にあやかった名を付けた、ホクトベカコ(ホクトベガ)、ミスターチービー(ミスターシービー)、ツインターボー(ツインターボ)などといったポニーも登場。また騎手は当時若手だった田中勝春や後藤浩輝、園田競馬場所属の若手ジョッキーだった木村健、ヒシアマゾンに騎乗してブレイクしていた中舘英二などがレースに参加したこともあった。 實原邦之 元死体役者。第1回放送となる「ニッカ池・潜水ガマンカップ」において、大外6枠8番で出走。下馬評は低かったため、2着入賞となったこのレースでは放送終了まで破られなかった206倍の高配当を演出した。 2回目と5回目のスペシャルでも開催された、「潜水ガマンカップ」において自己記録を上回りながらも2着に甘んじ、「ダービー池のナイスネイチャ」とあだ名されるようになった。 第6回スペシャルで初開催となった「セミ人間」においては、「タレント」として出走。前述のマラカー同様、本来の肩書きとは畑違いなレースの出走、「芸能界にしがみつきながら生きている」という強引な触れこみであったが、2度の3着と成績は決して悪くなかった。 レギュラー化以降もマラカー同様、ダービー池の名物的存在であったが、勝ち星に恵まれなかったためにマッスル北村のコーチを受けて肉体改造を図り、出走。パワーレースで「潜水」でもなし得なかった、初優勝を飾る。 以降もそれなりの成績を治め、1994年のサッカーW杯にあやかって開催された「抱きつきワールドカップ」にはその実績を買われて日本代表として出場、イラン人出場者を破って優勝し、本家W杯のサッカー日本代表の雪辱を果たした。なお、本選のW杯では4着に甘んじ、優勝はブラジル人だった。 おさる レスキュー隊員や自衛隊員、ロッククライマーらが出走した障害物レース(壁を乗り越えるなど、自衛隊の訓練のような障害)で、芸人であるにもかかわらず2着に入る。それ以降度々出走、顔がそっくりと言われる薬師寺保栄と対決した事もあった。 天地真理 大穴要員として活躍。ハンデ付きの中距離走レースで1km近くのハンディがありながらナリタブラリアンに敗れる。 ケイン・コスギ ダービー池の「ペア抱きつき我慢カップ」において父親のショー・コスギと一緒に出走して優勝した事から、以降はほぼレギュラーで出走(基本的に大外の6枠であることが多く「ショー・コスギの息子」と枕詞がつく)。また、当時ケインがニンジャブラック/ジライヤ役で出演していた『忍者戦隊カクレンジャー』の出演メンバー5人(小川輝晃、広瀬仁美、土田大、河合秀)で出走したこともある。 中務顕貴 自転車少年と言われ日本縦断・世界各国を自転車で旅をした。当時中学生で最終レースのダービー池に準レギュラーで出演したが松島に比べて優勝には恵まれなかった。本番組出演以前、フジテレビの情報番組『タイム3』で自転車の旅企画に出演していた。 アムリット・マラカー ネパールの星。1回目の潜水がまんカップにおいて、さんまの本命予想にもかかわらず10秒持たずに浮き上がり惨敗。2回目も同様に惨敗した。その後もダービー池の名物選手として出走するもほとんど下位という成績(1度だけ恋人が応援に来た回があり、その回は2着に入るという大波乱を起こした)だった。マラカー引退レース(しがみつき)では、マラカー以外の5人がデブキャラ(グレート義太夫、小学生の相撲チャンピオン、ウガンダ・トラ、エアロビクサー、ヘビメタバンドのギタリスト)というやや姑息な出走メンバーではあったが、これまでの戦績から下位人気に甘んじた。結果は1着で最後の最後に初勝利を飾り、引退に華をそえた形ではあった。 花相撲保存会のおばちゃん軍団 平均年齢は60歳前後。重い丸太でできたムカデ競走で大活躍した。最初に登場した時は、運動自慢の他のチームに勝てるわけがないという見方が大勢を占め、予想上無印扱いだった。しかし、いざレースが始まると僅差の2着に入る大波乱を起こし、さんまやパネラー陣を絶句させた。その後出場したムカデ競走ではこの衝撃を覚えていたパネラーが多く、1番人気に支持され1着になった。 世界トップクラスの陸上選手 番組には、棒高跳び現世界記録保持者のセルゲイ・ブブカをはじめとしたワールドクラスの陸上選手が多く出場した。特番時のメインレースではオリンピック短距離メダリストのデニス・ミッチェル、さらにはフランキー・フレデリクスがハンデ付きのスプリントレースに出場したが、生で行われるレースであるにもかかわらず、本番直前になって長めのウォーミングアップの時間を取るため、さんまやパネラー陣の評判は必ずしも良いものではなかった。そのため、フレデリクスが出走した次の特番のオープニングでは、パネラーの関根勤に「今日は世界の陸上王は来てないのか?」と皮肉を言われていた。 枝打ち名人親子 主に「抱きつきがまんカップ」に出走。その実力は普段の仕事場である杉の木に登って仕事をしていることもあってかとても強く、一時期は「抱きつきレース無敗」とパドックで紹介されるほど。また、息子の方は綱のぼりレースにも出走。新聞予想のほとんどの◎はさんまを含めレスキュー隊についていたが、終始ペースを落とすことなく優勝し(レスキュー隊は3着)、さんまやパネラー陣が舌を巻くほどの実力を見せた。 元暴走族夫婦 抱きつきレースにおいて3連覇を達成するが、夫婦共にスポーツの経験が無かったため、さんまやパネラー陣をよく驚かせた。また、4連覇のかかったレースでは、枝打ち名人親子と噴水がかかりながらも一騎討ちの様相を呈した名勝負を繰り広げ、最後には落下しかけた旦那を妻が必死に支えるなどの執念を見せ、2着だったもののスタジオ中が感嘆の声を挙げていた。
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