前世
『更級日記』 菅原孝標女が32歳の時、夢で清水寺の礼堂に座っていると、別当らしい人が、「汝の前世は当寺の僧で、仏師だった。仏像を多く造った功徳で、現世では良い家柄に生まれた。御堂の東の丈六の仏を造る途中で死んだのだ」と教えた。
『剪燈新話』巻4「緑衣人伝」 大臣・賈似道の旧邸近くに住む趙源は、しばしば門外で出会う緑衣の女と親しくなる。素性を明かさぬ女に趙源が繰り返し問うと、彼女は「私とあなたは前世で賈似道様に仕え、恋人どうしだったが、2人の関係が発覚し、ともに死を賜った。あなたはすでにこの世に生まれ変わっているが、私はまだ幽霊のままです」と教える→〔転生する男女〕3。
『とはずがたり』(後深草院二条)巻4 ヤマトタケルが東夷を討つため下向途中、伊勢大神宮に参拝した。その折、アマテラスが「汝が前世でスサノヲノミコトであった時、ヤマタノヲロチの尾から取り出して我に献上した剣である」と神託を下し、草薙剣を授けた。また「危急の時に開けよ」と教えて錦の袋を与えた〔*二条が熱田神宮で聞いた草薙剣の縁起〕。
『法華経』「序品」第1 霊鷲山上の釈尊の説法の場で、弥勒菩薩は自分の前世を文殊菩薩から教えられる。弥勒は過去世では「求名」と呼ばれ、善根を積んだ功徳で、生まれ変わるたびに仏に会うことができたのだった。
『法華経』「化城喩品」第7 釈尊が、遠い昔の大通智勝仏の物語をする。大通智勝仏の息子の16王子の1人が過去世の釈尊であり、お前たちは前世でその説法を聞いていたのだ、と弟子たちは教えられる。
*→〔経〕2、〔背中〕1aの『夢十夜』(夏目漱石)第3夜・〔転生〕1の『今鏡』「昔語」第9「真の道」・『太平記』巻5「時政榎島に参籠の事」・〔転生〕3の『松浦宮物語』。
『今鏡』「昔語」第9「真の道」 大外記定俊は、越中守であった頃、ある夜の夢で次のように教えられた。「汝は前世で越中の国の、目くら聖の持経者だった。前々世では越中の国の牛だったが、『法華経』1部を背負って山寺に登った功徳で、持経者に生まれ変わり、現世では越中守になっているのだ」。
*自分の前世と前々世を思い出す→〔猫〕4bの『広異記』35「三生」・〔ミイラ〕2の『木乃伊(ミイラ)』(中島敦)。
*前世と前々世と前々々世を覚えている→〔赤ん坊〕2cの『聊斎志異』巻11-439「汪可受」。
★1c.前世を映す皿。
『カター・サリット・サーガラ』「ナラヴァーハナダッタ王子の誕生」3・挿話3 シンハ・パラークラマの妻は容姿も心も醜悪で、つねに夫と争っていた。シンハ・パラークラマは樹下から緑柱石製の大皿を得、それを覗いて、自身の前生が獅子であり、妻の前生が牝熊だと知る。前世以来の敵対関係が、夫婦間の憎悪のもとになっていることがわかったので、彼は皿に多くの娘を映し、前生が牝獅子だった娘を見つけて第2の妻とし、先妻には食物のみを与えた。
『鸚鵡七十話』第2話 商人ナンダナが王妃シャシプラバーに恋する。彼の母ヤショーダーが牝犬を連れて王妃に会い、「私と貴女と牝犬は、前世で3人姉妹だった。私は多くの男に愛を与えたので、前世の記憶を維持する能力を得た。貴女は気に入った男だけを愛したので、前世の記憶を失った。もう1人は夫以外の男を愛さなかったので、牝犬に生まれ変わった」と告げる。王妃はこれを信じ、商人ナンダナに愛を与える。
★3.前世の骸骨を見る。
『えんの行者』 役の行者が大峯山の釈迦ヶ岳に分け入り、背丈9尺ほどの骸骨が木の枝に刺さっているのを見出した。骸骨は左手に鈴(れい)、右手に独鈷(とっこ)を握っていた。その夜、弥勒菩薩が「汝は前生7生、この山で修行した。これは汝の前生の骸骨だ」と、役の行者に夢告をした。
『古今著聞集』巻2「釈教」第2・通巻46話 浄蔵法師が金剛山の谷で、死者の骸骨を見た。石を枕にして臥し、手に独鈷(とっこ)を握っていた。「これは汝の前生の骸骨である。すみやかに加持して独鈷を得よ」との夢告があったので、陀羅尼を唱えて加持すると、骸骨は起き上がり、独鈷を浄蔵法師に与えた。
『発心集』巻7-12 餓鬼が、前生の自分の身体であった白い骸を槌で打ち、「前世で罪を作ったため餓鬼の身を受けた。この骸が恨めしく、常に打つ」と言った。また、天人が、前生の自分の骸に花を降らし、「この身に功徳を作り、天上に生まれることを得た。その報いのため供養する」と言った。
『和漢三才図会』巻第65・大日本国「陸奥」 建長2年(1250)7月、下総の性信上人(1187~1275)は夢に、「汝の前世の遺骨が、奥州信夫郡土湯山の松の下にある」とのお告げを得た。上人は土湯山へ旅して松の下から枯骨を見出し、その地に法得寺を建立して本願寺派の道場とした〔*法得寺は後に臨済派の寺となり、名も光徳寺と改まった〕。
*前世のミイラを見る→〔ミイラ〕2の『木乃伊(ミイラ)』(中島敦)。
*天人が前世の死骸を供養する→〔死体〕10の『今昔物語集』巻2-7。
*前世の身体を埋めた墓→〔文字〕3の『力(りき)ばか』(小泉八雲『怪談』)。
★4a.自らの前世を語る。
『勝五郎再生記聞』(平田篤胤) 文政5年(1822)11月、多摩郡中野村の百姓の子・8歳の勝五郎は、田のほとりで遊びつつ、兄・姉に「前世では誰の子だったか」と聞いた。兄・姉が「そんなことは知らぬ」と答えると、勝五郎は、「自分は程窪村の九兵衛という人の子で、藤蔵という者だった」と語った。
『奇談異聞辞典』(柴田宵曲)「小児前生を語る」 上総国望陀郡戸崎村の百姓・佐兵衛の伜が5歳の時、「我は相模国矢部村・六右衛門の子だったが、7歳の時、馬に踏まれて死んだ」と父母に語った。後、廻国の者を一宿させた折に、佐兵衛がこの話をすると、その者は、「私は六右衛門の知り合いだ。彼の子が馬に踏まれて死んだことも聞いている」と言った(『梅翁随筆』巻3)。
『変身物語』(オヴィディウス)巻15 ピュタゴラスは、霊魂の不滅と転生を説いた。彼は言った。「今も記憶に残っているが、私は前世ではトロイア人エウポルボスだった(*→〔記憶〕7bの『ギリシア哲学者列伝』)。トロイア戦争の時には、私はメネラオスの重い槍を、真っ向から胸に受けたのだ」。
★4b.幼い頃は前世を覚えているが、成長すると忘れてしまう。
『豊饒の海』(三島由紀夫)・第3巻『暁の寺』 タイの王女ジン・ジャンは物心ついて以来、「自分は日本人の生まれ変わりで、自分の本当の故郷は日本だ」と主張し続けた(1)。本多繁邦は7歳のジン・ジャンに拝謁し、彼女の語ることがらから、「松枝清顕や飯沼勲の生まれ変わりの可能性がある」と思う(3)。しかしジン・ジャンは、18歳になって本多と再会した時、「幼い頃のことは何も覚えていません」と言って、生まれ変わりとは別の解釈を示した(30)→〔心〕7。
『閲微草堂筆記』「槐西雑志」192「幼少のころ」 「私」が友人の袁愚谷(1723~1783)から直接聞いたところによれば、彼は3~4歳の頃には、前世の記憶がはっきり残っていた。5~6歳になると、おぼろげになった。今では、前世で科挙の合格者だったこと、家が長山の近くだったことしか覚えていない。姓名も事柄も全部忘れてしまったという。
『ジャン・クリストフ』(ロラン)第9巻「燃ゆる荊」 ジャン・クリストフと人妻アンナは、不思議な力で互いに引かれ合う。ある晴れた冬の日、2人は郊外へ遠出をする。アンナは「動物には魂がない、と牧師は言うが、私はあると思う。あなたはどう考えるか?」と、クリストフに問いかける。彼女は「私は前世で動物だったと思っている」と言う〔*2人はやがて関係を結ぶようになる〕→〔灰〕5b。
*自らの前世を、植物だと考える→〔墓〕6aの『野菊の墓』(伊藤左千夫)。
『犬』(正岡子規) 犬(*→〔犬〕4e)が、姨捨山(うばすてやま)の姨を88人喰った後に懺悔し、四国の霊場88個所巡りを志す。しかし87個所巡ったところで死んでしまった。すると姨たちの怨霊が88羽の鴉となって、犬の腹ともいわず顔ともいわず、喰いに喰った。こんな犬が生まれ変わって、「僕(=正岡子規)」になったのではあるまいか。その証拠には、足がまったく立たんので、僅かに犬のように這い廻っているのである。
『子不語』巻13-338 挙人(=郷試の合格者)の王鼎実は病気になって、次のように語った。「私の前世は鏡山寺の僧某だった。科挙の及第者を羨む心と、金持ちの暮らしに憧れる心があったので、2度、転生せねばならなかった。私は今生では挙人となり、まもなく死んで、富豪の姚(よう)という家に転生する。罪科なくこの生涯を過ごしたから、輪廻に入らず、すぐ姚家に生まれる」。3日後、王鼎実は死に、その日、姚家では一子が誕生した。
*死んだその日に、ただちに別人に生まれ変わる→〔同日・同月〕3cの『子不語』巻13-317、〔老翁〕1dの『子不語』巻13-336、→〔転生〕5の『聊斎志異』巻6-240「餓鬼」・巻12-483「李檀斯」。
★5.自らの前世を語ることの禁忌。
『カター・サリット・サーガラ』「マダナ・マンチュカー姫の物語」1・挿話1 ダルマダッタ王とナーガシュリー妃が、ある日突然前生を思い出す。突然に前生を思い出した者がそれを他人に話せば死ぬ、と言われていたが、王と妃は互いの前生を語り合う。妃は某婆羅門の婢女、王は某商人の召使で、2人は前世でも夫婦だった。語り終えた王と妃は、たちまち死んで天国へ赴いた。
『今昔物語集』巻2-30 32人の人が他人の牛1頭を盗み、1人の老女とともに、この牛を殺して食べた。彼らは皆転生し、牛は波斯匿王、老女はその后毘舎離、32人は毘舎離の子となった。牛を殺した32人は、牛の後身である波斯匿王(32人の父親である)に殺された。
★7.人間には前世が必要である。
『ゲンセンカン主人』(つげ義春) 田舎町の古宿に男が泊まり、給仕する老婆と、前世について話をする。老婆は「前世は鏡です。前世がなかったら、私たちは生きていけません」と言う。男が「なぜ生きていけないのです?」と聞くと、老婆は「だって前世がなかったら、私たちはまるで、幽霊ではありませんか」と答える。
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