霊柩車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/21 10:38 UTC 版)
日本では神道や仏教の建築様式を模した「宮型霊柩車」と呼ばれる独特の霊柩自動車が用いられる[1]。「柩」が常用漢字に含まれないため、日本の法令上は霊きゅう自動車と表記される。
欧米
欧米のキリスト教圏では参列者が最後まで見送れるように、巨大なリアクオーターとバックウィンドウを取り付けるなど、棺をあえて車外から見えるようにしたタイプも多い。キリスト教では「死のケガレ」といったタブーの概念はなく、死は「天国への凱旋」と捉えられる。また教会での葬儀には誰でもオープンに参加でき、親族以外にも教会の一般信徒が手伝いなどをする。こうした宗教による死生観の違いが霊柩車の形態にも影響を与えている。
英国
スウェーデン王妃ルイーズ・マウントバッテンの葬列の霊柩馬車。1965年3年13日。
スコットランド地方ではスコットランド国教会の教会墓地とは別に、1840年代に民間共同墓地が開設されるようになり、従来の教会墓地に比べて公衆衛生への十分な配慮や個人所有墓の確保などが図られ、墓の提供に加えて規格化された葬送として霊柩馬車が採用されるようになった[2]。
それまでは、水平にした梯子に棺を乗せて運ぶ梯子葬列 (spoke funeral) 、棺を肩まで担ぎ上げて運ぶ肩葬列 (shoulder funeral) といった徒歩葬列が一般的であったが、民間共同墓地は霊柩馬車の使用を提案するようになり、葬列の移動時間は短縮された[2]。
自動車が用いられるようになると、霊柩馬車は姿を消していったが、葬儀用に黒馬が引く伝統的な馬車が再び復活を果たしつつある[3]。現代でも葬儀社に依頼すれば、2頭立て御者付きの伝統的な霊柩馬車を手配してもらうことができ、根強い需要がある[4]。
2021年に死去したエディンバラ公フィリップの葬儀では、生前、フィリップ自ら改造を指示していたランドローバー・ディフェンダーが使用された(画像リンク)[5]。ピックアップ・トラック形で荷台部分が棺室になっている。
米国
米国の葬儀は、一般に教会あるいは葬儀社のホールにて執り行われることが多い。葬儀後に墓地が葬儀場から遠いときは棺を霊柩車で移動する[6]。また、葬列の巡行が求められる際にも霊柩車が仕立てられる。
伝統的には黒馬の二頭立てだが近年は必ずしも拘らない。2018年、イギリス、マンチェスターにて
日本
日本では遺体を納めた棺を輿に乗せ、人が担いで運んでいた[7]。輿の屋根は唐破風で、後の宮型霊柩車の原点となっている[7]。
その後、棺は大八車様のものに乗せて運ばれるようになり、これは「棺車」と呼ばれた。「棺車」には二方破風の屋根が付けられ、側面には花鳥等の彫刻が施されるなど、装飾や形状は後の宮型霊柩車に近いものであった[7]。
その後、トラックの荷台に前述の輿のようなものを乗せて運ぶようになり、さらにそれが自動車と一体化した。 21世紀初頭の日本で一般的なスタイルは、大阪にあった「駕友葬祭」という葬儀屋を経営する鈴木勇太郎によって1917年(大正6年)に考案された。その後はトラックシャーシ同様に重い架装に耐えられるが、より格式のある高級乗用車のシャーシが用いられるようになった。 1921年(大正10年)9月4日、名古屋市にある一柳葬具店が、新愛知新聞に外国製自動車を改造した霊柩車の広告を掲載した[8]。
昭和初期は主にアメリカ製高級車パッカードを改造したものが多かったが、それは旧型の払い下げパッカードであった。戦前日本において上流層の自家用や官公庁の公用車として同車は好んで用いられ、ボディが老朽化した後も丈夫で高品質なエンジンとシャーシは再利用に耐えたことから、霊柩車のベース車として多用された。イギリスでは同様な理由で最高級車ロールス・ロイスの中古車が霊柩車に改造されて使用される事例が多く、「誰でもいつかはロールス・ロイスに乗れる」(=死んで棺に入った時)などと揶揄された。アメリカ車は日本車やヨーロッパ車に比べて概して大型であり、比較的遅い時期までボディから独立したシャーシを備えた旧式設計を継続していたことと、エンジン出力が大きいこともあり重く大きな霊柩車ボディを載せやすく、日本では1990年代まで改造ベース車に好んで用いられていた。
2015年現在、日本では約6,000台が登録され、年間500台が更新されている。全国に約10社の改造メーカーがあり、特に手の込んだ改造ができる会社は6社である。そのほか、ワゴン車を改造したものや、湯灌設備を搭載したものも造られているが、すべてオーダーメイドである。光岡自動車は乗用車製造で培ったノウハウを応用し、個性的なフロントマスクのものを開発・販売している。
1990年代まではアメリカ製の「バン型」を輸入し使用することが多かったが、近年は国産車を改造したものが普及し、光岡自動車やカワキタのようにアジア圏へ輸出するメーカーもある。葬儀関係車両の輸出は、国内メーカーではカワキタが最初となる。プリウスα(メビウス)、クラウン、フーガ(プラウディア)、ティアナ、カローラフィールダー(リューギワゴン)、プロボックス(サクシード)、アベンシス、シャトル、アテンザワゴン、レガシィツーリングワゴンなど日本車のほか、ボルボ、ベンツなど、どんな車両でも改造は可能という[9]。
ボディーの色は多くが黒であるが濃紺や白等も需要が増え、ピンクなどバリエーションが増えてきている[10]。
また日本人のライフスタイルや葬儀に対する考え方の変化から、西洋型の割合が増え宮型が減少している。衆目を集めたくない、ひっそりと葬儀を行いたいなどが理由とみられる[11]一方で「そもそも法的に宮型霊柩車が新造できなくなった」「ビジネス上の理由」などの事情もある。
詳細は後述#宮型から洋型へのシフトを参照の事。
また、バス型も増えている。この形状では見た目が通常のバスと変わらないため、一般的には霊柩車という認識が無い場合がある。バス型のベース車は大型観光バスからマイクロバスまで様々なサイズがある。
日本では「死のケガレ」の観念から、走っているのを見かけた場合は、親指を隠さないと親の死に目に会えないなどの迷信が一部地域にあり、親を連れて行かれないためのおまじないとされる場合もある[9]。
前述したようにキリスト教圏においては、「死」を「ケガレ」と捉える日本とは異なり「天国への凱旋」と捉えるため霊柩車はタブー視されないため、欧米を中心に霊柩車のプラモデルやミニカーもポピュラーなものとして販売されているが、日本ではほとんど製品化されていない。唯一の例外として、米沢玩具(現:アガツマ)のミニカー「ダイヤペット」が1980年にファンクラブ会員限定品として「リンカーン・コンチネンタル宮型霊柩車・神宮寺型四方破風大竜造」を限定発売した。製品の監修は、当時霊柩車の最大手メーカーであった米津工房(2002年倒産)が行っており、同社による解説書とお守りが同封されていた。 また同様に中古車も一般に売買されている模様で、Pimp My Ride Season-6 Ep.18ではキャデラック・フリートウッドの霊柩車がカスタムのベース車として登場した。
- ^ a b 碑文谷創 (2008年6月27日). “<葬祭編:第35回> 宮型霊柩車が消える?! -変わりゆく葬儀の光景-”. セカンドステージ冠婚葬祭講座. 日経BP社. 2017年2月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月7日閲覧。
- ^ a b 久保洋一「19世紀イギリスの墓地 : 共同墓地を中心とした研究動向の整理」『歴史文化社会論講座紀要』第10巻、京都大学大学院人間・環境学研究科歴史文化社会論講座、2013年、51-105頁、2019年5月26日閲覧。
- ^ “世界の葬送”. 公益社. 2017年2月7日閲覧。
- ^ 松涛弘道 『世界の葬送』イカロス出版、2009年、101頁。
- ^ “フィリップ殿下の特注霊きゅう車を公開 自身も開発に携わり”. 毎日新聞 (2020年4月16日). 2021年4月18日閲覧。
- ^ 松涛弘道 『世界の葬送』イカロス出版、2009年、127頁。
- ^ a b c “利用者の皆様へ 霊柩自動車のご紹介”. 一般社団法人全国霊柩自動車協会. 2021年2月21日閲覧。
- ^ “沿革について”. 一柳葬具総本店. 2023年1月13日閲覧。
- ^ a b プリウスを真っ二つ!? 霊きゅう車「改造工場」に潜入した! 11月5日(木)16時14分配信 若林朋子
- ^ ど派手クラウン快走中 全身ピンク、出産送迎に霊柩車に:朝日新聞デジタル、閲覧2017年11月7日
- ^ 【教えて!goo】宮型霊柩車が減少した2つの理由(1/3ページ) 産経ニュース、閲覧2017年11月7日]
- ^ News Up 霊きゅう車は時代を映す鏡 NHK
- ^ “死亡女性葬儀…市民大勢が悼む ミャンマー(日本テレビ系”. 日本テレビ (2021年2月21日). 2021年2月21日閲覧。
- ^ トヨタ博物館 メルセデスベンツ 500K
- ^ “67.<この頃はやらない自動車談義ですが…> I.後期高齢車”. ダンディー先生のお茶飲み話 . Littera 逍遥雑信 <リテラ> (2008年7月29日). 2012年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月2日閲覧。
- ^ クラシカル霊柩車“絶滅”の危機…火葬場入場禁止の自治体も 「走る寺」アジア仏教国では人気(2ページ目) 産経WEST(産業経済新聞社)、2017年3月15日(2021年4月29日閲覧)。
- ^ 『減少する「宮型霊柩車」 人気がなくなったワケ』 中京テレビ、2019年9月7日(2022年2月18日閲覧)
- ^ リューギセンターストレッチリムジン(光岡自動車公式、2023年3月21日閲覧)
- ^ 実際、ラダーフレームのスズキ・ジムニーでは通称「バンカット」と呼ばれる、Bピラーより後ろのルーフを切除してしまう事例が見られる
- ^ 無許可の車を霊きゅう車として使用 葬祭業者を書類送検 NHKニュース 2017年5月23日
- ^ 『封印された鉄道史』p.46
- ^ a b 『封印された鉄道史』(p45)
- ^ 『大阪市交通局七十五年史』(p56)
- ^ 『封印された鉄道史』(p44, p45)
- ^ 『路面電車の技術と歩み』(p120)
霊柩車と同じ種類の言葉
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