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マイカル

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/10/07 02:15 UTC 版)

株式会社マイカル
Mycal Corp.
旧マイカル本社(日新建物船場ビル)現在、看板等は撤去されている。
旧マイカル本社(日新建物船場ビル)
現在、看板等は撤去されている。
種類 株式会社
市場情報
東証1部 8269
1975年8月21日 - 2001年12月15日
大証1部(廃止) 8269
1974年10月1日 - 2001年12月15日
名証1部 8269
1975年12月 - 2001年12月15日
札証 8269
1975年12月 - 2001年12月15日
福証 8269
1975年12月 - 2001年12月15日
京証 8269
1975年12月 - 2001年3月1日
新証 8269
1975年12月 - 2000年3月1日
広証 8269
1975年12月 - 2000年3月1日
ルクセンブルク証券取引所 MYCAL
1977年6月 - 2001年12月15日
略称 マイカル、MYCAL
本社所在地 日本の旗 日本
〒541-0056
大阪府大阪市中央区久太郎町三丁目1番30号
日新建物船場ビル
設立 1947年(昭和22年)4月26日
(内外商事株式会社)(注1)
廃止 2011年(平成23年)3月1日
(イオンリテールに吸収合併)
業種 小売業
事業内容 総合小売業
代表者 代表取締役社長 松井博史
資本金 200億円(2006年10月20日)
従業員数 3万5,589人(2006年10月20日現在)
決算期 2月末日
主要株主 イオン 100%
主要子会社 ワーナー・マイカル
関係する人物
外部リンク マイカルホームページ - ウェイバックマシン(2010年5月11日アーカイブ分)
特記事項:注1:1970年9月1日に(旧)株式会社ニチイ(1963年11月8日設立)を吸収合併(いわゆる株式額面変更目的の合併)。
注2:会社情報は経営統合直前の2月28日のもの。
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株式会社マイカル(英: Mycal Corp.)は、かつて存在した日本の小売事業者。大阪府大阪市に本社を置き、近畿地方を中心に総合スーパー(GMS)をはじめとする様々な事業を展開し、日本全国各地に店舗を展開していた。

自社プライベートブランド「ベストマーク」を取り扱っていた[1]。

2001年(平成13年)に経営破綻し、イオングループ傘下に入り経営再建。2011年(平成23年)3月1日、イオンリテールに吸収合併されて消滅。

歴史

ニチイとして創業

1963年(昭和38年)11月、大阪の天神橋筋商店街の衣料品店「セルフハトヤ」と千林商店街の衣料品店「岡本商店」を中核に、卸問屋のエルピス・京都のヤマト小林商店を含めた4社の新設合併により設立された株式会社ニチイ(旧法人)を源流とする[2][3]。初代社長にはセルフハトヤの社長であった西端行雄が就任した[2][3]。

ニチイという社名は「日本衣料」の略からという説と[2]、「日本は一つ」[2]もしくは「日本の小売業は一つ」[4]という思いから命名されたという説がある。介護業界最大手のニチイ学館とは無関係で、ニチイ学館は『日本医療事務』に由来[注釈 1]。

創業時の店舗数は13店舗で、初年度の売上高は27億円であったが[4]、1970年には70店舗、1972年に年商1,000億円を突破し、店舗数は129店舗にまで拡大した[3]。

当時、前身のセルフハトヤから継承した「誓いの詞」と呼ばれる企業メッセージが存在した[5]。ニチイ時代には朝礼などで唱和されていたが後述するようにマイカルに社名を変更してからは行われなくなった。

『誓いの詞』
人の心の美しさを商いの道に生かして
ただ一筋にお客様の生活を守り
お客様の生活を豊かにすることを
我々の誇りと喜びとして
日々の生活に精進いたします

マイカルへ変貌

1982年(昭和57年)11月に社長の西端が死去すると、小林敏峯副社長が2代目社長に就任[3]。1983年(昭和58年)11月にニチイグループの企業哲学として「YM-CAL」を制定した[6]。これは「Young & Young Mind Casual Amenity Life」の略称で、「いつでも若々しく健康的で快適な生活」を意味する[7]。発音しにくいことから表記は「MYCAL」とされ、1988年(昭和63年)3月に「マイカル宣言」を行い、グループ名称が「マイカルグループ」へと改められた[8]。1996年(平成8年)7月1日 には社名をマイカルに変更[9]。

マイカル宣言を契機に、小林は脱・スーパー路線を掲げ[10]、「ビブレ」や「サティ」といった新たな業態での店舗展開を開始した[10][8]。YM-CALに込められた「若者から中高年までの幅広い世代のライフスタイルを支える」といった考えの下、生活づくりや街づくりに重きを置き、マイカルグループは「生活文化産業集団」を目指した[10]。

マイカル本牧(2008年12月撮影)

ニチイからマイカルへ転換が図られたこの時期の象徴的な出来事として、1989年の「マイカル本牧(マイカルタウン)」の開業が挙げられる[10][8]。マイカル本牧の開業を皮切りに、1991年から1995年にかけてマイカルタウンをはじめとするリゾート事業、ホテル事業、アミューズメント事業、シネマコンプレックス事業へと参入し、時間消費型市場への取り組みを強化した[8]。

マイカル本牧は開業時は大盛況だったものの交通の便の悪さがたたって次第に苦戦[11]。マイカル本牧はバブル景気の崩壊とともにテナント退去が相次ぎ、デッドモール化していた時期もあった[11]。その後も本牧に続いて各地に建設されたマイカルタウンはすべて赤字となった[12]。

経営破綻へ

バブル崩壊後、資金回収が進んでいないにもかかわらず、次々と大型店舗の出店を進めたことにより、必要資金はますます巨額となった[8]。マイカルは高利回りを期待し、1995年から1997年の間、子会社のマイカルファイナンスを通じて他社株転換社債を購入し続けたが、指定銘柄であった銀行株の下落により多額の損失を被り、1998年10月にはケイマン諸島に設立した法人に証券の飛ばしを行い、負債を隠匿しようとした[13]。これは同年に米国会計基準における年次報告書で1,084億円の有価証券評価損を計上したことで明らかになり、マイカルの株価は暴落、銀行からの信頼も低下し資金調達が困難になった[13]。

有利子負債を削減するため、店舗資産の証券化という手法で資金調達を行い、1998年2月期の当期利益は102億円の黒字となったが、米国証券取引委員会基準では670億円の赤字を計上していた[13]。格付け機関による信用格付けは各機関とも、一定の信用リスクがある「B」以上としていたものの、「投資不適格」とする「B+」へと引き下げたことにより株価が大暴落し、資金繰りが困難になった[14]。

2001年9月14日午前にメインバンクであった第一勧業銀行(現在のみずほ銀行)から金融支援の打ち切りを宣告され、経営破綻が確実となった[15]。そこで第一勧業銀行と当時の四方修社長は、同じく第一勧銀をメインバンクとするイオンを支援先として会社更生法による再建を画策した。これに対し、ウォルマートからの買収を期待していた旧来の取締役たちが反発[16]。経営陣が残り比較的早く再建が果たせる民事再生法による再建を主張し、四方社長と第一勧業銀行出身の取締役を取締役会で解任[17]。山下幸三が社長に就任し、同日民事再生法の適用を申請[17]。これはいわゆるクーデターであった[17]。しかし同年9月28日にはわずか14日間で山下幸三が社長を辞任し、後任の浦野一雄が社長に就任するという顛末となった[17]。マイカルグループ全体での負債額は1兆9,000億円、当時は戦後第4位の規模となる倒産で、小売・流通業の倒産としては戦後最大規模となった[16]。

イオンによる経営再建

十分な運転資金を持たずして民事再生法申請を行ったため、資金繰りは厳しく、支援企業選びに難航したが、イオンが会社更生法下での支援を表明[18]。2001年(平成13年)11月22日に発表され、民事再生手続の中止と会社更生法の申請がなされた[19][18]。

2003年(平成15年)5月29日には更生計画案を発表[20]。同年9月30日には更生計画が東京地方裁判所から認可され、翌10月1日には東京・大阪の2会場にて幹部社員ら全員が集まり、計画の早期実現に向け確認を行った[21]。翌2日には各店舗にて退社式および入社式を行い、新生マイカルの一員になってもらおうと各従業員に一度辞令を交付[21]。

同年11月29日にマイカルと関連8社(マイカル総合開発、西部総合開発、ハートリアルエステート、マイカル協友、ビブレ協友、アメニティタンク、コスモニー、マイカル東関東[22])はイオンの完全子会社となり、12月1日付でマイカルは8社を吸収合併した[23][24]。

2005年(平成17年)12月31日に更生手続きの終結決定がなされ、再建が完了[25]。当初の見通しより7年前倒しとなり[26]、4年という短期間での再建となった[25]。

イオンとの経営統合

看板をサティからイオンのものに架け替える様子
(2011年2月18日撮影)

マイカルは2011年(平成23年)3月1日、総合スーパー「ジャスコ」を展開するイオンリテールと合併し[27]、マイカルが運営する「サティ」とイオンリテールが運営する「ジャスコ」は、同日より「イオン」に統一された[28][27]。

リーマンショック以降、消費低迷に歯止めがかからないことや、長引くデフレなどで流通業は苦しい経営環境にあることから、会社統合と店舗ブランド統一により、商品仕入れの一本化や人事・経理などの間接部門合理化により、500億円の大幅なコスト削減を目指した[29]。

イオンリテールはこれに先立ち、2010年(平成22年)12月1日に「イオン」を展開していたイオンマルシェ(旧カルフール日本法人)を吸収合併している[27]。3社統合により、別々に行っていた仕入れ商談の一本化を実施し、商品調達力を高めることなどで、総合スーパー事業の売上高・営業利益率を向上させ、2011年(平成23年)現在の1%未満から3~4%程度まで向上させ、収益力を立て直したい意向とした[29]。

沿革

業態

現存する業態

ビブレ

天神ビブレ※閉店済

ビブレ(VIVRE)は、当初は若者をメインターゲットとしたファッションビルとしてスタートした。その後「高感度専門百貨店」と銘打って衣食住フルライン型で郊外にも出店した。天神、岡山、河原町など、ニチイからVIVREに転換した店舗では「ビブレ21(VIVRE21)」と称していたが、後に「ビブレ(VIVRE)」に一本化している。

マイカル破綻後は、マイカルが運営していた食品を扱う一部店舗を除き、サティへ転換した。

東北地方では、子会社のダックビブレが店舗を運営していた。破綻後にマイカルから離脱しさくら野百貨店として再出発している。

イオングループ加入後はイオンのSC内にサブ核店舗として出店を再開した。また、小規模専門店型店舗「VIVRE GÈNE(ビブレジーン)」の展開も開始し、イオンのSC内に出店していたビブレ店舗は全てこの業態に転換されている。

ダイエー傘下の企業であったOPAは、2016年(平成28年)3月1日付でイオンモールの完全子会社となった。同日よりビブレのファッションビル型店舗の運営がOPAに継承された。また、OPAに継承されたビブレ店舗の一部はOPAへ転換された。2021年(令和3年)3月1日付けで横浜ビブレを除く店舗はイオンモールに移管された。さらに2025年3月には、同社に移管された施設のうち横浜ワールドポーターズの管理・運営及び開発を担っていた横浜インポートマートを吸収合併、これに伴い同施設の管理・運営及び開発とイオングループの商業ブランドがイオンモール株式会社に移管・転換され、「ビブレ」の名称が消滅した[52]。なお、小規模専門店型店舗「VIVRE GÈNE」はビブレジーンレイクタウン(運営がOPA→イオンモールに移管)を除いて引き続きイオンリテールが運営する。

廃止した業態

ニチイ

ニチイ下関店の塔屋看板

ニチイ(nichii)は、株式会社ニチイ時代に展開していたスーパーマーケット。大阪府大阪市の天神橋筋商店街に1号店を出し、その後は業務提携など様々な手法で千葉県・愛知県・佐賀県・沖縄県を除く全国各地に出店した。

祖業の衣料品店として、衣料品のみを扱う店舗も多くあった。

シンボルマークは二代続けて赤い鳩を使用していた。

  • 1979年(昭和54年)8月22日までは、赤い円の中に、葉をくわえた白い鳩が翼を広げ横切るデザインだった。一部店舗では屋上看板や案内表示などに「(鳩マーク)ニチイ ○○ショッピングデパート」の店名を使用していた。

大規模小売店舗法における届出上のSC名(ビル名)としては、イオンリテールに事業承継後も「ショッピングデパート」の名称を残した店もある。

  • 2代目は1979年(昭和54年)8月23日に登場。

赤い円の中に、緑色の四つ葉のクローバーをくわえ、左を向いた白い鳩のシンボルで、CMなどで「nichii」と英字表記されたロゴもあった。同年9月1日開業のニチイ北姫路店(後のサティ姫路店→イオン姫路店)から2代目ロゴの使用を開始し、同年10〜11月に開店した徳力店、東岸和田店、海老名店、新座店も開業当初から2代目ロゴを使用している。

業務提携先の地場企業と共同出店、ニチイがテナントとして出店した各地方の店舗では、室蘭ファミリーデパート桐屋、サンシティ・リブレのように、当初は流通大手と解るニチイのブランドを用いず「ファミリーデパート」など独自の名称を付けて出店していたが、看板にはニチイ共通の鳩マークと店舗名を使用していた[53]。

国内の主要都市に総合スーパーマーケットが進出を終えた1980年代から1990年代に入り、提携先の店名をサティあるいはビブレへ転換している。

その後、2002年(平成14年)5月31日のニチイ釜石ショッピングデパート(運営はマイカル東北)の閉店を最後にニチイの店舗ブランドは国内から消滅している。

株式会社マイカルの直営店においては、1999年(平成11年)3月28日のニチイ今治店閉店以降、サティ・ビブレのニ業態に統一している[54]。

サティ

北千里サティ

サティ(SATY)は、1990年代以降のマイカルの主力業態で、主に30代以上をメインターゲットとした総合スーパー(GMS)。店舗ブランド名の由来は「Select Any Time for Yourself」の略語[55]。輸入ブランド品店を設置するなど、従来の総合スーパーに比べて高級感を持たせ「生活百貨店」と称した。

1984年(昭和59年)に奈良市学園前の学園前サティ(2000年(平成12年)閉店)として営業開始した。

ニチイ時代の1970年代後半以降、建物やフロアを家主から賃借する形で多く出店していたが、1990年代からは自社開発物件や再開発計画による大型店舗の出店が行われた。

平成時代に入り、ニチイの進出が一切なかった千葉県・愛知県・佐賀県にもサティは進出した。

北海道地域のサティを運営していたマイカル北海道は、独立してマイカルから離脱し[41]、社名と店名を「ポスフール」に改称[56]。サティ時代に開店したポスフールの店舗はマイカル運営店舗と内装の仕様が同一であった。のちにポスフールもイオングループ入りし、社名は2007年(平成19年)にイオン北海道に改称[57]、店名はサティと同じく2011年(平成23年)にイオンに転換している[58]。

九州地方のサティは、マイカル九州との合併によりイオン九州が運営していたが、門司サティ(2008年(平成20年)8月閉店)は立地の関係上などからマイカル本体が運営していた。

特化型形態として、食料品スーパーの「サティ食品館」、衣料品を主に扱う「サティおしゃれ・生活館」「サティおしゃれ・衣料館」も存在した。最後まで存在したのは三木サティ食品館・衣料館で、イオン三木青山店食品館・衣料館に店名変更した。

2011年3月に店舗ブランドを「イオン」へ転換。2011年(平成23年)7月18日で閉店予定であった広島サティ(広島市)のみ、イオンへ転換せず閉店まで営業した。

一部の店舗は2014年(平成26年)から、イオンリテールを中心に展開するファミリー向け業態「イオンスタイル」へ再転換している。

マイカルタウン

マイカル茨木

マイカルタウン(MYCAL TOWN)は、マイカルが提唱した大型ショッピングモール。「時間消費型商業施設」として広大な敷地にサティ、ビブレ、シネマコンプレックス、エグザスなどの店舗・施設を設置した。

横浜・本牧の米軍住居跡地に出店したマイカル本牧に始まり、マイカル近江八幡、マイカル桑名、マイカル明石、マイカル小樽、マイカル茨木を展開した。

これらの店舗は全て、2011年(平成23年)3月1日にイオンショッピングセンターなどへ転換し、一部SCは改装によりイオンモールへ再転換されている。

マイカル茨木では、マイカル破綻以前にビブレ内において「ハーベストデイズ(Harvest day's)」という店舗ブランドで、欧米のマルシェをイメージした食品売場を運営していた。

ワーナー・マイカル・シネマズ

ワーナー・マイカル・シネマズ東岸和田

ワーナー・ブラザースとの合弁会社によって運営されていたシネマコンプレックス。サティやビブレなどの店舗、敷地内に併設され全国展開していた。近年はイオンモールなどのイオングループの展開する大型商業施設や、イオングループ以外の商業施設にも展開していた。

2013年(平成25年)7月1日、ワーナー・マイカルを存続会社としてイオンシネマズと合併。社名は「イオンエンターテイメント」に改称し、ブランド名はイオンシネマズが使用していた「イオンシネマ」に統一された。マイカル消滅後も店舗ブランドとして「マイカル」の名は残っていたが、これにより25年間使用された「マイカル」の名称が消滅した。

ポロロッカ

小型店舗の都市型食品スーパー。現・マルエツプチ。

コンビニエンスストアと食品スーパーの融合店舗というコンセプトで、1995年(平成7年)に神戸に1号店を開業し、関東・関西で展開した。マイカルではコンビニエンスストア業態は展開していなかったが、マイカルの2代目社長であった当時の小林敏峯社長は「コンビニエンスストアの食文化は貧しい」と否定し、食品ラインナップを充実させたスーパー業態にこだわり対抗を計った。イオングループの「まいばすけっと」に相当する業態で、他社では「まいばすけっと」に先んじてユニーグループのminiピアゴ(現在のG-7ホールディングス傘下)などがある。

マイカル破綻後、全店舗がマルエツ(ダイエー系列を経て、現在のイオングループ)へ売却された。マルエツに経営権が移った後も「ポロロッカ」の商号は引き続き使われていたが、のちに関西の店舗は音通に売却され「F MART」に変更。2007年(平成19年)12月にマルエツに吸収合併。2010年(平成22年)までに関東のポロロッカ店舗は閉鎖または「マルエツプチ」に変更され、ポロロッカの屋号は消滅。

業務提携、出身企業

サンホーユー
東北地方の中小スーパーや百貨店などを、株式会社ニチイが一つの法人としてまとめたもの。テーマカラーは青に近い緑で、ニチイと同じく鳩がシンボルであったが、ニチイのマークとは異なっていた。1994年(平成6年)に東北ニチイ(後のマイカル東北)に吸収合併され、サティに転換または閉店し店舗ブランドは消滅。
Nマート
ニチイが展開したコンパクトディスカウントストア。東北ニチイ、小田急商事のOdakyu OXと提携した神奈川Nマートなどが運営していた。
アスク
長野県内の地場スーパーが株式会社ニチイと提携し、アライド信州となった際に「アスク(Arrid Shinshu Company)」の店名を採用。アスク飯山店(2001年(平成13年)5月閉店[59])などを出店。アライド信州はのち「マイカル信州」となり、「木曽福島サティ(現在のイオン木曽福島店)」を出店。マイカル信州はマイカル本体に吸収合併。
アイビス
新潟県西蒲原郡巻町大字巻甲(東六区。現在の新潟市西蒲区巻甲)で、マイカルが1店舗だけ展開していた総合スーパー。
1986年(昭和61年)、巻町に本社を置き、同町と同郡吉田町(現在の燕市)に呉服店・洋品店を出店していた「株式会社本団呉服店」がマイカルとFC契約し、両社の出資による子会社「株式会社ホンダン」を設立して開店。トキの英名でもある「アイビス」は当時、本団呉服店が展開していた衣料品店のブランド名。
巻アイビスは前述のサティとほぼ同一の総合スーパー型店舗で、食料品と衣料品を主体とした店舗構成を採っていた。ホンダンは1997年(平成9年)、スーパー事業をマイカルに譲渡して解散したが、マイカルは店舗ブランドを「サティ」に変更せず、本団呉服店の了承を得た上で「アイビス」と2羽のトキを模したシンボルマーク及びロゴを継続使用し、2003年(平成15年)2月28日の店舗再編計画による閉店まで「巻アイビス」を店舗名称としていた。閉店後、店舗名称とマーク・ロゴは本団呉服店から商号変更したホンダンに返還され、現在も同社が継続して使用している。巻アイビスの店舗跡はオーシャンシステムに譲渡され、食品スーパー「チャレンジャー巻店」となり、2022年に隣接地に新築の上移転し、アイビス時代からの建物は解体された。
ニチイヨコサン
神奈川県横須賀市に本社を置き「よこさんスーパー」の名前でスーパーマーケットを展開していた、横須賀産業との提携により、1980年(昭和55年)11月に設立[60]。
ニチイマート
郊外の住宅近隣に立地し、半径2km圏内を商圏とする直営の小型食品スーパー。1号店を、1979年(昭和54年)9月末に大阪府守口市にニチイマート寺方店として開店[61]。1981年(昭和56年)7月1日、新潟ニチイも新潟市内にニチイマート山木戸店として出店[62]。

グループ企業

マイカルは2001年8月時点で約40のグループ企業を擁していた[63]。

存続した企業

  • ビブレ[64] - チャレンジングマイカル改革プランにより、マイカルへ営業譲渡[65]。
  • 小樽ベイシティ開発 - 現在は独立しているが、マイカル北海道の後身であるイオン北海道が同社株主の一員となっている。
  • マイカルナック商事 - NAC加盟店への商品供給や経営指導を行っていた。また、2001年8月31日時点で、サティ他16店舗の営業をしていた[66]。
  • マイカルエンジニアリング
  • リマックス - 2000年11月、マイカルに全店舗の営業権を売却、不動産賃貸業に変更するとともに商号を変更した。旧商号はマイカル信州[67]。
  • 音楽の森 - ビブレクラブ、リゾナーレ小淵沢の経営[68]。
  • 布恋人 - 布恋人とロゼビエを展開していた。
  • 天山食品工業 - 中華食品の卸売販売業。チャレンジングマイカル改革プランによって事業を縮小[65]。
  • マイカルカンテボーレ - チャレンジマイカル改革プランによって事業を縮小[65]、マイカル本体の吸収と同じ2011年(平成23年)3月にイオンベーカリーシステムを吸収合併しイオンベーカリーに社名変更。
  • イオンディライト - 旧商号はジャパンメンテナンス。2006年(平成18年)5月にイオンからイオンテクノサービスの株主を取得して子会社化[69]。同年9月、吸収合併のうえイオンディライトへ社名変更[69]。マイカル消滅までマイカルが筆頭株主であったが、社名の頭にイオンを冠していた。
  • ワーナー・マイカル - 2013年(平成25年)2月、イオン株式会社の完全子会社となった後、同年7月にイオンシネマズを吸収合併しイオンエンターテイメントに社名変更。

マイカルに合併した企業

2006年(平成18年)9月1日、マイカルが吸収合併[71]。
  • マイカル高萩 - 茨城県高萩市で高萩サティを運営。
2000年9月1日、エドヤファミリーデパートと共に十字屋ショッピングセンターに吸収合併、同社が商号をマイカル東関東に変更した[72]。
  • マイカル東関東 ー 合併時点で茨城県と栃木県で4店舗を営業[72]。
2003年12月1日付でマイカルが吸収合併[73]し、当社が運営していた境サティと高萩サティをマイカルが直営化[74]。
  • マイカル安芸 - 広島県安芸郡海田町で海田サティを運営。
  • マイカル総合開発 - 不動産賃貸業、グループ店舗不動産の賃貸[70][66]。
2003年12月1日付でマイカルが吸収合併[73]。
  • 西部総合開発 ー 不動産賃貸業[70]。
2003年12月1日付でマイカルが吸収合併[73]。
  • ハートリアルエステート ー 不動産賃貸業[70]。
2003年12月1日付でマイカルが吸収合併[73]。
  • マイカル協友 ー 不動産賃貸業、サティ店舗のリーシング実施[70][66]。
2003年12月1日付でマイカルが吸収合併[73]。
  • ビブレ協友 ー 不動産賃貸業、ビブレ店舗のリーシング実施[70][66]。
2003年12月1日付でマイカルが吸収合併[73]。
  • アメニティタンク ー 不動産賃貸業[75]。
2003年12月1日付でマイカルが吸収合併[73]。
  • コスモニー ー 不動産賃貸業[75]。
2003年12月1日付でマイカルが吸収合併[73]。

清算した企業

  • マイカル東北 - 清算。再生法申請時点で8店舗を運営していた[76]が、2002年7月1日付で横手サティのみマイカルへ譲渡[77]し、他の店舗はテナント形態も含めてすべて閉店。なお、破綻直前の2001年9月1日に7店舗[78]をマイカル本体に営業譲渡していた[79][80]。
  • マイカル国際流通センター - 清算。三井物産との合弁会社だったが、2007年(平成19年)11月15日に解散[81]。同年11月30日に三井物産保有分の株式を譲受、2008年(平成20年)1月31日に賃貸人の地位をマイカルへ承継する手続きを経て、同年2月29日に清算結了。
  • ユーイング - 清算[65]。
  • マイカル物産 - 清算[65]。
  • 丸章 - 清算[65]。
  • ライフデザインセンター - 清算[65]。
  • マイカルエージェンシー - 清算[65]。
  • マックロード ー チャレンジマイカル改革プランにより、マイカルへ営業譲渡後清算された[65]。
  • エーゼット商事 ー マイカルへ営業譲渡後、清算[65]。
  • マイカル北日本 ー マイカルへ営業譲渡後、清算[65]。

グループ離脱した企業

  • 岐東ファミリーデパート - 2001年(平成13年)にグループを離脱し、バローグループ入り。
  • マイカル北海道 - 独立に伴いポスフールに商号変更。2007年(平成19年)8月にイオン株式会社の北海道の総合小売事業を継承し、社名をイオン北海道に改称。
  • マイカルフォトステーション - 2002年(平成14年)11月にジャスフォートの子会社となり、2004年(平成16年)3月に同社へ吸収合併。その後、ジャスフォートは富士写真フイルム傘下に移り、さらに、2007年(平成19年)3月にカメラのキタムラを運営する株式会社キタムラの傘下となった。2009年(平成21年)1月に株式会社キタムラへ吸収合併。
  • マイカルツアーズ - 2003年(平成15年)5月に当時の人材派遣大手クリスタルへ株式譲渡し、クリスタル旅行に商号変更。2007年(平成19年)10月に香港資本の旅行会社エキスプレス・トラベルへ事業を継承したが、同社は2008年(平成20年)11月に全店舗を閉鎖し経営破綻。
  • ピープル - 2001年2月23日にコナミ(現在のコナミホールディングス)へ株式譲渡[82]後、(初代)コナミスポーツに商号変更。2006年(平成18年)3月にグループ会社を吸収合併してコナミスポーツ&ライフへ商号変更され、2019年(平成31年)3月に(2代目)コナミスポーツに再度商号変更。
  • マイカルカード - 2001年4月25日に三洋信販へ株式譲渡[83][84]後、2001年12月10日にポケットカードに商号変更[85]。現在、同社は三井住友銀行・伊藤忠商事・ファミリーマートそれぞれの持分法適用関連会社となっている。三洋信販は2010年(平成22年)10月にプロミス(現在のSMBCコンシューマーファイナンス)へ吸収合併され、2011年(平成23年)3月に相対取引によって筆頭株主がグループ会社の三井住友銀行に変更となっている。
  • エービーシー - 2001年(平成13年)10月26日付で、テキスタイルレンタル株式会社へ株式譲渡[86]後、2004年(平成16年)7月に同社へ吸収合併。
  • マイカルポロロッカ - 2002年1月17日付でマルエツへ株式譲渡[87]後、2007年(平成19年)12月に同社へ吸収合併。
  • ビブロス - 2002年2月28日付でゲオの子会社であるゲオグローバルへ株式譲渡[88]後、ゲオエブリに商号変更。2010年(平成22年)10月に組織再編によりゲオへ吸収合併。
  • マイカルシステムズ - 2002年3月28日付で富士ソフト(当時は富士ソフトABC)へ株式譲渡[89]、ヴィンキュラムジャパンとなり、2005年(平成17年)12月にJASDAQ上場。2013年(平成25年)4月1日にはヴィクサス(元ダイエー系→富士ソフト)を吸収合併しヴィンクスとなる。
  • エルメ - 株式会社イビザによる株式公開買付けにより同意し、2002年5月21日に同社へ株式譲渡[90]。
  • ダックビブレ - 2002年(平成14年)7月に減資によりグループを離れ、同年9月に(初代)さくら野百貨店となる。2004年(平成16年)に髙島屋傘下となった。2005年(平成17年)4月に組織再編により(初代)さくら野百貨店を(2代目)さくら野百貨店・さくら野DEPT仙台・さくら野東北に分割。2010年(平成22年)8月に(2代目)さくら野百貨店がエマルシェに、さくらや東北が(3代目)さくら野百貨店にそれぞれ商号変更されたが、エマルシェは2017年(平成29年)2月27日に自己破産により倒産となり、2019年(平成31年)4月26日をもって法人格が消滅した。(3代目)さくら野百貨店は2023年(令和5年)に店舗毎にグループ会社のさくら野八戸とさくら野弘前に運営を移管している。
  • マイカルクリエイト - 2006年(平成18年)4月にイオンファンタジーへ株式譲渡され子会社化[69]。同年8月に同社へ吸収合併された[69]。
  • オートマックセールス - 2006年(平成18年)4月にチェルトへ株式譲渡され子会社化[69]。同年8月に同社へ吸収合併[69]。さらに、チェルトは2010年(平成22年)9月にイオンディライトへ吸収合併された。
  • マイカルイスト - 2006年(平成18年)8月にグルメドールへ吸収合併[69]され、同社はイオンイーハートに改称。
  • マイカル商品研究所 - 2006年(平成18年)4月に品質管理センターへ株式譲渡され子会社化[69]。同年8月に同社へ吸収合併[69]され、生活品質科学研究所に改称。
  • マイカル九州 - 2007年(平成19年)8月21日にイオン九州へ吸収合併された[91]。
  • マイカル大連(大連国際商貿大厦) - 2001年に現地の大商グループに売却。
  • マイカルサンイン ー マイカルサンインの前身である、株式会社菊屋へ2001年(平成13年)10月15日付で株式を譲渡[92]。マイカル傘下からは離れるものの、マイカルグループとの協力関係は維持されたが、後に完全に離脱。

経営破綻後に社名を戻した企業

  • マイカル福島 - 1998年にマイカルグループ入りした赤トリヰが母体。2001年(平成13年)11月9日付でMBOにより同社社長へ株式譲渡[93]。2003年(平成15年)3月にグループから離脱、商号を赤トリヰに戻し、1店舗のみで運営をしていた。2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)で被災し、地盤沈下など店舗に甚大な被害を受けながらも一時営業を再開したが、安全上の理由から2011年(平成23年)4月29日をもって閉店。解体後、2013年(平成25年)9月20日に大和リースの開発による複合商業施設「フレスポ」が開店した。赤トリヰはこの閉店を機に大型小売店事業から撤退し、商号を吉田興産に変更した。その後衣料品専門の小型店「マイショップ赤トリヰ/メンズショップ赤トリヰ」を運営している[94]。また、当社を構成した「成田屋」も本宮市の「子育て支援施設ソレイユもとみや」の1階で学生衣料専門店を運営している[95]。

クレジットカード

ポケットカード

ポケットカード(旧・マイカルカード)が、マイカルのハウスカードとして「マイカルカード」を発行していた。

マイカル倒産直前に消費者金融大手の三洋信販に買収。三洋信販はプロミスへ合併後、SMBCコンシューマーファイナンスとなった。三井住友銀行・伊藤忠商事・ファミリーマートがそれぞれ株式を保有し、各社の持分法適用関連会社となっている。

マイカルカードでは、全国のサティとビブレにて特定日の割引特典が受けられたが、マイカルとは2005年(平成17年)12月31日、マイカル九州とは2006年(平成18年)4月30日をもって提携を解消し、マイカルカードは順次ポケットカードの「P-oneカード」へ切替となった。

マイカル北海道は、ポスフールとして独立後にイオンの傘下となったものの、マイカルやマイカル九州とは別のアプローチであったためにイオンクレジットサービスとは提携せず、引き続き「ポスフールカード」としてポケットカードとの提携を継続していたが、イオン北海道への社名変更を機に2008年(平成20年)2月29日を以って提携を終了することとなった。さくら野百貨店(旧・ダックビブレ、現在は髙島屋の傘下)・さくら野東北も、引き続き「さくら野カード」としてポケットカードとの提携を継続していたが、その後クレディセゾンとの提携カードに切り換えたため、新規の募集は取りやめている。

プリップカード

マイカルカード会員に、ニチイ・サティ・ビブレの各店舗で発行されていたプリペイドカード。当時発行されていたポイントカードとの併用はできなかった。

券種は1万円・3万円・5万円・10万円の4種類で、各5%のプレミアが付いていた。ビブレの「パラダイスカード」会員は5,000円のプリップカードを購入することができた。

1998年(平成10年)途中から1万円カードの新規発券を中止、代わりに2万円カードが登場した。1999年(平成11年)10月にはすべてのカードが発券終了した。発券終了後も使用できたが、2004年(平成16年)に未使用残額分をマイカル商品券と交換する措置がされた。新規発券終了後に開店した店舗ではサービスコーナーでのみ使用できた。

セール・催物

セール

イオン・デー
  • 毎月11日をイオン・デーとし「イオン 幸せの黄色いレシートキャンペーン」を行っている。これは店内に設置された地域のボランティア団体などのレシート投函ボックスに、11日に発行される黄色いレシートを投函することで、集まったレシートの合計金額の1%を対象団体に還元するという社会貢献活動である。
サティはなまる市
  • 2008年(平成20年)4月の月初めから「サティはなまる市」が復活した。月初めの週末セールであるセールの日はプロモーションビデオが流れる。イメージソングは「月の初めの週末は・・はなまる市…(以下省略)」(イオン九州運営のサティは除く)。かつてのイメージキャラクターは安達祐実や佐藤藍子であった。
  • 2011年(平成23年)6月から、イオンリテールが運営するイオン店舗で「はなまる市」の名称が復活した。
月のなかの市
  • チラシには「お値ごろゴロゴロ月のなカバ」のキャッチフレーズに、イメージキャラクターのカバがチラシなどに登場する。
火曜得々市
  • 毎週火曜日を「火曜得々市」として均一セール等が行われていた。セールの日に流れるイメージソングは「♪ウキウキうれしいサティの火曜日・わくわくいっぱい得々火曜日・笑顔見つけにサティに行きましょ・いいものそろう火曜日得々市……(以下省略)」
  • WAON導入後は、WAONで3,000円以上購入すると、WAON得々ポイントとして100ポイントが付与された。
  • イオンリテールへの統合後は、同社が展開する「火曜市」に統一された。
イオンお客さま感謝デー
  • 毎月20日と30日(2月は月末)に、イオンカード各種(提携カードを除く)、イオンオーナーズカード、イオンシニアクラブカード、イオン銀行のイオンバンクカードのいずれかを店頭レジにて提示し、支払いを現金・イオンカード各種・WAON・イオン商品券・マイカル商品券・イオンギフトカードのいずれかで行った場合には、商品ごとに5%割引となる。
  • 2007年(平成19年)2月までは、月末2日間(盛岡南サティと高崎サティについては20日と30日)に感謝デー(サティ・ビブレカード感謝デー)が行われていた。サティ・ビブレカードは2007年(平成19年)3月にイオンカードに統合された。
  • 類似名称の「サティカード」は旧マイカル九州のカードであるが、こちらも2007年(平成19年)5月にイオンカードに統合され、以降は割引特典が受けられるようになった。
お客さまわくわくデー

毎月5日・15日・25日の5のつく日は、イオンカード各種での支払いでときめきポイントが200円につき1ポイントのところ2倍の2ポイント付与か、WAONでの支払いで200円につき1ポイントのところ2倍の2ポイント付与される「お客さまわくわくデー」がある。なお、毎月10日の「ときめきWポイント(2倍)デー」のみ以前と同様継続される。

ゆうゆうデー

毎月15日は、65歳以上のみ発行の「ゆうゆうWAONカード」での支払いで直営売場の商品が5%割引となる「ゆうゆうデー」がある。「ゆうゆうWAONカード」の発行開始に伴い、ジャスコ店舗などで募集していた「イオンシニアクラブカード」の新規会員の募集は終了している。

プロ野球応援セール

ニチイからマイカルへの社名変更後に読売ジャイアンツと契約し、応援セールや優勝セールを開催していた。在阪の流通・小売業者は阪神タイガースなど関西の球団の優勝セールを開催することが多く、読売ジャイアンツの優勝セールを開催するのは珍しかった[注釈 2]。経営破綻後、読売ジャイアンツに関するセールの権利はイトーヨーカ堂へ移行[注釈 3]。

ダックビブレの青森県の店舗では、前身企業の一つが青森ヤクルト販売の設立に関与した歴史的経緯から、ヤクルトスワローズの応援を行っていた。

マイカル破綻直前の時期には、広島県内の店舗は地元の広島東洋カープを応援していた。

イオングループへの編入後は、地域に応じて応援する球団を変えている。

買物袋持参運動

サティ・ビブレにてレジ袋が不要の場合、1回の精算ごとに通常1個のスタンプが「買物袋持参スタンプカード」に押印される(一部店舗ではスタンプカードを終了している)。スタンプ20個でマイカルの場合は100円分のお買物券として利用できる。またカード数枚でエコバッグ交換や11日(イオン・デー)の黄色いレシートキャンペーン用(利用可能なカードに交換)として利用できる。ただし、下記においては、1回の精算ごとに2個のスタンプ(Wスタンプ)が押印される。

  • 毎月5日(ノー・レジ袋の日)
  • 毎月11日(イオン・デー)
  • 毎月20日(イオンお客さま感謝デー)
  • 毎月30日および毎年2月末(イオンお客さま感謝デー)
  • 毎年4月1日から4月30日まで(マイカルレジ袋削減強化月間)
  • 毎年6月1日から6月30日まで(環境月間)
  • 毎年10月1日から10月31日まで(3R推進月間)

マイカルにおけるWスタンプは、2006年(平成18年)10月から開始された。なお、盛岡南サティ・高崎サティを除くマイカルのサティ・ビブレでは、2007年(平成19年)2月までは、イオンお客さま感謝デーではなく「サティ・ビブレカード感謝デー」(毎月月末2日間)であった。また、イオン・デーがWスタンプ実施日となったのは2007年(平成19年)3月からである。

  • スタンプカードサービス終了店舗の対応状況(2009年(平成21年)5月末日終了・10月まで利用可能店舗の場合)
    • 今まで貯めたスタンプは全て(20個)の場合は通常通りの利用が可能。途中の場合はスタンプ1個につき5円分として値引きの利用が可能。
  • スタンプカード終了後の対応はレジにて2円引きの対応となったになっている(店舗によっては未実施)[要出典] 。

マイカルの「買物袋持参スタンプカード」は、他のイオングループのチェーンストア各社で押印してもらうことはできるが(一部店舗は除く)、100円のお買物券としては使えない。逆に、マイカルでも、他のイオングループのチェーンストア各社の「買物袋スタンプカード」に押印してもらうことはできるが、お買物券としては使うことができない(スタンプカード取扱い店舗であれば押印してもらうことはできるが、お買物券の使用は発行店のみ)[要出典] 。

わんぱくメイト・キッズメイト

一部の店舗では「わんぱくメイト」の名称で、子供を対象とした企画があった。店舗の女性スタッフ数名が「お店のお姉さん」となり、隔週でゲーム大会などのイベントを開催することで家族連れの集客を図ったものである。入会金・年会費無料の会員証はスタンプカードを兼ねており、イベント参加ごとにスタンプを獲得できた。店舗によっては会員を対象に広報紙を発行したり、日帰りバスツアーやクリスマスパーティーなども開催し、集客に一定の効果を収めていた。後に「キッズメイト」と名称変更し、サティのブランド消滅まで続いた。

マスコットキャラクターは、わんぱくメイト時代は風船をモチーフにした「フーちゃん」と「フーくん」。キッズメイトになってからはモグラをイメージした男の子「モーリー」と女の子「マーリー」。この「モーリー」と「マーリー」は、マイカルがスポンサーとなった演劇のキャラクターとして登場したものである。これらのマスコットキャラクターは、着ぐるみとして各店舗のイベントに登場することもあった。

CM

ニチイ時代のテレビCMでは「あなたといっしょに、ニチイ。」のサウンドロゴが流されていた。

出演者

ニチイ
サティ

その他

脚注

注釈

  1. ↑ ニチイ学館は1980年代、スーパーマーケットのニチイとの混同を防ぐため「ニチガク」の略称を使っていた。「ニチガク」の略称は、ヤマハも「日本楽器製造」の社名だった時代に一部の用途で使用していた。
  2. ↑ 百貨店では、そごうが大阪発祥でありながら読売ジャイアンツの優勝セールを開催する権利を有していたが、これは東京進出に当たって読売新聞社から読売会館の提供を受けたためである。
  3. ↑ イトーヨーカ堂の読売ジャイアンツ応援・優勝セールは2014年まで行われていた。関東以外の店舗でも実施し、阪神甲子園球場の近隣に所在するイトーヨーカドー甲子園店(ららぽーと甲子園内)でも開催していた。

出典

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  95. ↑ “成田屋公式サイト”. 有限会社成田屋. 2026年7月23日閲覧。

参考文献

  • 荒木博行 編『世界「倒産」図鑑』日経BPマーケティング、2019年12月。 ISBN 4822289974。 
  • イオン株式会社 編『イオンの歴史2020』イオン、2020年6月。 

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