統計学
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歴史
統計学の源流は国家または社会全体における人口あるいは経済に関する調査にある[12]。このことは、東西を問わず古代から行われている。
学問としては、17世紀にはイギリスでウィリアム・ペティの『政治算術』(1790年)などが著述され、その後の社会統計学に繋がる流れが始まった。彼の提唱した政治算術そのものは18世紀に衰退するものの、ペティは統計学の父とも呼ばれる[13]。また同時期、ペティの友人であるジョン・グラント(英語: John Graunt)が『死亡表に関する自然的および政治的諸観察』(1662年)を表し、人口統計学の源流となった[14]。この死亡統計の研究はエドモンド・ハレーなども行うようになった[15]。これらの影響の基、18世紀にはドイツのヨハン・ペーター・ジュースミルヒが『神の秩序』(1741年)で人口動態にみられる規則性を明らかにしたが、これには文字通り「神の秩序」を数学的に記述する意図があった[16]。
ドイツでは17世紀からヘルマン・コンリングなどによってヨーロッパ各国の国状の比較研究が盛んになり、1749年にゴットフリート・アッヘンヴァルがこれにドイツ語で「
19世紀初頭になるとこれに関して政治算術的なデータの収集と分析が重視されて、「Statistik」の語は特に「統計学」の意味に用いられ、さらにイギリスやフランスなどでも用いられるようになった。この頃には、1748年のスウェーデンを皮切りに国勢調査も行われるようになり、1790年には下院の議員数算定のためにアメリカがこれに続き、イギリス、フランスなど西ヨーロッパ諸国においても1830年頃までには国勢調査が行われるようになった[17]。
一方ブレーズ・パスカル、ピエール・ド・フェルマーに始まった確率論の研究がフランスを中心にして進み、19世紀初頭にはピエール=シモン・ラプラスによって一応の完成を見ていた[18]。また、カール・フリードリヒ・ガウスによる誤差や正規分布についての研究も統計学発展の基礎となった[19]。ラプラスも確率論の社会的な応用を考えたが、この考えを本格的に広めたのが「近代統計学の父」と呼ばれるアドルフ・ケトレーであった。彼は『人間について』(1835年)、『社会物理学』(1869年)などを著し、自由意志によってばらばらに動くように見える人間の行動も社会全体で平均すれば法則に従っている(「平均人」を中心に正規分布に従う)と考えた[20]。ケトレーの仕事を契機として、19世紀半ば以降、社会統計学がドイツを中心に、特に経済学と密接な関係を持って発展する。代表的な人物にはアドルフ・ワグナー[21]、エルンスト・エンゲル(エンゲル係数で有名)[22]、ゲオルク・フォン・マイヤーがいる[23]。またフローレンス・ナイチンゲールも、社会医学に統計学を応用した最初期の人物として知られる。統計学の業績について高く評価され1858年には王立統計学会初の女性会員となった[24]。
同じく19世紀半ばにチャールズ・ダーウィンの進化論が発表され、彼の従弟に当たるフランシス・ゴルトンは数量的側面から生物進化の研究に着手した。これは当時「
20世紀に入ると、ウィリアム・ゴセット[28]、続いてロナルド・フィッシャーが農学の実験計画法研究をきっかけとして数々の統計学的仮説検定法を編み出し、記述統計学から推計統計学の時代に移る[29]。ここでは母集団から抽出された標本を基に、確率論を利用して逆に母集団を推定するという考え方がとられる。続いてイェジ・ネイマン、エゴン・ピアソンらによって無作為抽出法の採用など現代の数理統計学の理論体系が構築され[30]、これは社会科学、医学、工学、オペレーションズ・リサーチなどの様々な分野へ応用されることとなった。
こうして推計統計学は精緻な数学理論となった反面、応用には必ずしも適していないとの批判が常にあった。
これに呼応して、在来の客観確率を前提に置く統計学に対し、それまでごく少数によって提唱されていたにすぎなかった主観確率を中心に据えたベイズ統計学が1954年にレオナルド・サベージの『統計学の基礎』によって復活した[31]。ベイズの定理に依拠する主観確率の考え方は母集団の前提を必要とせず不完全情報環境下での計算や原因の確率を語るなど、およそ在来統計学とは正反対の立場に立つため、その当時在来統計学派はベイズ統計学派のことを『ベイジアン』と名付けて激しく対立した。しかし主観確率には、新たに取得した情報によって確率を更新する機能が内包され、この点が大きな応用の道を開いた。今や統計学では世界的にベイズ統計学が主流となり、先端的応用分野ではもっぱらベイズ統計学が駆使されている。
計量経済学、統計物理学[32][33][34]、バイオテクノロジー、疫学、機械学習、データマイニング、制御理論、インターネットなど、あらゆる分野でベイズ統計学は実学として活用されている。スパムメールフィルタや日本語入力の予測変換など身近な応用も数多い。20世紀末にはマルコフ連鎖モンテカルロ法など理論面で様々な革新的考案もなされ、旧来の統計学では不可能であったような各分野で多くの応用がなされるようになっている。これらベイズ統計学についての展開は、いずれも計算環境の進歩と不可分である[35]。
注釈
出典
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