芥川 竜之介とは? わかりやすく解説

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あくたがわ‐りゅうのすけ〔あくたがは‐〕【芥川竜之介】

読み方:あくたがわりゅうのすけ

[1892〜1927]小説家東京生まれ第三次第四次新思潮同人大正5年1916)「鼻」で夏目漱石認められ作家として登場新技巧派代表作家とされる昭和2年(1927)自殺命日河童忌または我鬼忌という。作「羅生門」「地獄変」「河童」「侏儒(しゅじゅ)の言葉」「歯車」「或阿呆の一生」など。


あくたがわりゅうのすけ 【芥川竜之介】

大正期小説家東京生まれ東大英文科卒。『今昔物語』に取材したり、切支丹物を作ったり、宗教とは無縁でなかった。自殺した床には『新約聖書』があったという。童話蜘蛛の糸』は、ポール-ケーラス仏教説話因果の小車』が典拠。(一八九二~一九二七)→ 宗教文学

芥川竜之介

作者小島政二郎

収載図書小島政二郎全集 第3巻
出版社日本図書センター
刊行年月2002.2


芥川龍之介

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/13 16:01 UTC 版)

芥川 龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892年明治25年〉3月1日 - 1927年昭和2年〉7月24日)は、日本小説家。号は澄江堂主人(ちょうこうどうしゅじん)、俳号は我鬼(がき)。東京出身。『羅生門』、『』、『地獄変』、『歯車』などで知られる。


注釈

  1. ^ 長女の急死が原因であったと推測されることがある。
  2. ^ a b c d e f g クラスは一年三之組。第一部乙類(英文科)は3年間この1クラスのみ。
  3. ^ 名簿は前年の成績順。
  4. ^ 1892年生まれ。1915年に陸軍軍人と結婚。1973年死去。
  5. ^ 芥川は大学院の退学届けの提出が期限切れだったため30円を請求され、このような大金の持ち合わせがない芥川は自ら除名処分を志願した(芥川龍之介『その頃の赤門生活』より)。
  6. ^ 防衛省防衛研究所図書館史料閲覧室が所蔵する海軍記録『職員進退録』に、芥川の自筆履歴書が残る。2010年現在、複写した履歴書の写真が同室に展示されている。個人情報なので、アジア歴史資料センターでのネット公開の対象外である。
  7. ^ 西川は弁護士であったが偽証教唆の罪で失権し、刑務所に収監され、出所後に自宅が半焼した際に直前に多額の保険金をかけていたことや家屋の2階押入の二箇所からアルコール瓶が発見されたことから保険金詐欺目的の放火が疑われていた。

出典

  1. ^ 上田正昭津田秀夫永原慶二藤井松一藤原彰、『コンサイス日本人名辞典 第5版』、株式会社三省堂、2009年 19頁。
  2. ^ 『第一高等学校一覧 明治43-44年』(入学時)、132頁
    ^ 『第一高等学校一覧 明治44-45年』(2年進学時)、126頁
    ^ 『第一高等学校一覧 大正元年-2年』(3年進学時)、118頁
    ^ 『第一高等学校一覧 大正2年-3年』(卒業時)、310頁
  3. ^ 神の罠, 36頁
  4. ^ 神の罠, 38.178頁
  5. ^ 関口 1992, p. 213
  6. ^ 芥川龍之介 「入社の辞」、1919年3月。
  7. ^ 海軍兵学校物語, p. 73
  8. ^ 関口 2010, p. 52
  9. ^ 川端康成 「芥川龍之介氏と吉原」
  10. ^ 「善良なる市民」芥川龍之介は“流言蜚語を鵜呑み”にし菊池寛に一喝される|関東大震災|畑中章宏 - 幻冬舎plus
  11. ^ 川端 2015, p. 58
  12. ^ 渡部 2017, p. 46
  13. ^ 関口 2010, p. 54
  14. ^ a b 関口 2010, pp. 44–47
  15. ^ [「平松ます子」『芥川龍之介新辞典』], 511頁
  16. ^ 山崎光夫 『藪の中の家』 中公文庫、2008年。(第四章六 - より)
  17. ^ 芥川文、中野妙子記 『追想芥川龍之介』 中公文庫、1981年、p.170
  18. ^ 戒名はなく墓碑も俗名『東京日日新聞』昭和2年7月26日夕刊(『昭和ニュース事典第2巻 昭和元年-昭和3年』本編p3 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  19. ^ https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1172662/15 『侏儒の言葉』芥川龍之介「小兒」「武器」1939年版(検閲による削除あり)国立国会図書館所蔵}
  20. ^ https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1180947/16 『侏儒の言葉』芥川龍之介「小兒」「武器」1927年版(検閲による削除なし)国立国会図書館所蔵}
  21. ^ 神の罠, 40.177頁
  22. ^ 神の罠, 178-179頁
  23. ^ 「ぼんやりとした不安」手記残し自殺『東京日日新聞』昭和2年7月25日(『昭和ニュース事典第2巻 昭和元年-昭和3年』本編p3 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  24. ^ 芥川龍之介 「或旧友へ送る手記」、1927年7月。
  25. ^ 久世番子『よちよち文藝部』文藝春秋、2012年10月、152-153頁
  26. ^ 『芸能人と文学賞 〈文豪アイドル〉芥川から〈文藝芸人〉又吉へ』川口則弘、ベストセラーズ, 2017、「芥川のブロマイドが芥川賞の根源にあった--「作家」というアイドルの誕生」の章
  27. ^ 十重田 2013, p. 172
  28. ^ 谷中斎場で葬儀、霊前で慟哭した菊池寛『東京日日新聞』昭和2年7月28日(『昭和ニュース事典第2巻 昭和元年-昭和3年』本編p3 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  29. ^ 菊池寛 「芥川の事ども」、『文藝春秋』1927年9月号。
  30. ^ a b 木口直子(田端文士村記念館学芸員)「芥川龍之介没後九十年”河童忌”の新たな幕開けに添えて」『文藝別冊 芥川龍之介』河出書房新社、2017年、201-208頁。 
  31. ^ イベント一覧”. 田端文士村記念館 北区文化振興財団. 2019年2月4日閲覧。
  32. ^ 「芥川龍之介記念館」整備/北区が旧居跡地購入へ 書斎再現や資料展示『毎日新聞』朝刊2018年6月7日(東京面)2018年6月7日閲覧。
  33. ^ a b 片野 2006, p. 15-16
  34. ^ 芥川龍之介 「わが俳諧修業
  35. ^ 吉野裕之緑いろの何か-あるいは、芥川を撃った赤い光」、『歌壇』1996年6月号。
  36. ^ 『木曽義仲論』:新字旧仮名 - 青空文庫
  37. ^ 芥川龍之介が3万字論文書いた「木曽義仲」の魅力 松尾芭蕉も愛惜した猛将の知られざる実像”. 歴史. 東洋経済オンライン (2022年3月21日). 2024年1月21日閲覧。
  38. ^ a b c d 『芥川追想』岩波書店、379-381頁。 
  39. ^ a b 芥川の内面伝える手紙発見 佐藤春夫宛て、深い交友”. 共同通信. 2022年8月12日閲覧。
  40. ^ a b 奇兵隊に新原敏三という人がいて、その人は芥川龍之介の父親だと講演で聞いたのだが、本当かレファレンス協同データベース、2020年08月04日
  41. ^ 芥川龍之介の文学碑田村悌夫、山口県立大学 郷土文学資料センターだより28号、2017年3月31日
  42. ^ a b c 芥川龍之介人物録
  43. ^ a b 芥川龍之介人物録
  44. ^ 天満ふさこ『「星座」になった人―芥川龍之介次男・多加志の青春』新潮社、2007年6月。ISBN 978-4103049715 
  45. ^ 2007年8月15日放送「世界バリバリ★バリュー」、2008年4月20日放送「大胆MAP」より



芥川龍之介

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/10/20 15:18 UTC 版)

澄江堂主人」の記事における「芥川龍之介」の解説

人気漫画家東京帝国大学漫画出身連載雑誌取材来客応対などに忙殺日々を送る。35歳

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芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ,1892-1927)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 06:49 UTC 版)

「うま味」を発見した男」の記事における「芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ,1892-1927)」の解説

明治25年東京市京橋区入船町牛乳製造販売業を営む新原敏三の長男として生まれる。大正2年東京帝国大学文科大学英文学科入学在学中菊池寛とともに同人誌新思潮』を刊行大正4年夏目漱石門下に入る。翌5年新思潮』に掲載した「鼻」が夏目漱石絶賛される。

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芥川龍之介

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/18 07:52 UTC 版)

佐多稲子」の記事における「芥川龍之介」の解説

上野「清凌亭」に勤めていた十代のころ、客として現れ芥川見て女中仲間に「芥川龍之介だ」と言ったところ、その女中が芥川に「お客さん知っている者がいる」と話し個人的な知り合いかと勘違いした芥川が席に呼んだのがきっかけで、顔見知りとなった芥川佐多を「お稲さん」と呼んで贔屓にしていた。佐多粋な銘仙に黒襟姿で立ち働くきゃしゃな娘で、仲間うちからは、芥川佐多好意持っているようだと見られていた、芥川亡くなる4日前に芥川から連絡があって自殺者心理聞かれたという。

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芥川龍之介

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 17:19 UTC 版)

伊豆箱根鉄道駿豆線」の記事における「芥川龍之介」の解説

1925年大正14年4月21日に、芥川龍之介が修善寺温泉新井旅館に行くために、東海道線三島駅から駿豆線三島駅乗り換え様子伝え手紙があり、「…(東京から汽車で、午後4時39分に)三島についたプラットホーム向う側修善寺行き軽便(豆相鉄道)がついているゆえ、それへ乗れば六時には修善寺につく。修善寺駅から新井までは乗合自動車人力車荷でもある。時間わかれば僕が迎えに出る。切符東京駅より修善寺駅まで買ったほうがよし。(三島まで買うと又買わねばならないから面倒くさい東京駅修善寺駅まで売っている)」との記述がある。なお芥川丹那トンネル開業する前に他界しているので、ここで出てくる三島駅とは御殿場線にある下土狩駅指している。

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芥川龍之介

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 02:54 UTC 版)

鎌倉市」の記事における「芥川龍之介」の解説

芥川龍之介は、1916年大正5年7月東京帝国大学(現・東京大学英吉利文学科を卒業した後、恩師紹介横須賀にある海軍機関学校英語教授嘱託として12月付け赴任することになり、東京から鎌倉町和田塚(現・由比ガ浜4-8付近)へ転居して江之島電気鉄道(現・江ノ島電鉄沿線下宿生活を始める。芥川は、この後1917年大正8年9月にいったん横須賀市汐入町転居したが、1918年大正7年3月になって大町字辻の小山別邸内に借家として新居構え1919年大正8年3月末に海軍機関学校退職して田端自宅東京府北豊島郡滝野川町田端現在の東京都北区田端1-19-18〉。cf. 田端文士村)に戻るまで暮らしたおおよそ1917年から1919年までの間、芥川が生活と文筆活動本拠鎌倉置いたことは、1923年大正12年)の関東大震災発生以降本格化する文化人鎌倉暮らしいわゆる鎌倉文士時代先駆けとも見なされている。

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芥川龍之介

出典:『Wiktionary』 (2021/08/15 09:01 UTC 版)

人名

    芥川龍之介 あくたがわ りゅうのすけ

  1. 明治大正時代日本小説家1892年明治25年) - 1927年昭和2年)。代表作に『羅生門』『鼻』『地獄変』『河童』などがある。

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