死神
★1a.現世の人間のもとを訪れ、冥府まで連れて行く。日本固有の死神の物語はなかなか確認できない。
『アルケスティス』(エウリピデス) 夫アドメトスの身代わりに妻アルケスティスが死ぬ。葬儀の最中に、旅の途次の旧友ヘラクレスがアドメトスの館を訪れ、事情を知って1人墓場へ行き、死神を待ち伏せして格闘する。ヘラクレスはアルケスティスを取り返し、アドメトスに引き渡す→〔身代わり〕3a。
『悲しいワルツ』(シベリウス) 重病の女が死の床についている。夢うつつにワルツの調べを聞き、怪しい客と一緒に女は踊り出す。女は客の顔を見ようとするが、客は女を避ける。やがて扉を叩く音がして、ワルツは止み、客は消える。「死」が敷居に立っている。
『死神のおつかいたち』(グリム)KHM177 死神が大男を連れて行こうとして格闘になり、負けて倒れる。若者が死神を介抱し、死神は返礼に「やがてお前を迎えに来る時は不意打ちをせず、前もって使いを何人か送ろう」と約束する。熱・目眩・痛風・耳鳴り・歯痛などが送られるが、若者はそれを使いとは気づかずに過ごし、死神に捕らえられる。
『死神の名づけ親』(グリム)KHM44 死神が貧乏人の息子の名付け親になる。死神は、成長したその子を医者にして薬草を与え、「病人の頭の方にわしが立っていたら、この薬草を飲ませれば必ず治る。病人の足の方にわしが立っていたら、病人は死ぬ定めだ」と教える→〔生命指標〕4。
『マハーバーラタ』第3巻「森の巻」 死神ヤマがサティヤヴァットのもとを訪れ、その身体から親指ほどの魂を掴み出し、綱を巻きつけて運び去ろうとする。サティヤヴァットの妻サーヴィトリーがヤマに懇願し議論をして、サティヤヴァットの命を取り戻す。
『盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめかがとび)』(河竹黙阿弥)5幕目「小石川水道橋の場」 夜、小悪党の五郎次が川端を歩いていると、死神がついて来て、五郎次の頬をなでる。死神は首をくくって死ぬ動作をし、五郎次は「首を吊ろう」と思うが、「木からぶら下がった死骸はぶざまだ。他に良い死に方はないだろうか」と考え直す。死神は石を拾って袂に入れ、身投げの動作をする。五郎次は念仏を唱えて川へ飛び込む〔*しかし五郎次は泳ぎが得意なので、死ねなかった〕。
★1c.死の女神。
マウイの冒険譚(ニュージーランド・マオリ族の神話) 死の女神「ヒネ・ヌイ・テ・ポ」が眠っている所へ、英雄マウイがやって来る。マウイは、女神の股間から体内に這い込み、ムリランガの顎骨(*→〔骨〕3)で道を切り開いて進む。女神を目覚めさせずに身体を通り抜けることができたら、女神は死に、人間は永遠の生を得るのだ。しかし一緒について来た小鳥が笑ったため、死の女神は目を覚まし、マウイを2つに噛み切って殺した。人間は不死になれなかった。
*女の死神→〔死期〕2の『百年の孤独』(ガルシア=マルケス)。
★2.冥府の使いの鬼なども死神の一種であろうが、人間から饗応を受けたために、その人間を放免してしまうことが多い。
『広異記』17「冥土への身代わり」 県知事の楊チョウは、易者から「あと2日の命」と宣告される。楊チョウは何とかして助かろうと、易者の教えにしたがって、冥府からの使者を饗応する(*→〔紙銭〕1)。使者は返礼に、楊チョウの名前を一部分書きかえて、「楊錫」という別人を冥府に連れて行く。
『日本霊異記』中-24 楢磐嶋を冥府へ連れにやって来た3人の鬼たちは、空腹のため磐嶋から饗応を受ける。その返礼に鬼たちは磐嶋を放免し、同年齢の別人を身代わりに冥府へ連れて行く。おかげで磐嶋は、90余歳まで生きることができた。
『日本霊異記』中-25 讃岐国山田郡の布敷臣衣女が病気になり、疫神に食物を供える。閻羅王の使いの鬼が衣女を召しに来るが、彼女を捜して走り回り疲れていたため、この食物を食べてしまう。鬼はその返礼として、鵜垂郡の同姓(かばね)の衣女を身代わりに冥府へ連れて行く。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ28 路傍の占者が、旗本中井半之丞に「今夜、子の刻に死ぬ」と告げる。その夜、30年前に死んだ父が半之丞宅を訪れ、半之丞は亡父に水漬けを2杯ふるまう。亡父は半之丞を連れに来たのだったが、馳走の礼に半之丞の髪を髷ごと引き抜いただけで帰る。その後、半之丞は僧形のまま天寿を全うする。
*冥府の役人を買収して生き返る→〔死体〕5aの『捜神後記』巻4-4(通巻44話)。
*嘘や色仕掛けで、黄泉の使いから逃れる→〔同名の人〕4aの『二人小町』(芥川龍之介)。
『ボルヘス怪奇譚集』「死神の顔」 ある朝、ペルシアの若い庭師が死神に出会う。死神はまじまじと庭師を見る。庭師は皇子から馬を借り、遠方のイスパハンへ逃げる。午後、皇子が死神に「なぜ庭師を見つめたのか」と問う。死神は、「イスパハンから遠く離れた所で庭師に会ったから、驚いたのです。わしは今夜、イスパハンで庭師の命をもらうことになっているので」と説明する(ジャン・コクトー『グラン・テカール』)。
★4.死神のような男。
『アマデウス』(フォアマン) モーツァルトは父の死以来、酒浸りになった。素行の悪さから、仕事もなくなった。宮廷のお抱え作曲家サリエリはモーツァルトの才能に嫉妬し、彼を死の間際まで追いつめようとたくらむ。サリエリは黒装束に仮面をつけて訪れ、モーツァルトにレクイエムの作曲を依頼する。この謎の男は、モーツァルトには父の亡霊のように見え、死神のようにも思えた。作曲ははかどらず、謎の男の度々の催促にモーツァルトは心身をすりへらし、レクイエムを完成させることなく息絶える。
『黒いオルフェ』(カミュ) 髑髏の面に骸骨模様の服の男がしばしば姿を見せ、ユリディスはおびえる。リオのカーニバルの日。ユリディスがオルフェと踊っていると、オルフェの婚約者ミラが怒って、ユリディスにつかみかかる。逃げるユリディスを、ミラに代わって髑髏の面の男が追う。ユリディスは市電の車庫に逃げ込み、オルフェが彼女を捜そうと、電気のスイッチを入れる。ユリディスがつかまっていた電線に高圧電流が流れ、彼女は死ぬ。
『祖母の為に』(志賀直哉) かつて祖父が死んだ時、葬儀社に勤める60歳ほどの「白っ児」の男が即座にやって来て、「私」を驚かせた。祖母が病身になり、それは「白っ児」が呪っているせいのように思われ、「私」は「白っ児」をどうにかせねばならぬ、と考えた。幸い祖母は全快し、ある朝「私」は祖母と外出して、葬儀社の前を通った。その時「私」は「白っ児」が死んだらしいことを察知し、嬉しくなった。
『夕なぎ』(ロージー) 孤島で召使たちに囲まれて暮らすゴーフォース夫人は、原因不明の難病に苦しんでいた。ある日、謎の男クリス・フランダースが、島へやって来る。彼は常に、死を間近にした人物のもとを訪れるので、『死の天使』と呼ばれていた。ゴーフォース夫人はクリスを恐れつつ、心ひかれる。病気が重くなったゴーフォース夫人はクリスを寝室へ誘うが、クリスは応じない。その夜のうちに、ゴーフォース夫人はクリスに看取られて死んでいった。
*「死神の化身」とあだ名されるドクター・キリコ→〔安楽死〕3の『ブラック・ジャック』(手塚治虫)「ふたりの黒い医者」。
『気がかりな旗手』(イギリスの民話) 連隊長が若い旗手を連れて、某家のパーティに行く。食事の間中、旗手は家の女主人を凝視し続ける。黒い影のような恐ろしい姿が、女主人の椅子の後ろに立ってささやきかけ、女主人もその声に聞き入っているように見えたのである。旗手は気味悪く思い、連隊長とともに辞去する。その直後に、女主人は自分の喉をかき切った。
『金の輪』(小川未明) 長い間病気で寝ていた太郎が、ようやく外へ出られるようになる。見知らぬ少年が金の輪を2つ回して走って来て、太郎に微笑みかける。太郎は2日続けてその少年を見る。夜の夢で太郎は、少年から金の輪を1つ分けてもらい、2人で往来を走る。翌日から太郎は発熱し、2~3日後に7歳で死ぬ。
『生死半半』(淀川長治)「延命治療について」 昭和44年(1969)12月。夜、激しく咳き込む母の背中をさすっていた時、「私(淀川長治)」の目に、はっきりと死神の姿が見えた。信じてもらえないかもしれないが、部屋の四隅に、鼻先のとがった悪魔みたいな奴らが座っていた。「私」は思わず、「まだ連れて行ったらいけません。もう半年待って」と言った。それからちょうど半年後に、母は死んだ。あの時、「あと5年待って」と頼んでおけば、母はもっと長生きしたかもしれない。
『ナクソス島のアリアドネ』(R・シュトラウス) 夫テーゼウス(=テセウス)によって、ナクソス島に1人置き去りにされたアリアドネは、自らの運命を嘆き、死を望む。その時、島に船が着き、バッカス(=ディオニュソス)が上陸して来る。アリアドネはバッカスを死の神だと思い、進んで彼の腕に抱かれる。ところがバッカスは、酒の神であり愛の神であった。バッカスの接吻を受けてアリアドネは生きる喜びを取り戻し、2人は結ばれる。
★7.「死神」といっても、特定の魔物が存在するわけではない。
『絵本百物語』第6「死神」 俗に「死神」というのは、悪念を抱いて死んだ者の気が、同様の悪念を持つ生者に通じて、死の場所へ引き入れるのである。刃傷(にんじょう)のあった場所を清めなければ、同じような事件が再発し、首くくりのあった樹を切り捨てなければ、また次の首くくりが起こる。心中などが同じ場所で発生するのも、皆、死ぬ時の悪念によるものだ。
*首くくりが、同じ場所で繰り返し起こる→〔首くくり〕1・2。
『担当員』(星新一) 人生ですべき仕事を、ほぼすませた「おれ」は、寝そべってテレビを見ていた。小柄な童顔の男が現れ、「お迎えの係りです」と自己紹介する。「お迎えといっても、日時は決まっていません。その気になってからでいいのです。出発までは、あなたの身は安全です。わたしがあなたの担当ですから、ほかのやつには手を出させない」。「おれ」に当分出発の意志がなさそうなのを見て、男は言う。「いい休養です。ずっとくっついてお待ちしますよ。時々、わたしが何のためにいるのか、思い出して下さいよ」〔*星新一最後のショートショート。この時、66歳〕。
*死を間近にした人の後ろに、死の天使が立つ→〔死期〕3の『人はなんで生きるか』(トルストイ)。
*木の上に、冥府の使いが現れる→〔木〕7bの『述異記』12「樹上の人」。
*死神とチェスの勝負をする→〔賭け事〕1bの『第七の封印』(ベルイマン)。
*死神とトランプのゲームをする→〔賭け事〕1cの『午後の出来事』(星新一)。
*死神をつかまえたので、人間も動物もすべて不死身になってしまった→〔死の起源〕3の『この世に死があってよかった』(チェコの昔話) 。
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