ドロとは? わかりやすく解説

どろ【泥】

読み方:どろ

まじってやわらかくなった土。粒子は砂よりも細かく大きさによりシルト粘土とに分ける。

泥棒」の略。「こそ—」


とろ【×瀞】

読み方:とろ

《「どろ」とも》川の水浸食されてできた深い淵(ふち)で、流れゆるやかな所。「—八丁


読み方:ドロ

粘土のうち、含水量コロイド物質の多いもの。

ドロ

名前 Dolo; Dollo; Dollot; Doro

ドロ

読み方:どろ

  1. 銀座リノ意。「今日ハドロヲ使フ」ト用フ。

分類 掏摸


ドロ

読み方:どろ

  1. バスヤ円タクノコト。

分類 掏摸

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土路

読み方:ドロ(doro

所在 新潟県妙高市

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

ドロ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/25 01:40 UTC 版)

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ドロどろドーロ

ドロ、どろ

ドーロ


マルク・マリー・ド・ロ

(ドロ から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/11 13:25 UTC 版)

マルク・マリー・ド・ロ
Marc Marie de Rotz
教会 カトリック教会
聖職
司祭叙階 1865年
個人情報
出生 1840年3月27日
フランス王国
ノルマンディー
ヴォスロール
死去 1914年11月7日
日本
長崎県
長崎市南山手
大浦天主堂
国籍 フランス
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マルク・マリー・ド・ロフランス語:Marc Marie de Rotz, 1840年3月26日 - 1914年11月7日)は、カトリックパリ外国宣教会所属のフランス人宣教師司祭)である。1868年慶応4年)6月に来日し、長崎県西彼杵郡外海地方(現・長崎県長崎市外海地区)において、キリスト教宣教活動の傍ら、貧困に苦しむ人々のため社会福祉活動に尽力した。

生涯

1840年3月27日、フランスノルマンディー地方バイユー近郊のカルヴァドス県ヴォシュロール(ヴォスュロール)村(Vaux-sur-Aureフランス語版)でナポレオンの血を引く貴族の家に生まれる。両親と主任司祭チュバンルーとによる厳格な教育を受けた[1]1848年嘉永元年)、オルレアンの聖十字架学院に入学。

1860年、オルレアン神学校に入学。1862年、パリ外国宣教会神学校に転入学。1863年、病気のため退学。帰郷ののち、バュー大神学校に入学。1865年、同神学校卒業後、司祭に叙階された。1866年カン市の聖ジュリアン教会補佐司祭に就任。1867年、パリ外国宣教会入会。

1868年(慶応4年)6月、司祭のベルナール・プティジャンが帰国中に印刷技術を持った宣教師を募集したのに応じて来日した。長崎で宣教に従事したのち、1871年明治4年)に横浜へ転属し、日本最初の石版印刷を始め『聖務日課』『教会暦』など7種の本を刊行した。1871年明治4年)、横浜に来たサン・モール会(現:幼きイエス会英語版)の修道女のために修道院を建築[2]

1873年(明治6年)、浦上の信徒らが浦上四番崩れによる流刑から釈放されたのを機会に長崎に戻り、印刷物の発行を行った。翌1874年(明治7年)7月、長崎港外の伊王島赤痢が発生し浦上地区まで広がり、流罪によって衰弱していた浦上信徒に蔓延したのを受け、ド・ロは毎日患者の家まで薬箱を下げて通い、予防方法等について説いて回った。

1878年(明治11年)、出津教会主任司祭として赴任し、カトリックに復帰した信者やカクレキリシタンが多く住んでいた外海地区(黒崎教会、出津教会)の司牧の任にあたった。ド・ロは、この地域の人々の生活が貧しく孤児捨て子も多く、特に海難事故で一家の働き手である夫や息子を失った家族が悲惨な生活を送っていることを知り、1880年(明治12年)に孤児院を開設し、1883年(明治16年)には救助院(黒崎村女子救助院)を設立して授産活動を開始する。この施設に修道女として入った婦人たちは、ド・ロの技術指導に基づいて織布、編物、素麺、マカロニ、パン、醤油の製造などを行った。ここで製造されたシーツやマカロニ、パンなどは外国人居留地向け、素麺や醤油などは内地向けに販売された。1886年(明治19年)には、住民を伝染病から救済するため「ド・ロ診療所」を開設し、社会福祉事業に挺身した。1914年大正3年)11月6日、大浦天主堂司教館(旧長崎大司教館)建築現場で足場から転落、それが元で持病が悪化し、翌日の11月7日に死去した。遺骸は出津に運ばれ、小高い丘陵にある共同墓地に埋葬された[3]

人物・功績

カトリック出津教会
旧出津救助院
旧長崎大司教館

貴族の家に生まれたド・ロは、施設建設や事業のために私財を惜しみなく投じ、フランスで身につけた農業・印刷・医療・土木・建築・工業・養蚕業などの広範な分野に渡る技術を外海の人々に教え、「ド・ロさま」と呼ばれ親しまれた。

地域の貧困者や海難事故で未亡人となった女性を進んで雇い、西洋式の機織や日本初のマカロニパスタ)製造工場でもある「そうめん工場」を造り、人々の宗教的指導者であるとともに地域の経済的発展にも貢献した。また、農業用地を買い取り、フランスから持ち込んだ農耕用具で自ら開墾を行ったほか、当時の日本では珍しかったドリルや滑車なども彼が持ち込み、20世紀初頭の西洋と長崎の文化的掛け橋となるとともに、あらゆる分野でその功績を残している。外海地区の住民たちに伝えた製麺技術は一旦完全に途絶えたが、町興しの一品として「ド・ロ様そうめん」と名付けられた商品が販売されている。

ド・ロが設計・建築に携わった数々の教会堂は、ゴシック様式を踏襲しながらも、扉を引き戸にして大工の技術を生かしたり、木造建築ならではの柱と梁の配置としたりするなど、日本の伝統文化を重んじた建築様式が特徴である。当時の厳しい環境下において実現したこれら建築物には一見の価値がある。

1875年に大浦天主堂の隣に建設した長崎公教神学校(旧羅典神学校)の校舎は、1972年旧羅典神学校として国の重要文化財に指定された。長崎公教神学校は、現在は移転して長崎カトリック神学院となっている。

ド・ロが設計・指導を手がけた出津教会堂大野教会堂旧羅典神学校旧大司教館および、社会福祉事業に関連する遺跡(ド・ロ神父遺跡、旧出津救助院)は、ユネスコ世界遺産(文化遺産)暫定一覧表へ登録された「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」に加えられている。

略歴

  • 1840年3月27日 - フランスのノルマンディー地方に生まれる。
  • 1865年 - 司祭に叙階される。
  • 1867年 - パリ外国宣教会に入会。
  • 1868年 - 宣教のため来日。
  • 1873年 - 大浦天主堂付となる。
  • 1875年 - 大浦天主堂の隣に長崎公教神学校(旧羅典神学校)を建設。
  • 1878年 - 外海地区(黒崎教会、出津教会)の主任司祭に着任。
  • 1879年 - 福祉活動を目的として「聖ヨゼフ会」を創立(お告げのマリア修道会の前身)。
  • 1882年 - 出津教会聖堂を建設、ここを宣教の拠点とした。
  • 1883年 - 出津救助院を建設、ここを社会福祉事業の拠点とした。
  • 1885年 - 外海の貧しい人々が、自分の村で働き、生活できるようにするためにイワシ網工場を建設。
  • 1886年 - ド・ロ診療所を開設。
  • 1898年 - 出津の野道に共同墓地を新設。
  • 1914年11月7日 - 大浦天主堂にて死去。
  • 1915年 - 大浦天主堂司教館竣工。

関連施設

著書

  • 聖年祝日 校刻 M.M.ド・ロ、1877年[注釈 1]
  • 産業上に付て佛國宣教師ド・ロ氏の口述筆記 中村近藏編、中村近藏、1890年[注釈 2]

関連書籍

  • 三沢博昭 『大いなる遺産 長崎の教会』(智書房、2000年) ISBN 4434002651
  • 『長崎遊学2 長崎・天草の教会と巡礼地完全ガイド』(長崎文献社、2005年) ISBN 4888510911
  • 片岡弥吉 『ある明治の福祉像 ド・ロ神父の生涯』(NHKブックス日本放送出版協会 1977年)
    • 『ド・ロ神父―世界遺産 出津の福祉像』(片岡弥吉全集 別冊、智書房 2019年)
  • フランシスク・マルナス『日本キリスト教復活史』みすず書房、1985年 ISBN 4-622-01258-8
  • Gilles van Grasdorff, La belle histoire des Missinos étrangères 1658-2008, Paris, Perrin, 2007.
  • Gilles van Grasdorff, À la découverte de l'Asie avec les Missions étrangères, Paris, Omnibus, 2008.
  • 来日西洋人事典〔増補改訂普及版〕日外アソシエーツ 武内 博著(1995年)
  • 日本に眠るパリ外国宣教会宣教師列伝 武内 博著
  • 中村和子『ド・ロ神父の埋もれていた12通の手紙 : 禁教令解除後の宣教の苦難』ブイツーソリューション, 2024

脚注

注釈

  1. ^ 著者出版による。
  2. ^ 編者出版による。

出典

  1. ^ 池田 1968, p. 125.
  2. ^ 池田 1968, p. 126.
  3. ^ 矢野 2006, p. 177.
  4. ^ “ド・ロ神父記念館”. ながさき旅ネット. https://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/447 2021年4月13日閲覧。 

参考文献

  • 池田敏雄『人物による日本カトリック教会史―聖職者および信徒75名伝』中央出版社、1968年1月1日。ISBN 4-7896-0308-3 
  • 矢野道子『ド・ロ神父黒革の日日録』長崎文献社、2006年8月1日。 ISBN 978-4888510325 
  • 漫画:ニューロック木綿子、監修:中濱敬司『そのとき風がふいた―ド・ロ神父となかまたちの冒険』オリエンス宗教研究所、2018年7月20日。ISBN 978-4-87232-104-3

関連項目


ドロ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/23 14:41 UTC 版)

オーラマシン」の記事における「ドロ」の解説

ショット・ウェポン開発した初の空飛ぶ戦闘用オーラ・マシンドレイク・ルフト領内跳梁跋扈するガロウ・ラン討伐すべく、フレイ・ボム(火焔砲)を搭載した対地攻撃用の爆撃機として設計された。 機体色はブルーグリーンオリーブドラブ最初期完成したオーラ・マシンということもありオーラ力転換係数低くコモン1人では浮くのがやっとであり、4人乗ってようやく戦闘可能な状態だったといわれている。だが、完成当初の「空を飛べる」という戦力的なアドバンテージ城攻めなどでは極めて有効で、初期ドレイク軍の軍事展開上、大きな力の礎となった機体である。また、本機ドレイク軍事資金調達のためにクの国を始めとする近隣諸国積極的に売却もされており、ラウの国では本機参考コピー改良型ともいえるグナン製造している。 形状円盤状の胴体触手状の「フレイ・ボム・アームガン」を4基備えたクラゲ彷彿とさせるもので、このアームガンは先端にフレイ・ボム1門が内蔵され、オーラ・マルス(筋繊維)によるフレキシブルな可動範囲と広い射角確保している。胴体下には大気中のオーラを吸排気する釣鐘状のインテーク4つ並び乗り組んでいるクルー触媒にしてオーラ力動力変換するシステム空を飛ぶこのため飛行中呼吸にも似た音を発する。なお、本機動力源をオーラ・コンバーターとしている資料もある)。オーラ・マシンとしては安価製造が容易であり、操縦簡単なことから機動部隊拡張の際には真っ先大量生産された。ただし、対オーラ・マシン戦を考慮する以前機体であるため、空戦での機動性能は低くオーラ・バトラー相手ではやられ役になってしまう場合多かった短期間長駆発展遂げたオーラ・マシン群の中で本機急速に旧式化して行ったが、その生産・配備数の理由から新型オーラ・ボムタンギー”へと完全には代替されず、最終決戦まで第一線に留まっている。輸送艇連絡艇としても重宝されていた。

※この「ドロ」の解説は、「オーラマシン」の解説の一部です。
「ドロ」を含む「オーラマシン」の記事については、「オーラマシン」の概要を参照ください。

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