海難事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/31 01:59 UTC 版)
海難事故(かいなんじこ)は、海上および隣接水域における船舶に関して生じた事故であり、人や船舶やその積荷に損傷を生じるもののことである[1][2]。
本記事では海難事故に加えて、それと関連のある「海難」という概念についても解説する。
概説
海難事故とは、一般的に、海上および隣接水域における船舶に関して生じた事故で、(かつ)人や船舶や積荷に損傷を生じるもののことである[1]。海難事故は事故の一種である。
「海難事故」を略して「海難」と呼ぶこともがあるが、両者の指す範囲は異なっており、海難のほうはより広義の海上危険(maritime perils)の一種で、イギリスの海上保険法では海上危険を、海難、火災、戦時危険、海賊、窃盗、拿捕捕獲、押止押差、投荷、船員の悪行、その他類似の危険及び保険証券記載の危険に分けている[3]。歴史的には海難(perils of the sea)は、狭義に風浪の異常など絶対的自然力により発生する海に固有の危険のみが海難とされたこともあった[3]。しかし、現代では平穏な海上で船舶が暗礁に乗り上げて沈没した場合や、他船の過失によって衝突し浸水沈没した場合も海難として扱われている[3]。海難を海の作用に限らない考え方は少なくとも19世紀後半には一般的になっていた[3]。
日本の海難審判法2条に定義される「海難」も以下のようなものとなっている。
- 船舶の運用に関連した船舶又は船舶以外の施設の損傷(海難審判法2条1号)
- 船舶の構造、設備又は運用に関連した人の死傷(海難審判法2条2号)
- 船舶の安全又は運航の阻害(海難審判法2条3号)
冒頭の定義文に「平時に」と書かれているように、一般的に戦時のもの、つまり戦争に起因する被害は「海難事故」に含まれない、とすることが多い。海難には船舶の衝突、乗り上げ、火災、沈没、エンジン事故、操舵装置の事故なども含まれる[1]。船舶の大型化・巨大化と海上物流のグローバル化の傾向にあるため、大きな海難が発生すると、海難防止制度や海上保険制度にも大きな影響を与えるようになった[1]。
なお、日常用語では「難破(なんぱ)」ということもあるが、専門用語では、難破(シップレック、shipwreck)は、風浪の作用によって船舶が打ち砕かれ、船体の一部あるいは積荷が海岸に打ち揚げられたり海上を漂ったりすることをいう[3]。
事故の態様
海難事故の態様としては、以下のようなものがある[4]。
- 衝突
- 座礁(坐礁)
- 座礁は一般的には船舶が偶発的原因により所定の航路を離れて岩礁、海岸、浅瀬に乗揚げ航行を阻害されることをいう[3]。
- 沈没
- 転覆
- 機関故障・推進器故障・かじ故障などによる漂流
- なんらかの理由で航行できなくなり、海上を漂うもの。
このほか海難以外の広い意味での海上危険(航海危険)に含まれるものに、火災、海賊、窃盗、投荷、船員の悪行、戦時危険(perils of war)などがある[3]。
事故の原因
海難事故の原因となるものには、以下のようなものがある(例示)。
- 船員の操船技術に関連するもの
- 操縦のミスによるもの。
- 船員の判断の過誤に関連するもの
- 船舶の堪航能力に関連するもの
- 設計ミス、材質の強度不足、構造欠陥などによるもの。小規模な船体損傷から船体折損などの重大なものまで、さまざまなものがある。改造・当初予定とは別の用途への転用などの結果、問題点が顕在化するケースなどもある(運用の問題とも関係する)。
- 船舶の搭載機関・搭載機器の整備不良、管理・運用に関連するもの
- 整備不良、施設管理の不備などに由来するもの。積載重量オーバー・荷崩れなど運用管理に由来するもの。
事故の影響
引き起こされる結果としては、以下のようなものがある(例示)。
- 人的損害
- 物的損害
- 船体の喪失・荷物の流失・港湾施設の損壊など。
- 自然損害
海難事故の法的扱い
海難事故は、船という陸上での経験があまり通用しない交通機関にかかわるものであること、独特の法的規制や慣習があることなどに鑑み、法的に特殊な扱いがなされる場合がある。
日本における海難事故の法的扱い
日本では、一般に事故をめぐる責任の追及については民事上の責任や刑事上の責任が問題となり、海難事故に関しても同様である。ただし、関係者が生還しないケースも少なくなく、また証拠となる物も回収が容易ではないために原因の解析が困難なことも珍しくない。海難事故の場合には特に将来的な海難の防止という観点から、運輸安全委員会による海難事故の究明(運輸安全委員会設置法1条)がなされ、故意・過失によって海難を発生させた船員に対しては海難審判所の海難審判による懲戒がなされる(海難審判法1条)。なお、海難事故の究明や海難審判について以前は海難審判庁が担っていたが、2008年10月の法改正により海難審判庁は廃止され現行の体制に移行した。
海難事故の損害賠償枠組み
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一般的な海難事故の損害賠償については、通常の損害賠償保険によって扱われる。
しかしながら海難事故の場合、特にオイルタンカーの事故などの際には、その汚染規模が大きく、被害額・除染費用などが巨額に上ることが少なくなく、補償の実効性には疑問が持たれるケースも少なからず存在した。そのため、1967年のトリー・キャニオン号事故を契機として1969年には「油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約」が作られ、以下幾度か改定されている。
この条約では、タンカー事故などについて、ほとんど無過失責任であるといえるレベルの損害賠償責任を負わせている。また、現実的な被害救済のために、一定量以上の荷主に拠出を義務付けるなどして国際基金を整備し、確実に補償がなされるような枠組みを作っている。
日本国内では、この条約に基づいて船舶油濁損害賠償保障法が制定されている。また、保険未加入船舶については入港を拒否するといった方法で、補償が期待できないような被害の発生を防止している。アメリカ軍の艦艇が関わる事故の場合、アメリカ側の艦艇や関係者はアメリカ(主にアメリカ沿岸警備隊)が、民間の船舶は海上保安庁がそれぞれ捜査を行う[5]。
対策
- 神頼み・願掛け
- 日本 - 海神を祀る神社、金刀比羅宮、正福寺 (鳥羽市)
- 中国 - 媽祖
- 船霊、守護聖人エラスムス、船の精クラバウターマン[6]
- 奉納船
- 浦終い
- 海上安全祈願祭
- 船乗りの入れ墨 - 願掛けと共に、事故による遺体の変形・損壊が起きた後でも身元が分かるように
- 対策スタッフ
- 救助機材
- インフラ
- 航海データ記録装置
- 船舶工学
- 安全工学
- 救命胴衣(ライフジャケット)、イマーションスーツ
- 救命ボート(救命いかだ)・救命浮輪(救命浮環)・救命浮器
- 非常用位置指示無線標識装置(イーパブ、E-PIRB)
- 捜索救助用レーダートランスポンダ(SART)、自動船舶識別・捜索救助用レーダートランスポンダ(AIS-SART)
- 持運び式双方向無線電話装置
- 法
- 海上における遭難及び安全に関する世界的な制度(GMDSS)
- 海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)
- 小型船舶安全規則[7]
- 船舶安全法施行規則[8]
- 教育
- 防災組織の海難救助訓練の他、防災組織による一般市民向けに教育を行っている。海に放り出されたら、「浮いて待て」と教えている。浮いている物に捕まったり、体を大の字に広げ首だけを出す浮く姿勢をすることで救助される確率が上がる[9][10][11]。
- その一方、日本水難救済会は波が鼻や口に入って呼吸困難になることから、イカ泳ぎという泳法を推奨している[12]。
- 海上保安庁は、以下の心得を呼び掛けている[13]。
- 発航前、機関や燃料等の点検の実施
- 航行時、常時見張りの徹底
- 故障時に備え、救助支援者の確保
海難事故に関する作品一覧
絵画
ノンフィクション
- 『沈んだ船を探り出せ』
- アメリカの小説家、クライブ・カッスラーが稼いだ印税を使って沈船の探索を行なった記録。
- 『パーフェクトストーム』(1997年)
フィクション
- ポセイドン・アドベンチャー(1969年)
映画
- タイタニックの沈没を扱った映画は1912年以来多数作られている。→
→詳細は「タイタニック (映画)」を参照
- ポセイドン・アドベンチャー(1972年~)
- 東京湾炎上(1975年)
- 白い嵐(1996年)
- ブリタニック (映画)(2000年)
- パーフェクト ストーム(2000年)
- 海猿(2004年~2012年)
- 守護神 (映画)(2006年)
- ボトム・ダウン(2006年。ノンフィクション映画)
- 空へ-救いの翼 RESCUE WINGS-(2008年)
- ザ・ディープ(2012年のアイスランド映画)
- 海難1890(2015年)エルトゥールル号遭難事件とその後の出来事を扱った作品
漫画
- 海猿 (1999年~)
アニメ
コンピューターゲーム
クラシック音楽
- 超絶技巧練習曲集 - ブライアン・ファーニホウによる組曲。
脚注
注釈
- ^ 当該船は鹿島港に入港していたが荒天のために港外に避難したのち、操船不能に陥って座礁した。座礁後しばらくは引き出しが試みられたが、荒天が続いたため作業は難航、引き出せないでいるうちに船体が破断した。積荷は鉄鉱石であり、1/3強が避難出航までに荷下ろしが間に合わず搭載されたままになっていたが、オイルタンカーではなかったため重大な汚染は発生しなかった。
→「2006年10月の海難事故」も参照
出典
- ^ a b c d ブリタニカ百科事典【海難】
- ^ 広辞苑第六版【海難】「航海中の船舶に生じる危難」
- ^ a b c d e f g h i j 橋本犀之助「海上危險論」『彦根高商論叢』第七號、彦根高等商業學校研究會、1930年7月、137-205頁、NAID 120005352614、2021年7月20日閲覧。
- ^ “第1章 海難等の動向|平成30年交通安全白書(全文) - 内閣府”. www8.cao.go.jp. 内閣府. 2022年10月5日閲覧。
- ^ “イージス艦内に数人の遺体=不明者の捜索終了-「必要あれば捜査協力」・在日米海軍”. 時事ドットコム (2017年6月18日). 2017年10月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年6月19日閲覧。
- ^ 『Klabautermann』 - コトバンク
- ^ “小型船舶安全規則”. elaws.e-gov.go.jp. e-Gov法令検索. 2022年10月5日閲覧。
- ^ “船舶安全法施行規則”. elaws.e-gov.go.jp. e-Gov法令検索. 2022年10月5日閲覧。
- ^ “海で溺れたら「浮いて待て!」 と注意喚起。ただし川では…|FNNプライムオンライン”. FNNプライムオンライン. 2022年10月5日閲覧。
- ^ 日本テレビ. “溺れたら「浮いて待て」そのコツ解説します”. 日テレNEWS. 2022年10月5日閲覧。
- ^ “進む水泳授業の民間委託 競泳と異なる「命を守る教育」、どうする?:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2022年7月20日). 2022年10月5日閲覧。
- ^ “【水に落ちたら】学校で教える「浮いて待て」は危険!「波が鼻や口に入って呼吸困難に」 日本水難救済会が推奨する「イカ泳ぎ」とは|まいどなニュース”. まいどなニュース (2023年8月9日). 2023年8月9日閲覧。
- ^ “海の事故防止対策”. www6.kaiho.mlit.go.jp. 海上保安庁. 2022年10月5日閲覧。
関連項目
- カール・エミール・ペッターソン - 1904年にパプアニューギニアのタバー島で難破した後、食人族の村に連行され、タバー島の王となったスウェーデン水夫。
外部リンク
海難事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/02 08:05 UTC 版)
「「ブラインドセーリング」プロジェクト」の記事における「海難事故」の解説
出航から5日が経過した6月21日午前7時8分頃、宮城県石巻市金華山の南東約1,200km沖合にてマッコウクジラと衝突。就寝していたHIROと辛坊は気付いて眼を醒ましたが、辛坊はHIROに対して「大きな波がハル(船体)を叩いたのだろうと」と語り、改めて休んでいたが同時25分頃、HIROがキャビンに水が浸水している音で目覚めて気が付いた時にはキャビン床上迄海水が浸水しており、HIROはすぐに辛坊に声をかけて起床させた。辛坊はHIROに対して、ビルジ(ポンプ)モーターのスイッチを入れて排水を始める様指示した。しかし、船内のポンプを始動させ緊急排水を行ったが、人手およびポンプでの排水が浸水に追いつかない状況で、同時33分、辛坊はイリジウム携帯電話からプロジェクトチームリーダーの比企へ加電して、「沈没間違いない。ビルジ(ポンプのモーターの)排水が追いつかない」と報告を入れた。45分頃、当該プロジェクトを撮影していた機材からSDカードを抜き取り、午前8時1分頃船艇を放棄してライフラクト(救命いかだ)へ避難した。 比企はこの事態に遭遇し、出勤前の結城に取り乱す状態で架電を入れ、事態を重く見た結城は早々に読売テレビに出勤後、同局内の会議室で立ち尽くして取り乱している比企から前述の事態報告を受けた。結城は比企を落ち着かせながら、詳細なヒアリングを行ない、当該プロジェクトメンバーと同局取締役、広報社員を召集。会議室にホワイトボードと複合機2台を持込み、会議室ドアに「入室禁止」の張り紙を掲示。プロジェクトメンバー以外シャットアウトして事態詳細をホワイトボードに列挙し事態に対応。事態の異常を気付いた読売テレビの当該プロジェクトとは関係無い報道局、製作局社員が外から呼び掛けても無視して事態対応に臨み、プロジェクトD2製作委員会は118番通報を行ない、午前10時に第二管区海上保安本部長からの災害救助派遣要請により、海上自衛隊厚木航空基地所属の第3航空隊航空機US-2とP-3C計4機が相次いで出動した。第二管区は巡視船とうみわし1号を現場に派遣。また、結城は事後予測で防衛省が動くことを想定して、事前連絡を行ない情報を取りに行った。自局含めた民放ニュース系列、公共放送の定時昼ニュースに合わせて、五月雨式に事態推移のプレスリリースを行ない憶測情報を産まない情報管理を行ない、海洋の状況をブラインドセーリングプロジェクトのWebサイトにも掲載した。その結果、昼の定時ニュースは全放送局はトップニュース扱いとなり、新聞社、通信社も速報を打った。 同制作委員会の委員長、本部長は結城に全権委任し当該事案の対応に当たらせた。結城は後述のUS-2を派遣した事を把握し、2人が助かった場合、厚木航空基地に戻る事を想定し、製作委員会チームを読売テレビで待機し、プレスリリース配信作業担当と厚木航空基地で待機する担当と2班に分け、結城、比企含めたメンバーは東京に移動し、移動もリスクヘッジを考慮し、東海道新幹線で新大阪駅から新横浜駅経由のチームと旅客機で伊丹空港から羽田空港に分派し移動しつつ、厚木航空基地はアメリカ海軍との共同使用のため、入構申請が厳重である事を鑑みて、アメリカ合衆国大使館や防衛省等に速やかな入構申請の根回しを行ない続けた。その結果、厚木航空基地へ速やかに入構するができたことで、そのため、現場でジャッジメントできる時間の短縮ができたことが後述に繋がった。 しかし、1番機のUS-2が午後2時頃に現場に到着したが、着水を試みるが波が高く断念して厚木航空基地に引き返し、厚木航空基地に分派されている第71航空隊所属の2番機のUS-2が午後3時8分頃離陸し、午後5時53分頃現場到着。2番機の現場到着時の海域は風速16〜18mで波が高く波高3〜4m程上がるため、2番機は最高潮を狙って着水し、午後6時14分頃に現場海域で2人を救助。救助後、巷の注目も高かったこともあり、海上自衛隊の公式Twitterアカウントでも、救助時の模様が画像付きでツイートされていた。 また、後年辛坊が後述の理由で海上自衛隊の庁内報で知ったことであったが、2番機のUS-2が着水後、通常の波高よりも高かったと推測し、3番エンジンが海水を被ったため、運用上真水で洗浄してからでないとエンジン点火してはいけない規則であったが、2番機のパイロットはエンジンを無理やり点火させるか海面を漂うか2択を迫られ、エンジン点火に失敗した場合、航空機が破損し墜落する恐れが、海面を漂うと転覆するリスクが存在して、重ねて遭難する可能性だったため、パイロットの決断で全エンジン点火をして離水し、直後に3番エンジンを停止させて飛行した。このため通常よりも1時間30分遅い、午後10時30分頃、厚木航空基地の滑走路に2番機が着陸し、同37分に辛坊、HIRO共々地上に降り立ってメディアのカメラでの無事が報道され、特に『報道ステーション』(テレビ朝日)は番組放送中に生中継を実施し、後年同番組の当時:キャスターであった古舘伊知郎が『ズーム』にゲスト出演した際、当時の事を回想した。また、救急車も待機させており、体調が悪ければ救急車でそのまま病院に搬送予定であったが、体調が良かったため徒歩でエプロンを移動した。
※この「海難事故」の解説は、「「ブラインドセーリング」プロジェクト」の解説の一部です。
「海難事故」を含む「「ブラインドセーリング」プロジェクト」の記事については、「「ブラインドセーリング」プロジェクト」の概要を参照ください。
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