オティス・ケーリとは? わかりやすく解説

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オティス・ケーリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/20 08:25 UTC 版)

オティス・ケーリ

オティス・ケーリ(Otis Cary、1851年4月20日 - 1932年7月25日)は、アメリカ合衆国宣教師である。オーテス・ケーリとも表記する。息子フランク、同名の孫と三代に亘るアメリカン・ボード宣教師[1]

略歴

1851年マサチューセッツ州に生まれる。アマースト大学に入学し、在学中に新島襄と知り合う。同校を1872年に卒業し、1876年アンドーヴァー神学校を卒業する。1878年エレンと結婚し、来日する。

岡山教会で、金森通倫と共に1879年より10年間牧会をする。その時、片山潜留岡幸助らと出会う。後に、山陽女学院を創設する。

1892年より同志社の教授になり、1918年まで教会史、説教学、社会学などと教える。神戸女学院の初代理事長を務める。

帰国後、ロサンゼルスユタ州オグデン伝道をする。1904年アマースト大学より名誉神学博士号を受ける。1909年に、日本におけるキリスト教史について書いた『History of Christianity in Japan: Roman Catholic, Greek Orthodox, and Protestant Missions』(New York: Fleming H. Revell, 1919. 後に合本の復刻版が1976年にCharles E. Tuttle社刊行)を出版。

三男フランクも宣教師で同志社理事、その孫は、同志社大学教授のオーテス・ケーリ

脚注

  1. ^ 北垣宗治「新発見の新島英文資料」『同志社談叢』第34号、同志社大学同志社社史資料センター、2014年3月、1-33,図巻頭8-10、CRID 1390853649844499840doi:10.14988/pa.2017.0000014160ISSN 0389-7168NAID 120005642084 ,[要ページ番号]

参考文献

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