さらなる利用の広がりと技術開発
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/21 15:56 UTC 版)
「ステンレス鋼の歴史」の記事における「さらなる利用の広がりと技術開発」の解説
第二次世界大戦中の戦闘機でも、第一次世界大戦と同じくエンジンバルブや排気系にステンレス鋼が利用された。第二次世界初期、航空機用アルミニウムの不足が心配されており、米国政府はアルミニウム以外の材料を使った航空機の可能性を探していた。この需要を見据えて、ステンレス鋼製鉄道車両で知られる米国のバッド社は、米国海軍向けにステンレス鋼製ボディの貨物機RB-1を開発した。1943年に完成して試験飛行が成功した後、25機が製造されたものの、米国海軍に注文を打ち切られ、RB-1が日の目を見ることはなかった。 自動車分野でも、1965年ごろから排気系部品をステンレス鋼に置き換える動きが始まり、排ガス規制が厳しくなる1980年代になると軽量化の達成と合わせて多くの排気系部品がステンレス鋼製となって現在に至っている。自動車の装飾用モール材でもステンレス鋼が使われ始め、1950年代ごろから使用が増加した。一般化することはなかったが、ステンレス鋼をボディとして採用した自動車のデロリアンDMC-12が1981年に発表され、製造会社が倒産する1982年までに約9000台が造られた。 1954年には、ステンレス鋼製の水中ビデオカメラが初めて作られ、1956年には、ステンレス鋼製カミソリ刃が初めて販売された。1960年は、ステンレス鋼製タンクを初めて使用したケミカルタンカーが納入。1966年は、ステンレス鋼製タービンブレードを使った世界発の潮力発電所が完成。1978年には、割れやすいガラスをステンレス鋼に置き換えた家庭用高真空魔法瓶が初めて販売された。1970年代になると、家電製品、キッチン用品、流し台、洗濯機ドラムといった形で家庭内でもステンレス鋼を使った製品が一般化していった。耐久消費財としての利用が広がるに連れ、鏡面仕上げやヘアライン仕上げ、カラーステンレス鋼といった表面処理されたステンレス鋼材も広まっていった。 1950年代には、建築分野で金属材料とガラスから成るカーテンウォールが高層建築物に適用され始め、ステンレス鋼製カーテンウォールを使った高層ビルも現れ始めた。1930年に建設されたクライスラー・ビルディングは、1995年に検査が行われ、ステンレス鋼外装の状態が確認された。検査報告書によると、風雨による洗浄も手伝い、沿海地域に建てられたにも拘らず外装のステンレス鋼は良好な状態が保たれていた。1886年に建造された米国の自由の女神像では、1980年から大掛かりな検査が行われ、塗装方法の不味さなどもあって鉄製骨格構造の多くの箇所でさびが進行していることが判明した。1984年ごろから始まった修復工事で、自由の女神像の骨格はステンレス鋼に差し替えられた。 1950年代に実用化されたゼンジミアミル、1960年代に実用化されたVOD法・AOD法は、今日でもステンレス鋼製造の基本的方法として利用が続いている。1987年時点で、VOD炉は62基、AOD炉は90基、世界で稼働していた。現在に至るまでに、VOD法・AOD法を基にして種々の精錬法が各製鋼メーカーによって開発された。LD転炉を組み合わせた手法も確立している。現在のステンレス鋼の溶解・精錬方法は多種多様で、各メーカーがそれぞれの事情に適した手法を取っている。ゼンジミアミル実用化後は、特に日本の製鋼会社が意欲的に多数導入し、1960年代の日本のステンレス鋼生産急成長の源の一つとなった。1950年代から60年代にかけてゼンジミアミルの対応幅は 4 ft、5 ft と広がり、さらに圧延速度も上昇して、ステンレス鋼薄板の生産能力が向上した。広幅ゼンジミアミルの実用後は、冷間圧延後の焼鈍や酸洗(英語版)といった工程も連続処理可能に進化していった。1990年ごろには、日本で板形状制御や高速化のために分割ハウジング型の12段圧延機なども登場した。 1930年代に実用化されたが溶接上の問題があったオーステナイト・フェライト系は、VOD法・AOD法実用化後の1970年代ごろに、低炭素化と窒素の精密添加によって溶接性の問題を克服した。この鋼種は汎用二相ステンレス鋼と呼ばれ、UNS(英語版) S32205 が1990年代初頭に二相系の標準として定着した。1990年代には高モリブデン・高窒素でさらに高耐食性のスーパー二相ステンレス鋼が開発された。2000年代には、さらに耐食性を高めたハイパー二相ステンレス鋼や低価格化を目指したリーン二相ステンレス鋼が実用されている。 1940年代に実用化された析出硬化系は、1949年、米国のアームコ・スチール(英語版)が、クロム 17 %・ニッケル 4 %・銅 4 % を主成分とし、銅に富む相による析出硬化を利用した鋼種を開発した。この鋼種は"17-4PH"と呼ばれ、現在でも析出硬化系の代表的鋼種として広く使用されている。析出硬化系は最初は軍事用に利用され、米軍規格で規格化されたが、その後1963年にAISI規格(英語版)で1965年にASTM規格で規格化され、汎用的に利用されるようになっていった。 フェライト系は、炭素・窒素の量が極小化された高純度フェライト系ステンレス鋼が実用化された。1970年ごろに、電子ビーム溶解法を利用して最初期の高純度フェライト系ステンレス鋼が実用化された。その後VOD法・AOD法によって高純度化が容易になり、耐食性、加工性、溶接性を向上させた高純度フェライト系はそれまでフェライト系が使用されなかった分野への利用を広げている。 オーステナイト系は、現在でも最も広く使われている鋼種である。オーステナイト系の高性能化は、米国のアレゲニー・ラドラム・スチール(英語版)がクロム 20 %・ニッケル 25 %・モリブデン 6 % の "AL-6X" を実用化し。1973年に発電所の復水器の管に採用された。これが実用化された耐海水ステンレス鋼の最初といえる。その後、スウェーデンのアーヴェスタ社(スウェーデン語版)が、耐孔食性に優れ、製造の容易なクロム 20 %・ニッケル 18 %・モリブデン 6 %・銅 0.7 %・窒素 0.2 % の "254SMO"を実用化した。254SMOは、1977年にパルプの漂白プラントで採用され、優れた耐海水性を評価されて1979年に北海油田でも採用された。 一方で、ステンレス鋼が関係した著名な過去の不具合事例が、原子力発電所における応力腐食割れである。1965年、米国のドレスデン原子力発電所で、再循環系バイパス配管においてステンレス鋼の応力腐食割れが初めて報告された。この事象はこの発電所特有の事象と当初は考えられたが、1974年に米国の多くの原子力発電所で同じ事象が確認され、ステンレス鋼304系を使用している沸騰水型原子炉に共通する問題であることが判明した。1970年代中ごろ、この設計の沸騰水型原子炉を技術導入していた日本でも同様の事象が起きていることが判明し、米国と日本で重大な問題となった。最終的には新たな原子力用ステンレス鋼や溶接方法の開発と採用によって対策されたが、この事象への対策には、腐食研究史上でも最大規模の研究者数、研究費用、研究期間が投じられた。 また、ステンレス鋼に必要な合金元素が枯渇性資源であることも課題となっている。特にニッケルは、幅広く利用されるオーステナイト系の主要元素でありながら、長期的な安定供給に不安がある。1971年と1989年には、ニッケル価格の上昇に起因し、ステンレス鋼の世界ステンレス鋼生産量が落ち込んだ。2007年には、空前の高値までニッケル価格が高騰した。2003年ごろまでは1トン当たり 10,000 USドル弱のニッケル価格で落ち着いていたが、中国とインドのステンレス鋼需要の高まりなどによってニッケル不足がはやされ、2007年には1トン当たり約 52,000 USドルにまで達した。このときのニッケル高騰により、ステンレス鋼生産量は世界的に落ち込み、オーステナイト系の価格上昇や鋼材不足が引き起こされた。一方で、この出来事をきっかけにして省ニッケルまたはニッケルフリーの種類のステンレス鋼活用が進んだ。ニッケルを節約した鋼種の開発は、ステンレス鋼の現代的な課題の一つとなっている。 ステンレス鋼に関する規格は、1932年にアメリカ鉄鋼協会(英語版)がステンレス鋼の種類を組成別に定めた公的規格を世界で初めて発行して以降、各国および国際規格で規格が制定されていった。日本産業規格を例にとると、1951年に最初に制定されたときのステンレス鋼種は オーステナイト系:12種 マルテンサイト系:3種 フェライト系:1種 だったが、2019年現在の制定済み鋼種は オーステナイト系:45種 マルテンサイト系:15種 フェライト系:16種 オーステナイト・フェライト系:6種 析出硬化系:4種 までに至っている。ステンレス鋼の国際的な定義も、1988年に世界税関機構によって「炭素 1.2 % 以下、クロム10.5 % 以上を含む合金鋼」と定められた。以降、この定義に準じて貿易統計が取られている。1996年には、各国のメーカーや協会から成る、ステンレス鋼業界の国際協会である「国際ステンレス鋼フォーラム (International Stainless Steel Forum)」が組織された。 ステンレス鋼は、ベンノ・シュトラウス(ドイツ語版)とエドゥアルト・マウラー(ドイツ語版)の発明を起点にして2012年に、ハリー・ブレアリーの発明を起点にして2013年に、生誕100周年を迎えた。
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